101話 大食堂
このお話でついに100話を超えることが出来ました!
これも日頃から読んでくださってる皆様のおかげです!
これからも頑張りますのでよろしくお願いします(><)
大浴場から上がって来た彼女達を待っていたのはその見た目と声のギャップから嫌悪感を感じざるを得ない魚……ではなく、マッハの衣服を腕に大事そうに抱えていた雛鳥だった。
彼女はマッハ達が上がってきた時に、せっかくの湯上りを醜い魚をその目に映す事で台無しにしてしまうのではないかと危惧し、自分の権限に物を言わせて一時的にこの場を離れさせていたのだ。
彼女が大浴場の浴室にマッハの衣服をポンと置いてここで待っていなかったのは、万が一にでも彼女達の裸体など見ようものなら殺されかねないと思ったからだ。
実際にはそんな可能性はほぼないに等しいのだが、マッハ達NPCは羞恥心とは無縁かもしれないが、ヒナはそんな事無いだろう。それを思えば、雛鳥の行動は正しいと言っても差し支えなかった。
胸元に晒しを巻いてあられもない姿を晒しているマッハは、初期状態――花粉がついていない状態――に戻った自分の衣服を大事そうにギュッと握り締めてふんふんと鼻を鳴らす。
すると、そこからは微かに布団を干した時のようなお日様の匂いがして思わず顔がほころんでしまう。
「完璧! ありがとっ!」
「いえ、滅相もございません。それと、大食堂にて食事の準備が出来ておりますがいかがなさいますか? もし召し上がらないのでしたら客室へとご案内させていただきますが……」
一応夕食は必要だろうと大食堂にて食事を作らせてはいるものの、彼女達が食べないと言うのなら無理に食べてもらう必要はない。
これがメリーナが作った料理だったり、自分が腕によりをかけた物なら多少は無理をしてでも勧めたかもしれないが、今回彼女達の夕食を作ったのは料理長だ。
食事を片付けるのだってそこまで苦労しないので、ここでヒナ達が寝たいと言ってもなんの不満も無く客室へと案内するだろう。
しかしながら、彼女達は誰一人としてその申し出を断ることなく満面の笑みで頷く。
神と戦ってから食事をしたは良い物の、トライソンの出現で中途半端になってしまった感は否めず、その後は雛鳥の話を熱心に聞いていたのでご飯を食べる暇などなかった。
自分の分を早々に食べ終わっていたヒナでさえお腹が空いているのだから、マッハ達3人が空腹を訴えるのも当然だった。
「どんな料理が出るの……? 食材はラグナロク産?」
「けるのとどっちが美味しいか気になるな!」
「……マッハねぇ、それは思っても口にしない。けるねぇが怒る」
料理と聞いて一番興味を示すのは当然ながら4人の中で唯一料理が出来るケルヌンノスだ。
自分が作る料理よりも美味しいとなればどんな手を使ってでもその料理を再現出来るように腕を磨かねばならず、自分の物よりも劣るとなればどうだと自慢げに胸を張る事が出来る。
そんな可愛らしいことを考えているとは露知らず、一行の先頭を歩く雛鳥はケルヌンノスへと質問をぶつけた。
それは、当然彼女の設定についてだ。
「ケルヌンノス様は料理もなさるのですか? メリーナの資料ではそんな素振りは全くなかったという事ですが……」
「ん、する。というよりも、たるが生まれる前の情報なんてアテにしない方が良い。それから色々と私達も変化してる」
「これは、申し訳ございません。よろしければ今度厨房をお貸しいたしましょうか?」
情報がない。
そんな事を言われて少しだけムッとしながら意地悪な事を言ったケルヌンノスだったが、雛鳥はそれに気付く素振りすら見せずに真摯に頭を下げる。
こうなると自分が悪者に見えてしまうのでケルヌンノスも深くは考えないようにしつつ、もしも今から食べるご飯が自分が作る物より美味しいとヒナが言うのであれば、後日その料理長とやらにレシピを聞いて腕を磨く為に厨房を借りるのはありだろう。
ここに何日滞在するのかは分からないまでも、ヒナがそう簡単にこの場を離れるとは思えなかった。
その理由だが、マッハとイシュタルがメリーナの部屋にあった資料を読みたいと言ってきかないからだ。
マッハは純粋にヒナに恋焦がれ、愛し、尊敬し、崇拝し、恐れていたメリーナという少女それ自体に興味があり、イシュタルは自分が生まれる前のヒナの事について何も知らない。
それを知るためにも、ここから数日は離れようとしないだろう。
彼女達を置いてヒナが去っていくとは考えられないので、必然的にこの場所には数日……場合によっては数か月滞在する事になるはずだ。
「ん。その時になったら声をかけるかも。貸してくれるならありがたい」
「はい、料理長に話を通しておきますので、御用の際は遠慮なくお使いください。それで今晩のメニューですが、私は把握しておりません。ただ、食材は当ギルドが保有していたラグナロク産の物を使っております」
「そう……。この世界の物はまだ試してない?」
嫌でも思い出すのは、最初に食べた渡り鳥の串焼き。そしてその後に冒険者ギルドで食べたロアの街の名産品だとか言う謎の物体だ。
それに、その後ロアの街で食材をこれでもかと買い漁って酷い目を見たので、この世界の物はあまり美味しいとは言えないのかもしれない。そう思っていた矢先に出会ったのが、今やヒナ以外の大好物になっているどら焼きだった。
ムラサキから貰った報酬のおやつに関しては気に入る物もあったが気に入らない、微妙といった物もあったので全てが合格ラインに達していた訳では無い。
それでも、この世界の物が美味しくないという最初の前提を崩すのには十分すぎる効果を与えたようで、ケルヌンノスは他の国に行ったら食材も買い込みたいと密かに思っていたのだ。
しかしながらブリタニア王国ではそれどころじゃなかったし、そもそも市場らしき物が見当たらなかったのでその機会に恵まれず、ロアの街は論外。
今のところこの世界の食材を使った料理にはあまり巡り合えていないので、いつか他の国に行ったら食べてみたいと思うのは自然の事だった。
それがここで叶うと思ったのだが、雛鳥は他者の命令がない限りこのダンジョンを出る事は出来ない。
故にこの世界の食べ物なんて持っていなくとも何も不思議では無い。
「到着しました。ここが大食堂でございます」
そう言って重厚な扉を開いた雛鳥は、私立の中学や高校にあるような学食をイメージして作られた大きな食堂へと4人を案内する。
入口を入った右手に大きなウォーターサーバーがあり、その隣にはドリンクバー。さらにその隣にはおしぼりやらストローやら、コーヒーを飲む時に必要な砂糖やミルク、マドラーなんかが置いてある。
そのちょっと先に視線を向けると料理を受け取るカウンターがあり、真正面に数えきれないほどの長机と椅子が配置されている。
パッと見た限りだとこの空間には300人以上が入るだろうし、仮にそれだけの人数が集まったとしても通路の広さを考えると決して窮屈になるとは思えない。
「皆様にはあちらのカウンターで今晩のお食事を受け取った後、お好きな飲み物等を選んでいただきます。その後の飲み物のお代わりはセルフになりますが、もしお食事の方をご所望であれば再びカウンターの方でその旨をお伝えください。その時は、お望みの物をご用意いたします」
「い、至れり尽くせり……」
ヒナがそう言うのも無理はなく、飲み物こそセルフサービスだが、ファミレスやビュッフェなんかにある物よりも種類の多いドリンクバーがあるのだから、自分の好きな物を飲みたいだろう。
特にマッハのような子供にはウケるだろうし、お酒なんかもあるので日本の法律ではまだ飲めない年齢の自分でもお酒に触れる事が出来る良いチャンスだ。
どんなものなのか、一度で良いから飲んでみたかったのだ。
「ほら、いこヒナねぇ! どんなのかなぁ!?」
「マッハねぇ、どさくさに紛れてヒナねぇの手を握ろうとしないで。ズルい」
「けるねぇの言う通り。抜け駆けはズルい」
「うげぇぇ。それ、たるが言うかぁ!?」
ぶーっと頬を膨らませるマッハだったが、それもそうかと思い直して早速一番手でカウンターに並んで料理を受け取るべくその奥へと満面の笑みを見せる。
すると、少しして可愛らしい少女の声が響き、次いでカウンターにポンとトレーが置かれる。
「え、えぇとぉ……今日のお夕食はぁ、エンジェルフィッシュのお刺身とぉ、ドラゴンフルーツのサラダですぅ……」
どこか気の抜けてしまうようなふにゃふにゃした声が気になって目の前の輝くような料理から一度目を離し、マッハは少しだけ上から聞こえてくるその声の主の顔をじっと見てみる。
そこには自分と変わらない年頃の、金髪で透き通るような蒼い瞳の少女が自信なさそうににへらと笑みを作っていた。
その頭にはコック帽のようなものを被っており、汚れ一つない白いエプロンを身につけていた。
「……これ、あんたが作ったのか~?」
「ひぇぇぇ。そ、そうですぅ。紅葉様に頼まれましてぇ、不肖このだるまが作らせていただきましたぁ……」
「だ、だるま……?」
「だるまですぅ……」
どういうことだと思わず雛鳥の方を見たマッハだったが、彼女は肩を竦めつつ、気持ちは分かりますと同情の視線を向けるだけだった。
実を言うと、このギルドにはNPC作成に真面目になっているプレイヤーはさほど多くなく、ダンジョン部分に配置するNPCにこそちゃんとした名前だったり設定を施すプレイヤーはいたのだが、この居住区に住むNPCに関してはそこら辺を適当に済ませる者が多かったのも確かだ。
大浴場の管理人をしている見た目だけで言えば不快極まりない魚も雛鳥のようなちゃんとした名前がある訳では無く、強いて言えば『魚』というのが名前だ。
この大食堂を任されている少女の名は彼女が言った通り『だるま』なのだが、設定上いつも自信が無く、それでいて妙な話し方をするので居住区のNPCの中では少しだけ嫌われていたりする。まぁ、本人がそれを知る事は無いのだが……。
他にも『あ』だったり、酷い物だとガッツリ下ネタの名前を付けられている者もいるので、そういう面で言えば自身の創造主がどんな性格をしているのかでこの世界での立ち位置が決まると言っても過言ではない。
他のNPCや人間から名前を呼ばれる度に下ネタである自分の名前や、酷すぎる自身の名前を自覚するのはかなり辛い経験だろう。
まぁ、ヒナは名前の有無というか、それを真剣に名付けたかどうかは当人しか分からないので、本人から「適当に付けた」とでも聞かない限り、その件で怒る事は無いのがせめてもの救いか。
「ひ、雛鳥様の分もぉ……よ、用意させてもらってますぅ……。どうされますかぁ……?」
「わ、私の分も……ですか?」
「紅葉様がぁ、一応用意しといてほしいと言われましてぇ……」
どこか気の抜けてしまう話し方は好きになれないまでも、マッハ達が好意的な顔を浮かべているので彼女にその申し出を断るなんて選択肢は無かった。
渋々といった感じではあった物の雛鳥もそのトレーを受け取り、ドリンクバーから一番近い席……と言っても、ヒナの隣の席は再びじゃんけんで決める事になったので、彼女はマッハの隣。ヒナの二つ右という席を獲得した。
ちなみに席の位置関係は、左端にヒナ、その隣にマッハ。さらにその隣に雛鳥が座る。
ヒナの向かいにケルヌンノスが、そしてお風呂で抜け駆けした罰としてじゃんけんに参加する資格すら与えてもらえなかったイシュタルがマッハの真正面という事で決まった。
ちなみにヒナの左隣に誰も座っていないのは、ヒナが一番左端の席に腰掛けたからに他ならない。
当人はそこまで深く考えていなかっただろうが……。
「はい、みんなドリンクバーに行って来て良いよ~。あ、でも全部混ぜて遊ぼうとか思ったらダメだからね?」
「『は~い!』」
それからさらに3分ほどして全員が席に着き、ヒナがシュワシュワと泡を立てる炭酸水と薄桃色の飲みやすいという雛鳥のお墨付きをもらっているお酒。
マッハがオレンジジュース、ケルヌンノスが紅茶、イシュタルがココアを手元に置いていた。
ちなみに雛鳥は、メリーナが勝手に『ヒナさんはこんなのが好きだろうし……』と、半ば勝手な妄想で付け足したブラックコーヒーが好きという設定を忠実に守り、真っ黒な熱々のコーヒーを選んでいた。
「じゃあ皆で~」
「『いただきます!』」
「い、いただきます……」
あまりにも仲睦まじく、人間らしい表情を見せる3人のNPCに若干驚きつつ、雛鳥もその口上を口にした。
今まで、誰かとこうしてご飯を食べた事はあっただろうか……。
いや、そもそもこの世界に来てからは働き詰めで、料理長にすぐに食べられるような簡単な物を作ってほしいと頼んだことはあっても、こんなにちゃんとした食事を口にするのは初めてな気もする。
それも誰かと一緒になんて、それこそ数日前の自分では考えられなかっただろう。
エンジェルフィッシュと言う名のモンスターは攻撃力が高いわりに防御力はかなり低めに設定されており、魔法以外の手段で倒すと低確率でその身をドロップする。
ラグナロク内では装飾品としてしか価値を持たなかったそのアイテムも、刺身にすると頬が蕩けるような美味な物へと変わる。味としては大トロのそれに近い。
もちろん刺身があるのだから装飾品としての醤油なども存在しており、それを食べれば回らない寿司屋で値段を気にせずに食べて良いと言われた時くらいの幸せを感じる事が出来るだろう。
ドラゴンフルーツのサラダもそこまで特別な物ではなく、こちらも装飾品としての扱いを受けていた肉食植物の葉とドラゴンフルーツを混ぜ合わせ、そこに特製のドレッシングをかけた物だ。
そのサラダは非常にサッパリしているのが特徴で、刺身とそれだけでは少ししかお腹は満たせないだろう。だから、ヒナと雛鳥以外の3人がお代わりを所望するのも、自然な流れだった。
「『おかわり!』」
カウンターに並んで仲良く笑顔を浮かべてそう言った3人は、再びだるまが出てくると、さっきと同じものを出してほしいと口にした。
料理というよりはラグナロク内に存在した食材を上手い事盛り付け、切ったりしているだけなので料理の腕はさほど関係ない。究極、材料さえあればこの味は家でも味わえる。
(私の勝ち。だるま、まだまだ修行が足りない)
ケルヌンノスが心の底で少しだけ嬉しそうに微笑んだのは、彼女だけしか知らない秘密だ。
次回はトライソンがヒナと別れた後の行動が書かれます。
その次の回からは、視点と場面がガラッと変わります。




