1話 終わりとはじまり
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面白いと思っていただければ幸いです。
MMORPG ( Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)『ラグナロク』は2056年に海外のメーカーがPC用に開発しリリースしたMMORPGだ。
数々のDMMORPG(Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game)いわゆるVRゲームがある中で、仮想世界を利用しない旧時代的なゲームの登場は数多くのユーザーを困惑させた。
VRゲームとは、専用のハードを利用して脳から五感の情報を投入し、現実ではない仮想の世界にいるかのように遊べるゲームの事だ。
このシステムはまず初めに軍事やアダルト的な方面で活用され、次に医療……その後それらの技術を応用したゲームが作られたのだが、そんなシステムは今はどうでも良い。
なぜそんなゲームが数多くある中で、PCだけで遊べるゲームが作られたのか。
開発者曰くそれは「前時代的なゲームと言われているが、VR以外でもゲームは楽しめる物であり、ゲームの本質である片手間で出来る物を作ろうとした結果だ」との事だ。
実際VRゲームは全身の感覚を仮想世界に反映させ、プレイ中は一種の催眠状態となってしまうために間違っても『片手間にやろう』なんて気にはならないゲームジャンルではあった。
そこに目を付けた開発者は、PCさえあれば誰にでも出来る暇つぶしに最適なゲームとして『ラグナロク』を作り出したのだ。
そして、その思惑は数多くのMMOユーザーに刺さり、かつてないほどの大ヒットを記録した。
ラグナロクが当たった理由の1つに、自分の好きなキャラクターを作成できるというキャラクタークリエイトがある。
様々なイベントやクエストをクリアして手に入れたスキルを失う代わりに、自分の好みの見た目や衣装、性格等、全てを作り込めるNPCに継がせる事が出来るのだ。これが、子供を育てているみたいで楽しいとウケたのだ。
お供のように連れ沿ってマップを冒険することも出来れば、共闘することも、最新AIのおかげでゲーム内での会話も可能となっては、冒険よりもNPC作成の為に冒険をするというプレイヤーも数多く存在していた。
また、一種のやり込み要素として別売りされているクリエイトツールを使う事でゲーム内の自分の装備の外見を自由に装飾出来たり、所有しているギルドの建物、住居の詳細すら自由自在にカスタムできるようになるのだ。
例えば、元は原始時代にあったような藁や石で出来た建物だって、クリエイトツールを使えば現代風の建築にも出来るし、和風、洋風、中華、その他様々な建物にだって改造可能だ。
日本人は元より、海外のプレイヤーにも一定数熱いクリエイター魂を持つ者達が存在し、公式ページや掲示板、動画投稿サイトなどで自身の装備や家のカスタムを紹介・配布するプレイヤーが現れるのもリリースからそう時間はかからなかった。
神職人と呼ばれる存在や、有名イラストレーターや漫画家、商業作品とのコラボも多数展開し、冒険以外の部分でも十分楽しめるのがこのゲームの特徴の1つだった。
その他にも様々なやり込み要素を詰め込み、究極の暇つぶしゲーとも呼ばれたそのラグナロクは、非常に多くのユーザーに愛された。
それは、日本でただ孤独に生きてきた幼い少女にとってもそうだった。
己の生きる意味、生きている理由、生きがい。そんな重たい言葉を躊躇なく言えるほど、少女はそのゲームに心酔していた。
個人イベントでは常に世界ランキング首位を取るために睡眠時間を削り、研究を続け、対戦相手の情報をこれでもかと調べ上げる。自分と3人の自作NPCしか所属していないギルドも、世界ランキング第15位の位置をキープしているが、流石に最大1000人まで入ることの出来る他ギルドとの対抗戦ではいい成績は残せていなかった。
それでも、個人技で世界トップクラス。その圧倒的なプレイヤースキルと強さから、上位ランカー達からは『魔王』という名で恐れられていた。
掲示板やSNSではその魔王をどうにかして倒そうとランカー達が躍起になり、数々の強豪プレイヤーが自身のギルドに引き抜こうとコンタクトを取る。それでも、彼女が首を縦に振ることは無かった。
そんな、少女にとって人生の全てだったゲームの全盛期も、もはや何年も前の事だ。
今やラグナロクは、同じ会社がリリースした新作のMMORPGにユーザーを取られ過疎化の一途をたどり、ついには半年前サービスの終了が告知されていた。
「なんでよ……」
サーバーが閉じる10分前、真っ暗な部屋の中で3枚並べられたモニターの内1枚を睨みつつ、少女はポツリと呟いた。
真ん中に映し出された己のギルド画面は今も昔もたった1人しか表示されておらず、部屋の隅に寂しく3人のNPCが鎮座している。
左右のモニターには自身のアバターが壁紙になっている画面が映し出され、小さくされたウィンドウに同じような『一時代を築いたラグナロク ついに本日サービス終了』の記事が無数に表示されている。
モニターの光だけが部屋を明るく照らす中、目を充血させ腰まである長い髪をゴムで縛ったお風呂上がりの少女は、右下に表示されている現在時刻を見てガックリと肩を落とした。
12月31日(月)AM 11:51
「私には、これしかないのに……」
少女の悲嘆にくれた言葉は真っ暗な部屋に吸い込まれて消えていく。
昼間だというのにカーテンを閉め切り部屋の電気も付けず、部屋中に貼られたラグナロクのイベント賞品であるポスターやタペストリーを薄目で見つめる。
中学から学校に行かずにこのゲームに没頭し、高校でも1年間だけまともに学校に通う事が出来た期間中にもノートパソコンを学校に持って行って授業中にプレイしていた。それほどまでに、少女はこのゲームの事が大好きだった。
後に不良グループに目を付けられて虐められ、中学の時と同じく登校できなくなっても、自分にはこのゲームがある。このゲームでの名声が……待ってくれている人がいると考えるだけで、生きる勇気が湧いていた。
それほど思い入れのあるゲームだからこそ、同じ会社から同じようなゲームがリリースされても断固としてこのゲームをやり続けたのだ。
両親が残してくれた莫大な遺産も、このゲームが続くならと後先考えずに使いまくり、イベントのたびに数多く課金して他のプレイヤーを圧倒し続けた。
そんな、人生も青春も、全てを捧げたゲームが、あと数分で終わりを告げるのだ。
「これが無くなったら……死の……」
このゲームが無くなってしまえば、自分が生きている意味はなくなる。
魔王なんて呼ばれたのも過去の栄光だ。今は、そう呼んでくれるプレイヤーさえいなくなってしまった。
出る杭は打たれるという言葉があるが、他を圧倒しすぎると潰そうとするのではなく皆が離れていくのだ。あいつにはどう頑張っても勝てないから、真面目に相手する方がバカバカしい。そう言って、離れて行ってしまうのが現実だ。
手元の文房具入れにあるカッターを見つめ、少女は自分の手首を見る。
以前に死のうと思った時、リストカット程度では死ねないという記事を見つけた時は絶望したものだが、お湯に手首を入れていると血が止まらずに出血多量で死に至るという記事を見つけた時は歓喜に震えた物だ。
だが、すぐにそうしなかったのは、まだゲームが続いていたからだ。サービス終了の告知はされていたが、まだ終わりの時では無かった。死ぬのを先延ばしにしたのなんて、その程度の理由だった。
12月31日(月)AM 11:58
「あぁ……もう、何日寝てないんだろ……。パパ……ママ……もうすぐ、そっちに行くからね……」
少女は、机の上に飾ってある数年前のまだ幼い自分と、健在だった両親の写真を眺める。
2人の声も、かけてくれた優しい言葉も、どこに旅行に行って次はどこに行こうかと計画を立てていた場所も、全て思い出せる。でも、涙は出てこない。既に、涙は枯れていた。
2人で久しぶりに出かけてくると言ったその日、近くの交差点で高齢者ドライバーによる暴走事故が起きた。今時珍しい手動運転で、赤信号に引っ掛かったその車はブレーキとアクセルを踏み間違えるという一昔前によくあった要因で男女2人を轢き殺した。その日から、私の人生は変わってしまったのだ。
いや、そんな昔の事はもう良い。どうせ、私もすぐに2人のところへ行くのだから。
ギルド内にいる時に流れるよう設定しているクラシックの音楽を止め、部屋の隅で寂しそうにしているNPCを自分の傍へ移動させる。
3人とも、今まで何度も助けてくれたし、何度も愚痴を聞いてもらった。もう、かけがえのない家族も同然だ。だからこそ、最後は一緒にいたい。
「みんな、今まで散々迷惑かけてごめんね……。もう、大丈夫……だか、ら……」
あ、ヤバい。そう思ったのと、少女の意識が消え去ったのはほとんど同時だった。
ここ1週間はまともに寝られず栄養ドリンクとコーヒーだけで乗り切っていたので、流石に睡魔の限界が来たらしい。
シャワーを浴びればサービス終了までは持ちこたえられると思っていたが、そうはいかなかったようだ。生きる意味でもあったゲームの死に目にも立ち会えないなんてあんまりだ。
少女が最後に頭の中で思ったのは、そんな恨み言だった。
起きたら、絶対死んでやる……。そう、心に固く誓って数日ぶりに夢の世界へと足を踏み入れた。
起きた時、その世界が一変しているなんて微塵も思わずに。




