蚯蚓
秀でたものを持つ者は、その秀でたものによって滅びる。
■ 1500年代後期、第六天魔王として恐れられる男が日本に居た
男は、過激だった、非道だった、新しいものを好み、力に餓えていた。
その男は天下に誰よりも早く、近づいた
男の野望は島国一つでは収まらなかった
男は世界を見ていた。
そして、魔界、人外の魔境さえ見据えていた
男は確かに開いたのだ、その入り口を
魔王は誕生したのである、確かに。
私の身体はどうなったのか?
目の前には、さっきまで自分たちが乗っていたタクシーがある。
爆発して炎上したタクシーが
ドサドサ
私と古書堂の店員さんは、抱えていてくれた あの元傭兵魔女見習いさんから
地面に降ろされた
「助かった…どうやって…」
「車のドアごと蹴り破って二人を抱えて、そのまま突き抜けました…」
まるで、映画のような状況説明に唖然とする
しかも、どこも痛くない…
「魔術の防護壁のようなものでコーティングしましたから…でも、運転手さんまでは…」
そうだ!あの運転手さん!巻き込んでしまったのか!?
「イタタタタ…あっあーーーーーーーー!!!!!!!俺の車がーーーー!!」
無事のようだ
「古本屋さんですね、あの状況で自分より、人命救助とは」
「ボディーガードさんが来てくれる気配は感じられましたから、信じてみました」
正直、死んだと思いましたけど
店員さんは、飄々としている
その実、かなり焦ってもいるようだ。
「まさか、いきなり殺されかけるとは もう鳩への情報更新が間に合いませんよ…」
あっ
目の前から、男が歩いてくる どこにでも居そうな格好の20代後半くらいの男が
男は、こちらを指差している
二本指
こちらに突き立て、親指は上 銃のように構えている
子供が拳銃ごっこをする時にそうするように
「 斜 銃 」
男の指から、何かが放たれる…!
そうではなかった
火球が、火球のようなモノが頭上、斜め上から飛んできている
「敵の指は、標的を指定するポインターです、古本屋さん お願いします。」
「あっ!はい!!」
店員さんもかなり焦っている
「蚯蚓・・・(ミミズ)」
え?みみず??
店員さんは、手を地面に翳した
ウジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
コンクリートの地面が、黒い地面が一面 ミミズのように蠢き
ウジャウジャとウジャウジャと私達の周りを取り囲んでいく
そして、火球を防いだのだ
コンクリートは熱に強い
火を防いだと同時に、元傭兵の彼女が走り出す
相手に向かって一直線、早い
「 絡みつけ 」
彼女に狙いを定めようとする男が突如バランスを崩す
ミミズ化した地面が、相手の足にまで及び 足に絡まっているのだ
黒い、黒い コンクリートのミミズたちが
「ぐっ!!」
そうこうしている間に、彼女の手際はとても俊敏だった
男の鼻の下辺りを殴り、鼻血が出て反射的に庇おうとする男の腕を掴み 捻り上げ
膝裏にも軽く蹴りを入れ、抑え込んだ
「目的はなんですか? 仲間はいますか?」
魔女の弟子さんは、落ち着いた様子で冷たく質問している
息ひとつ切らしていない。
「はぁはぁ…緊張した…攻撃を防げるかギリギリでしたよ…」
私と店員さんで急いで走り駆け寄る
店員さんはも私も、安心感からか ドッと急に汗が出て来た
「ありがとうございます! あんな火の魔法を防ぐなんてすごい!!」
斜銃、その名の通りの攻撃だった
「おそらく、フリーの殺し屋でしょう プロレベルではありません 斜銃は炎術系の中では基礎です、威力も弱かった」
店員さんが、少しシュンとしたように見えた…
「威力が弱い…あれで…車があんなに燃えてますよ」
「ガソリンに引火すれば、車は燃えますから」
ピシャリと言い放たれ、何も言い返せなかった
議論をしている訳でもないのに、正論で華麗に論破されたような気持ちになった
「プロじゃないとはひでぇなぁ…一応これで食ってんだ…こんな女がいるとは聞いてなかったぜ…」
男はついに口を開いた。
「私の質問以外に答えないでください、仲間は? 誰に雇われましたか?」
古本屋さんは、私が尋問している間 周囲に警戒を
彼女の指示は的確だった。
これが、元軍人のスキル…
「い、言うと思うかい?」
「腕を折りますよ」
「ハッ!やれるもんなら」
ボキィィィイイッ!!!!!!
「がっ!ぎゃぁぁぁああああああああっっ」
折った、容赦なしだ…
彼女の様子に、私は寒気がした
「演技です、彼は今 痛覚を切りました 拷問を受ける術師の常套手段です 痛みは感じていない」
「…へぇっへっへっへっへっへ」
本当なのか? しかし、腕が折れたのは確かだ…
「こちらも、拷問の用意があれば痛覚を無理やり覚醒出来ますが、どうします? 殺しますか?」
一瞬、空気が止まる
「” 殺しますか? ”」
取り押さえられている男も含めて
彼女の感情のない、覚悟の決まった声 これまでの流れるような作業
彼女は本当にヤルのだろう…
「いや、そこまでは こちらは幸い被害者ゼロですし…」
店員さんがなだめる
「車がぁぁぁああああ!!!!!! もう会社もクビだぁぁぁあああああ!!!!!」
「あっ、タクシーは無事じゃなかったですね…」
運転手さんの断末魔が響き渡っている
ギャラリーも増えてきた
「この騒ぎなら、警察や消防も呼ばれたでしょうし 引き渡しましょう」
「…わかりました」
彼女は大人しく従ってくれるようだ
あぁ、終末兵器の唸りがきこえる…。