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閑話 蒲田清子の休日

正式に芸能デビューしてから早2年。嬉しいことに忙しい毎日を送っている今日この頃、久しぶりに仕事の入っていない日、いわゆるオフっていうやつがきた。


年に数回あるかないか程度の貴重な休み。いつもなら、疲弊した体を回復するため、その日のほとんどを睡眠に費やすけれど、今日は気まぐれに外にお出かけしようと思った。


季節は夏、日焼け止めを身体中に塗りたくり、花柄のシンプルなワンピース、リボンの着いたカンカン帽、アメリカで買ったレトロチックなサングラスをかけ。肩から下げる小さいポーチの中に荷物を詰め込み、ドアを開けた。


「あっつい...」


82年の夏は例年に比べて比較的涼しいらしいけど、それでも暑いものは暑い。逃げるようにエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターの中は異常なほどキンキンに冷えており、強風の冷房に当てられ、先程の暑さが一転したように凍えるほどの寒さだった。


一瞬、乗る分にはちょうどいい涼しさだけど、私の場合はかなり上の階に住んでいるため降りるまでの時間が長い。

ようやくの思いでロビーにたどり着くと、早速外に出た。


天気は晴れ、突き刺すような日差しに思わず目を細める。眩しい。日焼け止めがなかったらこんがりと焼きあがってしまうだろう。近いうちに映画の撮影も控えているため、できるだけ日焼けは避けたい。


片手に持っていた、フリルのついた白い傘を広げた。この傘は高校一年生の頃に、貯金をしてわざわざ原宿に遠出をしてまで買った思い出の傘だ。ビニール傘に比べて実用性はほとんどないけど、日傘として重宝している。



さてと、今日向かう先は池袋にある西武百貨店だ。特に買いたいものがあるという訳でもなく、気ままにウィンドショッピングでもしながら、気に入ったものを購入していくつもりだ。


道路沿いで左手を挙げ、停まったタクシーに乗り込んだ。


「池袋の西武百貨店まで」


「はい」


タクシーに乗るのも久しぶりだ。いつもは事務所のマネージャーさんや、運転手さん等が車を運転してくれるため、ほとんど利用しない。東京に上京したての頃は、事務所が車を出してくれるなんて大層な身分でもなかったため、頻繁にタクシーは使っていた。


実に2年振り。久々のタクシーは相変わらず代わり映えしていなかった。


「そう言えば、お客さん...もしかして芸能人ですか」


「はい、そうです」


「やっぱり。いやぁ...なんか芸能人って雰囲気で分かるもんですね」


「そうですか?」


「そりゃもちろん、ただ私アイドルあんま知らないもんで...甥っ子なら恐らくわかると思うんですが...」


「ファン層が若い人が多いんですよ、アイドルって。だから運転手さんが知らないのも仕方ないと思います」


「私も勉強不足ですね...」


「いえいえ」


こうして、自分のことを知らない人に会うのは何となく好きだ。アイドルという建前を捨ててお互い真人間として話すことが出来る。


しばし世間話をしつつ、私はようやく西武百貨店に到着した。


「ありがとうございました」


「いえいえ、またのご利用をお待ちしております」


運転手さんに別れを告げ、中に入る。建物の1階は、化粧品等の女性向け商品が多く取り揃えられたフロアだ。男の人はこの階をスルーしがちだけど、私たち女性にとってはこの上なく魅力的なフロアとも言える。


フロア全体が化粧品独特のいい匂いに包まれていた。私は吸い寄せられるように足を進めた。


「3000円...」


普段からあまり散財しない人間である私からしてみれば、3000円もかなり出すのを渋る金額だ。以前、友人の川合 美奈子(かわいみなこ)ちゃんと買い物に行った時も、あまりの買わなさに「お金...あんまり持ってないの?」と疑われたくらいだ。


お金は仕事柄持っている方だと思う。だけどなるべく減らしたくない。大抵の食事はスタジオに並んでいるケータリングで済ませてしまうし、着ている服も大体頂き物が多い。

そろそろ、自分で何かを買うことに慣れた方がいいかもしれない。


私は思い切って、ファンデーション中でもかなり高めの物を選び、躊躇なくレジに置いた。


「12000円でございます」


「は、はい...」


財布から聖徳太子1枚と伊藤博文2枚を取り出す。


「こちら領収書と、商品になります。」


大層な箱に入った商品を受け取り上の階に向かった。

エレベーターに乗り込み、最上階を押す。ドアが閉まりグングンと上に昇った。


ドアが開くとそこには小さな遊園地があった。

屋上遊園地。子供の頃、地元の百貨店を訪れた際に遊んだ記憶がある。子供ながらにワクワクしていた記憶があるが、大人になった現在、目の前に広がる遊園地を見てみると、幼児向けの小さいアトラクションばかりで子供の頃に感じた迫力はなかった。


子供の声があちこちから聞こえる。

屋上に置かれた自販機で飲み物を買い、ベンチに腰をかけた。妙にノスタルジックだ。小さい頃、20歳の女性なんか大層大人に感じたものだけど、実際自分がその歳になってみたら分かったことがある。


大人もどこか、子供のままでいたい気持ちがあるということだ。何にも縛られず、たまには怒られたり、しょっちゅう褒められた。追いかけっこをするだけでも随分楽しかった。


今目の前で遊んでいる子供たちが大人になる時、私はとっくに30歳を越している。今度は自分が親になっていてもおかしくない年齢だ。


時が経つのは早い。撮った写真が、セピア色に褪せるくらい時間が経過していても、体感にしてみればあっという間だ。そろそろ私も結婚して、旦那さんと家庭を築いていてもおかしくない年齢になった。


アイドルとして、活躍し続けるのもそろそろ限界だろうか。後輩たちの追い上げも凄いし、正直このままでは確実に人気を継続することは難しい。


ここ2年、ほとんど休みなく過ごしてきた。少し疲れたかもしれない。区切りが着いたら、しばし休むことも視野に入れている。


いずれにせよ、今はそのときでは無い。私も日々精進し続け、後輩たちに道標を作らなければならない。先人として何かを残したいという気持ちと、まだ残せていない事実に少しだけ焦りを感じている。


「ねぇ...おねーさん。」


「ん?」


ふと視線を向けると目の前には、後ろに髪を結った女の子が私を見上げていた。


「どこかでみたことある...」


「たぶん、それはきっとテレビだと思うよ」


「テレビ?」


「そう、お姉さんお歌を歌うから」


「あいどるだ」


「正解」


「ねぇ」


「ん?」


「おてて、ゆらゆらして」


「ゆらゆら...?おてて握るの?」


「そう、それでゆらゆら」


「うん、いいよ」


私は、女の子の小さな手を握ると。優しく上下に振った。恐らく握手してと言いたかったのだろう。


「ばいはーい」


「うん、バイバイ」


満足し、走り去っていく女の子の背を眺め。私は少しだけ自信を取り戻した。


その日から数日後。私はブラウン管越しに天才を目の当たりにし、俄然やる気を出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 多分この人、40年もの間、週刊誌に話題を振りまきながら芸能界の一線で活動するんだろうな。
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