プロローグ
…多分かなり長くなると思います。
誤字脱字乱文やらで読みにくいと思いますがよろしくお願いします。
どの時代も必ず、流行というものがあるだろう。
それはその時代を映し出し、文明を象徴するものだ。
今の流行といえば、と聞かれれば、誰もが口を揃えて言うだろう。
そう、『アスナー』だと。
現在は2200年、文明は人間が思っていた程に進む事は無かった。
空を飛ぶ事はもちろん、宇宙への進出も未だ道半ば。
科学の限界を見せつけられる形となっていた。
一方で世界は、戦争などという行いは何1つとして無くなっていた。
人種差別も無くなり、格差さえも無くなった。
かつて人間が望んだ理想郷にたどり着いたのだ。
そう、平和だった。
しかし、平和は新たな混乱を招いた。
人が平和に不満を持った。簡単に言ってしまえば、飽きたのだ。
人の脳は進化し続けない限り退化していく。
人類の全てが、刺激を求めずにはいられなかった。
そんな中、1つの事件が起きた。
ある学園に1人の男が乱入したのだ。
狂気的な事件とは何かが違う、スリリングな快感を与えるような。
彼は、乱雑に銃を乱射するでもなく、刃物を人に突き付ける訳でもなかった。 叫んだのだ。
『俺は、アスナーだ!』
昔の人々ならそれをあざ笑ったであろう。
変人だ、狂ってる、バカなどと。
しかしこの時は違った。
?彼の言う事に説得力があったからだ。
立てこもりという題目で全国に映し出された映像に、それは映っていた。
黒い影。影というには程遠い程の肉質感だが、確かにそれは映っていた。
彼の背後に立つそれは、間違いなく生命であった。
戦う事を忘れてしまった人間社会において、これほど刺激的な事は他に類を見ない。
捉えられた男は、科学者や警察にその真意を問いた。
『誰もがアスナーになる資格を持っている』誰もが私のようになれる。力を求めよ、平和な時代はもう終わった』
その言葉に、誰もが心を踊らせた。目の前にこんなに楽しい事があるのだ。
しかし、彼の思いは無残にも砕け散った。人々は彼の言葉に影響されつつも、そのすべを知らなかったからだ。
憧れつつも、手を出せない。そんな状況だったのだ。
しかし、状況は更に一転する。彼の意思を継ぐモノが現れたのだ。
学園を占拠したやり方とは違い、街の影でその実態を地道に広め続けた。
2人目のやり方は的確であり、噂が広まるのもかなりのペースであった。
実態がわからない、ましてや害が無い行為を取り締まる訳にもいかず、警察もその行為を見逃さざるを得なかった。
アスナーは既に、日本人の心を掴んで離す事はなかった。新たな文明が始まろうとしていたのだ。
2人目の教祖が現れてから3ヶ月、たったそれだけの期間でアスナーは全国へと広まっていった。
未だ伝わらずにいるのは地方の田舎程度で、流行は都市を中心に熱くなる一方だ。
伝わってしまえば後は何をせずとも、と安心したのか、教祖を名乗る男はいつしか消えてしまった。
そして現在。2200年の今、2人目の教祖が現れてから5年が経った今、流行の波は激化し知らぬ人はいない程にまで大きくなった。
また流行の波は、この物語の主人公、イチの元にまで達しようとしていた。
楽しく、気軽に、スポーツ感覚で楽しめる。
『アスナー』の世界へようこそ。
キーンコーンカーンコーン…。
聞き慣れたチャイムの音がなる。その場にいた全員が居心地の悪い緊張感から解放され、安堵のため息をついた。
「やっと終わった〜」などと、ちらほら聞こえてくる。
皆それぞれに散らかった机の上を整理し始め、教室はいつもと同じ喧騒を取り戻す。いや、きっといつもより騒がしいだろう。テスト終わりの開放感は誰しもたまらないものだ。
ここは日本の辺境的なド田舎で、人工もかなり少ない。中学の全校生徒はたったの百人程度しかいない。
周りは森と田んぼだけ、コンビニはおろか自販機が一つだけという何とも寂しい所だ。
教室の一番後ろ、外の景色を一望できる席に座るイチはチャイムに気付いていなかった。
うつぶせで寝むっていたイチの腕の下から乱暴にテスト用紙を引き抜いたのは、幼なじみのコウだ。
その様子は手慣れたもので、それが一度や二度の事でないのを物語っていた。
「はい静かに〜、これでテスト全教科終了したから、明日から学祭の準備とか頑張ってね〜、んじゃ挨拶して〜」
気の入らない適当な言葉に、教室中はざわざわと騒がしくなった。
それはそうだろう、準備と言ってもまだ何をするかも分からない。
クラスの出し物もある。ステージのセットや、予算など。
「せ、先生!準備って、まだ何をするかも決まってないんですよ?何を準備しろっていうんですか!?」
「え〜、そんなの知らないよ〜、皆で決めてよ、いいから挨拶しちゃお」
え〜!という悲鳴が教室中に巻き起こった。
「ん〜…あれ?カツ丼は?牛丼は?今そこにあったのに〜!」
騒ぎに反応してイチが目をさました。半分も開いてない目でコウを見つめる。完全に寝ぼけているようだ。
「起きてしまったか…今は放課後だ、多分これから学祭の出し物会議だな」
「嘘をつけ!お前が食ったんだなコノヤロオ!」
寝ぼけ眼で拳を振り上げ、机を倒しながらコウに襲いかかった。
ガタガタ!という音に教室中が反応する。この光景もいつもの事で、クラス内でのちょっとした名物であった。
「まぁ落ち着け、後で腹いっぱい食わせてやるからな、エサ」
「うわ〜い、楽しみだ〜」
よだれを垂らしながら両手でバンザイしているイチ、意識は…無いようだ。すぐに俯き寝息を立てて再び眠りについた。
イチとコウの関係は幼稚園の頃から一緒で、中学の3年生になるまでずっと一緒のクラスだった。そう聞くと凄い偶然のように聞こえるが当たり前である、クラスが一つしか無いのだから。
クラスメートの笑い声にコウも笑顔になる。優しく頭の上に手を乗せてクシャクシャっと頭を撫でた。
「すまん、悪いが今日は相手してられないんだ。悪いな、エサやれなくて」
コウの追い討ちをかけるようなボケに、再びクラスに笑いが溢れる。
イチはコウの家で飼っている猫のようだった。大きないびきが喉を鳴らしているようにも聞こえないでもない。
実際、自由奔放な性格だし、コウに弄ばれている辺り、凄く猫っぽい性格かもしれない。
皆がケラケラと笑う中、コウは机に掛けられた鞄を肩に下げた。
先生帰ります。と一言告げると、コウはスタスタと教室を後にした。
イチとコウのやりとりを見つめてクスクス笑っていたクラスメイトも、教室を出ていったコウに続き荷を片し始めた。
「俺も帰ろ」などと、周りの生徒達も次々に立ち上がる。
イスが床に当たる耳障りな音が先生のイライラを掻き立て、
「コラ〜!挨拶しろよ〜!」という言葉となって吐き出されたが、気の小さく内気な性格のせいか、生徒が耳を傾ける事は無かった。
「イッチー。起きろー。寝ぼけてる場合かー」
ぼーっと前を眺めていると女の声が上から降ってきた。
ニコニコした口元で馴れ馴れしく言うそれは、彼女曰わく『愛の証』だそうだ。
他の者が言おうものなら何をしでかすかわからない。
「!あ、あぁ、完璧寝ぼけてた…っておい!顔!顔近いから!」
「いいじゃんそのくらい、照れちゃって〜」
彼女の名前はウミ。中学に入ってからの仲だがやけに馴れ馴れしい。
こいつと絡んでいると周りの目が痛いし、苦手、というのかな。とりあえず疲れる。
シッシッ、と軽く手で払いのける仕草を見せるとあからさまに不機嫌な態度に変わった。
「あ〜、そう、そうゆう態度な訳?ふんだ!せっかくいいこと教えてあげようと思ったのに〜」
「えっ、マジで?うわ〜聞きたかったな〜、残念だわ〜」
ぷ〜っと膨らませた頬に指をツンツンと悪戯しながら、心にも無い言葉を適当に並べる。
「…教えて欲しい?」
「結構です」
先ほどよりも更に不機嫌になったウミ、ツンツンしてた指を掴まれ、睨まれる。
「うっさい!私が話したいの!聞けっ!」
「もっとツンツンさせてくれたら聞いてやるよ」
掴む手の平から力が抜ける、コイツ結構Mっ気あるな。
「ホント?…まぁ、ちょっとだけならいいよ」
「結構です」
バンっ!と机を叩いて怒りの目で睨みつけられる。
「もういいもん!」という捨て台詞と、ドカドカという地響きと共に、ウミは教室を出ていった。
イチは、ふぅ〜と溜め息をつくと、ダラダラと荷を片し始める。
「ウザいけどいじり甲斐があるんだよな〜、あいつは」
未だ教室に残る生徒達は、イチ達の不穏な空気を気にしてコッソリと眺めていた。
まぁ、いつもの事だと割り切ってはいるのだが流石に可哀想だ。ウミがイチに気があるのは誰の目から見ても明らかだったから。
「あ、そう言えば何だったんだろ。う〜ん…、まぁいいけどさ」
中学生のくせにおかしなくらい冷めているイチであった。
教室を飛び出してきたものの、自分らしくなかったかなぁ〜なんてウミは考えていた。
いつもあのくらい言われるのは普通なのだが、ついむきになってしまった事にただただ後悔だ。
「…イチが意地悪するから悪いんだもん」
涙目になりながら、宛てもなく校舎を歩き続ける。
普段歩き慣れている中等部の校舎を抜け、高等部へ続く渡り廊下が見えてきたが、ウミはそれに気付いていなかった。
中等部と高等部の間では度々トラブルが付きまとっていて、被害に合うのはいつも中等部の方だ。
理由などは無く、ただ近くに別の学校があれば必然的な事なのだろう。
今日もそのトラブルが起こりそうである。
ふらふらと歩くウミと、渡り廊下に溜まっている不良達。
何気に可愛いウミは高等部からも人気があったりするからなおさらだ。ただイチ以外の男に興味が無い。一荒れくるのは間違いないだろう。
「お、おい!あの子ウミちゃんじゃねぇか?」
ウミの姿に気付いた一人の不良がひそひそと仲間に告げ口する。不良達はウミの姿を見つけるとそわそわし始めた。
「うそ!うわ〜めっちゃ可愛いじゃん!」
「おめ〜バカかよ、中坊だぞ」
「関係ねぇだろ、あんだけ可愛いかったら」
一方のウミはと言うと。
「…はぁ、謝った方いいのかな…急に出てっちゃったし…はぁ」
彼らに気付いてさえいなかった。
「おい、おめぇ告ってこいや」
「はっ?なんで俺なんだっつうの、自分で行ったらいいだろうが!俺は行かねぇからな、お前が行けよ」
心ここにあらずな様子でトボトボと歩くウミ。すると前から不良達がのそのそと歩いてきた。
「あ、あのウミちゃんだよね?」
声をかけたのは先ほどまで行かないの一点張りだった不良の一人だ、あれだけ拒否っていたのに。
「って結局行くのかよ」
「うるせぇな!俺だってやる時はやるんだよ!」
「まぁそうだよな、暇さえあればウミちゃんウミちゃんって言ってるし、あぁ、ホント鬱陶しい」
「それを言うなよぉ!あ、あのね、今のは冗談で別に…ってスルーかよ」
彼らが漫才を繰り広げている間にウミは高等部のドアを開けようとしていた。スルーどころの話しではない、聞こえていないのだから。
小っちゃなプライドを傷つけられた不良はぷるぷると怒りに身を震わせた。
「こら!小っちゃなとか言うなよ!」
「なんだよ急に、ホント鬱陶しい」
「お前…どんだけ俺の事嫌いなんだよ」
「鬱陶しいくらい、嫌い」
「鬱陶しいわ!」
後ろで何やら騒ぎ声が聞こえるが、振り返る急にもなれない。
溜め息を何度もつきながらドアに手をかける。
「あれ?何しに来たんだっけ」 ふと我に返りなぜこんな場所にいるのか…と腕を組んで頭をかしげる。
考えても考えても答えが出ず、とりあえず教室に戻ろうと言う結論が出た。
今来た道を向き直り大きく気伸びをした。しかし心配な事が残っているのを思い出す。
「あ、イチまだいるかな?いたら謝ろー」
さっきまで散々悩んでいたくせに、と言ってやりたい。
うって変わってウキウキした足取りで歩き出すと、その先にガラの悪い連中が立ちふさがった。こちらを目を細めて見つめている。
(何あいつ、キモ)
多少気になるものの、相手がイチではない『ただの』男だった為いつもの様に無視をして歩き続ける。
「きき、きもいだってぇ?しかも『ただの』?いい加減頭きたぜこのやろう!!」
「エスパーかよお前、鬱陶しい」
こちらに向かってドシドシと足音を立てて向かってくる。あからさまに怒っていると言った感じだ。後にいる不良は『鬱陶しい』そうにその行為を眺めている。
他の不良達は…各自携帯やら何やらで遊んでいる。興味無いといった所か。
つまり、一人だけ浮いている。
「お前さぁ、先輩が声かけてやってんだからよぉ、挨拶くらい出来ねぇのか?」
「はい、出来ません」
何事も無いかのように彼の横をスルリとすり抜ける。あっ、イチになんて言って話しかけよう、と思っていた。
人工芝に上履きがこすれる音を背後に聞きながら、不良Aは固まっていた。相当ショックだったのだろう。
「…ドンマイだな」
「………」
「まぁ、大丈夫だ、嫌われてないさ。お前に興味が無いだけだ」
フォローになっていない。むしろ酷い。いくら話しかけても返事がない。これはまずいな、と不良Bは焦り、取り押さえる構えをとった。
「……ちゃん………した」
「…は?」
不良Bを向き直り、小さな声で呟く。口元がニヤけていて気持ちが悪い。
「…ウミちゃんと話した」
その時、不良Bは心の底から思った。『鬱陶しい』と。
ウミと不良の圧倒的戦力差の戦闘が行われている時、コウは体育館裏に来ていた。
ここは学校の裏山的な場所で、そうそう人が来る事は無い。来るものと言えば野生のイノシシやヘビが来るくらいだ。
学校の敷地内にイノシシがいるのもどうかと思うが。
「ついに手に入れた。」
緊張で途切れ途切れの息を整えようとするが、心臓は大きく波打っていてなかなか収まらなかった。冬の季節なのだが、体中が汗ばんで気持ち悪い。
手がガタガタと震える。手に持っていたカバンを降ろそうとするが汗が邪魔をしてカバンを落としてしまった。
あせりながらしゃがみ込み、中のものの無事を確認して一息ついた。
膝が思い切り地面に付いて汚れてしまったが、今はどうでも良かった。
ホッとして地面に座り込む。コウの手には、それが大事そうに握られていた。
無機質に黒く光る金属だ。円形になっている為ブレスレットだろう。真ん中には何をはめ込むのか、ビー玉程度の小さな穴が空いている。
「これが…、アスナリング。…凄い」
彼はアスナリングと呼ばれるそれを見つめ、口元を緩めて笑った。その表情はイチやウミに見せる笑顔ではなく、どこか狂気が混じっている。
額に溜まった汗が頬を伝って地に落ちた。そして笑顔は声になって零れ落ちる。
「っはは…は、あハハハハハハハ!!」
手を大きく広げ、空に向かって叫ぶ。目の焦点は定まらず、体中が武者震いする。
声が山に反響し、返ってくるがもはや耳に入る事は無い。
「ははは!は!はぁはぁ、はぁ……くくく、今に見てろ…イチぃ!!」
空はもう、すっかり赤く染まっていた。
「なんか暗くなってきましたね〜。先輩、そろそろ切り上げませんか?」
「いや、まだダメだ。今回は目的があってきたんだからよ。それにしてもお前さぁ、飽きんの早過ぎだろ」
「そーすか?みんなが張り切り過ぎだと思いますよ〜。俺くらいがノーマルなんすよ。ノーマル」
空が赤く染まり始めた頃、校門の前に2人の若い男の姿があった。植木の前にあるベンチに足を組んで座っている。
大柄な金髪の男と、痩せ型で小柄の茶髪の男。
高級そうなスーツを着崩して着ている為、近寄りにくい雰囲気を漂わせていた。
「それにしても遅いな、この学校で間違いは無いはずなんだが…」
「いいじゃないすか、一人はやったんだし、もう一人もやんなきゃいけないんすか?」
「お前、上から何も聞いてないのか?」
「何も。だって上って先輩でしょ?先輩が教えてくれなきゃ分かんないっすよ」
「あ、すまん、そう言えばそうだった」
そりゃないっすよ〜、と二人は笑いあった。端から見ればあっち系の人達のように見えなくもない。
小柄な男は笑いの余韻に浸ってテンションが上がっていた。下校途中の女子高生を見つけてニヤけている。
一方の大柄男は真剣な顔に戻り、何やらそわそわと落ち着きが無くなっていた。よく見れば、彼らの背後にはアタッシュケースのような長方形のものがあり、それをチラチラと気にしているようだった。
「あ!先輩、今はぐらかしましたよね」
「ははは、まぁ気にするな、その内わかるさ」
「ふ〜ん、まぁいいですけどね、下っ端の俺なんかにわからない話しなんでしょうよ…」
「そうゆう事だ」
小柄な男は嫌みで言った言葉を肯定されてしまい、ヘコんでしまった。泣いたふりまでしている。
しかし大柄な男はいずれも平静を保っていて、口元をキツく閉じたままだ。
それから少し時間が経ち、日が沈む頃。学校から出てくる生徒達も一気減り、ところどころに明かりが灯り始めていた。
静かになったせいか、体育館からのボールの音が辺りに鳴り響いていた。
「…来たな、行くぞ」
大柄な男が重い腰を上げ、スーツの裾をパンパンと払った。そしてもう一人も立ち上がる。眠そうな目をこすり、ニヤリと口元を緩めた。
「へへ、待ってました」
その手にアレが入ってそうなケースを持ち、二人は歩き始めた。
二人の前には、イチの姿があった。
「イッチー!あれ?イッチーいないのかな」
教室に戻ってきたウミは勢い良くドアを開いた。しかしそこにいたのは目的のイチではなく、放課後の誰もいない教室でここぞとばかりにイチャイチャしているカップルのみだった。
突然の訪問者に驚き気まずい雰囲気を漂わせたが、ウミにとってはカップルの存在などどうでもよかった。
「あ、ごめん、続けて続けて〜」
続けてと言われても…と顔を真っ赤にして照れているカップルを見て、ウミは凄く機嫌が悪くなった。
まぁ嫉妬である。とても、いや、もの凄い悔しかった。
あんなブスに彼氏がいてなんで私にはいないのよ!!と心の中で絶叫した。
そんな女心は秋の空と言うことわざの象徴とも呼べるウミであったが、イチがいない事を再確認すると再び教室を後にした。
「もう帰っちゃったか、せっかく伝承者が来てるよ〜って教えてあげようと思ったのに」
ぶつぶつと独り言を呟きながら去っていくウミ。
正直ちょっと変人っぽい気がしないでもないが、そこは暗黙の了解であって誰も口にしてはならない。
もちろんそんな事を言えば彼女の逆襲に合うだろうし、単純に可愛いから許せる!って事でもある。
嵐のように去っていったウミを、呆然と見送った真面目くんカップルたち。
まさに嵐の後の静けさと言うべきか、そこには沈黙だけが残っていた。
「………」
「………」
「…やっぱウミちゃんってさぁ」
「…うん、やっぱりそう思うよね」
「だよな〜」
「うん…」
「メッチャ可愛いよなぁ」
バッチ〜ン!と気持ちのいい効果音と痛みを残し、カップルの1人がプンプンしながら教室を出ていった。
1人になった男子生徒はまたもや呆然とその姿を見送る。それがまたなんと悲しげな背中であろうか。もらい泣きしそうである。
「…やっぱり」
……。
「女心はわからんなぁ…」
赤くなった頬をさすりながら、彼は呟いたのであった。
日も大分暮れ、段々と茜空が黒に染まりかけていた。
テストの緊張感から解放されていつも以上にやる気満々だった運動部の一同も、せっせと後片付けに励んでいる。
中学生らしい威勢の良いかけ声も少なくなり、帰路を急ぐ車のエンジン音へといつの間にか変わっていた。まぁ車さえ大して走っていないのだが。
廊下をノロノロと歩きながら眺める景色はウミを憂鬱にさせた。イチの事を少々引きずっているようだ。
暮れていく夕日に照らされた横顔は、そりゃもう綺麗の一言だ。高等部の不良をも惑わすのだからまさに『魔性の女』である。
「なによ、なんであんなブスに彼氏なんか…」
あ、違った。イチの事じゃなかった。まさかの裏切りである。
結構根に持つタイプのウミは女子にはかなり嫌われていた。男子にモテるからという理由もあるが、性格の悪さが影響しているのだろう。
友達のいないウミにとって、イチやコウは唯一心の休まる場所だった。
イチは気を使うなんて事はしないから一緒にいて気苦労しない、少々正直すぎる位でショックを受ける事も多いが、他の男に比べればそれくらいが快適だった。
言うとすれば、可愛いだの好きだのばっかりでムカムカするだけだ。人のこと言えるのかよ、と言ってやりたい。もちろん言えない。
コウはとても真面目で2枚目でいい奴だ。いつもイチと一緒にいるが、どちらかと言えばコウがイチにつきまとっているように見える。
幼稚園時代からの付き合いらしいから、昔からそんな感じだと思うが、ウミは中学から転校してきたので余り詳しくは知らなかった。
たまに皆が思い出話にふけっているのを見てはウミはよく寂しくなったが、そんな時はよくコウはかばってくれた。ホントにいい奴だ。だから仲良くなれたんだと思う。
「おっとと」
ぼーっとしながら歩いていると階段を通り過ぎていたようだ。近くの教室から複数の視線を感じたが一発ガンを飛ばして黙らせた。多分文化部の何かだろう、既にもう外は暗くなってきていると言うのに黙々と作業に没頭している。
階段を下ろうとすると、そこには見慣れた後ろ姿があった。ミディアムくらいに伸びた茶髪を整髪料で綺麗に纏めていて、さらに端正な顔立ちときている。制服の着こなしもオシャレで運動神経も抜群という反則技を得意とする男。踊り場の窓から外をジッと見つめている。コウだ。
「コウ?何してんのこんなトコで」
タタンッと階段を素早く駆け降りコウの側に駆け寄る。しかし聞こえていないのか、ましてや存在自体気付いていないのか。一点を見つめて目を離さない。
軽く流されてムッとしたが、その視線を辿っていくとコロッと態度が変わり、あからさまに笑顔になった。
「イチっ!まだ学校にいたんだ!」
大きな窓に取り付けられた木製の手すりを乗り出して頭をガラスにぶつけてしまう。激しく頭を打って相当痛かったのか、頭を抱えてその場にかがみ込んでしまった。
コウの視線の先には、校門の近くにいるイチ、それにスーツを着た怖目の凸凹コンビだ。
何やら話し込んでいるようだが聞こえない、当たり前だ。あまりいい雰囲気には見えないのは遠くからでも分かるが。
「いたた〜、ちょっとコウ手貸してよ〜」
「………」
まさかの無視、思いのほかショックだった。ガ〜〜ン!というテロップが脳内再生で流れる程ショックだった。
頭を抱えていた腕を床に付きうなだれるが、コウは無視の一点張りである。
「…やっぱりな、あいつも適合者だったか」
不意に放った言葉の意味がウミにはわからなかった。いつもと全く違うコウの雰囲気がその言葉の不可解さをさらに増長させていたいたからだ。
コウ?とへたり込んだ状態で問いかけると、やっとこちらに気付いてくれた。
「あ!ウ、ウミちゃん?ごめん、気づかなくて」
気づかないって…。
小さく呟いてため息をつく。今日のコウはどこかおかしい、疲れているのかな。
「そんなトコに座ってないでさ、ほら、手握って」
何気なく爽やかさをアピールしながらウミに向かって手を差し伸べる。
その手を握り返そうと手を伸ばすがそれは適わなかった。
「あ、イチ忘れてた!」
伸ばしかけた手で手すりを掴み起き上がると、ウミは元気良く走り出した。
じゃあね!と振り向かずに走りながらコウに別れを告げ、校舎の階段を一目散に駆け降りていった。
「……また、お前か」
宙をさまよっていた手を思い切り握りしめ、コウはそう言った。左右に目を尖らせて外の人物を睨む。
またその怒りは、校舎から駆け寄っていくもう1人にも向けられていた。
どうも、読んでいただきありがとうございます。
私の単なる妄想的な作品でしたが楽しんでいただけたなら幸いです。
ゆっくりマイペースにやっていくんで、どうぞこれからもよろしくしてやって下さい。