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残念兵士とお姫様

作者: 山桜りお

「ひーめーさーまーっ!助けてくださいっ!」


 情けない声が響いて耳朶を打つ。ええいと叫んだ勢いのまま、アシュノは地面を蹴った。


「はっ!」


 逆手に握った短剣をまっすぐ横に薙ぐ。ブツッと命を刈り取る音がして、それきり相手は動かなくなった。


「……お昼ごはん、ゲット」


 これで、実に数時間ぶりの肉にありつける。くっと拳を握って感動に打ち震えるアシュノに、横からのんきな声がかかった。


「さすがは姫様、お見事です。俺にもわけてくださいね!」

「断固拒否」

「えええっ!?姫様ひどいっ!」

「なにがひどいだ!」


 そんなあ、と哀しげな声を上げられようとアシュノの決意は変わらない。今日という今日は、この目の前の駄目男に世間の厳しさというものを教えてやるのだ。


「それはひどいですよ姫様ぁ。俺はじゃあなんのために姫様についてきたんですかあ」

「ついてきたのは私でしょうが!あ、ん、た、が!狩りに行くからついてきてくれませんかって!言ったんでしょう!!!」

「いやそれは姫様においしい鹿でも取ってもらおうと」

「この駄目男っ!」


 怒りのままにげしげしと頭を蹴ると、駄目男ことレミオンはぎゃあっと悲鳴を上げた。


「すみませんでしたあっ!ほんの出来心で!」

「出来心でそんなことをしようとする奴があるか!」

「はっ、ここに」

「キリッと返事しようがかっこ悪いことに変わりはない!」

「そんなっ!?」


 がっかりした顔をしているレミオンを尻目に、拾ってきた薪で火をおこす。薪も獣も、自分で捕った物だ。レミオンには渡さない。出発してから今に至るまで何もしない、どころか主人であるはずのアシュノを激怒させるようなへなちょこ男に大事な食料を分けてやる筋合いなどないのだ。


「姫様ー、寒いー寒いー」

「誰があたっていいっていったの!?」

「あー、あったかい」


 けれどアシュノの決意もどこ吹く風と、人の話を全く聞かないレミオンはほっこりとした表情でのんきに暖まっている。それが腹立たしいことこの上ない。―――――とそこまで考えて、アシュノは自分がたき火に当たっていないことに気づいた。




「さっむい!」

「あ、どうぞどうぞ」


 こちらへ、と手招きするレミオンの横に座ってホッと人心地つく。そして、気づいた。


「私が起こした火なのに、明らかにこいつの所有物扱いになってる!」

「やだなあ姫様。元々そうですって」

「黙れこのだめだめ下っ端!」








 今日は本来、山登りをする予定など全くなかった。アシュノは、ここセツギ王国のれっきとした王族である。現国王の第一王女にして、王位継承権は第一位。次期国王の座を担っているのだ。当然のことながら毎日のように外交に内政にと、やるべき仕事は山とある。それが、どうしてこんなところで()()()()と騒いでいるのかというと――――。


「姫様が俺と一緒にいたくて仕方がないと言って聞かなくて。」

「物理的に首が飛ぶかな?」

「俺のできが隊でぶち抜けて悪かったからです!」


 シュパッとナイフを抜いたアシュノの動作とほぼ動じにレミオンはガバッと頭を下げた。こういうときの反射神経は悪くないのに、と重い溜息をついてアシュノはそうそう、と頷く。


「今年の新隊員は三十七人の超精鋭達のはずなんだけど、一人だけなんか不良品が混じってたのよね」

「不良品とは何ですか!こんなに姫様想いの賢い兵士に対して!」

「不敬を恐れるどころかその単語すら知らないアホの間違いでしょ!」


 全くアシュノの言葉通りで、レミオンの出来は悪い。それはもう恐ろしく悪い。剣を持たせればよたよたよろめいて転び、弓を持てばどう使うんですかと真顔で聞く。挙げ句の果てにならず者討伐でナイフも持たない下っ端破落戸ごろつきに人質にされる始末だ。


 これには軍部も頭を抱えた。王国始まって以来、最強を誇る軍になにを間違って()()()()がはいってしまったのか。人質に取られるなどという前代未聞の大失態をしでかした男の処遇については、いっそのこと存在ごと抹殺してしまえばどうかという過激な意見も飛び交ったが、それを納めたのはアシュノの一声だった。


 自分が、この男をきっちり王国最強に恥じないものにしてみせると。


 しかしと反駁しかけた大臣達は、それすらできない者に王位が務まるかと問うて黙らせた。仮にも一国の姫の側に得体のしれない兵を置くのはどうかという意見も出たが、アシュノの剣の腕を知っている人々は下っ端になにかができるはずもないことを知っていた。


 こうして、アシュノは駄目男再教育にとりかかることとなった、の、だが。


「姫様姫様、食べ頃ですかね」

「なんでそこだけ反応が馬鹿っ早い訳!?」

「食べ頃を見逃すのは俺が死ぬのと同じです!」

「それは兵士の言うことじゃない!仮にも兵士が!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらもおいしそうな鹿肉を前にするともうそちらが気になって仕方がない。


「………ガブッ」


 おいしそうに焼けた肉に豪快に齧り付く。冬場だというのに脂ののった鹿肉は、信じられないほどうまみと甘みがあって美味しかった。寒さでこわばっていた体がホッと緩んでいく。


「…おいしい」

「いやー、最高ですね!」

「……おい、下っ端」


 なんですか?と首を傾げるレミオンの襟元を掴んで、ぐっと引っぱる。


「いつ!あんたにどうぞお食べくださいなんて言いました!?」

「いっへまへん(言ってません)!」

「だからキリッとした顔で……別にキリッともしてない!」


 ほっぺたを掴まれて左右に引っぱられているレミオンは、どう見てもキリッとしていない。強いて言うならばキリッとしかけて阿呆な顔の男だ。


「あげないって言ったのにあんたはほんっとに人の話というものを……二個目に手を伸ばすなっ!」

「ばれた!」

「ばれいでかっ!」


 人の話を全力で聞き流して次の鹿肉に手をのばすレミオンをはっしと止めて、アシュノは項垂れた。


「…あんた、処分されたい?」

「滅相もない」

「じゃあその態度をなんとかしてくれない?」

「分かりました姫様!」

「鹿肉に手を伸ばすな!」

「ちぇっ」

「あんた今舌打ちした!?どこからどう見たって百パーセントあんたが悪いこの状況で舌打ちした!?」


 しかも次期王位継承者に、という心の叫びは胸の内のとどめておく。


 それは、他人が心から言って初めて意味を持つ言葉だ。自らがその権力を振りかざすような者は、必ずや悪政を強いて民に恨まれる王となる。そんな負の歴史として語り継がれる王になる気は、アシュノにはない。


 と、それはさておき。


「このままだと本当に危ないってことを、この人は分かってるのかしら…」


 全く危機感のない顔でまたまた鹿肉に手を伸ばすレミオンを、アシュノは項垂れつつも正確にひっぱたいた。





                       ★





「あー、疲れた」

「くたくたですね」

「どこぞの全く働けない阿呆兵士のせいでね」

「どこのどいつですかそれは!俺が行ってって成敗」

「自覚ぐらい持ってよ!」


 とっぷりと日が暮れて、ようやく城へ帰り着いたアシュノは背負ったレミオンを雑に地面に落とした。


「ちょ、痛っ!姫様雑ですよ」

「ここまで運んであげた恩人に対して言うことがそれ!?」




 アシュノが怒るのにはもちろん訳がある。なんと、こともあろうにこの男、雪山からの帰還中に足を挫いたとほざいたのだ。


 見てみると赤く腫れており、動けないなどとだだを捏ねる大の男を背負って山道を歩くこと三時間。無事に王城に帰り着いた時、アシュノはもう完全に目が据わっていた。


 なぜ、本来自分を守るはずの兵士を背負って山道を強行軍。


 しかも、真冬の雪山(望んでなくてももれなく熊もついてくる優れものだ)。


 なんでこんな奴の教育をうけもってしまったのだと自問自答すること数十回を繰り返し、アシュノは最高に気分が落ち込んでいた。


「ああ、もう止めてしまいたい…」


 そんな彼女の嘆きを知ってか知らずか、本来護衛のダメダメ兵士は「諦めない先に成功があるんですよ姫様!」などと火に油を注ぐ発言を連発していた。





                     

                      ★






 深夜。




 なんとなく寝付けずに目を覚ましたアシュノは、殺しきれない荒い息づかいに驚いてそのままぱっと身を起こした。誰かが侵入している。護衛ではない、足音の消し方も雑な、恐らくは二流の暗殺者。命を狙われるのは王族の常なので、こんな状況でもアシュノが狼狽えることはない。


 武術全般に秀でているアシュノは、当然のことながら気配を(ひそ)めるのもお手の物である。足音を一切立てないようにして窓の外を覗く。




「……?」




 なんだろうと首を傾げた。なにかがちがう気がするのだ。そこにある中庭は、いつもと何ら変わりなく見える。見えるが、何かがおかしい。覚えている景色と目の前の景色はどこかがちぐはぐで、でもなにがアシュノにそんな風に思わせているのかは分からない。


「なんだろう……」

「危ないっ!」


 再度首を傾げるのとほぼ同時に、体を何かで思い切り押されるような衝撃が襲った。突然のことに反応もできず、そのまま横に吹き飛ばされる。


「…っ!」


 ガッと鈍い音がして、動きが止まる。恐る恐るすくめていた顔を上げようとして、そこで自分が誰かに抱きしめられていることに気がついた。体が痛くない。どうしてだろうと回らない頭で考えつつ、そっと顔を上げる。


「………レミ、オン?」

「…大丈夫ですか、姫様」

「…うん………」


 訳も分からずただこくりとうなずくと、レミオンはひどく安堵した顔をして、ほぅっと長い息を吐いた。


「レミオン?なんであんたがここに…?」

「なぜ、とは?私は姫様の護衛ですので…」

「護衛?いつから!?」

「は?いつから…?ここ3年ほどはすっと姫様の護衛をさせていただいておりますが…」

「3年!?嘘!だってあなた、まだ見習い兵士になって半年しか」

「……姫様」


 不審げな目で見られ、ますます混乱してものが考えられなくなる。だっておかしい、レミオンは精鋭の一員(業腹なことに)とはいえ下っ端中の下っ端なのだから、王族の敷地内に足を踏み入れることなど許されていない。もちろん不法侵入は死罪で、まさかいくらなんでもそれを知らないなんて。


 けれど、目の前のレミオンは、なんだか顔つきもいつもと違う。へらへらとした笑みはどこにもなく、真剣な表情でアシュノを見ている。


 なんで?レミオンは、私が教育すると明言した落ちこぼれ兵士で、まだ入隊からほんの少ししかたってなくて、今は二人で修業の真っ最中のはずで、こんな夜中に庭園に入る権利なんて持っていないただの下っ端兵士のはずだ。言葉遣いだってこんなに丁寧じゃない。もっと私を馬鹿にした感じで喋ってくる。




 それがどうして、こんな好青年になっているのだろう。




「…姫様、どこかお加減でも」

「悪くない。……レミオン、ねえ、あなたいつの間に言葉遣いを変えたの」

「変えて、などおりませんが」


 困惑したように眉を寄せるレミオンの百倍はぐちゃぐちゃの頭で、アシュノはただ目を瞬いた。


 訳がわからない。目の前にいるこの男は、レミオンじゃ、ない。どうして?こんなにレミオンにそっくりなのに。レミオンと呼んで、返事を返すのに、言っていることがかみ合わない。


 一瞬賊か、という考えが頭をかすめたが、ありえないと一蹴してまた考え直す。目の前の顔はどう見ても変装で真似できる領域を超えている。どこからどう見たってレミオンそのもので、ただ表情だけが違う。


「…姫様、またお加減を悪くされますといけませんから、お部屋にお戻りくださいませんか」

「……ええ、って…私、風邪なんて引いたことないわ」

「なにを言っておいでですか?……姫様、もしや先ほどどこか頭を打ったり…」

「してない!風邪なんて、引いたことないわよ!」


 本当だ。アシュノは頑健そのものの王の血をがっつり引き継いで、めでたいことに十五の今まで一度も風邪を引いたことはない。流行病はいくつか罹ったことがあるが、それは普通の風邪とは一線を画するもので、それだって最後に罹ったのは五年ほど昔のことである。


「姫様は、つい昨日までお風邪を召されておりました。…本当に覚えていらっしゃいませんか」

「…残念ながら、ちらとも」


 なにせつい昨日にあった出来事と言えば、恐怖と怒りの雪山登山冒険隊。~もれなくクマとレミオンを連れて~。そのあと風邪でも引いたっけと考えて、そんなばかなと思わず苦笑する。


 だって、あのあとは二人して体を温めるなりさっさと解散し、疲れたから早く寝るようにと声をかけてアシュノもすぐに寝入ったのだ。いや、レミオンがどうしたかは知らないけど取りあえず寮の怖ーい先輩兵士に預けてきたから、そう変なことができるはずもない。したがって、レミオンがアシュノが風邪を引いているなど、もしそれが本当であっても知っているはずがないのだ。


「レミオン、大丈夫?」

「私が聞きたいです。姫様、本当に大丈夫ですか」

「ホン……ット誰!?レミオンて、こんないい人じゃない!」


 え、と驚くレミオン(いい人)は無視して、アシュノは心から叫びを上げた。


「レミオンは、レミオンはね!」


 半月前に入隊したばっかで、敬うって言葉のうも知らないようなアホアホで、いろんなとこ行きましょうよって誘ってくるけど結局なんやかんやで私に大迷惑かけて、全く悪びれずに笑って、それで一緒に帰ってくる。




 そんな、やつだ。




 だけど、知ってる。何にもできないふりをして、実はちょっとずつ成長してること。私がたき火起こしている間、こっそりそこら辺の安全確認をしていた。


 帰り道で足をくじいたのは、危なそうなところがないか確認しに行っての結果だ。だからアシュノは、何も言わずに背負ってやることにした。行動の結果の失敗なら、責める理由はない。それも見越して、アシュノはレミオンを育て上げると決めたのだから。


 レミオンは、帰りの雪道で背負われている間じゅうずっと申し訳なさそうに縮こまっていた。彼の軽口にだまされてはいけない。


「……それは、私ではございません」

「知ってるわ」


 感情のまま『レミオン』を怒濤の勢いで語っていると、目の前の男は一つ頭を下げた。


「ただ、姫様の仰る人物を、私はよく存じ上げております」

「………え?」

「それは、恐らく私の祖先です」

「……………………ん?」


 さすがに意味が分からない。この男は一体なにを言い出したのだと凝視して、同じくらい自分をじっと見つめる瞳にぎょっとする。


「え、ちょ、なんで」

「…私にも何が起きているのかは分かりませんが。……差し出がましいことを申し上げます、、私にも一つ質問をさせてはいただけませんか」

「どうぞ…へっくし!」

「あ、すみません、やはり止めておき…」

「いいから!」


 男はちょっと躊躇っていたけど、かまうものか。聞きたいことはなにと引き換えでも聞かなければいけない。例え風邪を引いたとしても、聞きたいことを聞けないのに比べれば一時の健康なんて安いものだ。…風邪に罹ったことないから分からないけど、多分。


「…では。姫様の、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「アシュノ・セルシード・ノンラシア」


 スパッと答えると、彼は一瞬息を止めて、固まった。そして、やはり、と小さな声で呟く。


「………私が、お仕えしている姫様の御名は、セリア・ノンラシア様です。あなた様では、ございません」

「どちら様!?」


 憚る人目もないのをいいことに、思い切り声を上げてしまう。セリア・ノンラシア!?歴代の王族の中に、そんな名前の姫君はいなかった。ついでに王子もいなかった!外戚を含めても、(その場合は名字がちがうはずだが)セリアという名の人物は存在していない。記憶力には自信がある、建国当初から今に至るまで、絶対に、どこにもいるはずのない姫君。


「……たちの悪い夢?…イタッ」

「…何をしてらっしゃるんですか?」

「ちょっと自分の正気を確かめたくて」


 腕をつねってみると、想像以上に痛かった。どうやら夢ではない。


「あの、よろしいでしょうか」

「どうぞ」

「あなた様は、先ほどアシュノ・セルシード・ノンラシア様と名乗られましたが、それは五代ほど前の女王陛下の御名です」

「…………イタっ」


 やっぱり夢じゃない。一瞬前と同じ動作を繰り返すアシュノをレミオン(いい人)が訝しげに見つめる。


「………じゃあ」


 私は、過去の人間なのだ。


「へえー…」

「驚かれないのですか」

「十分驚いてます。あなたこそ、こんな変な状況に出くわしてよくそこまで冷静になれるわね」

「…あまり、驚かない性分でして」


 レミオンと大違いだ。彼は何でもかんでも驚いて笑って阿呆らしいことばかりする…と、そこまで考えてはっと気づく。


「ねえ」

「は…?」

「私が、過去の人間なのだということは分かったわ。レミオンは…?」

「…それは、私ではなく、祖先のレミオンのことでしょうか」

「ええ。彼はどうなったの?」


 これが現実だろうが夢だろうが、自分が女王になることはほぼ今の時点で確定だから、別にそこまで驚かない。だってアシュノは今現在、王を除いた唯一の直系だ。むしろ王にならないほうが難しい。問題は、レミオン。ちょっと間違ったら首斬り行きまっしぐらの彼は、一体どうなっているのだろうか。


 お願いだから死んでませんようにと手を組んで祈る。あいつのことだから、うっかり大ポカをやらかしてちょん切られている可能性も大いにあるのだ。


 王の前でいつも通りの軽口叩いたり、兵士の役目ってなんですかとか、うわあ言いそうっ!


 考えれば考えるほど絶望的になっていくレミオンの生存。頭を抱えそうになったそのとき、静かな声がアシュノの思考を遮った。


「……レミオン・ファンリアは、私の先祖です。彼は兵士を志して国軍入隊。けれど、壊滅的に武に優れず、危うく殺されるところを当時の一の姫様、アシュノ殿下に救っていただいたのだと言います。」

「…よくご存じで」

「先祖のことですから」


 苦笑して、彼は話を続ける。


「その後、殿下自らが鍛えてくださったおかげで彼はなんとか隊に残り、姫様の専属護衛を務めるまでになったのだそうです」


 そこに至るまでの経緯は決して語られることはなく、誰も知らないのだと。偉そうに言っておいてこの程度しか存じませんが、と頭をかいたレミオンの子孫とやらをまじまじ見つめる。


「あなた…」

「なんでしょうか」


 そして、気づいた。レミオンじゃない。アシュノの知るレミオンとうり二つの顔をした彼は、けれどレミオンとは決定的に違うところがあった。瞳の、色。レミオンの瞳は、明るい茶色で。彼の瞳は、暗いところでもはっきりと分かる燃えさかる紅蓮の炎の色。―――――その色の瞳を持つ者は、王族に限られる。


「あなたは………」

「私は、しがない護衛兵士です」


 そう言って笑った彼は、きっとアシュノが気づいたことに気づいていて、そしてあえてそれには触れない。


「……そう」


 だからアシュノも、彼の素性には気づかないふりをしてただ笑った。彼が言うつもりがないならば、アシュノが踏み込むことは何もない。気づいたことにも素知らぬ顔をして生きていくのが、王族というものだ。


「…あ、そうだ」


 ならば、何を話そうか。少し考え、はっと思いついてレミオン(子孫)を見る。



「なんでしょうか」

「覚えておいて。あなたのご先祖、本当にもう清々しいほど敬うって言葉を知らないの。とんでもない命知らずで、甘ったれで、へっぽこで、…………でも、決して嫌われてはいなかったのよ」


 そう言って笑えば、彼はちょっと目を見張って、それから「よく覚えておきます」とほのかに笑った。アシュノはレミオンにがみがみ小言を言うけれど、それは決して嫌いだからじゃない。むしろ――――その先にある感情に、アシュノはぱたんと蓋をした。これは、今開けるべき感情ではない。これ以上話すことは、何も。






 アシュノは、満足して。










 それきり。






















「姫様!ひーめーさーまっ!」


 がんがんがんっと敬意もへったくれもなくかち割らんばかりの勢いで窓を叩かれて飛び起きる。


「なに!?襲撃!?」

「おはよーございますっ!今日も寝起きが悪いですねぇ」


 レミオンが窓から覗き込んでニヤッと笑う。


「全く姫様は。わざわざおこしに来てあげた可愛い部下の身にもですね」

「勝手に起こしに来といてその言い草!?大体あなたここに入っていいって誰の許可を貰ってきたの!」

「………え?許可とかいるんですか、ここ?」

「…あったりまえのことを阿呆づらで聞くなああっ!」


 ぎゃあぎゃあと怒鳴りながら、慌てて着替えを引っ張り出す。取りあえずコートを雑に羽織って窓からひらりと飛び出す。


「え、姫様どこに」

「王城の、王族居住区にはいった一般人は誰であろうとすべからく死罪!あんた死にたいの!?」

「滅相もないっ!姫様助けて!尊敬しますっ!」

「このアホ兵士はほんっとにこういうときばっかりっ!」


 腹いせにゴツッとげんこつを入れてやって、慌てて駆け出す。誰かに見つかる前に早いとこレミオン(このアホ)を逃がしてやらないと。寝起きの頭をフル回転させてそこまで考えて、と、なにかが思考の片隅に引っかかった。


「なんだろう……」


 赤い瞳が、よく知った顔と重なった気がする。


「……?」


 首をかしげるアシュノの耳に、レミオンの「助けてえ!」という世にも情けない声が響いた。


「姫様っ!まだ死にたくないんですおれっ!」

「わかってるわよそれくらい!」


 怒鳴り返した声が、綺麗に思考の欠片を吹き飛ばす。いったい何を考えようとしていたのだろう。重なった、赤い瞳は。それを切り捨てたことが、少しだけなんだか惜しい気持ちになって、




「まあいいや」




 のぼりはじめた太陽を見て、笑う。それが本当に大切なことならば、きっといつか思い出す。大切なのは、今。




「死にたくなーいっ!」




 この、どうしようもない、愉快で楽しい下っ端兵士を守ることなのだから。






「死なせません!もう二度としないでよ!」

「肝に銘じません!」

「なんでっ!?」



 どたばたと駆けていくレミオンを右へ左へと後ろから誘導しながら、軽口に愕然としたアシュノは、なんだか少しだけたくましくなったように見える背中を見てふわりと笑った。



 いつか、数え切れないほどの日を超えてレミオンが一人前になるのは、どうやらまだまだ先のことのようである。









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