アトランティスの夜泣き(脚本)
〇登場人物表
井上美香(9)(0) 小学4年生
井上久義(42)(33) 美香の母
井上芳子(31)(22) 美香の父
田迫大樹(11) 小学5年生
田迫久雄(46) 大樹の父/久義の兄
田迫ゆかり(38) 大樹の母
中村浩明(11) 小学5年生
中村恵美子(45) 浩明の母
中村富正(享年40)浩明の父 遺影のみ
今井淳介(11) 小学5年生
今井真由子(56) 淳介の母
今井千恵(80) 淳介の祖母
水上(52)ゲーム会社フューチャー代表
玉井(35)ゲーム会社フューチャー社員
オワリ課長(24) ユーチューバー
吉崎(54) 警官
川上(69) 整形外科医
中年男性(44)
中年男性の母(74)
バーの男性店員
サッカー教室の子供達
捜査員達
図書館受付の女性
女性看護師
その他
○ 井上家・久義の部屋(夜)
机の上には数台のデスクPC、プログラミングの本やゲーム本などが折り重ねっている。机に正対していないオフィスチェア。ラックに並ぶ様々な種類のゲーム機やゲームカセット。
壁には海で撮影された井上家の家族写真が数枚飾られている。
入口で部屋を見て呆然と立ち尽くす井上芳子(31)。
うっすらと聞こえてくる子供達の騒ぎ声―
タイトルー『アトランティスの夜泣き』
〇 田迫家・和室
首を回転させている古びた扇風機。
スマフォゲームアプリ『アトランティス』に熱中しているポニーテールの井上美香(9)、中村浩明(11)、今井淳介(10)。
浩明「いけっ殺せ!」
美香「死ね死ねーっ。淳君その宝箱とって」
淳介「あ、うん」
美香、ピンク色のイヤホンをしてTシャツの胸元には可愛らしい花のワッペンが刺繍されている。
田迫大樹(11)、少し離れたところで土が敷かれているだけの水槽を眺めている。
水槽、土がモゴッと動く。
大樹「(それを眺めながら)ねえ」
ゲームに夢中の三人。
大樹「(三人の方へ振り返って)ねえって!」
浩明「(スマフォから目を離せず)なに? (ゲームに夢中で)うわっ」
大樹「トランプしようよ」
浩明「俺、ババ抜きしか知らないし」
美香「(スマフォを連打しながら相変わらず)死ね死ね死ね。ヒロ君はもっと横から!」
浩明「あいよ」
大樹「じゃあババ抜きしようよ」
三人、返答ナシ。
大樹「ここ俺ん家じゃん!」
美香のスマフォ画面、草原のようなフィールドで一匹のヒト型の怪物を三人の鎧を装着した騎士が矛のような武器で切り刻んでいる。
画面端には『プレイ時間』が表示されており、185時間56分19秒、20秒―と、タイマーがはしっている。
× × ×
部屋に射し込む夕陽。
拳サイズのきな粉餅を頬張る浩明、美香、淳介、大樹。
そこへ麦茶と醤油を持ってくる田迫ゆかり(38)。
ゆかり「お醤油いる人はかけてね」
大樹を除く三人、餅を頬張ったまま『ありがとうございます』と曖昧に返答する。
ゆかり「美香ちゃん、そのワッペン可愛いね。お母さんに作ってもらったの?」
頷く美香。
ゆかり「お母さん元気?」
曖昧に頷く美香。
大樹「(全員に)ゆっくり噛んで食べなよ。のどに詰まったら死んじゃうよ」
ゆかり「まあ、偉そうに」。
大樹「母ちゃんはあっちいってて」
ゆかり「あら、私はお餅つくったら用なしですか。ひどい。(他の三人に)ねえ」
ゆかりを睨む大樹。
ゆかり、フンという表情でキッチンの方へ戻っていく。
ゆかり、スマフォを取り出し、オワリ課長の動画『アトランティス、PLAYしてみた!』の再生ボタンを押す。
浩明「オワリ課長、これ四つも一気に食べてたんだぜ」
淳介「オワリ課長はデブだから」
大樹「デブとか言っちゃいけないんだよ」
淳介「デブだもん」
大樹「駄目だよ。殺すとか、死ねとかも駄目だよ。みんな」
美香「言ってないもん」
大樹「言ってたよ」
美香「言ってないもん」
大樹「……」
浩明、餅を指でくり貫いて穴をあけている。
淳介「えーそれやるの?」
浩明、ニヤつきながら醤油をとってその穴に注ぎ始める。
大樹「何やってんだよー」
浩明「オワリ課長方式」
浩明、醤油を注入した餅を齧る。
浩明「辛―っ! 水水」
ケケケと笑っている淳介、美香。
浩明の口から醤油が飛んで美香のTシャに染みになる。
大樹「なあ誰だよ。オワリ課長って」
三人、『えっ』と大樹の方を見る。
淳介「大ちゃん知らないの?」
美香「ユーチューバーだよ」
大樹「ああ、あの、あれ」
浩明、麦茶をゴクゴクと飲んでいる。
大樹、同じく麦茶を飲む。
淳介「大ちゃんお餅食べないの?」
大樹「暑くてお腹空かない。そういえば、皆のとこの幼虫どうなった?」
淳介「まだ何にも」
大樹「ヒロ君とこは?」
浩明「俺も、別に。あー辛っ」
大樹「美香ちゃんとこは?」
美香、首を横にふる。
大樹、徐に立ち上がって水槽を持ってきて、机の上に置く。
大樹「(自慢げに)見てて」
水槽の中を眺める三人。
土がモゴッと動く。
三人「おー」
大樹「もうすぐなんだ」
〇 車内
車を運転する井上芳子(31)。
後部座席で体操着姿で寝転んでスマフォ画面を観ている美香。
スマフォ画面には、餅を大食いするオワリ課長(24)のCMが流れている。
オワリ課長「夏こそ、餅パワー!」
芳子「(バックミラーを見て)酔っちゃうよ」
美香「うん(生返事)」
芳子「ねえ、美香?」
美香「なに?」
芳子「サッカー好き?」
美香「うん(生返事)」
芳子「ピアノとか興味ない? お母さんのお友達がね、ピアノ教室始めたんだけど。優しい先生よ」
美香「やらなあい」
芳子「そう……」
鼻をほじっている美香。
芳子「(バックミラーを見て)やめなさい。女の子なんだから」
〇 高架下・サッカーコート
青とオレンジ色のゼッケンで二チームに分かれてサッカーをしている子供達。
ボールをトラップするオレンジ色のゼッケンを付けた美香。
同じチームの大樹、手を挙げて美香からパスを受ける。
大樹、ドリブルでボールを奪いにくる浩明を華麗にかわしてシュート。
キーパーの淳介、捕れずに倒れる。
ボール、ネットの中に入っていく。
コート外でホイッスルを吹くコーチの田迫久雄(46)。
久雄の隣には芳子の姿。
芳子「大樹君、さすがですね」
久雄「プロ目指してますから。でも今のは美香ちゃんのパスのおかげです。あのラインはなかなか狙えませんよ」
美香、華麗に股抜きパスを繰り出す。
芳子「きっと久雄さんの遺伝子ですね」
久雄「僕のですか」
芳子「久義のだったらあんなに動けませんよ」
久雄「久義も昔はサッカーうまかったんですよ。でも当時から生粋のゲームオタクで練習もロクにしなかったもんですから。メンバーから外されてしまってそれからは―」
大樹からパスを受けてドリブルする美香。
久雄「今日はお仕事大丈夫なんですか?」
芳子「……ええ。美香の最後の雄姿を見ておこうと思いまして」
久雄「最後?」
芳子「実は、今日でサッカー教室辞めさせていただきたくて」
久雄「……お金……ですか」
芳子「いえ、久義がいなくなって金銭的に辛いのはたしかなんですが、美香は女の子ですし」
久雄「美香ちゃんはサッカーが好きなんですよ?」
芳子「だからです。いずれ、男の子との身体の違いにがっかりしなくちゃいけない」
久雄「女子サッカーだってあるじゃないですか。何かあったんですか? 久義の事ですか?」
芳子「……久義もサッカー続けてたらって思います。そうしたらゲームに殺されずに済んだ……」
久雄「まだそうと決まった訳じゃ―」
浩明の声「コーチ! 大樹が!」
久雄、浩明の呼ぶ方を見ると、大樹が足首を抑えて転がっている。
〇 A整形外科・外観(夕)
古民家の一角を改装したような整形外科医院。
〇 同・院内(夕)
医師・川上(69)と向き合う大樹と久雄。大樹、松葉杖を持ち、足首には包帯が巻かれている。
壁のボードに貼られている大樹の足首のレントゲン写真。
川上「疲労骨折ですね。だいたい二カ月は運動を控えるようにしてください」
久雄、立ち上がってレントゲン写真をじっと眺める。
久雄「なんとか一カ月で治りませんかね」
川上「安静にして二カ月です」
久雄「……頑張って治そうな」
大樹「……」
〇 田迫家・和室(夜)
食卓を囲んで食事をする大樹、久雄、ゆかり。
テーブルには焼魚、ご飯、味噌汁、サラダ等が並んでいる。
ゆかり「勉強はかどるね」
大樹、ムスッとしてご飯をかきこむ。
久雄「足怪我してても、出来ることはあるからな。腕立ても腹筋も、ヘディングもできるぞ」
ゆかり「無理させないでよ。今は勉強しろって神様のお告げよ」
久雄「まあ、そうか」
久雄を横目で睨む大樹。
久雄「そうだ。どうだ、自由研究の方は。進んでんのか?」
大樹「もうすぐ産まれる」
久雄「ほんとかー。早いな」
大樹「俺のが一番早い」
久雄「ほんとかー。(ゆかりに)俺が捕ってきてやったんだよ」
ゆかり「ふーん」
久雄「カブトムシってのは男のロマンだ」
ゆかり「それで、芳子さんは美香ちゃんにサッカー辞めさせちゃうの?」
久雄「いやあ、とりあえずは話すってことだったんだけど、どうかなあ」
大樹「辞めるわけないじゃん」
久雄「美香ちゃんに辞められちゃったら大樹の穴も埋まらないし、一カ月後の区大会は予選突破も無理だろうな。頑張って欲しいよ」
ゆかり「あんた自分の事しか考えてないね」
久雄「いやーそうかなあー美香ちゃんのためを思って―」
ゆかり「頑張れ頑張れって、あんた自分の弟もそうやって追い詰めたんでしょ」
久雄「……それは、そうかなあ……」
大樹、久雄の様子にいたたまれず味噌汁から餅を箸でつまみ出して、
大樹「また、餅入ってんじゃん」
ゆかり「いらないなら出しときなさいよ」
大樹「影響過ぎなんだよ。何とか課長の」
ゆかり「オワリ課長。母さんの勝手でしょ」
大樹「勝手じゃないじゃん。俺、食べたくないのに」
久雄「あ、腹いてえ。トイレ」
久雄、ドタドタと慌ててトイレの方へ行く。
大樹「あーあ。母ちゃん謝ってきなよ」
〇 同・廊下(夜)
トイレの中から久雄の唸りとも泣き声とも見当のつかない声が聞こえている。
トイレの扉に耳をあてているゆかり。
ゆかり「ねえ、大丈夫?」
久雄「大丈夫……ウンコが固いだけだ」
ゆかり「ねえ、私さっき言いすぎちゃったかも」
久雄「ウンコが出ない……」
ゆかり「聞いてる?」
トイレの洗浄音。
扉を開いて力なく出て来る久雄。
久雄「(力無く)ちょっと出た」
ゆかり「うわ、くっさ!」
ゆかりのスマフォに着信。
〇 同・寝室(夜)
目を覚ます大樹。
隣には敷布団が二枚敷かれているが久雄とゆかりの姿はない。
大樹、片足で立ち上がって松葉杖を手にして寝室を出る。
〇 河川敷(夜)
懐中電灯を持って歩くパジャマ姿の久雄、ゆかり、芳子。
芳子「美香ー!」
ゆかり「美香ちゃんー!」
久雄「美香ちゃーん!」
河川敷の上にパトカーが止まる。
慌てて降りて来る警官・吉崎(54)。
芳子、吉崎の元にやってきてしがみつく。
芳子「(泣きながら)お願いします! 見つけてください! 美香までいなくなったら私はもう―」
膝から崩れ落ちる芳子。
ゆかり「芳子さん!」
駆けつけて芳子の身体を支えるゆかりと久雄。
芳子「そんなにサッカー好きだったのね……」
吉崎「こちらでも捜索しています。きっと見つかります。子供が二時間や三時間でそう遠くにはいけないですから」
ゆかり「(スマフォを取り出して)他の保護者にも声かけてみます」
久雄「(それを見て思いついたように)そうですよ。芳子さん。スマフォ。スマフォ」
芳子、ハッとしてポケットからスマフォを取り出し操作する。
スマフォ画面、地図が現れ『美香』という文字が動いている。
芳子「……何のために子供にスマフォ持たせていたのかしら」
〇 高架下・サッカーコート(夜)
電灯に群がる小さな虫。
コートの隅に転がっているサッカーボール。
うつ伏せで輪になり『アトランティス』をプレイしている浩明、美香、淳介。
スマフォ画面、人型の怪物、切られて、宙に浮いたようにフリーズする。
美香「よし死んだ!」
美香のゲーム画面、プレイ時間が190時間となっている。
浩明「美香つつえー」
美香「赤いとこちゃんと狙うんだよ」
淳介「……ほんとに辞めちゃうの?」
美香「大ちゃんも怪我しちゃったし、二人ともスタメンだね」
浩明「(激しくスマフォをタップして)あ、いてっ」
淳介「美香ちゃんはサッカー続けたいんでしょ?」
美香「どっちでも良い。淳君、後ろから!」
淳介「うん」
浩明「……じゃあなんで家出なんかしたんだよ」
美香「夜はママがゲーム駄目っていうし」
浩明「……」
美香「パパは馬鹿だし」
淳介「パパって……あの行方不明の?」
浩明「(淳介に)おい」
美香「パパはいるよ」
浩明「……いるって、どこに」
美香「(画面をみたまま)ここだよ」
淳介「ここ……?」
淳介、辺りを見回す。サイレンの音。
淳介「(遠くに発見して)やばい! パトカーだ!」
浩明「(立ち上がって)逃げるぞ!」
立ち上がる浩明、美香に手を差し出す。
が、美香は一人立ち上がってサッカーボールの方へ駆けていく。
浩明「おい、何してんだよ!」
淳介「美香!」
美香、二人に小さく手を振る。
浩明「駄目だ、いこう」
浩明と淳介、走り去る。
コート近くに止まるパトカー。
パトカーから勢いよく飛び出してくる芳子。
芳子の目線の先、一人で壁に向かってサッカーボールを蹴る美香の姿。
芳子、美香の元に駆けつける。
芳子、美香を抱き締めてから、片手を振り上げて頬を打つ。
芳子「危ないじゃないの! こんな夜中に女の子一人で!」
美香、じっと芳子の顔を見ている。
パトカーの方でその様子を見守っている久雄、ゆかり、吉崎。
〇 同・和室(夜)
月明かりに照らされて水槽の中の土がモゴモゴと動いている。
大樹、嬉しそうにそれをじっと観察している。
〇 井上家・リビング(夜)
芳子、美香の髪を櫛でといている。
芳子「たたいてごめんね」
美香「……」
芳子「……ママね、美香にサッカー辞めて欲しいって言ったのは、お金じゃないの。美香が成長して男の子の大樹君たちと同じサッカーができなくなったときに独りぼっちに思っちゃうんじゃないかなって心配になったの」
美香「じゃあどうして女の子に産んだの?」
芳子「……それは……美香が女の子で産まれてきたから?」
美香「ふーん」
芳子「答えになってないね」
美香「サッカー辞めても良いよ」
芳子「え?」
美香「その代り、夜もゲームして良い?」
芳子「(手を止めて)……駄目よ。だったらサッカー続けなさい」
美香「パパ助けるためなのに」
芳子「またそんなこと。あんまりやりすぎると洗脳されちゃうよ?」
美香、真剣な表情で芳子を見つめる。
芳子「……美香、ちょっと貸してくれる?」
美香、躊躇なくポケットから取り出したスマフォを芳子に渡す。
芳子「まさかね」
美香「(唐突に)美香もチンコが欲しい!」
芳子、咄嗟に美香の口を押えて、
芳子「こら。もっと他の言い方あるでしょ」
美香、もごもごと『チンコが欲しい』と言い続ける。
〇 田迫家・和室(朝)
床に転がって泣きじゃくっている大樹。
久雄、神妙な顔つきで大樹を見ている。
ゆかり、テーブルにトーストと目玉焼きが乗った皿を運びながら、
ゆかり「いつまで泣いてんの。そんなとこで寝転がられたら邪魔よー」
久雄、泣きじゃくる大樹の尻をポンポンと叩く。
久雄「大樹」
大樹「あれは何だよ!」
久雄「あれは何だろうな」
水槽の中、良く分からない黒っぽい虫が徘徊している。
久雄「もう一回、新しいの捕りにいこう。な、皆には内緒で蛹になってるやつ見つけに行こう。トレーニングついでに……(大樹の包帯が巻かれた足を見て)あ、いや、父ちゃんのな」
大樹「もういいよ」
久雄「まあそう言わずに」
大樹「(小声で)スマフォ買って」
久雄「スッ……それは……ほら、母ちゃんが」
大樹「しーっ」
久雄「……」
ゆかり「ご飯」
久雄「ほいほいっ」
大樹、渋々起き上がる。
ゆかり「ねえ、大樹」
大樹「あに(何)」
ゆかり「泣いてるとこ悪いんだけど、今日美香ちゃん家行ってきてくれない? 芳子さんに渡して欲しいものあるの」
久雄「おお、そうだ。大樹。行ってあげなさい。家まで送ってってやるから」
ゆかり「あなたもよ」
久雄「……俺もか」
水槽の中の黒っぽい虫、活発に動き回っている。
〇 井上家・マンション玄関前
「はーい」と出てくる芳子。
松葉杖をつきながら片手に餅の入ったビニール袋を提げている大樹。
大樹「(力無く)こんにちはー」
芳子「あら大ちゃん、いらっしゃい。(足を見て)まあ痛そうね」
芳子、駐車している車の傍に立っている久雄の存在に気が付く
会釈する久雄。
芳子、軽く会釈を返す。
〇 同・内・リビング
松葉杖をついて遊ぶ美香。
それを座って見守る大樹。
美香、花ワッペンのTシャツには醤油の染み。
大樹「脇にちゃんと挟むんだよ」
美香「(身体)浮いちゃう」
少し離れた場所のテーブルで静かに向き合う久雄と芳子。
白いレースのカーテンから風が吹き込み、2014年7月のカレンダーが揺れる。
久雄「(カレンダーを見て)そろそろ一年ですね」
芳子「ええ」
久雄「すいませんでした。どうしようもない弟で」
芳子「ほんとどうしようもない……」
久雄「……僕は、(言葉に詰まる)」
芳子、久雄の言葉を待つように微笑む。
久雄「僕は兄として、久義の失踪宣告は出したくありません。確かな事が分かるまで……でも、それでもし、芳子さんに負担がかかってしまうのなら―」
美香「ねえー、淳介君とヒロ君も呼んで良い?」
芳子「また今度にしてくれる?」
美香「良いじゃん。暇だもん」
大樹「(美香の方を見て)……暇って」
芳子「……そうだ大樹君、美香の幼虫見てあげてくれない? 育て方全然分からないみたいで」
久雄「そうだ。大樹、見てやんなさい」
大樹「水やるだけだよ……」
芳子「(久雄に)私と一緒に来てもらえませんか?」
〇 同・久義の部屋
入口でその散らかって雑然とした光景を見ている芳子と久雄。
芳子「一年前のままです。久義が何を考えて何を思ってこの部屋で作業していたか、私にはまだ知ることも、知ろうとすることもできません……あの日まで久義は何件もの仕事の納期に追われて、徹夜続きでゲームをつくってたことは確かです……だから、もしも、遺書なんてものが見つかってしまえば……私は……そんなこと考えては怖くてこの部屋を片付けることもできないでいます」
久雄「……僕に知る権利はありますでしょうか?」
芳子「もちろん。お兄さんですから。私なんかより、ずっと久義のこと分かってらっしゃると思います」
久雄「……久義を追い詰めたのは僕ですよ。仕事で苦しんでいる事は知っていました。あの日―」
〇 回想・田迫家・玄関(夜)
雨が激しく叩きつける音が響く。
濡れた井上久義(41)が玄関に座っている。
その傍に立っている久雄。
久雄「家族を路頭に迷わすつもりか? もう良い大人なんだから頼むよ。俺は昔みたいにもうお前を助けられんぞ。俺だって養っていかないといけない家族がいる」
久義「……僕につくられるゲームはゲームじゃない……僕はゲームの世界にいすぎたんだ」
久雄「また訳の分からない事を。そんなに嫌だったら辞めちまってサッサと次の仕事探せよ。サッカーも、ゲームも辞めちまって、次に何があるのか知らねえけどさあ。頑張れよ男だったら。才能あんだからさ」
そこへ、駆けつけて来るゆかり。
ゆかり「ちょっと、久義さん! びしょびしょじゃない! お風呂湧いてるから入ってください」
久雄「これは兄弟の話だから」
ゆかり「風邪引いちゃう―」
久義、静かに笑い出して立ち上がる。
久雄「?」
久義「もしこの状況も全て誰かに操作されているって考えたらなんだか滑稽だよね」
久雄「……なんだ?」
久義「雨って生温いんだ」
久義、走って出ていく。
ゆかり「久義さん!」
久雄「ほっとけよ。帰れるだろ。ったくわけわかんねえ」
ゆかり「今夜台風よ」
(回想終わり)
〇 井上家・久義の部屋
入口付近に立っている久雄とゆかり。
久雄「ちゃんと話を聞いてやってれば……」
久雄の背中をさする芳子。
芳子「私と一緒に見てくださいませんか。この部屋」
久雄「……」
二人、中へと入っていく。
二人の様子を遠くから見ている大樹と虫篭を手に持った美香。
大樹「仲良いね。あの二人」
美香「美香が入ったら怒るのに。あの部屋」
〇 田迫家・リビング(夕)
水槽の中の黒っぽい虫を眺めているゆかり。
ゆかり「綺麗な色ね」
ゆかり、スマフォを操作して調べる。
ゆかり「クロカナブンっていうのね。あなた」
久雄の声「ただいま」
ゆかり、振り返ると久雄が力無く立っている。
ゆかり「もう帰ったの。大樹は?」
久雄「遊びに行ったよ」
〇 高架下・サッカーコート
ゴールネットに向かって順番にシュートする浩明、美香。
キーパーの淳介、ボールにくらいつく。
大樹、松葉杖をついてその光景見ている。
大樹「ヒロ君もっと腰入れて!」
浩明「分かってるよ。体が言うこと聞かねえんだよ」
大樹「そんなんじゃ僕の代わりになれないよ」
浩明「んだよ、偉そうに」
浩明、不満そうにシュートする。
淳介、浩明のシュートを受け止めてゴールポストに呼吸を荒げて寄りかかる。
淳介「ねえ、休憩しようよ」
大樹「まだ三十本いってないだろ?」
美香「大ちゃん、休憩」
大樹「えー」
× × ×
うつ伏せで輪になって『アトランティス』をプレイしている浩明、美香、淳介。
美香のゲーム画面、プレイ時間が195時間となっている。
その隣で退屈そうにスポーツドリンクを飲む大樹。
以降の会話、大樹以外はスマフォ画面に夢中。
大樹「休憩しろよ」
美香「してるもん」
大樹「してないじゃん」
美香「してるもん」
大樹「……それ、そんなに面白いの?」
浩明「別に」
大樹「え?」
淳介「やってるだけって感じ」
大樹「やってるだけ?」
浩明「やらされてんだよ。美香に。(美香に)なあ」
美香「うん。あ、ちゃんと狙って」
浩明「うい」
大樹「えー……」
淳介「大ちゃんもやってみる?」
大樹「俺は良いよ……」
美香「ちょっと逃げちゃう! 淳君ボーっとしないで!」
淳介「あ、うん」
〇 田迫家・リビング(夕)
水槽の中のクロカナブンにバナナの切れ端を与え、その様子を眺めるゆかり。
カレーを食べながらスマフォをいじっている久雄。
机の端に置かれたラップのかかった大樹の分のカレー。
ゆかり、席につく。
ゆかり「食べる時ぐらいやめたら」
久雄「いやそれでさ、パソコンにソフトが開きっ放しなってて、(スマフォ画面をゆかりに見せて)これがそうなんだよ。ただ逃げる敵を攻撃するだけのゲームで何がゴールかも分かんない」
ゆかり「……『アトランティス』?」
久雄「知ってるの?」
ゆかり「……オワリ課長が制作者不明の呪いのゲームだって言ってた……何時間もプレイした人がスマフォだけ残して行方不明になったんだって」
久雄「(ハハッと笑って)たしかに、不気味だもんな。何か」
久雄、ゲームを閉じて脇にスマフォを置く。
久雄「結局どうして久義がいなくなったか手がかりもつかめない。でも、さあ、ほら保険のこととかもあるし……美香ちゃんがサッカー教室に通うお金もしばらく貰わないことにしようと思うんだけど―」
ゆかり「あのさあ」
久雄「うん」
ゆかり「私は久義さんの事、諦めて欲しいって言ってるわけじゃないからね。だから、あなたに芳子さんとこに行って欲しいって言ったわけじゃないからね」
久雄「うん……」
ゆかり「私もほら、小さい頃にお父さん亡くして、お母さんに育てられたでしょ。お母さんの辛さは一応間近で知ったつもりでいるから。そりゃあ、勿論、どこかで生きてるかもしれないって思う事とは全然違うし、そっちの方がもっと辛いことだと思うけれど」
久雄「母ちゃんはすげえよ」
ゆかり「すげえって?」
久雄「母ちゃんの言う通り俺なんか自分の事ばっかなんだろうな。久義にも、大樹にも、頑張れ頑張れって。届けたいことは本当はそんなんじゃないのに、そんな言葉しか出てこない」
ゆかり「私はそうやって悩んでるあなたの事が好きよ。でも、ウザッたくもなっちゃうの」
久雄、味噌汁の餅を噛みつつ、
久雄「……なあ、ゆかり。お願いがあるんだけどさ」
ゆかり「駄目よ」
久雄「え」
ゆかり「私に駄目って言われるようなお願いする時だけいつも私の名前を呼ぶんだから」
久雄「ああ、ゆかり、あ、名前」
ゆかり「冗談よ。で、何」
久雄「……大樹にスマフォ持たせてやってくんねえかな」
ゆかり「どうして?」
久雄「いやあ、ほら、この前の美香ちゃんの家出のこともあるし、(新聞を手に取って広げ)ほら、ここにも『小学生スマフォ普及率間もなく五十パーセント!』浩明君とこも淳介君とこも、持たせてるし―」
ゆかり、黙って目を細めて久雄を睨む。
久雄「……(新聞をゆっくり机に置いて)大樹にさ……買って欲しいって頼まれたんだよな。本当はずっと思ってたのかもしれない。でも俺はサッカーを頑張って欲しい。他の子たちより大樹が上手いのはその分練習してるからなんだと思う。だから俺は持たせなくない……だから、だからその、持たせてやってくれねえかな? あいつにスマフォ」
ゆかり、クスクスを笑い始める。
久雄「……」
ゆかり「そういうのは夫婦で話し合って決めることでしょ。どうして私が権限持ってるみたいな言い方すんのよ」
久雄「(小刻みに頷いて)ああ、そうか。そうだよな」
〇 住宅街の道A(夕)
十字路で立ち止まっている大樹、美香、浩明、淳介。
大樹「明日十時ね」
浩明「(美香に)明日こそ、クリアしような」
美香「うん」
淳介「じゃあまた」
それぞれ『ばいばーい』と言いながら、淳介と浩明、大樹と美香に分かれていく。
並んで歩く松葉杖の大樹と美香。
大樹「なあ、もしさ、俺の父ちゃんと美香の母ちゃんが結婚したら俺達いとこじゃなくて兄妹になるのかな」
美香「結婚しないよ」
大樹「分かってるよ。もしもの話だよ」
美香「パパが泣く」
大樹「……母ちゃんも泣くよ」
〇 住宅街の道B(夕)
歩いていく浩明と淳介。
淳介「僕、ゲーム辞めようかと思う」
浩明「何言ってんだよ。美香を見捨てる気か?」
淳介「大ちゃんだけできないのは可哀想な気がする。怪我しちゃったしさ」
浩明「戦力ダウンしたらクリアできないだろー」
淳介「うーん」
〇 田迫家・玄関(夜)
松葉杖をつきながら入って来る大樹。
玄関先に腕組みをして立っているゆかり。
ゆかり「遅い。何時だと思ってんの」
大樹「ほらこれ(松葉杖)だからさ」
ゆかり「だったら早めに切り上げなさいよ」
ゆかり、大樹が靴を脱ぐのを手伝ってやる。
大樹「父ちゃんは?」
ゆかり「お風呂」
〇 同・リビング
一人、カレーをかきこむ大樹。
水槽の土に霧吹きをかけて湿らせるゆかり。
ゆかり「ねえ、あんたこの子ちゃんと面倒見なさいよー」
大樹「なんで」
ゆかり「なんでって、あんたが捕ってきたんでしょ」
大樹「父ちゃんだよ」
ゆかり「じゃあ、逃がしてやりなさい」
大樹「なんで」
ゆかり「(呆れて)このまま放っておくつもり? 死んじゃうよ?」
大樹「……」
ゆかり「何? 言いたい事あったら、ハッキリ言えば?」
大樹「死んじゃえば良いじゃん!」
× × ×
頭をタオルで拭きながらトランクス一枚でやってくる久雄。
カレーを残したまま、机で伏して泣いている大樹。
久雄「帰ったのか。遅かったな」
大樹「……言いたい事言っただけじゃん……」
久雄「また泣いてんのか」
久雄、キッチンの方で洗い物をしているゆかりの方を見る。
ゆかり、フンという態度。
久雄「やられちまったかあ」
大樹「明日行かない」
久雄「どうして。大会近い……(言い直して)そうか練習できないのはつまんねえもんな」
大樹「(少し顔を上げて)?」
久雄「良いよ。父ちゃん一人で行ってくるよ」
ゆかり、食器を洗うスピードが速い。
〇 高架下・サッカーコート(朝)
美香からパスを受け取ってドリブルをして敵を一人、二人とかわす浩明。
コート外に立って見ている久雄と松葉杖をついている大樹。
浩明、シュートを決める。
久雄、ホイッスルを吹く。
久雄「良いぞ! ヒロ!」
× × ×
横っ飛びしてシュートを止める淳介。
大樹「(異様に楽しそうに)ナイスキーパー! 淳介!」
× × ×
敵からボールを奪ってドリブルする美香。
大樹「ナイス! 美香!」
久雄「結局来てんじゃねえか」
大樹「(なんだか嬉しそうに)だってさあ……早く終わらしてよ。練習」
〇 住宅街の道A
スポーツドリンクを飲みながら歩く美香、淳介、浩明、松葉杖の大樹。
大樹「(テンション高く)今日は誰ん家行くの?」
美香「何か元気だね」
淳介「大ちゃん家は」
大樹「また俺ん家? たまには他でも良いだろ。淳介ん家は?」
淳介「ウチは寝たきりのおばあちゃんいるから、うるさくできないし」
浩明「じゃあ俺んちくるか? 母ちゃんどうせ夜まで仕事だし」
大樹「決まり!」
〇 中村家兼鉄工所・作業場
鉢巻を頭に巻いて腕まくりをした恰幅の良い中村恵美子(45)、火花を散らして鉄加工をしている。
資材をせっせと運ぶ淳介、美香。
浩明、不満そうに遅れて資材を運んでくる。
恵美子「浩明! 遅いよ」
浩明「なんで俺らにこんなことさせんだよ」
座ってネジの仕分けをしている大樹、その様子を眺めている。
大樹「夜まで仕事ってこれ……」
〇 同・居間(夕)
仏壇に中村富正(享年・40)の遺影が飾ってある。
虫篭の中の立派なカブトムシにスイカを与えている浩明。
カブトムシの様子を見ながらスイカに齧りつく淳介、美香、大樹。
淳介「すんごい吸いつきだね。僕のとこももうすぐかなあ。大ちゃんのとこはもう産まれたんでしょ?」
大樹「……うん」
大樹、ムスッとしてスイカの汁を音立てて啜る。
そこへやってくる恵美子、一人ずつに百円玉を渡していく。
浩明「えーこんだけ?」
他の三人、百円玉一枚に歓喜の声をあげる。
恵美子「あんた達、力あるから助かったよ。若いって頼もしいねえ」
恵美子、汗を拭いつつ作業場の方へ戻っていく。
浩明「クソババア」
大樹「んなこと言うなよ」
淳介「僕は楽しかったよ。一人じゃ大変だね。あんな作業」
美香、恵美子の背中を見送った後、スマフォを取りして操作し始める。
淳介「(美香に小声で)今日は大ちゃんいるからやらないって約束じゃなかった?」
美香「(同じく小声で)でも早くパパ出してあげないと」
淳介「(小声で)どういう意味?」
大樹「何こそこそしてんの」
淳介「……スイカ甘いねって」
大樹「嘘付け」
大樹、美香が手に握るスマフォを見て、ポケットから新品のスマフォを取り出す。
大樹「(皆に見せびらかすように)じゃーん」
三人「おー」
浩明「それ新しい機種じゃん」
淳介「買ってもらったの?」
大樹「やろうよ。『アトランティス』」
× × ×
美香と淳介に『アトランティス』の操作方法を教わっている大樹。
浩明、一人黙々とスマフォをいじっている。
大樹のゲーム画面、チュートリアルで鎧を装備した大樹の騎士がヒト型の怪物を剣で攻撃している。プレイ時間、6分と表示されている。
画面のヒト型の怪物、上空にあがっていく演出の後、フリーズする。
大樹「何か上にあがってったよ」
淳介「死んだら浮くんだよ」
大樹「変なの」
美香「頑張って。もう一匹倒したら一緒に通信できる」
大樹「よし」
浩明「(自分のスマフォ画面見ながら)おい……これ……」
淳介「どうしたの、ヒロ君」
浩明「これ!」
浩明、淳介に恐々と画面を見せる。
淳介、固まって『アトランティス』をプレイしている大樹の方を見る。
浩明「もう辞めたほうが良いかも」
大樹「なんでだよ。俺まだ始めたばっかだぞ」
浩明「違うよ……オワリ課長の動画」
美香「呪いなんかじゃないよ」
大樹「呪い?」
美香「パパが作ったプログラムだよ」
一同、理解不能という表情。
美香「四年生でパソコンのプログラム習ったでしょ。ゲームもそうやって作られてるの」
一同、唖然。
おそるおそるスマフォを取り出して『アトランティス』を起動させる浩明と淳介。
大樹、ついていけないという表情。
〇 ゲーム会社・オフィス
PCが並ぶ閉鎖的な空間。PC画面にはいくつもの『アトランティス』プレイ画面が表示されており、『MIKA 198:55:20』等のそれぞれの名前と時間が並んでいる。
ヘッドフォンを外してため息をつく水上(52)。
その隣に座っている玉井(35)。
机の上には幾多ものプログラム本が重なっている。
玉井「美香ちゃん、言っちゃいましたね」
水上「想定内だ。子供は秘密を抱えきれん」
玉井「……やっぱり、他のクリエイターにプログラム更新してもらいませんか? もしこのまま誰か大人に知られたら―」
水上「子供の言う事なんてそう簡単に信用されんよ。ましてやこんな事態。外注したら外に情報を漏らす事になるんだぞ」
玉井「でも―」
水上「良いか。玉井。このゲームはもう完成されてんだ。完成されてリリースされてんだ。リリースされてプレイされてんだ。不完全なままで世に出回ってしまったことを俺達が認めてしまったら、この会社も俺達も終わりだ」
玉井「そうですが……」
玉井、プログラム本を徐に手に取って開き頭を抱える。
玉井「だから自社でクリエイター抱えておくべきだったんすよ……こんなのもう作った本人にしか書き換えられません」
水上「……いや……作った本人でさえも……美香ちゃんのプレイ時間は今何分だ?」
玉井「(PC画面を見ながら)198時間56分23秒です」
水上「よし」
玉井「何がよしなんですか。このまま観察するだけで美香ちゃん達も犠牲にする気なんですか」
水上「200時間もこんな良く分からないつくりかけのクソゲームやってくれるやつはなかなか現れん」
玉井「クソゲームとか言っちゃって良いんですか。企画者はあなたでしょ」
水上「つくりかけっていう意味でだ。だから作り直すんだよ。久義の無念を晴らす」
玉井「行方不明者がもう五人も出てるんです。今のうちに早く手を打たないと大変なことになりますよ」
水上「世界を動かしているのは世界に存在しているヤツだ」
玉井「何言ってんすか」
水上「200時間でゲームの世界に行くと解読したのは美香ちゃんだ。美香ちゃんは久義の血を引く天才クリエイターなんだよ」
玉井「ですが子供にそんな―」
〇 井上家・マンション・駐車場前
物陰に隠れている美香、浩明、淳介。
そこへ遅れてやってくる松葉杖をついた大樹。
四人の目線の先、車に乗り込む芳子の姿。
〇 同・久義の部屋(夕)
入口付近で佇む美香、浩明、淳介、大樹。
淳介「ここがお父さんの部屋……」
浩明「(感動して)すっげえ……(何かを発見し)あ!」
浩明、勝手にどんどん中に入っていき、ゲームカセットを一つ手に取る。
大樹「勝手に入るなよ……」
浩明「『大乱闘スマッシュシスターズ』俺ずっとこれやりたかったんだよ」
美香「あげるよ。私、二つ持ってるし」
浩明「マジかよ! ……でもゲーム機がないや」
大樹「はしゃいでる場合かよ」
淳介「……それで、ソフトって……?」
美香、入っていきPCを起動させる。
PC画面の前に立つ四人。
PC画面にゲーム制作ソフトが立ち上がり、『アトランティス』のプレイ画面が立ち上がる。
淳介「『アトランティス』だ!」
美香、続いて操作するとプログラムが表示される。
浩明「きえーっ訳わかんねえ」
美香「このゲームはただ敵をやっつけるだけのゲームじゃないの」
美香、スマフォを取りして『アトランティス』を起動させる。
続いて、残りの三人も同じく各々の『アトランティス』を起動させる。
美香「(画面を人差し指と親指で広げるようにして)こうやって指で画面を広くすると―」
他の三人、それぞれ言われたように操作するとゲーム画面が俯瞰図になり、海の中にある緑色の島(『アトランティス』)が顕になる。所々、オレンジ色になっている。
美香「アトランティスって何だか分かる?」
淳介「聞いたことしか……」
美香「大昔にあった幻の都市。海の中に沈んじゃったって言われてるの」
浩明「(画面を見ながら)へーこんなのが……」
大樹「(浩明に)これはゲームだから。ほんとはもっと凄いんだよ」
浩明「知ってんのか?」
大樹「知らない」
美香「オレンジになってるとこが美香達が侵略したところ」
淳介「僕達海賊ってこと……?」
美香「うん。この島が沈んじゃう前に海賊の私達がお宝を全部集めるってゲーム」
大樹「お前らそんなことも知らずにやってたの?」
浩明「そうだよ。けどそう考えるとおもしれー気がしてきた」
淳介「でも僕達悪者なんだ。ヤダな……」
美香「それで……と……」
美香、プログラムをスクロールして目を通す。
美香「うん、そう。やっぱりまだ200時間。(振り返って)ヒロ君と淳君の貸して」
美香、浩明と淳介からスマフォを受け取って自分のスマフォと一緒に机に並べる。
大樹「俺のは?」
美香「いい。始めたばっかだから。(並べたスマフォ画面を見ながら)ヒロ君が199時間31分、淳介君が199時間33分、美香が199時間37分」
大樹「急に大人みたいだな」
美香「(振り返って)あと三十分。あと三十分でヒロ君と淳介君と美香はゲームの世界に入る」
淳介「ゲームの世界って……」
浩明「……」
美香「パパはプレーヤーがゲームの世界の中に入れるプログラムを作ったの。でも戻ってくる時何かあって……」
淳介「……僕やだよ。この中になんかに行きたくないよ……」
浩明「そもそもどうやって行くんだ? 200時間になったら俺達どうなっちまうんだ?」
大樹「(両手で目の前に形つくって)こういうの? なんだっけ……VR」
浩明「それはないだろ。こんなレベルのゲームにそんな贅沢なのついてねえよ」
淳介「じゃあ身体が……消えて……?」
美香「なってみないと分かんない」
淳介「……そんなの無責任過ぎるよ……だって、皆このゲームのせいで戻ってこれなくなってるってことでしょ?」
美香、こくりと頷く。
淳介「(半べそで)どうして今まで僕達に黙ってたんだよ!」
美香「美香一人じゃ怖いもん」
大樹「急に子供……」
浩明「落ち着けよ淳介。なあ美香。プログラムできんだったら、今ここで書き直して親父さん達が帰ってこれるようにしたら良いんじゃねえか?」
淳介「そ、そうだよ! 美香ちゃん。行く必要ないよ」
美香「読めるけど、書けない。それに、もしそれで失敗したら本当にパパたち帰ってこれなくなるかもしれない」
淳介「そんなの……そんなの……付き合ってられない」
淳介、部屋から飛び出していく。
浩明「おい!」
大樹「淳介、スマフォ!」
淳介、帰ってくる様子がない。
美香「良いよ。皆、行って」
大樹「……どうするつもりだよ」
美香「美香一人でやる。美香のパパだから」
浩明「……だから行く前に教えてくれたのか?」
美香「ごめんね。でも皆の協力が必要だったの。ありがとう。ヒロ君」
浩明、自分のスマフォをとって座り込む。
美香「……?」
浩明、そのまま『アトランティス』をプレイし始める。
浩明「死んだ親父は、おかんにすっげえ優しかった。好きな人は命かけて守れって。いつも言ってた」
大樹「え? もしかして美香のこと……」
浩明「好きだよ。何か悪い?」
美香「……」
大樹、自分のスマフォを取り出して『アトランティス』を起動させる。しかし、プレイ時間は10分に満たない。
浩明「(横から覗いて)残念。10分じゃ駄目だね」
大樹、自分のスマフォをポケットにしまって、置いていった淳介のスマフォを手に取る。
大樹「俺だけいつも仲間外れは嫌だよ」
浩明「(ゲームをしながら)何だ? お前も美香の事好きなのか?」
大樹「馬鹿。いとこだよ」
美香、心を決めたように自分のスマフォを手に取る。
PC画面にテレビ電話の着信音。
浩明「なんだ?」
美香「パパの……お友達」
美香、通話ボタンを押す。
画面にスーツ姿の水上の姿が映し出される。
水上「皆さん初めまして」
浩明「誰だよこのオッサン」
美香「(小声で)聞こえてるから」
水上「……申し遅れました。私、美香さんのお父様の久義様と一緒にお仕事させていただいておりました株式会社フューチャーの水上と申します」
大樹「フューチャー?」
美香「ゲームの会社」
水上「この度は『アトランティス』のご利用誠にありがとうございます。『アトランティス』の世界に行かれるということで、皆様の勇気に私感無量でございます」
浩明「お前が作ったのかよ。美香の親父さん返してやれよ」
美香「違うの。作ったのはお父さんでこのオッサンはお父さんに作って欲しいってお願いした人。何にもできない人」
水上「(咳払いをして)そこで皆様の安全を保障すべく、ご連絡させていただきました。(隣を見て)マイケル」
金髪のカツラを被って、サングラスをかけた玉井がフレームインしてくる。
玉井「(カタコトの日本語で)ハジメマシテ。ワタクシハ、スーパーエグゼクティブゲームプログラマーのマイケルデース」
大樹「(美香に)誰?」
美香「知らない」
玉井「Cゲンゴ、Aゲンゴ、Bゲンゴ……ETC……スベテのカイハツゲンゴヲマスターシテマース。ミナサンガゲームのナカデナニカアレバワタシがスグにタスケマース」
三人、しばし沈黙。
水上「弊社きっての優秀なプログラマーです。何かあったら彼が助けてくれますので」
大樹「じゃあ最初からその人に任せたら良いんじゃないですか?」
水上「……ええ、そうおっしゃられると思っておりました。しかし美香様がおっしゃられていたように既にプレーヤーがゲームの中でプレイしている状態でプログラムを書き換えることは大変危険な行為です。ですので、ゲームの中の全員の行動が把握できてからになります」
浩明「お前らが行けば良いじゃん」
水上「ヒロ様、この件にご協力して頂ければ『大乱闘スマッシュシスターズ』のカセットをやるためのゲーム機及びコントローラ四本、それからその他なんでも欲しいゲームカセットを差し上げましょう」
浩明「なんでも……」
水上「なんでもです」
浩明「……ってか、何で俺の名前知ってんだよ」
大樹「とにかく皆を探しに行けば良いんですね」
水上「はい。美香様が読み解いていらっしゃったように、ゲームの世界に入ったプレーヤーは海賊として島のお宝を探すことになります。皆様のゲームアプリにはこちらからもログインできるようにしています。ピンチに陥った場合はこちらからこのプロゲーマーでもあるマイケルが操作をしますのでご安心ください」
玉井、妙に頷く。
三人、スマフォ画面を眺める。(大樹は淳介のスマフォのまま)
水上「それではご健闘を祈ります」
切れるテレビ電話。
三人、見つめ合ってスマフォをそれぞれ手に取る。
〇 ゲーム会社・オフィス(夜)
チェアに深く腰掛けて虚ろな表情の水上。金髪のカツラとサングラスを外して、缶コーヒーに口をつける玉井。
玉井「子供騙しも限度がありますよ」
水上「あの子はスサノオの神道だ。スサノオは海を治めるように命じられた神だ。ポセイドンとも何か関わり合いがあるはずだ」
玉井「……また霊能者にでも頼ったんですか」
水上「俺達は大人だ。これはビジネスだ。最も有効なリスク回避を選択する。時間がないんだ」
玉井「リスクってか、もはやこの事態を回避する段階なんですけどね……」
水上「俺はあの子を信じる」
玉井「はいはい。水上さんはずっとそうですよね」
水上「ゲームの中に人が入るなんて信じられたか?」
玉井「(呆れたように)信じてませんでした」
水上「信じたいことを信じれば良い」
〇 今井家・祖母の部屋(夜)
ベッドで横たわる今井千恵(80)の傍に立っている淳介。
淳介「それでね。美香ちゃんのお父さんはずっとゲームの中にいるの。それでね、美香ちゃんが助けに行こうとしてるんだけどね、戻ってこれないかもしれないの。それでね―」
千絵、理解できないまま、ふんふんと聞いている。
〇 井上家・久義の部屋(夜)
『アトランティス』をプレイする美香、浩明、大樹。
美香のプレイ時間の表示、199時間59分58秒、59秒、200時間と表示される。
美香「200……」
美香の方を見つめる浩明と大樹。
浩明「何にも起きねえな」
大樹「美香の足!」
美香、ふと自分の足がピクセル化し始めていることに気が付く。
浩明「美香……」
美香「先に行ってるね。バイバイ」
美香の全身がピクセル状になり、スマフォの中に吸い込まれていく。
美香の握っていたスマフォがポトッと手から落ちる。
浩明「あ……」
続いて、浩明の身体もピクセル化していく。
浩明「あ、あ……おかん……おかーん!」
浩明、スマフォの中に吸い込まれ、大樹が一人とり残される。
大樹の使用している淳介のスマフォのプレイ時間、200を超える。
が、何も起こらない。
〇 今井家・祖母の部屋(夜)
ベッドで横たわる千恵の傍に立っている淳介の身体、ピクセル状になって天井を突き抜けていく。
千恵「(ゆっくり目で追って)……?」
そこへ流動食を乗せたお盆を持って入って来る今井真由子(56)。
千恵、天井を見上げて手を揚げている。
真由美、すかさずお盆を置いて千恵の元に駆け寄って千恵の手を握る。
真由子「(落ち着いたトーンで)おばあちゃーん。まだ駄目よー。お迎えはまだよー?」
〇 夕焼けに染まる空(夕)
ピクセルになった淳介が飛んでいる。
淳介の前方から飛んでくるカブトムシの大群。
淳介、どこか恍惚とした表情。
淳介とすれ違うカブトムシの大群。
遅れてクロカナブンが一匹、必死に大群についていく。
淳介「(気持ち良さげに)夢……?」
井上家のあるマンションが見えてくる。
〇 ディスカウントストア・表(夕)
「あれ何?」「UFOだ」「人みたい」等ザワザワと空を見上げる幾人かの人々。
その中に芳子の姿。
芳子、スマフォを上空に向けて写真を撮っている。
芳子、ふとスマフォを操作し美香のスマフォの位置を確認する。
芳子「帰ったのね」
芳子、手に持っている袋の中身を確認する。
袋の中身、シューズケース。
芳子「サイズこれで良いかしら」
〇 井上家・久義の部屋(夕)
淳介のスマフォ画面を見つめている大樹。
大樹、手足を淳介のスマフォ画面にくっつけたり、何かと中に入ろうと奮闘している。
一向に入れす呆然とする大樹。
と、天井から染み出してきたピクセル状の淳介、ストーンと勢いよくスマフォ画面の中に入っていく。
大樹「(何が起こったか分からない)……?」
〇 ゲーム内・だだっ広い丘陵
幽玄的な緑の草原にポツリとポツリと樹木が疎らに建っている。
立ち尽くす浩明と美香。
二人の恰好、ゲームの中に来る前と変化はない。
美香「……ここがお父さんの作ったゲームの世界……」
浩明「さっきまで夜だったから変な感じだ……大樹は」
美香「(見渡して)いないね……」
浩明「……とにかく親父さん探さなきゃ。そうだろ?」
頷く美香。
赤く光始める美香と浩明の左胸。
浩明「なんだこれ」
美香「(遠くを指さして)あれ、大ちゃん?」
鎧をつけた一人の騎士がこちらに向かって走って来る。
浩明「あいつだけフル装備かよ」
美香「大ちゃーん! ……?」
はしって来る騎士、弓矢を引く。
美香「なんか変……」
騎士から放たれた弓が美香と浩明の間を抜け、丘に突き刺さる。
二人、悲鳴をあげて逃げ出す。
〇 井上家・玄関前(夜)
買い物袋を片手に鍵を差し込む芳子。
芳子「あいてる……」
〇 同・内・玄関(夜)
扉を開く芳子。
座って靴を履こうとしていた大樹と遭遇。
芳子「大ちゃん?」
大樹「……(動揺して軽く会釈)」
〇 ゲーム会社・オフィス(夜)
PC画面に向き合う水上と玉井。
PC画面には『アトランティス』のプレイ画面。二体の人型の怪物を騎士が追っている。
玉井「二匹も敵が出るパターンってありましたっけ……」
水上「いや……とにかくこれ以上行方不明者を出すわけにいかない。早くやっちまおう」
玉井「……はい」
玉井、キーボードを叩く。
玉井「にしても……どうして不完全なままリリースされちゃったんですかね……前例がありませんよ。そんなトラブル」
水上「本当に起こしちまったんだ……」
玉井「起こした……?」
水上「……」
玉井「水上さん……」
水上「?」
玉井「メンテナンス設定するとエラーに……」
水上「……くうう……」
〇 迫田家・リビング(夜)
ソファで寝転んで『アトランティス』をプレイしている久雄。
テーブルにはコーヒーが二つ。
久雄「(画面を見ながら)あれーいなくなっちゃった」
久雄のスマフォ画面、騎士が一人動いている。
何もいなくなった水槽の中を眺めているゆかり。水槽の蓋が僅かに空いている。
久雄「つまらんゲームだな」
ゆかり「本当に呪われたらどうすんのよ」
久雄「俺がいなくなったら悲しい?」
ゆかり「悲しいんじゃない? お母さんも芳子さんも悲しそうだったし」
久雄「そうか」
ゆかり「ねえ。大樹が産まれてきて良かったと思う?」
久雄「……うん。うん? 当たり前だろ」
ゆかり、久雄の近くに腰掛けて、机の上のコーヒーを一口飲む。
ゆかり「私ね、あの子が産まれてからしばらく可愛いと思えなかったの。あの子の事」
久雄「……」
ゆかり「あなたとこうして過ごす静かな時間が幸せだった。なのに、あの子が産まれてから、そんな時間も無くなって、泣き声はうるさいし、わがままだし、好きだった仕事も……」
久雄、スマフォゲームをやめて起き上がる。
ゆかり「もうすこしで自分の商品開発ができる予定だったのに、職場復帰した時には後輩のアイデアに予算が移っちゃってね」
久雄「……そうか。俺のせいだな」
ゆかり「そうよ。憎かったよ。子育てを任せっぱなしにしたあなたのことも」
久雄「……」
ゆかり「でも私はそんなあなたの事が好きだったから。あなたの子供みたいに無邪気な姿が好きだったから」
久雄、コーヒーをゆっくりと飲む。
ゆかり「これで良かった」
久雄「今も、憎いか。俺と大樹のこと」
ゆかり「憎たらしい」
久雄「そうか……」
ゆかり「けど幸せよ?」
玄関扉が開く音。
ゆかり「(時計をチラっと見て)また門限過ぎてるよ」
久雄、立ち上がろうとするゆかりの肩を軽くおさえて、
久雄「良いよ。今日は俺がビシッと叱ってくるから」
芳子「そう」
〇 同・玄関(夜)
松葉杖をついて佇む大樹。
そこへ胸を膨らませ、威厳あるような雰囲気でやってくる久雄。
久雄「大樹、お前今何時だと思って―(大樹の後ろに立つ芳子の姿に気が付いて)芳子さん? ど、どうも……」
芳子、その場でしゃがみ込んで泣き崩れる。
大樹の手には三つのスマフォが握られている。
〇 ゲーム内・だだっ広い丘陵
ポツンと一人佇む淳介。
淳介、恍惚した表情で辺りを見回している。
〇 同・大木の近く
大木の後ろで呼吸を荒げている美香と浩明。
浩明「なんで俺達が追いかけられてんだよ……」
美香「……逆になってる……」
浩明「逆?」
美香、上空を指差す。
パジャマ姿で髭面の中年男性(44)が微笑んだまま上空にポツンと浮かんでいる。
浩明「!」
美香「ゲームの中に入ったら逆になるんだ……ごめん……読めなかった……」
浩明「じゃあ、俺達今まで……あれ」
浩明、呼吸が一瞬で整う。
浩明「疲れてない……」
美香、同じく呼吸が整って、
美香「そっか。プログラムされてないから」
突然、口を押えられ何者かに抱え込まれる二人。
〇 迫田家・リビング(夜)
床に並べられた三つの(美香、浩明、淳介の)スマフォ。
それを座って囲んで眺めている久雄、ゆかり、芳子、大樹。
スマフォ画面、『アトランティス』のプレイ画面。
大樹、美香のスマフォを何度タップしても『ミッション中』という表示が出るのみ。
久雄「ほんとにほんとなのか?」
大樹「うん」
泣き止まない芳子の背中をさすっているゆかり。
久雄「ったく。なんでこんなゲーム作ったんだ。あいつは」
ゆかり、徐にスマフォを取り出す。
ゆかりのスマフォ画面に告知『オワリ課長が生放送を始めました』
ゆかり、操作して動画サイトを開く。
オワリ課長の動画タイトル『あのゲームのあの噂を徹底検証!』
ゆかり「これ……」
ゆかり、三人にスマフォを見せる。
大樹「『アトランティス』だ」
ゆかり、動画閲覧ボタンを押すと、自宅で『アトランティス』をしているオワリ課長の姿が映る。画面の半分がスマフォ操作画面となっており、プレイ時間が『199時間58分』となっている。
オワリ課長「さあ! 二分切りましたよ!」
コメント欄には「緊張」「何も起きなかったら坊主な」「オワリ課長のオワリだ」などと書き込みがある。
久雄「二分ってどういうことだ?」
大樹「プレイ時間200時間でゲームの世界に行く」
芳子、涙ぐみながら見るしかない。
ゆかり「呪いって本当に……」
四人、緊張した面持ちでゆかりのスマフォ画面を眺めている。
オワリ課長のプレイ時間『199時間59分58秒、59秒、200時間0分00秒となる』
オワリ課長「200! いきましたー! で、で? 身体がピクセルにでもなってゲームの中に吸い込まれたりすんの?」
コメント欄「右足!」「足!」「ガチだ」と書き込みがる。
オワリ課長の右足、ピクセルになっている。
オワリ課長「(狂った様子で)演出ベタ過ぎじゃね? 誰だよこんなクソげー作ったの」
オワリ課長、全身がピクセル状になってスマフォの中に吸い込まれていく。
誰もいなくなった画面、白い壁だけが映っている。
コメント欄「見てしまった……」「警察?」「どうしよう」。
ゆかりのスマフォ画面を観たまま固まっている久雄、ゆかり。
大樹「(ハッとして)淳介君! 淳介君は―」
〇 ゲーム内・大木の上
巨大な枝に座って美香を抱きしめ泣いているのは井上久義(46)。
その隣には気まずそうに足をぶらぶらさせて座っている浩明。
久義「美香。ちょっと大きくなったか……」
美香「ママ心配してるよ」
久義「こうなるとは思わなかったんだ」
美香「馬鹿だねえ。パパのせいで、みーんな迷惑だよ」
久義「……そうだ。そうだよな。泣いてる場合じゃないよな」
美香「美香はここで暮らしても良いけど」
久義「?」
浩明「え?」
美香「ママはね、美香の事全然分かってない。美香は別にサッカーが好きなんじゃないよ。でもね、ママ、いっつも女の子なんだからって美香に言うでしょ? パパは美香が男の子だったらどうする?」
久義「……びっくりするかな……パパは」
美香「女の子だよ」
久義「……でも、美香は美香だと思う。世界でたった一人の大切な存在」
浩明「じゃあおじさんはなんでこんなとこ来たんだよ。早く帰ろうよ」
久義「ごめんね……浩明君まで……でもね、違うんだ。僕も来るつもりは無かったたんだ。こんなゲームにするつもりは無かったたんだ」
浩明「……どういうことだよ」
美香「……どうして美香達が追われてるの……」
久義「(下を眺めて)どうしてだろうな……」
剣を振り上げた騎士に追われ、走って逃げている淳介の姿。
浩明「淳介……」
久義「おーい!」
浩明「ばか。気付かれる」
騎士、こちらに振り返る。
淳介、大木の上を見る。
淳介「ヒロ君! 美香ちゃん!」
久義「今のうちに逃げろ!」
淳介、走って逃げていく。
〇 今井家・祖母の部屋(夜)
気持ち良さそうにベッドで眠っている千恵。
〇 同・リビング(夜)
スマフォで『アトランティス』をしてい る真由子。
真由子「(落ち着いた様子で)あら、登れない。どうしたら良いのー?」
スマフォ画面、木の周りをウロウロする剣士。
チャイムの音。
真由子「誰かしら」
真由子、スマフォを置く。
〇 ゲーム内・大木の上
木の幹に隠れて身を寄せ合う久義、浩明、美香。
浩明「……いなくなった?」
美香「(下を確認して)いるけど……」
木の下でフリーズしている騎士。
久義「今のうちに降りよう」
〇 今井家・リビング(夜)
テーブルを囲んで座っている大樹、ゆかり、久雄、芳子。
そこへ、アイスコーヒーを6人分運んでくる真由子。
真由子「てっきり大樹君達と一緒かと」
大樹「やっぱり……」
真由子「あ、そうだ、バームクーヘンありますけど食べますか?」
ゆかり「いえ私は……」
真由子「どうせすぐ帰ってくるでしょう。いつもあの子はチョロチョロすばしっこいんだから。ゆかりさんの御家にも随分お邪魔させていただいてるみたいで」
キッチンの方に向かっていく真由子。
大樹、テーブルの上に置いてある真由子のスマフォを発見する。
真由子のスマフォ画面『アトランティス』のプレイ画面。
大樹「『アトランティス』やってるんですか?」
真由子「(キッチンから)あ、そうそう。淳介に教えてもらったの」
大樹、真由美のスマフォを手に取る。
ゆかり「こら勝手に」
大樹「プレイ時間198時間27分25秒……あと2分ちょっと……」
真由美、バームクーヘンを乗せたお盆を持ってくる。
真由子「まあ、恥ずかしい。やってる時間とか出ちゃってるのね。これといってつまんないけど、何かやっちゃうのよね」
芳子「真由子さん……動画観てないんですか?」
真由子「動画?」
ゆかり「芳子さん……」
芳子「でもこのままじゃ―」
大樹、ポケットから浩明のスマフォを取り出して真由子のスマフォの隣に置く。
真由子「……あら、淳介のだわ」
大樹、浩明のスマフォ画面を操作して『アトランティス』の画面を開くと、200時間00分00秒でフリーズしたプレイ画面が出てくる。
大樹「200時間になったらゲームの中に入ります。これは淳介君のスマフォだから淳介君は今この中だと思います。お母さんもあと2分ちょっとでゲームの中に入ります」
真由子「あら、まあ」
久雄「真由子さんは今すぐやめましょう」
真由子「……そうね、やめ、ましょう」
大樹「じゃあみんな」
大樹、自分のスマフォを取り出して机の上に置く。
続けてゆかり、久雄、芳子もスマフォを机の上に置く。
大樹「『アトランティス』はこの島を侵略するゲーム。島が沈む前に全てのお宝を奪ったら、クリア。島が沈むタイムリミットっていうのが200時間よりも長い時間に設定されていて、200時間以内にクリアできていなかったらゲームの中に入って自分がプレーヤーになって戦わないといけなくなる」
芳子「島が沈んちゃったら……」
大樹「分からない! でもやるしかない!」
真由子「……あら、まあ」
大樹「(真由子に)僕達はまだ5時間もやっていない。だから、僕達に任せて」
真由子、訳が分からないという表情でとりあえずバームクーヘンを配っていく。
〇 ゲーム内・浜辺の洞窟
座って向き合う久雄、美香、浩明。
久雄「それで、『アトランティス』は200時間を超えるとこの島を脱出するゲームに変わってしまう」
美香「パパが作ったゲームでしょ?」
久雄「パパだけじゃない」
浩明「はあ?」
久雄「呼ばれたんだ」
浩明「誰に」
久雄「『アトランティス』に」
浩明「はあ?」
〇 同・浜辺
淳介、海際まで走って来る。
淳介、後ろを振り返る。誰もいない。
淳介、海の向こうを眺める。
海の向こう、囲うように小さな細い島が連なっているのが見える。
淳介、ふと手を伸ばして透明な壁に触れる。
ゲームエリアはここまでのようだ。
淳介、歩き始める。
オワリ課長の声「人間!」
淳介、振り返るとオワリ課長の姿。
淳介「……本物?」
オワリ課長「そっちこそ」
〇 ゲーム会社・オフィスのあるビル・前
止まっているパトカー。
〇 同・内
PCを操作する数人の捜査員。
吉崎に手錠を装着されている水上と玉井。
玉井「あんまり変に触らないでくださいよ。どうなるか知りませんよ」
水上「(半べそで)俺は企画しただけなんだよ! 作ったのはあいつだよ!」
吉崎「責任者ですからねえ」
水上「俺達に何の罪があるんだよ!」
吉崎「詐欺罪とか誘拐罪とか?」
水上、子供の様にウワーンと泣く。
水上「久義……どうしちまったんだよ……」
〇 ゲーム内・浜辺の洞窟
座って向き合う久雄、美香、浩明。
久雄「水上さんっていうのは『アトランティス』の企画者で僕にいつも仕事をくれてた人のこと」
浩明「あのオッサンか」
久義「彼はオカルトとか伝説とかが好きな人でね、それを現実につくることが子供の頃からの夢だったんだって。その一つがこの『アトランティス』だった―」
水上の声「今回は久義君にこれをお願いしたいと思ってね―」
〇 回想・バー(夜)
T―「1年半前」
店内には久義と水上だけが向き合ってカクテルを飲んでいる。
水上、久義に紙束を差し出す。
紙束、『アトランティス企画書』と印字されている。
久義「アトランティス……」
水上「(子供のような無邪気さで)大西洋に沈んだ伝説の都市だ。高度な文明を持って最強の軍事力を備えていたが、その力を領土拡大の為に使ってしまったせいで神の裁きにあって海の底に沈められてしまった」
久義「神の裁き……ですか。(企画書をパラパラと捲りながら)でも、そもそも軍事力って、そのための、じゃなかったんですか。(水上の渋面を伺って)あ、いえ、その時代は大抵そうじゃないかと。詳しく知りませんが……」
水上「……良い質問だね」
久義、どこかほっとしたような表情。
水上「元は防衛のためだ。アトランティスは海に浮かぶ島。そして豊富な資源や多くの知識人に恵まれ島一つで完結できていた。しかし、『富は鍵も増やす』のはいつの時代も変わらない。諸外国との交易にも船を使って応じていたが、やがて海賊に乗っ取られ―」
久義「(企画書を見ながら)でも、これって……あ、(話を遮って)すいません」
水上「何だね。質問なら何でも今のうちにしてくれ」
久義「……(企画書を見ながら)ゲームのシナリオ的にはつまり、海賊が島を侵略するってことですよね。良いんですかね……水上さんは『消えたアトランティス』が好きで企画されたんですよね?」
水上、カクテルを飲みつつ水上の顔をじっと伺う。
久義「(上目遣いで)……」
水上「……最高に良い質問だ」
久義、ふうっと息を吐く。
水上「アトランティスは沈む。それを我々プレーヤー、つまり海賊は知っているわけだ。分かるか」
久義「……はい」
水上「つまり、つまりだ。文明を受け継ぐのは我々だということだ。それがアトランティスの意志なんだ」
久義「アトランティスの……意志……」
水上「そうだ。島が沈む前に全ての財宝を集めて、アトランティスに新たな居場所を差し上げる。それが俺の使命だ」
久義、呆然とゆっくり頷く。
水上「さもなくば、アトランティスは再び地殻変動によって現代の地上に―」
そこへやってくる若い男性店員。
店員「あの、そろそろ閉店です、すいません」
水上「(久義に)とにかく大変なことになるかもしれないんだ(と何だか嬉しそう)」
久義、手の甲で隠しつつ欠伸をする。
水上「じゃあ次行くか」
久義「次、あ、はい……次……」
〇 回想・道(深夜)
人気のない都会の街を歩く水上と久義。
水上「一説によると地殻変動によって海の中ではなくて地球の中心、いわゆるコアまでのめり込んでいったとも言われている」
久義「地殻変動……コア……」
水上「その中心に吸収された鉱石が循環して地上に表出しまた新しい大陸が産まれる。アトランティスは再生を目指してるんだよ。高度な文明を使ってな」
久義「あの……」
水上「なんだ?」
久義「納期って……いつですか?」
水上「……(肩を組んで)良い質問だ」
〇 回想・井上家・久義の部屋(深夜)
ベッドに倒れ込む久義。
そこへやってくる芳子。
芳子「大丈夫? 何か無理してない?」
久義「……だいじょうぶ……」
芳子「あんまりお人好し過ぎなのも良くないよ。ちょっとぐらいお給料減ったって、私もまだまだ働けるんだから」
久義「……うん……」
芳子、うつ伏せになっている久義の隣に腰掛ける。
芳子「今日、美香ね学校で男の子引っ搔いて泣かしちゃったの。筆箱隠されたり、スカート捲られたり、前からその子からの嫌がらせがあったみたいで」
久義「……そう……」
芳子「でも私褒めちゃった。いくら美香の事が可愛くて好きでもそんなことされちゃあ、女の子も黙ってられないわよ。そう思わない?」
久雄「……そうだね」
芳子「もうスカートなんかはきたくないって言うんだけど、美香には男の子なんかに負けないで欲しい」
久義「あのさ……」
芳子「うん」
久義「ちょっと一人にしてくれないかな」
芳子「……うん。ごめんね」
立ち去っていく芳子。
久義「(ハッとして起き上がって)芳子……」
× × ×
カタカタカタカタッ。
PC画面に向き合ってキーボードを素早く叩いている久義。
久義、エンターキーを押して大きくため息をつく。
久義、鞄から『アトランティス企画書』を取り出して開く。
久義「やるか……」
久義、PC画面に向き合い直し、検索エンジンに『アトランティス』と入力する。
すると、「古代ギリシアの哲学者プラトンの著書の中で記述された伝説の島」と出て来る。
久義、大きく欠伸をする。
〇 回想・図書館
受け付けでボーっと立っている久義。
受付の女性、久義に一冊の本を差し出す。
受付の女性「お待たせしました」
久義、反応がない。
受付の女性「あの……?」
久義「(力無く)あ、はい。ありがとうございます」
久義、卒倒。
受付の女性、悲鳴。
カウンター置かれた本のタイトル、プラトンの『ティマイオス』。
〇 回想・病室
目を覚ます久義。
傍に座っている芳子。
久義「(辺りを見回した後、芳子の方を見て)……あー、やっちまった」
芳子「そんなんじゃ一人にさしてあげられないよ」
ゆっくりと身体を起こす久義。
芳子「寝ててよ。何か飲む?」
久義「いや、だいじょうぶ」
芳子「そう」
久義、もぞもぞと何かを探して、芳子の足元の自分の鞄に視線が止まる。
久義「鞄とってくれる」
芳子、久義に鞄を渡す。
久義、鞄からプラトンの『ティマイオス』を取り出して開く。
芳子「昨日、久々に面接に行ってきたの。就活以来だったから、もう(指折り数えて)八年ぶりとかそれぐらい。緊張しちゃった」
久義「……なんの?」
芳子「イヤホンの箱詰め。面接っていうほどのもんじゃないけどね」
久義「……そっか」
芳子「履歴書にね、会社やめてからこの年まで書く事が何もなくて変な感じだった。美香と久義と過ごした時間なら紙が足りないぐらい書けるのになって」
久義「(俯いたまま)……」
久義のスマフォに着信。
芳子、スマフォに伸びた久義の手をおさえる。
久義と芳子見つめ合う。
久義「電話が鳴ってる」
芳子「……」
芳子、ゆっくりと久義の手から離れる。
久義、電話に出る。
久義「お疲れ様です!」
水上の声「あー久義君か。進捗具合どうだ? 日曜日辺りにプレーヤーの動きだけでも良いから見せてもらいたいんだが」
久義「あ、日曜日ですか。分かりました。今、(本の表紙を確かめて)プラトンの『ティマイオス』って本借りて色々調べてるところで―」
芳子、虚ろな表情で自分の手をさすっている。
〇 回想・井上家・久義の部屋(深夜)
カタカタとPC画面に向かってキーボードと叩く久義。
久義「……(ため息)」
久義、デリートボタンを長押しする。
PC画面、打ち込まれていたプログラムが消えていく。
久義、電子時計が目に入る。
時計、0時00分になり、日付が7月2日(日)となる。は
久義、チェアにもたれかかってうなだれる。
壁に飾っている家族写真を眺める。
写真、水着姿で笑顔の芳美が美香に海水をかけている。
久義「……そうだよな……」
久義、スマフォを手に取って、連絡帳から『フューチャー水上さん』を選択しメール画面を開く。
久義、文字を打ち込み始める。
メール画面「夜分に失礼いたします。実は体調を崩してしまい、明日、間に合いそうにありません。またせっかく頂いた案件で、大変申し上げにくいのですが―」
と、突然カタカタとキーボードが勝手に作動し、PC画面に自動的に入力されていくプログラム。
久義「……?」
PC画面、プログラムが入力されていく中、『200』という数字が入力され、静止する。
久義「(プログラムを読んで)これは……」
PC画面に”Are you the creator?”と表記される。
久義、慌てて強制終了させ、
PC画面、消える。
久義、何が起きたか分からないという様子で呼吸を乱している。
〇 回想・ゲーム会社・オフィス
PC画面を見ている水上と久義。
PC画面、ピクセル状の騎士が草原を移動している。
水上「良いよ。良い感じだよ」
久義「……ありがとうございます」
水上「あとは敵キャラをどうするかだが―(ふと画面を見て)……」
PC画面、いつの間にか騎士がヒト型の怪獣を切り刻んでいる。
水上「この変な人みたいな形のやつが敵?」
久義「……分かりません」
水上「分からない?」
久義「あ、いえ……プログラムを組み始めたら、いつの間にか……と言いますか……」
水上、久義の両肩をガシッと掴む。
久義「!」
水上「でかした!」
久義「?」
水上「やっぱり君に託して良かった!」
水上、興奮し、立ち上がってうろつき始める。
水上「前にも言ったかもしれないが、アトランティスは今、新しい居場所を探している。もし、見つからなければ地殻変動を起こして地球に復活するつもりだ」
久義「……オカルトとか……ですか」
水上「ああ、そうだ。しかし、オカルト、つまり超自然の元は自然だ」
久義「……? 仮にそうだとして、つまり…アトランティス大陸を…地球上ではなく……ゲームの世界に存在させるということ……ですか」
水上「さすがだね。君は正しい。君は優秀だ。あの本に辿り着くのも君の宿命だったわけだ」
久義「あの本……?」
久義、鞄から『ティマイオス』を取り出す。
水上「そうアトランティスについて記述された『ティマイオス』の中でプラトンは次のように述べている。三十ページの五から六行目」
久義、本を必死で捲る。
水上「『神は秩序あるものの境遇の方が無秩序なものより良いと考えた』」
久義「……」
水上「そこで、俺はこう考えた。アトランティスは本当はもっと無秩序な都市でありたかった。自由でありたかった。その欲求が抑えられなくなって、都市の形態を保つために与えられた文明や軍事力を領土の拡大に使ってしまったのではないだろうか。だから、神の裁きを受けて沈められてしまったのではないだろうか」
久義、『ティマイオス』を捲っている。
水上、壁に貼ってあるアトランティスのイメージ写真の前で立ち止まり、
水上「海底に沈められたアトランティスは神に自由を要求した。そこで神が用意したのがこの電脳世界だ。しかし電脳世界の中でアトランティス大陸が好き勝手に、自由に振る舞うと均衡が乱れ、地球は存続危機に陥ってしまう。そこで神は、地上の均衡を保つよう、創造、クリエイティブな分野を人間に分け与えた」
久義「……つまり、僕ら人間の創造性に支配されて初めてアトランティスは自由になれると……」
水上「(振り返って)良い見解だ。アトランティスも納得のいく世界に身を置くためには、納得のいく創造主を選ばなければならない。選ばれたんよ、君は」
久義「僕が……」
水上「そうだ。君はアトランティスの支持を得た真のクリエイターだ」
久義「……」
久義、PC画面に目をやる。
PC画面、草原のフィールドに大木が疎らに生え始める。
久義「……でも……水上さん。今創ってるのは僕じゃなくて―」
水上「(食い気味に)君の想像通りだ。元々プログラムの技術ぐらいアトランティスは持ってるからな。しかし創造の発端はあくまで人間で無ければならない。つまり、人間が生み出した電脳世界でのみアトランティスは存在する。アトランティスはきっと俺達に感謝しているに違いない」
久義「……にしても―」
水上「君がクリエイトしなければ、今度は沈んだ反対側、つまり太平洋から地殻変動で姿を現して、日本列島もお陀仏たかもしれんな。君は創造主であり、救世主でもあるんだ」
久義「……」
水上のスマフォに着信。
水上「(電話に出て)玉井か。どうした……何? リリース?」
水上、慌ててPCを操作し、アプリストアを確認する。
アプリストアに『アトランティス』が既に配信されている。
水上「……(唖然)。久義君……」
久義「……はい……」
水上「(狂ったようにハニカンで)すげえよ。やっぱりアトランティスはすげえよ」
久義「(水上の狂い誘われたような歪な笑顔で)はい!」
水上「すげえけどやべえ気がする!」
久義「(もはやただの復唱)すげえけどやべえ気がする!」
水上「アトランティス!」
久義「アトランティス!」
水上と久義、無機質に抱き合う。
〇 回想・井上家・リビング(夜)
壁には2023年7月のカレンダー。
食卓を囲む、芳子、美香、久義。
テレビから流れるニュース。
『44歳男性が失踪?』のテロップ。
インタビューを受ける男性の母親(74)「あれだけスマフォ漬けだった息子がスマフォを置いていくなんてありえないです……」
インタビュアー「何か履歴のようなものは残ってませんでしたか?」
男性の母親「はい。やりっぱなしのゲーム画面が開かれてるだけで……大事な一人息子なんです……(涙ぐむ)」
芳子、リモコンでチャンネルを変える。
芳子「物騒ねえ」
アナウンサーの声「台風六号は明日早朝に関東に上陸、昼頃には―」
美香「警報警報」
芳子「美香、お口にケチャップ」
美香、手で拭う。
芳子「手で拭かないの」
久義、リモコンを手にとってチャンネルを戻す。
インタビュアーの声「差し支えなければどのようなゲームを」
男性の母親の声「これなんですが」
インタビュアー「はーそれはRPGゲーム?『アトランティス』ですね!」
久義、テレビを観たまま唖然とし、箸につまんでいた卵焼きを落とす。
久義、立ち上がって部屋へ向かう。
美香「パパどこ行くの」
芳子「お仕事の用事よ」
美香「ふーん」
芳子「ねえ、美香、イヤホンいらないかしら? スマフォにつけれるやつ。お母さんお仕事でもらったの」
美香「いる!」
芳子、袋から取り出して美香に見せる。
美香「えーピンクー」
〇 回想・同・久義の部屋(夜)
久義、ゲーム制作ソフトを起動し、プログラムを開く。
プログラム、自動的に更新され続けている。
『200』の数字の隣に『world reverses』というプログラム言語を発見する。
久義「世界の……反転……」
久義、スマフォを手に取って『アトランティス』を起動させる。
プレイ時間に目がいく久義。
プレイ時間、1時間03分15秒、16秒―
久義、PC画面を再度見て、
久義「……何をお望みですか……」
PC画面、再び『world reverses 200』等のプログラムが打ち込まれ、次に『creator invitation』(創造主様ご招待)の文字が打ち込まれる。
久義のスマフォ画面、プレイ時間が早くカウントされていく。
久義「(それに気が付き絶句)……おい、どうなってる……」
久義、部屋を飛び出す。
〇 回想・同・玄関(夜)
久義、恐怖に侵された顔で玄関の扉を開こうとする。
芳子の声「私じゃ!」
久義、振り返る。
芳子「私じゃもう駄目かしら……」
久義「違う。でもごめん」
久義、雨の中外へ飛び出していく。
〇 回想・河川敷(夜)
降り注ぐ雨。
濁流の川にスマフォを投げ入れる久義。
久義、膝に手をついて呼吸を荒げている。
久義「芳子! 美香! ……誰か、俺を助けてくれえ! ……兄さん! 兄さん……」
(回想終わり)
〇 ゲーム内・浜辺の洞窟
座って向き合う久雄、美香、浩明。
美香、久雄の顔を見つめている。
久雄「……全ては過去の出来事だ」
浩明「帰る方法わかんねえってことじゃん」
久義「ああ」
浩明「ああって!」
美香「美香ね、パパのお友達に頼まれてやったんだよ。このゲーム」
久義「……お友達って、水上さんの事……?」
頷く美香。
久義「ありがとね……ごめんね……」
浩明「ありがとうじゃねえよ。ごめんねじゃねえよ。なんでおじさんが帰ってこねえんだよ」
美香、浩明の背中をさする。
久義「水上さんとはどこで会ったの?」
美香「美香が読んだから。アトランティスのプログラム」
久義「まさか」
美香「ちょっとだけだよ」
久義「……なんて……?」
美香「アトランティスは産まれたばかりの赤ちゃん」
久義「赤ちゃん?」
美香「うん。それでパパがパパ」
久義「……プログラムにそう書いてあったのか?」
美香「(首を横に振って)読み取れたのは少しだけ。誰かに書き換えられたかも知れない。だって、めちゃくちゃな並び方だったから。アトランティスは赤ちゃんで、我がままなの、ものすごく。これはプログラムから想像したこと」
久義「……」
美香「パパが作った子なら、ちゃんと面倒みるのはパパだよね」
久義「俺の子……?」
浩明「あーもうわけわかんねえ! そうだ! マイケルだよ! マイケルに助けてもらおうよ! ほら、あの金髪の」
美香「(浮かない表情で)ヒロ君。あのね―」
久義「誰だ!」
洞窟の入口に二つのシルエット。
淳介とオワリ課長だ。
淳介「美香ちゃん! ヒロ君!」
淳介、駆けて来る。
美香「淳君!」
再会して歓喜する浩明、美香、淳介。
淳介「逃げてごめん」
浩明「ほんといくじなしだ」
美香「私のせいで」
久義「俺のせいだよ」
淳介「この人は……」
美香「美香のお父さん」
久義「美香がいつもお世話になってます」
淳介「初めまして……」
浩明「いいよこんなのに挨拶なんか」
美香「(ゆっくりと歩いてくるオワリ課長の姿を見つけて)あれって……」
皆、オワリ課長の方を見る。
浩明「……まさか」
淳介「うん。オワリ課長」
美香、浩明、淳介、オワリ課長の傍へ駆け寄る。
浩明「本物だ!」
オワリ課長「(クタクタな様子で)飲むもんない?」
美香「ないよ」
オワリ課長「喉乾いた……」
美香「乾いて無いよ」
オワリ課長「?」
浩明「疲れても無いよ」
オワリ課長、スーッと清らかに立つ。
オワリ課長「あれ……ほんとだ」
〇 今井家・リビング(夜)
テーブルを囲んで『アトランティス』をプレイしている大樹、ゆかり、久雄、芳子。
ウトウト眠りかけている真由子。
どこか楽し気にプレイしている大樹、久雄、ゆかりの姿を一瞥する芳子。
大樹「あれーいなくなった」
久雄「海の方じゃないか?」
ゆかり「あなたが遅いからだよ」
久雄「母ちゃんがヘタクソだからだよ」
芳子、操作をやめて、
芳子「ねえ、真由子さん」
真由子「は、はいい」
芳子「ちょっと変わってくれないかな? 私、疲れちゃった。真由子さんの方が上手でしょ?」
大樹「もうちょっと頑張ろうよ。こんな単純なゲーム誰がやっても一緒だよ」
久雄「大樹」
大樹「何だよ」
久雄「真由子さんだけ仲間外れは駄目だろ?」
大樹「……そうだけど」
ゆかり、久雄の(芳子への)気遣いに微笑む。
真由子「やって良いのかしら(と嬉しそう)」
芳子「じゃあお願いします」
芳子、真由子にスマフォを渡す。
真由子「奥に部屋がありますから、そちらでゆっくり休んでください」
芳子「ありがとうございます……」
芳子、席を立って廊下の方へ行く。
大樹「(画面を見て)じゃあもう一回、皆集まって」
ゆかり「私もちょっとトイレ」
大樹「えー?」
ゆかり「三人でやってて、すぐ追い付くから」
〇 同・廊下(夜)
壁にもたれ掛かって俯いている芳子。
そこへ、やってくるゆかり。
芳子「もう戻ってこなくて良いや」
ゆかり、静かに芳子に寄り添う。
芳子「もう良い。美香も久義ももういらない」
ゆかり「……」
芳子「(静かに泣く)」
ゆかり「一緒に逃げちゃいましょうか」
芳子「?」
ゆかり「私の母、田舎で一人カフェを経営してるんです。父親が死んでから雇ってたアルバイトの子も今年就職でね。母も足腰弱ってきて、お店ももう諦めなきゃいけないのかって悲壮感タラタラなんです。良かったら、一緒にのっとっちゃいませんか?」
芳子「え……」
ゆかり「考えといてください」
芳子「……」
ゆかり、袖をまくって腕の痣を芳子に見せる。
ゆかり「私は母に虐待されて育ったんです。父親が事業資金を友人に借りたまま逝っちゃったもんですから、毎日返済に追われてそのストレスが私に向いて……って、そんな客観的に話せるほど、まだ憎み切れていませんが、そのくせ私も結婚して大樹を産んで―」
芳子「どうして私にそんな話をするんですか?」
ゆかり「……私が誰かに聞いて欲しいからです……それでもしかしたら、芳子さんなら……と」
芳子「寂しそうに見えました? 私」
ゆかり「見えました。間違ってたらごめんなさい」
芳子「久義は私のことどう見えてたんでしょう」
ゆかり「単純だと思います。あいつら兄弟なんて」
芳子「あいつら……」
ゆかり「どうして好きになっちゃったんでしょうね。私達は。あんなやつらのこと」
芳子、クスッと笑う。
芳子「……美香は逆子だったんです」
芳子、シャツを捲って腹部の傷跡をゆかりに見せる。
ゆかり、特に動じる様子もない。
芳子「まるで産まれたくないって言ってるようでした。今でも、本当に産んで良かったのか分からなくなる時があります。美香は女の子が嫌みたいですし」
ゆかり「産んだのは私達ですけど産まれてきたのはあの子達ですから」
芳子「それ、私も美香に言った気がします」
ゆかり「私達も姉妹?」
芳子「……どうして母親って痛いんでしょうか」
ゆかり「ね」
千恵の声「静かにしてくれんかー眠れん」
千恵の部屋から呻くような声。
ドキッとして顔を見合わせるゆかりの芳子。
〇 同・千恵の部屋(夜)
おそるおそる部屋を覗くゆかりと芳子。
月明かりが窓から差し込み薄っすらと白いベッドのみが確認できる。
千恵の声「(暗闇から)何をぼそぼそやっとんじゃ。誰じゃ、お前ら」
ゆかり「すいません……」
芳子「真由子さんのママ友です……お邪魔してます……」
千恵の声「どうでも良いわい。死ぬときぐらい静かにしてくれ」
ゆかり「……失礼しました」
背を向けて立ち去ろうとするゆかりと芳 子。
千恵の声「おい」
振り返る二人。
しかしすぐ千恵の寝息が聞こえてくる。
〇 同・リビング(夜)
『アトランティス』をプレイしている大樹、久雄、真由子。
大樹、ゆかりのスマフォも操作している。
久雄「真由子さんさすが慣れてますね」
真由子「淳介に教えてもらいましたから」
久雄「にしても、美香ちゃんたちはどこにいるんだ? 合流できないのか」
大樹「分からない。あ、洞窟だ」
そこへ戻って来るゆかりと美香。
大樹「おせーよ。ウンコかよ」
ゆかり「そうよ。すっごく辛かった」
久雄「(大樹に小声で)父ちゃんの便秘がうつったんだ」
大樹、少しにやつく。
芳子「(真由美に)ありがとうございます。代わっていただいて」
真由美「いいえ(と言いながらゲームに夢中)」
大樹、ゆかりのスマフォを差し出して、
大樹「母ちゃんも早くやるよ」
ゆかり「言われなくても」
〇 ゲーム内・浜辺の洞窟
まばらに座っている久義、美香、浩明、淳介、オワリ課長。
浩明「もうこのゲーム飽きたー」
オワリ課長「(久義に)なんでこんなクソ……や、ゲーム作ろうと思ったですか?」
久義「何でだろうな。引き受けちまったもんは引き受けちまったもんだから」
浩明「意味分かんねえよ」
淳介「これからどうするの」
美香「とにかく、変に刺激しちゃだめね……」
オワリ課長「俺達は赤ん坊の玩具ってことか」
浩明「どうすんだよ、パパさんよー」
久義、立ち上がる。
久義「説得してくる」
淳介「説得ってどうやって」
久義「君たちが来る前にちょっとだけやってたことがあるんだ」
と、そこへ突然、矢が数本飛んできてオワリ課長の左胸と、浩明の腹部を貫く。
オワリ課長「わっ……」
浩明「おおっ……」
美香「ヒロ君!」
淳介「……(腰を抜かす)」
オワリ課長、特に血も吹き出さず、ただ安らかな表情になって天へと昇っていく。
腹部に矢が刺さったままの浩明、動けないまま蹲っている。
美香「ヒロ君!」
浩明「痛くねえよ。動けないだけ。先に行け」
美香の足元に刺さる矢。
浩明「良いから先に行け!」
久義、美香と淳介を抱えて、脇の出口か ら洞窟を後にする。
美香「やだー!」
〇 今井家・リビング(夜)
『アトランティス』をプレイしている大樹、久雄、ゆかり、真由子。
真由子の操作する画面を横から覗き込んでいる芳子。
ゲーム画面、四人の騎士が洞窟のような場所でウロウロしており、宙に人型の怪物が一体浮かんでいる。
久雄「しかし、いつになったらクリアなんだ?」
芳子「……(真由子に)そろそろ代わりましょうか? それ私のスマフォですし……」
真由子「あ、ごめんなさい! つい―」
〇 ゲーム内・浜辺
浜辺を走る美香と久雄。
久雄、放心した淳介をおぶっている。
久雄「アトランティスは火山の噴火で沈んだって説があってな」
美香「……」
久義「お父さん、最初ここを火山の中だっていう設定にしたんだ」
美香「……全然そうは見えないけど」
久義「カルデラだよ」
淳介「カピバラ?」
久義「カルデラって言う火山活動によってできた窪地だよ」
美香「あ、そう」
久義「既に火山活動によってできあがっていた土地に、アトランティスは誕生したんだ。そして、カルデラの再噴火によって島は滅亡した」
美香「(何か見つけた)お父さん、あれって何だろう?」
久義「(話を続ける)だから噴火前に逃げ道を作ってやるんだよ。滅亡する前に」
美香「お父さん! 何かいるよ!」
久義「?」
美香の指さす方に、象とも、豚とも、判別のつかないのっぺりした鼻と円らな瞳、二頭身で二足歩行の動物?がゆっくりと歩いている。
久義「……あれは……」
美香「なんかきもい」
久義「俺が学生時代、コンテスト応募用につくってたキャラクターだ……」
美香「怪我してるよ」
その動物?、片面の胴体がスライスされたように途切れている。
久義「ああ、結局制作途中で挫折して応募もしなかった」
美香「良いの? 助けなくて」
久義「今は、時間がない」
走る美香、久義、歩く動物?とすれ違っていく。
〇 ゲーム内・浜辺の洞窟
岩陰で倒れている浩明、目を覚ます。
浩明、腹部に刺さっている矢を難なく抜く。
浩明、見上げると宙に浮かんでいるオワリ課長の姿。
浩明、その真下に開かれていない宝箱を発見する。
浩明「(ボソッと)おかん、へたくそ過ぎ」
〇 同・堤防のような場所
紐で結ばれた丸太の束が三束ほど堤防の上にねかされている。
久義、そのうち一つの束の紐を固く結んでいる。淳介、それを手伝う。
美香、海際に立って透明な壁に触れている。
美香「こっからは行けないよ」
久義「行けないんじゃなくてまだ考えてないだけだ。クリエイターは僕だ」
淳介「ヒロ君とオワリ課長は死んじゃったの?」
久義「大丈夫だ。(横板を指さして)淳介君それとってくれる?」
淳介、浮かない表情で板を運ぶ。
美香「そんなのが海賊船?」
久義「まあそんなとこかな。素材だけのプログラム組んでその先は止まったまま」
美香「パパは本当に帰りたいの?」
久義「帰りたくないって言ったら、パパと一緒にここで暮らすの?」
美香「美香は帰るよ。ヒロ君助けなきゃ」
久義「……そうだよな(丸太の束を合体させながら)あのね、美香。ママに言いたいことがあるんだったらちゃんと言葉探して伝えなきゃいけないんだよっ(丸太重い)と」
美香、久義が作業しやすいように丸太の端を支えてやる。
久義「って、僕も今さら気が付いた」
美香「パパの伝えたい事って何」
久義「美香に言っても仕方がない」
美香「あ、そ」
久義、三つの丸太の束を紐でくくってつなげて、筏っぽい舟が出来上がる。
久義「まあそうふてくされないで。パパが大人の力を見せてやるから。(発音良く)presentation」
久義、堤防をフィールド方向に歩いていく。
立ち尽くす美香。
美香の隣にスッとやってくる淳介。
淳介「変な人なんだね。美香ちゃんのお父さんって」
美香「(こくりと頷いて)バカなの、とても」
久義、全体に向かって手を広げる。
久義「アトランティス! 僕の話を聞いてくれ! 僕は君と遊べてとても楽しかった! 招待してくれたことも嬉しかった!」
淳介「誰に話してるの」
美香「……アトランティス」
久義「でも、君はまだ未完成なんだ! すまない! 僕はプログラムを組む途中、迷いがあった。その迷いが君を不安にさせたんだね。この通り!(頭を下げる)僕には大切な家族がいた! 今もいる! そんな家族との時間を捨ててまで、君との時間を優先することはできないと思っていた!」
辺りが夕焼けに染まり、夜となる。
淳介「えっえっ何(美香にしがみつく)」
美香「……悲しんでる」
久義「でも君の気持ちは良く分かった! 君の産まれたい気持ちが良く分かった! 僕は、君を最後まで創りあげる! いや、一緒に創っていこう! その為には僕が、僕達がここにいちゃいけないんだ。このままだと、君はまた同じ道を辿ることになる。 だから―」
ポツリポツリと雨が降り始め、激しくなる。
久義「(雨を手の平で受け止めながら)分かってくれたか……」
美香「(呟くように)お父さん……」
淳介、美香の背に隠れる。
久義、美香、淳介の左胸が赤く光る。
遠くから走って来る騎士の大群。
美香「(淳介に)逃げて……」
〇 今井家・リビング(夜)
『アトランティス』を熱中してプレイしている大樹、久雄、ゆかり、芳子。
椅子に腰掛けたまま眠っている真由子。
大樹「(興奮した様子で)凄い! なんだこれ!」
スマフォ画面、剣士がうじゃうじゃと集まってきている。海岸沿いにいる一体の人型の怪物に向かっていく。
芳子「(もはや楽しそうに)あれは私の獲物よー」
〇 ゲーム内・堤防付近(夜)
大群の中で弓を引く芳子の剣士。
〇 今井家・リビング(夜)
芳子、スマフォを握り締めてタップする。
芳子「(スマフォ画面を観ながら)死ねえええええええええええええええええええ」
大樹、久雄、ゆかり、唖然として芳子を見ている。
芳子「(視線に気が付いて)あら、やだわ……」
目を覚まして欠伸をする真由子。
〇 ゲーム内・堤防付近
放たれた矢が光を、炎を、雷を纏う。
矢、久義の眉間を貫く。
美香の声「お父さーん!」
という声が産声に変わっていき―
〇 回想・病室
女性看護師に抱かれている泣きじゃくる産まれたばかりの美香(0)。
ベッドで横になっている芳子(22)。
芳子、わずかに目を開いて美香の姿を見ている。
そこへ、病室に慌てて入ってくる久義(33)。
芳子、目を閉じて眠ったフリをする。
久義「遅くなりました」
久義、看護婦から美香を預かって抱く。
その様子を朧げに見ている芳子。
〇 ゲーム内・堤防(夜)
頭に矢が突き刺さっている久義。
芳子のN「なぜ、最初に美香を抱いたのはあなただったのでしょうか」
さらに飛んでくる矢、久義の足、腹と突き刺さっていく。
芳子のN「私が苦しんでいる間、なぜ、あなたは一緒にいてくれなかったのでしょうか―」
昇天している久義の目から涙が落ちていく。
芳子のN「何故、私を選んだのでしょうか―」
美香、しがみつく淳介を振り払って、久義の前に立つ。
淳介「やだよ! 美香ちゃんまでいなくなったら! 僕―」
美香「聞いて! お願い聞いて!」
堤防のすぐ傍まで騎士達が歓声をあげながら詰め寄ってきている。
淳介「美香ちゃん!」
淳介の肩にぶつかるように颯爽と現れる浩明。浩明、盾を手にしている。
淳介、よろけながら表情が明るくなる。
美香に向かって飛んでくる一本の矢。
美香の前に立って盾を構える浩明。
盾に弾かれる矢。
美香「ヒロ君!」
浩明「ほんとクソゲーだな」
美香「……(泣きそう)」
浩明「早く終わらそうぜ。超つまんねえから」
美香「……(頷く)」
美香、浩明の盾を退け、無防備になる。
浩明「おい……」
淳介「え、え、なんで」
美香、深呼吸をして目を瞑る。
ジワジワと大きな月が姿を現す。
美香「良い加減にしなさい」
〇 井上家・久義の部屋(深夜)
誰もいない部屋をPC画面の光が照らしている。
PC画面、『アトランティス』のプログラムが一部自動的に消えていく。
〇 今井家・リビング(深夜)
スマフォ画面を眺めている大樹、久雄、ゆかり、芳子。
大樹「(画面を連打して)あれ、動かない。なんで」
久雄「俺のもだ」
〇 ゲーム内・堤防(深夜)
剣を振り上げた騎士や弓を引いた騎士、飛んだままの矢がフリーズしている。
美香の背後で呼吸を乱している淳介。
美香、フラッと倒れそうになって浩明に受け止められる。
美香「……アトランティス。パパはあなたを侵略するために創ろうとしたんじゃない! あなたを救うために創っていたの。そこにいる海賊は仲間よ。勘違いしないで! させちゃったのね。パパは馬鹿だから」
雨がやんでいく。
浩明「……」
淳介、駆け寄ってくる。
美香「パパも、ここにいる皆も元の世界に返してあげて……」
ポンッと太陽が月と入れ替わる。
美香「私は美香。あなたのお姉ちゃん。仲良くしましょ……」
美香、ニコッと微笑んで気を失う。
浩明「おい! 美香!」
騎士たちはてんでばらばらに去っていき、堤防から海の方へ光が航路を作るように道筋が示される。
筏が大きな船となっていく。
久義、その様子を上空から眺めているが―
〇 河川敷
スマフォを片手に倒れている久義。
久義、正気に返り、ゆっくりと身体を起こす。
〇 井上家・玄関・表
扉の前に立つ久義。
中から芳子と美香の喧嘩の声が聞こえる。
芳子の声「そんな子だとは思わなかったわ!」
美香の声「ママの言う女の子はヤダもん!」
〇 同・リビング
入って来る久義。
泣いている短髪の美香。
久義の元に駆けつけて来る芳子。
芳子「あの子ね、ポニーテール切り落としちゃったのよ。ひどいと思わない? あんな髪型で学校なんか行けやしない」
久義「(呆然として)お、おお……でも、嫌だったんじゃないか……」
芳子「信じられない。パパもおかしい」
芳子、涙ぐんで部屋を後にする。
久義、ふとカレンダーに目がいく。
カレンダー、2013年6月。
久義「……(深く息を吐く)」
美香、泣き止む様子がない。
久義、呆然としたままとりあえず美香を抱きしめる。
久義のスマフォに着信。
スマフォ画面『フューチャー水上さん』。
久義、電話に出る。
水上の声「あー久義君か。進捗具合どうだ? 日曜日辺りにプレーヤーの動きだけでも良いから見せてもらいたいんだが」
久義「……」
〇 同・久義の部屋
急いで入って来る久義。
PCを起動すると、PC画面に何も書かれていないプログラム画面が現れる。
机の上に置かれた『ティマイオス』。
電子時計、6月29日(木)。
唖然とする久義の手に持ったスマフォから水上の声。
水上「久義君? もしもし? 久義君?」
久義「……あの……できればもう少しだけお時間いただけませんか」
〇 一年後・田迫家・和室
T―「一年後」
VRを装着して身体を動かしている美香、浩明、淳介、大樹。(大樹の足には包帯は巻かれていない)
机で微笑ましくその光景を眺めながらワインを飲んでいる久雄、ゆかり、芳子、久義、真由子。
半開きの窓。風に揺れるカーテン。
真由子「(久雄に)大人気ですね」
久義「いや、まさかこんなにスポンサーがつくとは思っていませんでしたから」
ゆかり「(芳子に)良いなあ。玉の輿」
芳子「一本あたっただけですよ」
ゆかり「(久雄に)あなたも同じ遺伝子持ってんだから。何か作ってみたら」
久雄「俺? 俺は無理だよ」
一同、笑う。
真由子「(VRと取り出して)実は私も……」
ゆかり「まあ買ったの!」
真由子「皆やってるし」
ゆかり「じゃあ……」
VRを取り出すゆかり、久雄、芳子。
ゆかり「やりますか」
VRを装着するゆかり、久雄、芳子、真由子。
芳子「(真由子に)真由子さん、今小さいお城が見えてるでしょ。あそこが私達のお城でまだ小さいんですけど住民達のお手伝いをすればお礼に協力してくれるので―」
それを微笑ましく見ている久義。
チャイムの音。
ゆかり「(VRをしたまま)あ、来たわ」
久義「楽しんでてください。僕が出ますから」
〇 同・玄関
扉を開く久義。
不安気な表情で立っている作業着姿の恵美子。
〇 同・和室
浩明、VRを外して、
浩明「おかん?」
と、浩明の目の前に飛び交う一匹のクロカナブン。
浩明「(手で払って)うわっなんだこいつ」
〇 中村家兼鉄工所・作業場
やってくる恵美子と久義。
久義、唖然としている。
あの象とも、豚とも、判別のつかないのっぺりした鼻と円らな瞳、二頭身で二足歩行の動物?がレーザーカッターで自分の胴をスライスし、欠けたボディに金属を付け加えている。
(了)
※参考資料
カルキディウス『プラトン「ティマイオス」註解』土屋睦廣訳(京都大学学術出版会)