<コマンド たたかう? にげる?>
未だ住込みのため、王宮下層の我が部屋まで迎えに来た『本日は閣下』の彼が、わたくしを一目した途端に言い放ちましたの。
「ブルネットのドリルは凶器だね」
確かに金髪や赤毛のソレよりも重量感溢れる巻き髪具合ではありますけれど、危害は加えたり致しません。
それなのに何故そのようなことを、開口一番仰るのかと不思議がっておりましたら、まさかの返答が。
「ねね、あのシャンプーCMの時みたいに振り返ってみてよ、スーパーリッチな感じで!」
「はぁ? やだよ何で?」
「だって、そのドリルで四方の壁がボッコボコになりそうじゃん!」
「ちっ」
「いよいよ口に出し始めたなお前……」
舞踏会の翌日、ラフロイグ閣下と正装にて訪れるようにと、何故か陛下サイドからお達しがございまして。
正装翌日にまた正装を余儀なくされたことにもですが、バーロォ閣下まで添付されたことに絶賛慷慨憤激なう。
けれど憤慨したところで状況は変わりませんから、渋々、しぶっっっしぶ、正装した挙句のこの物言いでございますよ?
超目上の神であれ、チョイ目上の公爵閣下であれ、舌打ちされてしまっても仕方ないと思いますの。
「ねぇ、目上とかいう次元は超えてるよね? もっと尊んで?」
だなどど、わたくしのドリルを手でクルクルと弄びながら吐かれる嫌味など、虹の彼方にすっとこどっこいですわ。
ところが、何故か彼方此方から漏れる歎美な黄色い声。
「きゃ! 閣下が期待に満ちた笑顔でミタゾノ様の御髪を!」
「えぇ、えぇ! まるで蕩けるような笑顔でミタゾノ様の御髪を!」
「本当に、絵画から脱け出たようなお二人ですわよね!」」
いやいやいやいやお前たち、当事者の会話を間近で聞いてください。マジで。
その期待に満ちた笑顔は、壁を破壊させようと企んでおるのですからね。本気で。
「え? ガチじゃないよ。本気と書いてマジ。ね?」
「ひとの心のルビまで読むなっつうの!」
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王宮内の移動でございますから馬車に乗ることもなく、ものの数分で謁見の間に到着いたしまして。
けれど恭しく玉座に座るお二方へご挨拶を致そうとしたところで、何故か閣下にコソコソと止められましたの。
「使用人のするソレはやめて」
使用人仕様のご挨拶などがあるのか。と思いつつ、教わったご挨拶がこの方法しかないので、無理なものは無理です。
「だが断るっ」
だからジョジョっと小声で言い返したのでございますが、何故かまた返答がエロい声が。
「お願いだからやめて、ハニー」
ハニィ? 甘すぎて固まりました。それはアイシングのように。
固まってしまった為、閣下の願い通りご挨拶も致しておりませんが、この状況はだってだってなんだもん。
ところが王陛下は何一つ気にすることなく、閣下とお話を進めますの。
「ラフロイグよ久しいな。息災で何より」
「おかげさまで。陛下もお元気そうで」
「うむ。辺境の情勢も詳しく聞きたいが、それよりも先に王妃から其方たちに話があるそうだ」
「ほう。して、その用向きとは?」
笑みなく真顔な閣下の視線が王妃殿下に注がれると、いつもの威厳は何処かにサイトシーイングな王妃が、言葉に詰まりながら要を得ないお話を始めましたの。
「み、ミタゾノを我が侍女から家政婦に下げましたのよ? で、ですからね? どうかしら?」
何の話ぃ? けれど未だアイシング続行中なので微動だにせず、瞬きだけさせていただきましたわ。
それだと言うのに、アレで意味を把握したらしき閣下は、したり顔ならぬしたり声で了承の意を唱えましたの。
「なるほど。それは有難い申し出。是が非でもお受けしたい」
王妃の携えていた扇子が閉じられ、意気揚々と頰が紅潮していく。
「でかしたミタゾノ! 陛下、然すれば直ぐに公布を!」
「ん? うむ。だが、ミタゾノよ、其方は良いのかな? 王都を離れ辺境に、その……」
アハーン。段々と公爵閣下の舞台設定が解って参りましたわ。
要するに、ほら、アレですわよアレ。辺境伯!
この国には辺境伯たる身分がないため、貴族最高位の公爵を賜っていらっしゃるけれど、王族との血の繋がりは無さそうですわ。
そしてそちらの辺境領に、わたくしの転勤打診をしたというお話でしたのね!
宰相はともかくとして、王陛下や王妃殿下にまで幾分ぞんざいな態度を取られるので、不敬罪に当たるのではないかとハラハラいたしましたが、心配は無用でございましたわ。
なぜ心配無用なのかと申しますとーー
アミュレット王国は空球の最南端に位置し、国土は目の形をしておりますの。
かの有名な秘密結社のロゴと申しますか、プロビデンスの目と申しますか、ま、ズバリ目でございますわ。
そしてそちらの中心にある、俗に言う『黒目』の部分が王都。瞳孔部分が王宮。
他の白目や涙袋などのパーツ部分も、平民街・スラム街・亜人街などと区切られておりますが、ラフロイグ領は国境全てを所有する『二重幅』部分の辺境にあるらしいのですわ。
立地的にも当然、能力・魔力・戦闘力の最高峰な騎士団精鋭部隊が集結する領であり、そこを治める閣下には王陛下も強くは出られないご様子。
それに加え、閣下の神スキル『尊大』が発動するため、傍から見ていても力関係は同等に思えるほどですの。
まぁ、あのたどたどしさからして、確実に王妃殿下は格下扱いでしたけれど。
それよりも、国境には竜騎士団が詰めていらっしゃると聞き及んでおりますのよ。
辺境国境には竜騎士団! 最早お約束ですわよね!
そこで漸くアイシングハニー呪縛が解け、王妃殿下に負けないほどの朗らか加減でお答えさせていただきましたわ。
ドラゴン見て見たいですし。竜騎士団の何方かと恋に落ちちゃうかも知れないですし?
「お断りをする理由がございません」
「え?」
「え…」
「えぇ?」
「……。 え?」
や、陛下はまだわかるけど、なんで王妃と閣下までその即返?
転勤を命じた側と、是が非でも来て欲しいって言った側じゃん。
するとお隣から、心を読みやがったらしき苛立ち混ざりの囁きが聞こえてくるではありませんか……
「転勤じゃないよ。婚約話だよ」
「蒟蒻魂? 何それ怖い」
「そんなことより、竜騎士団と恋に落ちるって何かなハニ〜」
そしてまた、この頃流行りのアイシング女の子と化し、気づいた時には王陛下が仲立ち人となり、目出度く婚約発表となったのでございます。
「「「「「ラフロイグ閣下、ミタゾノ様、おめでとうございます!」」」」」
眩い光の中を皆さまからの祝福の声に包まれながら、閣下に手を取られ進む。
フラッシュはやめて。と呟きながらーー
「ハニー?」
「フラ〜ッシュ!」