<まぼろしの こうしゃくが あらわれた>
社交界どころか公の場ですら、滅多に姿を垣間見ることの出来ない公爵閣下がおりまして
故に『幻のラフロイグ』などと呼ばれていらっしゃるのですわ。
相も変わらず、30年ものっぽい香り漂うあだ名ですけれど。しかも超高級そうな。
公爵位ですから、王家の親戚筋となる止ん事なき方なのですが、王宮勤めの方々ですら早々お会いできた試しがないのだとか。
けれどそんな沈黙を破り、ラフロイグ閣下が次の舞踏会に出席するという噂で王都は持ちきりでしたの。
「金髪碧眼の、誰もが羨む美男子とのことですわよ!」
「蕩けるような笑みで、老若男女を虜にするそうですわ!」
お会いしたことのある方々が、挙ってラフロイグ閣下の見目麗しさを絶賛されていらっしゃるため、婚活淑女たちのハードルはだだ上がりでしたの。
いつの世も、異世界だとしても、ハードルは上げすぎたら負けですわよね。
ですから、お会いすれば期待外れだったと肩を落とす世知辛いものなはず。などと思っておりましたら、おったまげ。
なんで神が幻のウイスキーになってるの?
あ、違った。幻の公爵閣下だった。
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事の始まりは、又しても王妃殿下でしたの。
「ミタゾノ。貴女、次の舞踏会に出席なさい」
てっきりいつものジョブ参加だと思ったわたくしが即答を紡いだのですが、最後まで言わすことなく妃殿下が切返しましたの。
「畏まりました。では、その旨を侍女長にお伝えし」
「いいえ、王宮からではなく、バランタイン伯爵令嬢として参加なさいと言ったのよ。大体貴女はもう侍女じゃないでしょ?」
そうでした。
陛下がわたくしに一切の興味がないなどという当たり前の事柄を、喫驚しながら誇らしげに宣言された数日後、王妃殿下付きの侍女を解任されて王宮家政婦へ移動をいたしましたの。
家政婦というと地球のあのソレを思い浮かべたのですけれど、空球のそれは執事の女性バージョンと言った役どころなのですわ。
況して王宮という使用人が多く居る館では、掃除係・給仕係・洗濯係など、家事も細かく分担されているため、家政婦はそれらの係を纏める管理職という意味合いが強くなるのでしょう。
また、基本的に王宮勤め人は貴族で構成されておりますの。
稀に平民出身の方もお見受けいたしますが、彼らは特殊技能が必要な役どころに配置されるため、家政婦や侍女とは無縁。
依って、貴族のみの家事係を纏める家政婦たちは、伯爵令嬢以上の家格が必要とのことでしたわ。
因みに侍女も全て伯爵位以上で構成されておりますが、彼女たちは直接王族に仕えますから、その仕える王族によって雲泥の差があるとてもブラックな職種ですの。
反対に家政婦は王宮での行事がない限り、定時上がりの超ホワイト業務。
さらには王宮のあちらこちらに移動いたしますから、同じく王宮で働く官僚や騎士団などの殿方と出逢える最高のツールだと思うのですわ。
所謂、一流企業のオフィスラブ?
それなのにわたくしは、寿退社どころか出会い話すら何処からも聞こえてこない。
聞き込めば込むほど、陛下どころか同僚であるはずの従者ですら、考え込まないとわたくしの容姿を思い出せない。
このような状況下に焦燥された王妃殿下が、わたくしを社交界にぶち込もうとお考えになったそうなのですわ。
まぁ、舞踏会等の社交場に足を運んだところで、モブの花となること請け合いなのですけれど。
それでも、習慣は第二の天性なりと申しますか、病は治るが癖は治らぬと申しますか?
「派っっ手なドレスだな。でもどーせ誰もツタンカーメンだから覚えてないんだろ?」
幻のウイスいや、公爵閣下が仰る通り、他に類を見ない目を引く衣装を好んでしまうのは、2行上にダルセーニョ。
ですけれど、チート発動所作を直球でそう訳されるのは、それこそ呪われるかと。
「色的に灰かぶりなのかと思ったけど、それ、あれだ、雪レリゴ」
確かにこのドレスを着用中は、少しも寒くないわ?
ですけれど、ちびっこに大人気な女王をそのように訳されるのは、色々な方面から非難をされるかと。
と言うかそんなことより、聞きたいことが溢れて止まないのですが。
なんで神という大層な役職に就いてるくせに、ラノベ小説家に飽き足らず、公爵までやってるのかね。
「ん? ゾノを攫った時に向こうの小説家は引退したよ? というか、続きは舞踏会が終わったらでいい?」
いや、そういうことを聞きたいんじゃなくてですね?
あ! 舞踏会スタートの場面をすっ飛ばしちゃった。
ダメじゃん。大事だから米印からダカーポでっ!
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ここ舞踏会ホールは、幻の公爵閣下登場に響動めき揺れておりましたわ。
けれどもそのような騒めきどころか、溢れる紳士淑女すら目に入らないとばかりに、公爵であり神である彼が、脇目も振らず颯爽とわたくしへ向かって参りましたの。
それはもう、赤甲羅にロックオンされた感じで。
そんな幻赤甲羅閣下の追従を退けようと必死になり、陛下と王妃の耳談合など知る由もありませんでしたわ。
「恐るべしミタゾノ。あの閣下を一瞬で虜にしたわ……」
「王妃よ、どこにミタゾノがおるのだ? まさかラフロイグが手を取ったあの佳人がそうなのか?」
「もう閣下と婚姻しちゃえばいいのよ。異常にお似合いだし……」
「王妃? 先程から何をブツブツと呟いておるのだ?」
そうこうしている間に、はい。捕まりました。
バナナの皮でスピンしなかっただけでも、良かったと思うことにします。
いやぁ、バスケのフェイントな如く、華麗なる反復横跳びで翻そうとしましたが、雪レリゴじゃ無理でした。
ありのままの姿は見せられないほどにしか、ドレスの裾が広がらないので仕方がありませんよね。
いつもとは違う凜とした表情と所作。
まるでランウェイを進むモデルのようなそれに、驚きを通り越してドン引く。
だって、こう、キャパを超えた何かって、笑うかドン引くかしか脳が追いつかないじゃない?
だから自分は決して悪くないのだと言い聞かせている合間に、赤甲羅閣下は手の甲へ口づけを落とした後、上目遣いの妖艶な笑みを携え囁いた。
「名も氏も酒なんだよね、俺…っ」
そんなエロい顔と声で甘く囁くことじゃないですよね、それ。
「ジン・ラフロイグ。覚えて? 因みに地球神の名を知ってる? あいつはウォッカ」
待て。ジンとウォッカっておまえ……
その組み合わせは、見た目は子供で頭脳は大人な世界の黒い組織の皆さんですよね、確実に。
「あれれ? 妙だな…」などと呟けば、このモヤっとした複雑な気持ちの謎は解明するのでしょうか。
などと考えていたら、真実は一つとばかりに返されました。
「バーロォ」
「こっ、なっ、んっ!」
思わず発してしまいましたが、決して意図したものではないですよ?
こいつ、なに言ってんだ、んがごっこ。の略ですからね?
そして一夜明け、王陛下王妃殿下立会いの元
ジン・ラフロイグ公爵閣下並びにミタゾノ・バランタイン伯爵令嬢の婚約が正式に取り決められたーー