<へんじがない ただのモブのようだ>
家政婦長のミタゾノだからとて、ミステリアスな女装ボブの殿方とは一切の関係はございませんのよ?
たまたま。いや、結構な強引加減でしたけれど、こちらでのジョブが王妃付き侍女スタートだったに過ぎませんわ。
ただ、そのスタートジョブは神でなく王妃殿下が齎したものであり、様子を見ていたらしき流石の神も驚いておりましたの。
「王妃のアレは予想外だったな。ゾノに恐怖を感じたんだろうけど」
元女優ですから、演じろと言われれば井戸やテレビからノソノソと這い出ることも可能です。
が、出来れば誰彼にも畏怖の念を抱かせることなく、清らかに暮らしていきたいのですが、どうでしょう。
「ゾノを見る王のあの顔に気づいたら怖いだろ。でもまぁこれで、俺も動きやすくなったし安心か」
そんなにホラーだった? いやしかし、そんなことより家事なんて一切できないのですが、どうしようーー
********
無事アミュレット王国に降り立ち、無害な優秀家族と合流して間も無く、爵位継承の件で国王へ拝謁することになりましたの。
時代物の役柄を何度か演じておりましたから、ドレスの着こなしやら作法などはどうにか及第点を取れましたし、曲がりなりにも伯爵令嬢ですから、専属侍女という名のスタイリストさんもいらっしゃいましたので、泊り込みの撮影を続けている気分でしたわ。
何と申しますか、やってて良かった女優式?
無料体験は受け付けておりませんが。
けれど当日、謁見の間でご挨拶をさせていただいた際に、突然王妃殿下から下命を拝しましたの。
「ミタゾノ、貴女はこの国の仕来りや世情に疎いのでしょう? デビュタントまでわたくしの元でこの国を学びなさい」
デビュタント。つまり社交界デビューは、この国の場合18歳を迎えた月の舞踏会とされておりますの。
何度も恐縮ではございますが、その齢は疾うに過ぎているのですけれど、どうにも17歳に見える帰国子女設定をされているわたくしは、1年間ほど王宮で教育を受けろとの命なのですわ。
確かに、この齢で今更学校生活など繰り返したくもありませんし、この国の常識も覚えたいですしおすし?
無害な家族はどこまでも無害ゆえ、その下命に反対するわけもありませんし?
この世界へ来て1ヶ月も経たないうちに、王宮にて住込みご奉公開始と相成ったわけでございますの。
新人時代を思い出し、どれだけイビられるかなどと意気込んでおりましたけれど、そのようなことは誰からもされず、意外にもすんなり馴染んでしまいましたわ。
まぁ王妃殿下は、陛下とお会いする時以外、わたくしを手元に置くという労基に叩かれそうな拘束時間を強いましたけれど。
ですがそれらが功を奏したようで、あれよあれよと気付けば家政婦長にーー
「まぁゾノはさ? イビろうとすると、モブ化して探せなくなるし?」
んん? そう言われて思い起こして見ると、確かに終業した途端、使用人の誰かに探されていたような。
『なぜなの! あんなに派手なミタゾノをどうして見つけられないの!』
けれど仕事は終わらせたし、さっさと自室に帰ってゴロゴロしたかったから、チートを発動していたはず。
『今日こそ逃さないわよミタゾノ。ってアレ? 嘘っ! どこ行ったぁ〜っ!』
「冤罪犯人に仕立てようとすると、モブ化で記憶まで消しちゃうし?」
おふっ? そう言われて思い出して見ると、確かに紛失や破損現場に何度も出くわした気がするような。
『私たち、犯人を見ました! 犯人は…あれ? 誰だっけ?』
けれど自分は犯人を見ていないし物を壊してもないし、早く帰りたかったから、チートを発動していたはず。
『犯人はミタゾノ、犯人はミタゾノ、犯人はみた…ちょっと、誰が犯人を見たの?!』
「そのうち全員、アンチ敗北宣言してたよね。ある意味最強のチートだな、これ」
そう? そう言われて思い浮かべて見ると、確かに意味不明な和平交渉を誰彼にもされたような。
『参った、降参! なんかもうミタゾノ、仲良くやろうよ!』
けれど王妃殿下にも、とても嬉しそうによくわからない宣言をされた時は、流石に戸惑ったはず。
『陛下がね? 何度教えてもミタゾノを覚えられないの。 ふふ。 もういっか?』
「でもさ、そのチート発動ポージングは、もっとこう、穏やかなものにできなかったの?」
「え? コレ? これ以上、心穏やかになるポーズはないでしょ?」
そう言って、両腕を胸の前でクロスし、発動ポージングを取った。
鼻で吸ってぇ〜 口から吐くぅ〜。な、精神統一呼吸も添付して。
すると態とらしく身震いをする神が、げんなり顔で指摘する。
「いやいやいやいや、心ざわざわだよね。 どう見てもファラオの呪いじゃん」
あれ? そう言われて考えて見ると、アイライン長め顔の金ピカ棺が目に浮かぶ。
やばい。死と破壊を齎す強力なポージングじゃないの、これ……