<ゆるしてくれよ!な!な!>
「おはようございます。閣下、奥様」
扉の外から聞こえるギルビー様であろう声で覚醒し、ガバッと起き上がっては体裁を整える。
しくじりましたわ。完全に寝坊でありんす。
こちらでの初仕事開始だと言うのに、クールポコ状態なのは拙いと思いますの。(やっちまったな)
ところが慌てるわたくしなど御構い無しに、脇から忍び寄る腕が腹部に巻きつき、力強く後方へ引き寄せられた。
「ほげぇっ」
どこぞのカモメ眉毛下町警官な如くのおったまげ語を迸りながら、仰向けにベッドへ倒れこむ。
フカフカマットレスで、地味に2回ほどバウンドしたのち無事着地。
と同時にこめかみや瞼へ、しっとりとした感触が幾度も降り注いだ。(ちゅっちゅちゅっちゅ)
そうでした。
加護なんて俺のだけで充分だの、キスったね?親父にもキスられたことがないのに!だのと、わたくしの周りを旋回しながら騒ぐ神閣下は、突然何やら何かを閃いたらしく
「ハニー? 消毒ね?」
そう言うが早いかわたくしを抱き上げて、例の天蓋付きベッドへ転がしましたの。
そしてギルビー様(正確には地球神)が加護を与えてくださった箇所を、神閣下の唇で上書きしはじめたのですわ。
それはそれは念入りに。
最初こそ無我の境地を確立しようと仏の手印を結んで抵抗いたしましたが、余りのしつっっっっっっこさに負けて意識を手放し現在に至る、と。
「勘弁してよね。釈迦は友達じゃん? だからそのポーズにキスするのは萎える」
友達じゃん?などと、わたくしが知り得ている情報かのように言われましても知りません。
大体、お釈迦様は崇高な神様ですのに、そのような方と友達だなんておこがましいことこの上ないですわ。
「いやいやいやいや、じゃ俺は何?」
「ほっとけ!」
「た、確かに釈迦は仏だけどさ、俺は仏じゃないっつうの。てか何そのオヤジギャグ……」
起き抜けに騒ぐわたくしたちの声を確認したらしく、ギルビー様が可愛らしい女の子を連れ立ち部屋内に登場する。
テキパキ颯爽と厚手の遮光カーテンを開け、薄暗い部屋が一気に明るくなった。
さらに、使用人服を隙なく着こなす萌え女子は、わたくしへ辞儀をしたのち朗らかに語り出す。
「おはようございます、公爵夫人。奥様付き侍女のロゼと申します。どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」
否、だから奥様じゃないし、自分もそちらサイドの人間なんですが、どうしたら……
そこで、ロゼ様のご挨拶に戸惑うわたくしを見て取り、ギルビー様が提案をしてくださいましたの。
「そうでございますね、『奥様』は愛称だと諦めて受け入れ、お気に召すままお過ごしになるのが宜しいかと存じます」
奥様が愛称と言う項目はどうにも受け入れがたいですけれど、それ以外は至極最善な気がしてまいりましたわ。
もうそれこそイントネーションだけ変えて頂いて、オクサーマなどと呼んでくだされば充分な気がするほどに。
「どーでもいいけどハニー? 考え事をしながら組んでるその手印、エンガチョだよね?」
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お気に召すままと仰ったはずなのに、使用人服を纏うことはギルビー様に却下されてしまったため、渋々地味目のドレスに着替えましたわ。
正確にはロゼが着付けてくれたのですけれど。
さらに『奥様』の愛称を持つ方は、使用人に敬称添付をしてはならないルールがあるだのと言いくるめられ、これまた渋々同僚になる予定の皆様を呼び捨てにしなければならなくなりましたの。
「ギ、ギルビー? お気に召すままお仕事を致したいのですけれど……」
「それでしたら、我が地の視察をされてはいかがでしょう。シルバは閣下と出ておりますが、他のドラゴンは竜騎士団と訓練中でございますし」
そうでしたわ!
色々ありすぎてすっぽ抜けておりましたけれど、ドラゴンちゃん目当てにこの辺境地転勤を希望したのでしたわ!
プラス、竜騎士のどなたかと恋に落ちるオプションも、期待していたのでしたわ!
シルバが不在なのは残念ですけれど、神閣下の不在は大変喜ばしいことですしね!
そこまで考えを巡らせてから、いそいそと竜騎士団の視察へ赴きましたの。
もちろんドラゴンちゃんに乗る気満々で、乗馬服ならぬ乗竜服たる出で立ちにお着替えを致して。
レンタルボートのように、レンタルドラゴンがあるのではないかと儚い期待を致しておりましたが、当たり前にございませんでした。
さらに穏形スキルを発動させて赴いたものの、数多のドラゴンちゃんを目の当たりにして興奮し、スキルが解けてしまったからそれはそれは大変なことに……
「うおわーーっ!」
「ぬがっ!!!」
「ぐあっーー!」
『サラっ!』
訓練中の竜騎士様方が次々と振り落とされ、数十に及ぶドラゴンが一斉に一箇所へ集い始めるミステリー。
さらに飛行をされていなかった騎士団の面々が矢継ぎに叫ぶ。
「おいおいおいおい! 一体どうなってんだ!?」
「マスターたちを落としてまで、ドラゴンらはどこに向かってんだ!」
「おい見ろあそこ! なんであんなところにお嬢ちゃんがいるんだ!」
『良いとこなのにスルーすんなっ!』
えぇ、ドラゴンちゃんたちの狙いは不審者わたくしですわよね。
一応半径1mのちゃちい結界も発動させているけれど、この数のドラゴンちゃんたちにファイヤーブレスなど叩き込まれたら一溜りもない。
「これがほんとのクールポコ!」
『や、ハニーお前さぁ……』
空を見上げイキったドラゴンちゃんたちを眺めながら、クワッと独り言ちったところで暴風が吹き上げた。
暴風に巻き上げられて見事なトリプルアクセルをカマした後、ストンと着地しちゃった温かな場所は、脳裏に響いた声からしてお約束っ!
ではなかった模様。
「シルバ! …う、うろこ染めた?」
シルバは安直名の如くシルバー色のドラゴンなのでございますが、わたくしが今跨っているのはゴールド色。
こちらのドラゴンちゃんの名は、きっとゴルドだと思う。多分。
けれどそこで背凭れが、アルトなハスキーボイスでボソボソと呟き始めた。
「ゴルドが自らの意思で動き助け、私以外の者を乗せるとは……」
いつものシルク筋肉シートではなく金属感がする背凭れとは思っておりましたけれど、左下視界の隅にチラチラと映る、光っちゃったり炎っちゃったりする槍はもうあなた、確実にファイナ○ファンタジー。
これはアレですわよね?
振り返り、呟く人物を確認しようものなら、ナマ足ヘソ出しサイハイブーツの、夏を刺激する妖精さんでしょう?
「背後から失礼致します公爵夫人。竜騎士団長のシャルドネ・デュワーズと申します」
ぼ、ボインボインの女竜騎士様がきたーーーーーっ!




