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ぼんやりと椅子に座り、窓越しに空を自由に飛ぶ二匹の鳥を見つめる。番だろうか……どうか幸せにと心の中で呟く。
するとドアをノックする音が聞こえ、返事を返す。アデル様と家族全員が入って来た。何事かと私が怯えの表情を見せると、アデル様が優しい声で私を宥める。
「ラナ……大丈夫だ。今日はその……君の記憶を見ようと思って……嫌なら言ってくれ」
「私の記憶……?どうやって見るというのですか?」
「この魔導具で見ることが出来る。強さを変えればその記憶を体験することも出来る。これは尋問用の魔導具だ、、、あまり勧められた物じゃないが、私達が君にしたという記憶を、私とベルフリード公爵達で体感し、君の事を少しでも歩み寄れればと……」
見られたくない。あんな地獄の日々を、辱めを受け続けた日々を。だが、私の中のドロドロとした部分が見せて、同じ苦痛を味わわさせてやれと囁く。それが甘美な言葉に聞こえ、私は頷いた。
首輪の様な魔導具を付け、父も母も弟も、そしてアデル様も魔導具を付けた。私の記憶を体感するレベルで見るらしい。お母様は耐えられるかしら?
「それでは、始めるとしようか……ラナ、大丈夫。君には見えない様に改良した物だから」
私の首輪が淡い光を放ち、それは一瞬の出来事だった。
「やめて!!痛い!!痛い!!」
「殴らないで!!お願いします!!言う通りにしますから!!」
「嫌あああえ!!もう嫌ああああ!!」
「誰か殺してええ!!もう死なせてええええ!!」
父は無言で涙を流し、母は泣き叫び、弟は震えて項垂れている。アデル様は顔を真っ青にし、口に手を当てていた。
「これが君の記憶……」
「ラナ!!ラナ!!許して、ラナ!!」
お母様が泣き叫び、私に泣き縋る。お母様には刺激が強かったのだろう。何しろ同じ女だ。あの屈辱は耐えられないだろう。
「お母様、謝る必要は無いですよ。私を地獄に堕としたのは一度目の世界のお母様なんですから」
「ラナ、ラナ、ラナ、、ああああああ!!」
「なんて私達は愚かな……」
「姉上……俺は……こんな……」
私は薄く微笑み首を傾げ、アデル様達を見据える。こんな汚れた私を貴方達は愛せますか?
「ラナ……そうだ……あの日私は目が覚めて……」
アデル様が急に私の両手を取り、額に当てる。私は薄く微笑むだけで何も言わない。
「すまなかった、君が生きていてくれた事が何よりも嬉しい」
それは幾度と聞いた懺悔の言葉。今迄に無く重い言葉だった。私の凍った心が動く。少しずつ溶け出す様に。
「アデル様、もう良いのです。これは過去の記憶、今世では繰り返されなかった歴史です。でも、私は汚い存在です。それでも貴方は私を婚約者にしますか?」
「ラナ、君は汚くなんか無い。ラナ、君はどうしたい?修道院に入るか、私の正式な婚約者になってくれるか……」
「私は……」
一度目の人生は地獄の様な日々だった。だが何故か二度目に戻りまた繰り返すのかと思った。だが、実際には繰り返されず平凡な日常が過ぎて行く。信じてもいいのだろうか、また地獄の日々がやって来るとは限らない。だが、私の過去を体験したアデル様の言葉を信用したいが、怖い。もしかしたらまた繰り返すかもしれない。
「私は……修道院に入りたいと思います」
「そうか……分かった。修道院への手続きをしよう」
家族も涙を流しながらも反対する者はいなかった。これで良いのだ。一度目の記憶とはいえ、そう簡単に傷は癒えやしない。私を蔑む目、私を殴りながら犯す男達。消えて欲しいのに消えてくれない残像。
私の生きる道はこれしか無いのだ。
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今日やっと私は本当の意味で自由になる。修道院まで行く間、アデル様が同行を求めた。馬車には二人っきり。馬車にはあまり良い思い出がない。行き着く先がまた裏町だったらどうしようと、不安が押し寄せる。心臓がばくばくとなり、耳鳴りがする。
「大丈夫だ、ラナ。ちゃんと修道院に向かっている」
「……分かってはいるのですが、すみません」
「ラナ、私の願いは君が生きて幸せになる事だ。数年間もの間、婚約者候補として辛い思いをさせてすまなかった」
「もう、謝罪は受けとりました。……アデル様、貴方はもう私に囚われなくて良いのです。貴方ももう自由なのですから」
アデル様に優しく微笑みかける。アデル様は綺麗な瞳から涙を溢れさせ俯く。私は持っていたハンカチでアデル様の涙を拭ってあげる。
「ラナ……ラナ……愛してる」
「アデル様……愛してました」
馬車が修道院に着き、私達は最後の別れを告げる。するとアデル様が私の手を取り言葉を紡ぐ。
「約束する。何度繰り返すことになっても必ず君を守ってみせる」
「……アデル様?」
アデル様は涙で歪んだ不格好な笑みで私に笑いかけた。私も何故か涙が溢れ、不格好な笑みを返す。
願わくば、もう繰り返さぬよう。
修道院エンド




