2月1日
和樹は防護服を着込み、施設の外に出てその外壁を見上げていた。
この前の、生き残っていたゴキブリが汚染物質の内部流入によって全滅したことがあってから施設の点検を行うことにした。
この施設も建てられてから数百年も経っていることもあり、ところどころ劣化が進んでいる。
大きな工場のような建物は、ほとんどが劣化のしにくい特殊素材でできているが空気を取り入れたり、除去した汚染物質を出したりするパイプが突き出ている。
汚染物質の内部への流入は排出パイプの損傷により発生し、今回はパイプを重点的に調べることになった。
調べるといっても和樹が一本一本のぞいていくわけではない。調査用のドローンがパイプの中に入り込み亀裂や劣化などを調べていく。
和樹は手にタブレット端末を持って進捗状況を見守るだけだ。施設の中にからでもできるかもしれないが、この前のこともあるので和樹は直接見てまわることにした。
目の前では、虫のようにカシャカシャと動くドローンが壁やパイプにはり付き作業を行っていた。効率は悪くないが巨大な施設なので調査はまだ何日もかかるだろう。
大きく見上げるほどの建物を見て、今はもう二人しか使っていないのに過剰な規模だと和樹は思った。ほとんどが使われていないし、無駄に稼働し続けている。
いずれは冷凍睡眠装置だけを残し順次解体していく予定である。解体されたものは新たな部品としてリサイクルされる。
居住区などは和樹と文江が冷凍睡眠装置に入ってしまえば、すぐにでも解体してもいいところだが、和樹は何十年か伸びたところでどうでもいいと思っている。
何千年、何万年、運用される予定での何十年なんてものは誤差の範囲だろう。
「ファザー、この区画の調査は終了しました」
アイが報告してきた。和樹は手元のタブレットをみて異常がないことを確認した。表示される数字や映像を入念にチェックする。
「よし、ここは大丈夫だな。次に移動するぞ」
「イエス、ファザー」
次の調査区画までも距離があるのでトラックで移動する。トラックの荷台に調査用ドローンがわらわらと集まってくるのを待っていると、ピーピーと防護ヘルメットの中で警告音が鳴った。
聞き慣れない警告音に和樹は首をかしげた。いつもの危険を知らせる警告音とは、ちょっと違う。聞いたことのないパターンだった。
「アイ、この音はなんだ?」
「これは救難信号です。どこからか発信された救難信号を受信したようです」
「救難信号だと?」
言葉の意味は知っている。しかし実際に使われたところは和樹の記憶にはない。
もう外部の人間との接触は何百年としていないのだ。ほかに生き残りがいるのかも、まったくわからない。
自分たち以外、絶滅している可能性だってある。
「どこから発信されているかわかるか?」
「ここから北の方角から発信されているようです」
「北か、距離は?」
「正確な距離まではわかりません」
和樹は少し悩んだ。初めての出来事であったし、危険性もある。人間がいなくなったあと放浪している機械などであれば、どう動くのかわからない。
ただ悩んだのは少しだけだ。好奇心のほうが上回った。
来たものが何であれ、こちらに害を及ぼすものであれば排除すればいい。
「アイ見に行くぞ。装甲車の準備をしろ」
「イエス、ファザー」
和樹は装甲車に乗って救難信号が発信されている地点へと向かった。
どんな状況にも対応できるように、ライフルなどの武器も積んできていた。
「救難信号の発信元はたえず移動しているようです。移動速度から考えてドローンの類だと考えられます」
「ドローン?いったいどういう状況だ?」
和樹は目標まで数百メートルほどの距離まで近づき、装甲車を止めた。
「アイ、カメラで目標を撮れるか?」
「やってみます」
アイは装甲車の上部についているカメラで救難信号を発信しているドローンを撮った。撮った映像は和樹の前のモニターに映し出された。
「小型のドローンだな。見たところ爆弾などの装備もついてなさそうだ」
「あれは旧世代型の偵察用ドローンです。電波も衛星もない現在では正確に飛ばすのは困難です」
確かに観察していると、動きがおかしい。よく空中で止まったりするし、向かう方向もバラバラで一貫性がない。どこに向かおうとしているのだろうか?
「こちらからドローンに向けて信号を発信することもできますが、どうしますか?」
アイが提案してきた。
「危険なものでもなさそうだ。信号を送ってみろ」
「わかりました。信号をおくります」
モニターを確認すると、ドローンがいったん止まり、こちらに向かってきているのがわかった。信号をうまく受信できたのだろう。
ドローンは装甲車の目の前でホバリングして止まった。
「このドローンと交信し、いくつか情報を得た結果、目的地がわかりました」
「どこだ?」
「私達がいる施設が目的地のようです」
和樹は驚いた。まさか自分たちに関係があるとは思っていなかった。
「なにが目的だ?救難信号が出ていたということは助けを求めているのか?」
「そこまでは、わかりませんでした。回収してデータを解析してみる必要があります」
「わかった。回収しよう」
和樹は装甲車から外に出てドローンに近づいていった。ドローンはまだ空中でホバリングしている。
「どうする?銃でも一発撃って撃ち落とすか?」
「その必要はありません。ハッキングして地面に降ろします」
その言葉どおりにドローンはゆっくりと降下し地面に着地すると停止した。
和樹は両手でドローンを持ち上げた。重さは五キロほどだろうか。アイは旧世代型と言っていたが、なるほど確かに古いしボロボロだ。
いったいどんな理由で、こちらを目指してきたのかは気になるところだ。
和樹はドローンを装甲車に積み込むと、帰路についた。




