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放浪行商記  作者: 刀の切れ味
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湖の街『アートホルン』④

『大陸』

名もなく、ただ大陸と呼ばれている。大きく弧を描くような形をしており、真ん中に巨大な山脈がそびえる。

人間を中心として、エルフ、ドワーフのような亜人族による多くの国が存在する。大陸には多種多様な動物の他に、魔物と称される人外の怪物も生息している。


 アートホルン大聖堂を守護するトレーネ聖堂騎士団。その長であるロウ・ヴァイネマンは、若干24歳という若さで騎士団の長となった。

 従来、聖堂騎士団の長は、年長者が選ばれることが多い。信仰心の強さは魔力に直結する故に、より長く祈りを捧げ、徳を納めた者が選ばれるのだ。

 しかし、ヴァイネマンは違う。ヴァイネマンは幼き頃よりひたすらに剣の修行を続け、その腕を買われて団長となったと言っても過言では無い。もちろん、魔法の才もあるが、それ以上に彼は剣の天才だった。

 無論、始めはヴァイネマンが団長となることに反発する団員は多かった。貴様のような若輩者に団長など務まるものか、武だけでは何もなし得ぬぞ、そんか糾弾する声があがったのだ。

 その度に、ヴァイネマンは行動で示した。街に現れた魔物の討伐し、邪教徒を追い払い、果てには凶暴極まりない魔物の上位種『悪魔』をも祓った。ヴァイネマンは剣聖と呼ばれるほどの、名実共に聖堂騎士団の長として認められていった。

 彼は未だに研鑽を積むことを止めることはない。ただひたすらに、強くあることを己の矜持としていた。極限まで剣を研ぎ澄ませることが、聖堂騎士として聖地を守ることにも繋がると考えていたのだ。

 そんなヴァイネマンだったが、団長となる前からある悩みがあった。それは、自分と剣の手合わせをしてくれる相手がいないことだった。他の騎士団員では物足りない、もっと手練れの相手が必要だった。

 そのヴァイネマンの要望に応えてくれたのは、ホムラとその父親だった。広手箱を背負い、行商しながら聖地を巡る『放浪の民』。東洋よりやってきた彼らは、度々アートホルンを訪れていた。

 始めてヴァイネマンが彼らと出会った時、ヴァイネマンは一目で見抜いた。ホムラの父親、彼は途轍もない手練れである、騎士団たちとはひと味もふた味も違う、途方も無い研鑽を積んできた剣士だ、と。

 ヴァイネマンはすぐに手合わせを申し出た、しかし、ホムラはそれを断った。代わりに、ある条件を出したのだ。


『俺の息子に勝てたら、相手しやってもいいぜ』


 ホムラの父親はそう言った。当然、ヴァイネマンは二つ返事でそれに応えた。これほどの手練れと手合わせできる機会は滅多にない、絶対にものにしたったのだ。

 しかし、ヴァイネマンの考えは甘かった。まだ幼い少年だったホムラ、自分がこんな相手に負けるはずがない、そんな驕りが彼の中のどこかにあったのか。ヴァイネマンはホムラと剣を交え、そして負けた。東洋の独特な剣、刀を使った剣術。柔と剛を兼ね備えたその剣に、ヴァイネマンは辛酸を舐めさせられたのだ。

 負け知らずのエリートなら、そこで心が折れてしまってたかもしれない。だが、ヴァイネマンは違った。自分より年下の少年に負けたヴァイネマンは、大きな声で笑って、大いに喜んだのだ。

 普段は寡黙なヴァイネマンが笑うほど、彼は嬉しかったのだ。自分にまた新しい目標ができた、越えるべき壁ができた。しかもその相手はまだ少年だ、きっとこれからもっと強くなる。そう簡単には越えさせてはくれないだろう。そう言って笑い、祈りを捧げ、誓いを立てた。


『神よ、新たな受難に感謝します。私はこの聖地を守るための剣であり盾。より鋭く、より堅くありましょう』


 それからは、ホムラがアートホルンに訪れるたびに、あの手この手を使って理由をつけては、ホムラに手合わせを申し込んだ。ホムラは途中から面倒くさがっていたが、この二人にはある共通点があった。

 それは、負けず嫌いなところだ。負け越したままなのは気に入らない、次はこっちが勝つ。無意識に、二人は互いを焚きつけあっていた。

 そして今も、二人は剣を交えている。今日で四十戦目、大聖堂の鍛錬場で四十回目の火花が散っている。


「ふっ──!」


「むぅ……!」


 勢いをつけたホムラの剣の一撃を、盾で受け止めるヴァイネマン。すかさずヴァイネマンも細身の大剣で反撃するが、ホムラはそれを半身をそらして最小限の動きで躱す。

 ヴァイネマンは大きな盾と、リーチに優れた細身の大剣を扱う。対して、ホムラは何の変哲も無い鉄の剣一本で戦っている。ヴァイネマンが全身を鎧で覆っている分、機動力ではホムラに分があるが、それを感じさせないほどにヴァイネマンの動きは素早い。

 盾と大剣のリーチを生かしてホムラを近づけさせないヴァイネマン。攻めあぐねたホムラは、大きく前に踏み込みながら鋭い突きを繰り出した。

 しかし、ヴァイネマンはその動きを読んでいたのか、下から掬い上げるように大剣を振るい、ホムラの手から剣を弾き飛ばす。


「……っ!」


「甘いぞ、狼の」


 武器を失った時点で、ホムラの負け──と言いたいところだが、ホムラに関して言えば、武器をなくした程度では大した問題にならない。広手箱を背負うホムラはならでは、である。

 ホムラは大きく後ろに飛び退くと、広手箱の底面の鎖付きの取っ手を引っ張る。すると、広手箱の中の仕掛けが金属音を立てて起動し、広手箱の側面が大きく開かれる。

 その中から弾き出されたのは、大きく分厚い刃を持つ鋼の斧だった。ホムラはそれを手に取ると、地を擦る刃から火花を散らせながらヴァイネマンへと駆ける。


「まだまだっ……!」


 体を投げ出すように回転させながら、斧の重さを乗せた強烈な一振り。ヴァイネマンはそれを盾で防ぐが、鎧を着込んだ彼をも大きく後ろに押し返す。更にホムラは斧を振り回し、ヴァイネマンに追撃を加えていく。

 さすがに押され続けるのはまずいと感じたのか、ヴァイネマンも一度後ろに下がってホムラから距離を取る。しかし、ホムラは逃がさないと言わんばかりに、大きく振りかぶって斧をヴァイネマンに向けて投擲した。


「普段ならこんな無駄使いはしないが、今回ばかりは特別だ」


 ヴァイネマンが投擲された斧を盾で弾き飛ばした隙に、ホムラは再び広手箱の底面の鎖付き取っ手を引っ張り、新たな武器を取り出す。次に取り出したのは、二本の曲刀。湾曲した刃を持つ片刃の剣だった。

 先ほどの斧とは打って変わって、二本の曲刀とスピードを生かした戦い方。ホムラの戦い方ががらりと変わるも、ヴァイネマンは冷静にそれを対処していく。素早い連撃を盾で受け止めつつ、機会を伺う。狙うは、絶対に回避できないタイミング。


「……そこだっ!」


 ホムラが両手の曲刀を振り上げた瞬間、ヴァイネマンは盾を構えたままホムラに突撃した。ヴァイネマンの強烈なシールドバッシュで吹き飛ばされたホムラは、背中から地面に倒れ込んでしまう。


「貰った……!」


「甘いのはどっちだ!」


 倒れ込んだホムラに目掛けて大剣を振り下ろすヴァイネマン、それに対してホムラは、左手の曲刀を逆手に持ち替えると、振り下ろされた大剣を防いだ。

 しかし、曲刀に比べてずっと重量のある大剣を正面から受け止めたのではなく、曲刀の湾曲を沿わせるように、横に受け流したのだ。さらに、ホムラは右手の曲刀で、装甲に覆われていない脇を狙う。


「ぬぅっ!」


 大剣を振り下ろして前のめりになっていたヴァイネマンは、咄嗟に足でホムラの曲刀を跳ね上げる。狙いが逸れた曲刀は、鎧の硬い装甲部分を斬りつけ鈍い金属音が響いた。


「ちいっ……!」


 曲刀の斬撃を防がれたホムラは、先ほどのシールドバッシュのお返しと言わんばかりにヴァイネマンの鎧を蹴り飛ばし、転がりながら起き上がる。ヴァイネマンも無理に追撃はせずに、大剣と盾を構え直す。


「……小手調べはこれくらいにしようではないか、狼の。そろそろ()()()()()()()?」


「はんっ、そう簡単に抜いてたまるか」


 曲刀を捨てて、新たに広手箱から槍を取り出したホムラ。石突きを石畳の床に突き立て、挑発するように手招きする。


「そんなに抜いて欲しいなら……抜かせてみせろよ」


「ふっ、出し惜しみして負けても知らぬぞ?私も少しずつ、ペースを上げていくとしよう……」


 ホムラが曲刀を投げ捨てたように、ヴァイネマンもまた、盾を放り捨てる。投げ捨てられた盾は、空中でガラスが砕けるように散り散りになり、それを大剣で振り払い構える。


「……参るっ!」


 ホムラとヴァイネマンの間合いは、優に数メートルはある。お互いに距離を取って見合った状態、その最中でヴァイネマンは、おもむろに腰を低く落として地面を蹴る。そして、その次の瞬間には、ホムラの目の前でマントをはためかせながら大剣を振りかぶっていた。


「──っ⁉︎」


 デタラメな踏み込みを見せたヴァイネマンに、ホムラは固唾を呑む。咄嗟に槍で大剣を受け止めるも、その凄まじい膂力に押し込まれてしまう。


(相変わらず、とんでもない瞬発力だな。重たい鎧を纏った人間のやることかよ!)


 先ほどよりもずっと疾く、鋭い斬撃を放つヴァイネマンに、ホムラは徐々に追い詰められていく。そして、ついに大剣を受け止めた槍が、みしりと音を立ててへしゃげてしまう。

 手持ちの武器が破損するや否や、ホムラは新たに武器を取り出すために距離を取ろうとするが、それを許すヴァイネマンではなかった。


「その折れた槍でどう戦う、狼の!」


 ヴァイネマンの繰り出した鋭い突きが、ホムラの頰を掠め、僅かばかり横髪を切り払う。ホムラは頰から垂れた血を舌で舐めると、ヴァイネマンの次の動きを見極める。

 横に斬り払い、再び突きを繰り出し、連続しての袈裟斬りに、下から斬り返し。次々と放たれるヴァイネマンの剣技を、ホムラはギリギリで躱していく。


(まだだ、まだまだ……まだ……今っ!)


 ヴァイネマンが繰り出した大きく前に踏み込みながらの刺突。ホムラはそれを身を屈めて躱しながら、ヴァイネマンの脇の下から組みつく。

 そして、ホムラは剣を振り回せないよう肩の関節を極めながら、バランスの崩れた足を払い、ヴァイネマンを背中から押し倒したのだ。


「やっぱり重たい鎧は動き辛いだろ?」


 へし折れた槍の切っ先を向けながら、大剣を握る右手を足で押さえつけるホムラ。上を取ったホムラが圧倒的に有利であるこの状況、それでもヴァイネマンは参ったとは言わない。


「少し痛い目を見てもらうぞ!」


 ホムラは槍の切っ先をヴァイネマンへ向けて振り下ろす。大剣が使えないこの状況では、それを防ぐことはできない。ホムラはそう考えていた。

 しかし、振り下ろされた槍の切っ先は、ヴァイネマンの目の前で金属音と共に受け止められる。一体何で防いだのか?その答えは、ヴァイネマンが左手に握る物にあった。


「武器を地面に放り捨てたのは悪手だな、狼の」


 ヴァイネマンが左手に握っていたのは、ホムラが先ほど地面に捨てた曲刀だった。一体いつの間に拾い上げていたのか。

 虚を突かれたホムラの動きが止まるその隙を見逃さず、ヴァイネマンはホムラの拘束から抜け出すと、立ち上がりながら大剣を構える。完全に捉えたと思っていたホムラは、抜け出されたことに眉を八の字にして肩を落とす。


「ちっ……仕留めたと思ったんだがな」


「……シュインの躰術だったか?面白い技を使う、貴公は」


 多様な武器と、先ほど見せたような体術。広手箱と同じように、ホムラの戦法の引き出しは無数にあるのだ。しかし、まだまだ本領ではない。


「──ふう。分かったよ、お前の言う通り小手調べは終いにしよう」


「ようやく、その気になったか。さあ、疾う疾う。抜きたまえよ、それに打ち勝ってこそ意味があるのだ」


 急かすヴァイネマンに対して、ホムラは何も言わずにゆっくりと広手箱を背中から下ろすと、側面の歯車を弄る。そして、上段の引き出しを開け、あるものを引きずり出す。

 それは一本の刀だった。ただ、その長さは、先日ホムラがグールを斬ったものよりも、ずっと長く分厚い。ホムラの身長よりやや短いほどという、途轍もない長さである。

 東洋の島国『イズモ』では、様々な刀がある。成人男性の腕はどの刃渡りを持つ『打刀』が基本となるが、それよりも長い刀身を持つ『太刀』や、逆に短い『小太刀』。槍に形状が近い『薙刀』や『長巻』と、種類は豊富である。

 今、ホムラが取り出したのは刀は、太刀の中でも一際長く重たい『野太刀』と呼ばれる刀だった。粘り強く、鋭い切れ味を持つ刀が多いが、野太刀の真価はその長さと重みである。

 しかし、刀はヴァイネマンの扱う大剣のように叩き斬るのではなく、あくまで引き斬るもの。野太刀は、鋭さと威力を兼ね備えた武器なのだ。


「今回は『野太刀』か。良い、相手にとって不足なし」


「どれを出しても嬉しそうだな……気色悪い」


「そう言うな。東洋の剣術を堪能する機会など、貴公との手合わせぐらいしかないのだ」


 そうかい、と呆れたように苦笑するホムラは、野太刀を鞘から抜き放ち、ゆっくりと息を吐きながら刀身を背負うように構える。手に持つ武器が変わっただけで、ホムラの放つ気配は激変していた。

 冷たく静かに、そして研ぎ澄まされた剣気。空気はより一層針の筵のように張り詰め、相手を見据えるその目には、確かな殺気すらも含まれているようである。


「さあ、第二幕だ。狼の、そう簡単に降参してくれるな!」


 ヴァイネマンが大剣を振りかざしながら突進し、それをホムラも野太刀を構えて迎え撃つ。そして、二人の刃がぶつかり合うと、大聖堂の修練場に一際大きな、甲高く重たい金属音が響き渡るのだった。






『魔法』

神階二位の『智と律を司る神』、神階三位の『熱と鉄を司る神』を始めとした、神々の物語。それを紡ぎ、祈り、魔力を練ることで顕現する奇跡。

神によって物語の本質は異なり、魔法を習熟するにはそれを理解する必要がある。

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