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放浪行商記  作者: 刀の切れ味
6/13

湖の街『アートホルン』①

 太陽がちょうど真上を向くころ、簡易的ではあるものの整備された道路を歩く二人の男女。時折吹く風に外套の裾をなびかせながら、二人は黙々と歩いていた。

 疎らに広葉樹が並ぶ森を抜けて、小高い山道に差し掛かると、杖をつきながら後ろを歩く少女の方が、次第に息を切らし歩みが遅くなっていく。


「はぁ……はぁ……!」


「……」


 煙管を咥え、紫煙を吐き出しながら歩いていたホムラは、足を止めて後ろへ振り返る。そして、息を切らしているサラに声をかける。


「おい、遅いぞ」


「す、すみませーーあぅっ!」


 サラは何とかホムラに追いつこうと歩を早めるも、途中で石ころにつまづいて転んでしまう。その情けない様に、ホムラは天を仰ぎ見る。


「あの……何で馬を売ってしまったんですか?」


「あぁ?馬にも乗れない奴が何言ってんだ」


 力なく起き上がるサラがポツリと呟いた言葉に、呆れた様に顔をしかめる。確かに、馬があれば移動は楽かもしれないが、先日の野盗から頂いた馬は、ホムラが途中で通った村で売り払ってしまったのだ。

 売った理由は、マカミが嫌がる、馬の世話代も馬鹿にならない(馬なだけに)、等々理由はいくつかある。しかし、その中でも最たる理由は、いちいちサラと相乗りするのが面倒くさかったからである。


「はぁ……しょうがない、休憩がてら昼食にしよう」


「うぅ、申し訳ないです……」


 ホムラとサラは道路を逸れて、脇に転がっていた大きな岩に腰掛けると、ホムラは広手箱から色々なものを取り出していく。パンに白カビのチーズ、水筒に入れていたお茶、それからサラには見慣れない食べ物を取り出す。


「それは……お魚、ですか?」


「ああ、魚の干物だよ。塩気が強いから、パンにも合う」


 内臓や骨を取り除いて、身の水分がすっかりなくなるまで干した海の青魚。大陸の内地にあるイザヤやキエラでは、あまり海の幸が出回ることがないため、中々に珍しい食べ物だった。

 一切れ受け取ったサラは、恐る恐るそれを口に含み、咀嚼していく。最初は確かに塩気ばかりが舌をくすぐる、しかし、後から魚特有の旨味が広がる。その干し肉とはまた違う風味に感銘を受けたサラは、何も言わずに俯き、僅かに頰を赤らめるのだった。


(……そんなに美味かったか)


 赤らめた顔をホムラに見られないようそっぽを向くサラに、ホムラはまた呆れた様子でパンを齧る。


「ところで……私たちはどこに向かってるんですか?」


「そこの小山を超えてもう少し行けば、ある街が見えてくる。キエラとアルジャーノンの国境に位置する街『アートホルン』、そこで少しばかり商いをしていく」


 紫の国『キエラ』と火の国『アルジャーノン』、その国境沿いには、大きな湖がある。『アートホルン』は、その湖の上に作られた街である。しかし、アートホルンはただの街ではない。そこは、『聖地』と呼ばれる場所だった。

 世界を変えた『熱と鉄を司る神』と『智と律を司る神』。それらを含む三十三の神がこの世に顕現した地、それが聖地である。アートホルンにあるのは、十九番目の聖地。『(るい)()を司る神』が降りたったとされていた。

 世の非情さを憂いて、常に涙を流している(るい)()を司る神。その涙は天上から降り注ぎ、雨となるのだ。人々から雨の化身として崇められると同時に、慈愛の神としても祀られていた。

 アートホルンにある大きな湖も、湖と呼ばれてはいるが淡水ではなく若干の塩分が含まれている。なんでも、(るい)()を司る神が降臨した際に流した涙が溜まってできたから、とのことである。


「アートホルン!ラル・ゲリゼルが祀られる聖地ですね!」


「おぉ……急に元気になったな」


 古来から人々は、神々に名を付けることを不敬としていた。しかし、エルフだけは神々を名前で呼ぶ。名前があるからこそ、その存在は確固たるものとなり、より深く祈りも通ずる。古来のエルフはそう考えたらしい。

 因みに、智と律を司る神はエスプ・ルル。熱と鉄を司る神は、ヴェルメ・フェルと呼ぶ。なお、エルフ嫌いの人の前でこの呼び方を使えば、問答無用で殴られたりするので注意である。

 特に、エルフ嫌いの多いドワーフの前でその名を口に出せば、斧で頭をカチ割られること間違いなしだ。


「遊びに行くわけじゃねーぞ、仕事しに行くんだからな?そこのところは勘違いするなよ」


「はい!私、お参りに行ってもいいですか?」


 一応念を押しておくホムラだったが、サラは聖地に赴くことができると知って、目を輝かせて一人盛り上がるばかりである。


(ちぇっ……聞いてないな、こいつ。緊張感のない奴だ)


 ホムラは眉間に皺を寄せて睨むも、すっかり舞い上がったサラはどこ吹く風、睨まれてることにも気付かずにパンを齧っていた。

 アートホルンはハマより大きな街、沢山の人が訪れ、物が流れていく。ホムラにとっては、大事な稼ぎ時、商人としての腕の見せ所なのである。

 今から何処に行って何を売るか、それを頭の中でしっかり組み立て計画していくホムラ。しかし、横でやけに上機嫌になったサラに、つい舌打ちをしてしまうのだった。



 ーー



「……ここを通って行くんですか?」


「おう、湖に落っこちるなよ」


 昼食を終えて、再び出発したホムラとサラ。小山を超え、小さな森を抜けた二人の目の前には、広大な湖があった。湖と形容するには些か広すぎるほどの大きさである。

 その湖の真ん中に浮かぶ幾多もの煉瓦造りの建物、真ん中には一際高くそびえ立つ大聖堂。水上に造られたこの街こそが、聖地の一つである『アートホルン』だった。

 アートホルンに行くには、船に乗るか、湖のほとりから伸びる桟橋を歩いて行く必要がある。初めて訪れたわけではないホムラは悠々と桟橋を渡って行くが、サラはどこか頼りない桟橋に震えながら後をついていく。


「……」


 ところどころ老朽化して、一歩踏み込むごとに朽ちかけた木が軋む。その音にサラは一々ビクつきながら進んでいたため、またもホムラとの距離が開いていく。


「おい、さっさと行くぞ?」


「ま、待ってくださーーひゃっ⁉︎」


 ホムラに追いつこうと急ぎ足になるサラ、しかし、その一歩を踏み出した瞬間に、足元の木板を踏み抜いたサラは、バランスを崩してそのまま湖へと落っこちそうになる。


「……何してんだ、お前」


「わわっ⁉︎あ、ご……ごめんなさい……」


 間一髪、湖に落っこちる直前で、ホムラはサラの襟首を掴んで引き寄せる。腰が抜けたのか、力なく座り込むサラに、ホムラはジト目で睨むのだった。


「……なんで船に乗らなかったのか、そう言いたげだな」


「え、いやっ……そんなこと言ってませんよ!」


「答えは一つ。運賃は節約できるならすべきだ、一番安く済む方法を取る」


「でも……だからってこんなボロボロな桟橋を渡らなくとも……」


「うるせぇな、文句ばっかり……仕方ないだろ!最近は船で渡るのが一般的になって、こっちの修験道を通る奴はめっきり減ったからな……」


 ホムラは強引に襟首を引っ張ってサラを立たせると、ブツブツと愚痴をこぼしながら仏頂面で歩き出す。そんなホムラの後を、サラは相変わらずビクついたままついていく。

 そして、暫くは頼りない桟橋を歩き続ける二人。漸くアートホルンに辿り着いた頃には、気を張り続けていたサラはすっかり疲れ果てているのだった。


「ふぅ、やっとこさ着いたな」


「ここが……アートホルン……!」


 長い桟橋、その終着点には、街の入り口である大きな門……の上半分。下半分は湖の奥深くに沈んだままである。そして、門の向こうには、水路を挟むように立ち並ぶ家や建物があった。

 しかし、よくよく見れば、その家々の下にも湖に沈んだ建物が見える。これが示すことは一つ、アートホルンは湖に沈んだ街の上に造られた街なのだ。

 かつては平地に建つ大きな街だったらしいが、(るい)()を司る神が降り立った際に、殆どが湖の底に沈んでしまったらしい。そして、聖地となった今は、大聖堂を中心とした水上都市となっているのである。


「船がないと移動が面倒だが……まあ、どうとでもなる。そら、行くぞ」


 門をくぐり街に足を踏み入れる二人。不思議なことに、門をくぐった瞬間に、まるで別の世界に入り込んだかのように空気が一変する。

 聖地と聞く、どこか厳かなイメージがある。しかし、アートホルンの中央を通る大きな水路には、数多の船が行き来し、中には商品を並べて品を売る商船もある。

 大きな水路の両脇は、沈んだ建物の上に建てられた家々、さらにその家々の間を複雑な迷路のように水路が張り巡らされていた。


「皆さん、歩くんじゃなくて、船で移動されるんですね」


「相対的に見れば、地面より水面の方が多いだろうからな。さて、これからいくつか店に寄るが、迷わないようきちんとついてこいよ?……あと、外套のフードを被っておけ」


「は、はい……」


 数少ない足場や路地を通り、時には家の屋上に立てかけてある架け橋を通って、時には通りすがりの船に乗せてもらい、アートホルンの奥地へと向かっていく二人。まず始めにホムラが向かった場所は、とある雑貨屋だった。


「お前は大人しくてしていろ、いいな……邪魔するぞ、ジンネ」


 扉をノックして中に入れば、埃っぽい匂いにサラはむせ返る。店の中には、食器やガラス製品、武具や衣類に食品と、あらゆる品が所狭しと並べられていた。

 深々とフードを被ったサラは、キョロキョロとその品々を興味深そうに見渡すが、中には臓器と思しきものが収められた容器などもあり、顔を青くするのだった。


「おう、客か……ってなんだ、坊主か」


「坊主言うな、俺ももう大人だよ」


 店の奥から現れたその男に、ホムラはむっとした顔をになる。だらしなくヒゲにヨレヨレのコート、そして片手に酒瓶を持つその男もまた、やって来た客がホムラであることにがっかりしたような表情になる。


「ジンネ、買取を頼む。今回は色々と持って来たぞ」


「金になりそうなもんはあるんだろうな?」


 酒瓶に口をつける男、ジンネを横目に、ホムラは広手箱を開けて、中から様々な物を取り出す。その中には、先日の野盗から頂戴した物も含まれていた。


「一部は盗品の類だ、安くても構わんから引き取ってくれないか」


「ま、お前がわざわざここに来るくらいだからそうだとは思ったがよ。ちょっと待ってろ……」


 野盗の使っていた剣やナイフを取り上げ、じっと品定めをするジンネ。ホムラはその横で、次から次へと物を取り出して並べていく。

 その様子を、サラは後ろから眺めていたが、不意に後ろから聞こえた扉の開く音に、杖を手に後ろへ振り向く。すると、そこにはいかにもガラの悪そうな二人の男がいた。


「ほら見ろ、俺の言った通りだろ?」


「へへ、こいつは確かに上玉だな。なあ、嬢ちゃん。こんなとこに何のようだ?」


「……っ!」


 下卑た笑みを浮かべる二人の男に、サラは背筋に嫌な悪寒が走るのを感じる。その感覚は、先日の野盗たちに襲われた時と同じである。

 あの時は、ホムラが助けてくれた。しかし、今回サラに助け舟を出したのは、ホムラではなくーージンネだった。


「おい、その女に手を出すのはやめておけ。巡礼者様の物に手ぇ出すと、ツキが落ちるぞ」


「じゅ、巡礼者様……⁉︎」


(巡礼者……?)


 ジンネの言葉に、二人の男は目を見開いてホムラの方を見る。ホムラは何も言うことはなかったが、二人の男は巡礼者という言葉に、やけにビクついているのだった。


「マジかよ……おい、行こうぜ」


「あ、ああ……」


 二人の男は腫物でも触るかのようにホムラを忌避しながら、店の奥へと消えていく。それを見たホムラはジロリとジンネを睨むと、腹立たしげに口を開く。


「ジンネ……何勝手にバラしてんだ……」


「特に問題はないだろ?……それより、そこの別嬪な嬢ちゃんは何だよ。お前の女か?」


「そんなんじゃない。ただの大事な商品だ」


「商品だぁ?お前、遂に奴隷商を始めたのか!どうだ、うちで売ってくか?言い値で買うぜ」


「違うっての……いつも言ってるだろ。奴隷商は割りに合わん」


 奴隷だの何だのと物騒な言葉が飛び交うホムラとジンネの会話に、サラはようやくここが真っ当な商売を営んでいる店などではないと気づく。


「いいから早く査定してくれ。この後も寄らなきゃいけない場所があるんだ」


「あぁ、分かった分かった……ちっ、相変わらず生意気な野郎だぜ」


「あ、あの……少しよろしいですか?」


「なんだよ?」


「その、これって……非合法な取引というものなんでしょうか?」


 非合法な取引、その言葉を聞いたジンネは、一瞬キョトンとした表情になるが、すぐに腹を抱えて笑い出す。そして、意地の悪そうな笑みを浮かべながら、ずいっと乗り出す。


「くくくっ、嬢ちゃん、随分と育ちがいいんだな?ここは盗賊ギルドの支部、真っ当な品なんて扱ってるわけないだろ!」


「と、盗賊ギルド……⁉︎」


 ジンネからここが盗賊ギルドの支部であるという事実を聞いて、先ほどのガラの悪そうな男たちの正体を察し、サラは不安そうな目をホムラに向ける。

 もしや、実はホムラも盗賊ギルドの一員なのでは、一瞬そんな考えが思い浮かぶ。しかし、ホムラが巡礼者様と呼ばれていたことを思い出し、今度はホムラに問いかける。


「貴方は盗賊ギルドの一員ではないのですか?」


「違うに決まってんだろ」


「じゃあ、さっき呼ばれていた巡礼者様、というのは……」


「あー、それはだな……」


 言い淀むホムラは、何と言うべきか考えあぐねていた。それにまた助け舟を出すように、というより余計な一言をジンネが言う。


「嬢ちゃん、『放浪の民』って聞いたことないかい?」


「『放浪の民』?えと、確か……一つの土地に定住せず、世界を旅して周る民族、ですよね。あまり、詳しいことは知らないですけれども……それと、巡礼者がどう関係しているのですか?」


 この世界において、巡礼者は高位の神官、或いは一国の王から、祈願などの使命を授かった者を指す。それは神聖な役割であり、徳の高い者のみが承る名誉なのだ。


「『放浪の民』っていうのはな、今やすっかり忘れられているが、世界で最も尊い巡礼の使命を帯びた一族なんだとさ。こいつもその一員なんだよ」


「ふん……今の俺は一族から離れた身だ。そんな使命は知らん」


「ついでに見してやりゃあいいじゃねぇか。嬢ちゃんもおったまげるぞ」


「面倒くさいな……」


 ブツブツと文句を言いながら、ホムラは広手箱の歯車をいじる。そして、その引き出しの一画を開けて細長い筒を取り出すと、その中から一枚の布を古びた紙を取り出す。

 その紙には、朱い線で不思議な二つの紋様が描かれていた。一つは、槌と剣を模した紋様。もう一つは、天秤を模した紋様。それを見たサラは、驚きのあまりに言葉を失ってしまう。


「智と律を司る神……熱と鉄を司る神!二大神の紋様……これには確かな魔力が宿っています、貴方は一体……⁉︎」


「だから言ってるだろうが。俺はただの商人だ」


「嘘ですよ!ただの商人が神印なんて持ってるわけないじゃないですか!」


「うるさいな、もういいだろ……ほら、ジンネ。お喋りはいいから、さっさと買い取ってくれ」


「はいよ」


 サラとはこれ以上話すことはない、そう突き放すようにそっぽを向くホムラは、ジンネと値段の交渉を始める。そして、蚊帳の外になったサラは、眉間にしわを寄せて頭を悩ませるのだった。


(放浪の民、巡礼者……そして、二大神の神印。この人は、この人は本当に何者なの……⁉︎)


 断じてただの商人などではない。しかし、とても神聖な使命を帯びた巡礼者にも見えない。巡礼者なら、このような盗賊ギルドと関わりを持っているとも思えない。

 ホムラの持つ神印は確かな魔力が込められている。神印は天より勅命を授かった証、しかし、本当にホムラは巡礼の使命を帯びているのだろうか。

 ただ一つ、言えることがあるとすれば……ホムラがここにやってきた目的、それはお金を稼ぐためである。周りが何と言おうとホムラは行商人であり、物を売って金を稼ぐことが、最たる目的なのである。




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