国境沿いの『コモド村』②
火の国『アルジャーノン』②
アルジャーノンの広い国土内には、乾燥した荒地と火山が広がり、各所に古代遺跡が点在している。凶暴な魔物が闊歩する夜の荒野は、非常に危険。
「もし、そこのご老人。よろしければ、少し聞きたいことが……」
「……」
コモド村の村人の一人である老人に尋ねるホムラ。しかし、老人は見向きもせずにフラフラと小屋の中に戻っていく。その無愛想な様に、ホムラはやれやれといったように呆れて肩を竦める。
(随分と閉鎖的な村だな。こりゃ聞き取りは無理がありそうだ)
辺鄙な場所にある村ほどよそ者に排他的、というのはさして珍しい話でもない。ただ、村人から話を聞けないとなると、切り口を変える必要が出てくる。
まだ陽は高いが、慣れていない森に一人で足を踏み入れるには少し準備がいる。一度テントに戻ろう、そう思ってホムラは踵を返す。
「この村に何か御用か、若いの」
「……!」
テントに戻ろうとしたホムラの背中に投げかけられる声。ホムラが振り向くと、そこには淡い緑の髪をした褐色肌の女性が、懐疑的な目をホムラに向けていた。
女性としてはよく鍛えられた体に、背中に背負う弓と矢。そして、毛皮のマントと腰のベルトから吊り下げた小ぶりの斧と鉈。その様は、まさに狩人といった風貌である。
「あんた、もしかしてこの村の狩人か?」
「いかにも……すまないな、トム爺さんはよそ者が嫌いでね。先の無礼は私が謝罪しよう」
そう言ってぺこりと頭を下げる狩人の女。ただ、頭を上げると、また疑うような目つきをホムラに向ける。
「しかしあんた、この村に何の用が?見ての通り、何もない辺鄙な村だ。企み事なら、よそでやって欲しいんだがな」
「あー……すまん、紛らわしかったか。とりあえず、これを見てくれ」
ホムラは懐からプーレに書いてもらった、神印入りの紹介状を見せる。その神印が本物であると分かった狩人の女は、驚きで目を見開いた。
「これは……!あんたは……いや、貴方はアートホルンからいらしたのか!」
「そんな畏らんでくれ。俺はただ、頼まれごとをされてここに来ただけだからな。俺はホムラ、あんたは?」
「……私はフルル、この村で狩人をしている」
そう言って狩人の女、フルルはホムラに手を差し出す。ホムラもそれに握り返して答えると、フルルは少し嬉しそうに頰を緩める。
「アートホルンの騎士様には、先日のオークの件で大変世話になった。礼をしても仕切れないほどに、な」
「ふぅん。まあ、俺が来たのもそれに関してでな」
「……!まさか、またオークどもが⁉︎」
「いや、そういう訳じゃないが……とにかく、あんたには色々と話を聞かせて欲しい」
「ふむ……私でよければ、何でも協力しよう」
とりあえず、話の通じる相手が見つかったことで、ホムラはホッと胸をなでおろす。しかし、このフルルと名乗った狩人の女。なんとも不思議な雰囲気があった。
先ほどまで無視されていた村人たちとは、何かが根本的に異なる。それが何なのかは分からないが、取り敢えずそれは頭の隅に追いやって、ホムラは質問を話を始める。
「聞いたところによると、あんたは聖堂騎士たちがオークの征伐に向かう前に、一度奴らを追い払ったらしいな」
「ああ。私がちょうど森で狩りをしていた時に、オークの群れの斥候が現れてな。何匹か頭を射抜いて、斧でカチ割ってやった」
「……」
思っていた以上にパワフルな撃退方法に、ホムラは少し驚く。そして、腰に吊り下げてある手斧を見ると、こびり付いた血の跡が薄っすらと残っていたのだった。
「ごほん……その時、オーク共に変わった事はなかったか?オークの事じゃなくても、森に異変があったとか……」
「うーむ、変わった事か……確かに、オークにしてはやけに上等な武器を持っていたような……」
顎に手をやって考え込むフルルの言葉に、ホムラはぴくりと片眉をあげる。早速求めていた情報が出てきたことに、内心ガッツポーズをしていたのだ。
「なるほど、上等な武器ね……他には?」
「そういえば、オーク共が現れる数日前。アルジャーノンの兵士が村にやって来たな」
「アルジャーノンの兵士が?」
「ああ、やけに重装備の兵士の一団が、村を通り抜けていった。ただ、それだけだ」
「ふむ……」
こんな国境近くの辺鄙な村で、アルジャーノンの兵士の一団がウロついている。それをただのパトロールか何かと断定するには、色々と怪しい。
もしかすれば、オークどもが手にしていたというその『上等な武器』の出所とも関係しているのかもしれない。そう考えたホムラは、早々に森の探索に出ることを決める。
「……やはり、この近辺に何か異変が?」
「どうだかな。異変がおきてるのかもしれないし、起きていないのかもしれない。それを確かめるのが、俺の頼まれごとなのさ。とりあえず、森に入ってみないことには、何とも言えない」
「そうか……ならば、私が森を案内しよう。この村を、この土地を守るのは、私の役割でもある」
「そいつは助かる。駄賃は幾らほどがお望みで?」
「金は貰っても困る。だが、何かくれるのなら酒がいいね」
「よし、じゃあ俺お手製の果実酒を贈呈しよう」
「ほう……」
酒が貰えると聞いて、目の色を変えるフルル。どうやら、彼女は中々に酒好きのようだ。ともかく、これで不慣れな森の案内役ができたのだ、調査は順調な滑り出しというところである。
今すぐ森へ出かけたいところだが、サラをテントに置きっ放しにしておくわけにもいかないので、ホムラはやはり一度野営地へと戻ることにする。
「すまんが、連れがいてね。ちょいと、そいつに一声かけてから森に入ろう」
「ああ、構わないよ」
フルルを連れて野営地に戻ると、そこには焚き火と、きちんと組まれた石の上に置かれたヤカンがあった。サラには湯を沸かすように言っていたホムラだが、ここまできっちりやってあるとは思ってなかったのだ。
魔法が使えるとはいえ、いいとこのお嬢様にしては中々の手際である。少しドジなところが目立つが、実は器用なのかもしれない。
「あ、お帰りなさいです……そちらの女性の方は?」
倒木に腰をかけて、プーレから譲り受けた『涙と雫を司る神』の物語が綴られた本を読んでいたサラは、一緒に戻ってきたフルルの事を尋ねる。
しかし、自分がその尖った耳先を晒していることに気づくと、急いでフードを被り直す。それを見たフルルは、すぐにサラがエルフの血を引いていることに気づくのだった。
「珍しいね、こんなところで古き血脈に出会うなんて。でも純血じゃないな、人との混血かい?」
「え、えと……私は……」
「安心してくれ、私は火の国の頭でっかちな連中とは違うよ。差別したりなんてしない。私はフルル、彼の手伝いをするこになったんだ。よろしく頼むよ」
「そう、なんですか……私はサラです。ホムラさんには……その、訳あって同行させてもらってます。
柔らかく笑みを見せるフルルに、ホッとしたように胸をなでおろすサラ。ただ、ホムラがフルルに出会った時に違和感を感じたように、サラもまた、同じような何かを感じ取っていた。
(何だろう、この人……不思議な気配を感じる)
「……何だい、私の顔に何かついているのか?」
「いえっ、何でもないです!」
フルルの顔をじっと見つめていたサラは、フルルに声をかけられると、手を振ってそれを誤魔化す。そんなサラの様子に、フルルは首を傾げるのだった。
「いいか。俺は彼女と森の様子を見に行く、お前はここにいるんだ。誰か来たら……ん?マカミはどこに行った?」
「あれ……?マカミちゃん、さっきまで焚き火の横で寝ていたんですけど……」
「……マカミってのは、君の連れかい?」
「ああ、雌の狼なんだが……」
それを聞いたフルルは焚き火の横で屈むと、何かを摘まみ上げる。それは、黒と灰色が混じった毛。それからフルルは辺りを見回して、マカミが踏んづけたであろう、少しばかり折れた草を見つける。
「どうやら、私が驚かせてしまったかもしれないな。だが、そう遠くには行っていない」
「分かるのか?」
「これでも私は狩人。ある程度は痕跡を読めるさ」
「そりゃ心強いな……おっと、出かける前に、こいつを渡しておこう」
そう言ってホムラは、フルルに小ぶりの樽を渡す。フルルはその樽に付けられていた栓を外して、中に入っている液体の匂いを嗅ぐと、嬉しそうに頰を緩ませる。
「良い香りだ。飲んでみても?」
「それはあんたにやった物だ。遠慮する必要はない」
それなら、とフルルは樽の酒を少しだけ口に含む。そして、それを味わうように目を閉じて舌の上で転がす。
しばらく余韻を楽しむように目を閉じていたフルル。やがて、納得するように小さく頷き、美味い、と呟くのだった。
「コケモモの果実酒だ。口に合うか?」
「ああ、私好みの味だ。ありがたく受け取っておくよ」
「……お酒って美味しいんですか?」
「おや、飲んだことないのかい。私からすれば、酒を知らないのは人生の半分は損してるよ」
「半分も……!ちょっと飲んでみたいかも、です……」
何やらお酒の話で盛り上がり始めるサラとフルル。お互い初対面ではあるものの、女性同士気が合うのか、二人はすっかり意気投合していた。
お喋りは後にしてくれないか、と口出ししかけたところで、ホムラはその言葉を喉元で飲み込む。自分よりサラに心を許しているのなら、それはそれで構わない。
(フルル……彼女は何か隠している。その断片でも聞き出せれば御の字だ。酒で口元も緩くなっているみたいだし、な……)
今日会ったばかりで、たまたま協力してくれるだけの関係だ。隠し事の一つや二つもあるだろう。ただ、その隠し事に、ホムラはどうにも嫌な予感を感じているのだった。
『銃』
とある火の国が作り上げた武器。火薬と複雑な機構を用いた技術の結晶であり、火の国を表す新たな象徴となりつつある。
現在はまだ非常に高価な代物であり、一般に出回ることは殆ど無い。その為、裏では高額で取引されている。