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放浪行商記  作者: 刀の切れ味
11/13

国境沿いの『コモド村』①

『神印』

伝道師のような高位の神官が、丹念に祈りを込めて描いた印。それは神や王から勅命を表し、証明である。

 湖の街『アートホルン』から北東、紫の国『キエラ』と火の国『アルジャーノン』の国境沿いにある小さな関所。まだ日が昇って間もない早朝から、ホムラとサラはその関所を目指して歩いていた。

 未だに覚めてない目を擦るサラは、油断するとそのまま眠ってしまいそうなくらいにぼんやりとしている。対してホムラは、これでもかと言うくらいに意気揚々としていた。


「ぼんやりしてんなよ、早く目的地のコモド村に行かなくっちゃあな」


「……はぁ」


 ホムラに対して生返事しながら、サラはアルトホルンでプーレから貰った群青と黒の修道服の裾を正す。そして、足元を吹いた冬を感じさせる風に少し身震いする。


「そろそろアルジャーノンとの国境境いにある関所が見えてくるはずだ。おい、外套のフードを被っておけ。お前の身元がバレると、ちと厄介だ」


「分かりました」


 ホムラに言われた通り、修道服の上から纏う外套のフードを深く被って、素顔を隠す。特に、その少し尖った耳は人目についてはならない。

 アルジャーノンは『火の国』、『法の国』の人間であり、エルフの血を引くサラは、人によっては嫌悪の対象になってしまう可能性があるのだ。


「そら、関所が見えてきたぞ。余計なことはするなよ?」


「は、はい……」


 道の先に見えてきた、大きな木造の門。その周りに控える赤いコートと鉄の胸当て、そしてライフルを手に持つアルジャーノンの正規兵たち。キエラとアルジャーノンの境にある関所が見えてきたのだ。

 門に備え付けられた風にはためく大きな紅い旗。交差する二本の剣と獅子、アルジャーノンの国旗である。あの関所の向こうは、もうアルジャーノンの国領になっている。


「そこの二人! 止まれ!」


 関所に近づいたホムラとサラに、関所の兵士の一人がライフルの銃口を向けながら警告を発する。ホムラは立ち止まりながらも懐を探ると、あるものを取り出した。


「ここから先はアルジャーノンの国領だ! 不審なものはこの関所を通さぬぞ」


「怪しいもんじゃないさ。ほら、これを見てくれ」


 ホムラが懐からとりだしたもの、紐に巻かれた羊皮紙の巻物を兵士に投げて寄越す。兵士はホムラとサラを警戒しながらも、紐を解いてその内容に目を通すと、少し驚いたように目を見開く。


「『涙と雫を司る神』、その神印……これはアルトホルンの伝道師からの紹介状か」


「そうさ。ちょいと所用があってアルジャーノンに入りたい、通してくれないか?」


 確かな魔力が篭った神印は、そうそう手に入るものではない。これは確かに伝道師が祈りを込めて描いた神印である、即ち本物の紹介状に違いない。

 そう判断した兵士は、関所の門を開けるように指示しながら、入国を許可する証としてのハンコを羊皮紙に押す。

 木が軋む音を響かせながら開く関所の門、ホムラは兵士から紹介状を返してもらいながら、サラを連れて門を通り抜けようとした。


「……待て。その女、修道女か何かか?」


 しかし、通り抜けようとしたところで、兵士が再びホムラとサラを呼び止める。自分のことを指摘されたことで、サラは少し肩をビクつかせてしまう。


「ああ、そうだが。何か問題でも?」


「現在、アルジャーノンでは大々的な魔法の使用は禁止されている。特に……エルフのような不躾ならない連中を、我が国に入れる訳にはいかんのでな」


 火の国によくある典型的な魔法嫌い、この兵士もそれに当てはまるようだ。火の国は人の技術を至上とする余りに、魔法を邪法と見なすような頭の固い者がよくいるのだ。

 ホムラは、そんなサラに対して疑いの目を向けるその兵士に近づくと、他の兵士には見えないようにこっそりとその手に何かを握らせる。


「まあまあ、そう邪険にしないでくれ。今年、アルジャーノンはあまり雨が降らなかったそうじゃないか。俺たちは、アルトホルンの使いとして雨乞いに来ただけさ」


「ふん……まあ、いいだろう」


 ホムラに渡された物を懐にしまったその兵士は、それ以上詮索することなかった。ホムラはニコリと営業スマイルを見せてから、サラを連れて早足で関所を通り抜けていくのだった。


「あの……さっきは何を手渡していたんですか?」


「金だよ。賄賂ってやつさ」


「わ、賄賂……⁉︎」


「そんなに驚くなよ。多分あいつ、そういうの常習だと思うぞ」


 強硬なタカ派と穏健なハト派に分かれ、国政の乱れているアルジャーノン。軍も同じく、綺麗に二つに分派してしまっている。

 文字通り、あの手この手で政権を手にしようとしているタカ派は、手段を選ぶことをしない。そのタカ派側に流れている兵士や士官たちもまた同じである。

 タカ派の連中は、特に火の国に生まれたことを強く誇りに思っている。誇りも度が過ぎれば、視界を狭め固執を生む枷となってしまう。

 魔法嫌い、特にエルフのような魔法に精通した種族への蔑視感。あの関所の兵士からそれを感じ取ったホムラは、その兵士がタカ派に属すると読み取っていた。


「ジンネによれば、タカ派の政治家たちにとって賄賂は、もはや常套手段だそうじゃないか。そりゃ、国も乱れるだろうさな」


「余計に怪しまれたりするのでは……」


「大丈夫だ。俺が渡したのは、前にジンネから貰った偽の金貨だ。金銭的な損はない」


「偽のっ……そういう問題じゃないですよ⁉︎」


「別に見つかりゃしないさ。発覚したら、あの兵士も賄賂を受け取ったことがバレるだけだしな」


 平然と賄賂を渡した上に、偽物の金貨まで用いていたことに、サラはくらりと眩暈を覚える。そんなサラのことなどまるで気にせずに、ホムラは目的地であるコモド村を目指して歩き続けるのだった。



 ──



 キエラとアルジャーノンの国境境いの関所、そこから街道をずっと真っ直ぐに進めば、大きな火山とドワーフの遺跡がある。

 そこには、ドワーフの遺跡の上に造られた都市『クラテール』がある。ホムラは本来、アルジャーノンに入ったらまずはそこを目指すつもりでいた。

 しかし、今回はその街道を真っ直ぐには進まず、関所を超えてすぐに横の脇道へとそれて行く。そして、鬱蒼と生い茂る森を抜けた先に、その村はあった。

 簡素な小屋が疎らに建つ小さな村。萎れた野菜が植えられた素寒貧な畑に、それを耕す村人たちの陰鬱とした表情。思った以上にしけた雰囲気な『コモド村』に、ホムラは内心辟易としていた。


(ついでに少しは商いできるかと思ったんだが……こりゃまた干上がった村だな……)


 煙管から紫煙を吹かしながら、ホムラはぼんやりと村を眺める。しかし、やはりどれだけ眺めても寂れた村に変わったところなど見つかるはずもなく、ホムラはホムラはゆっくりと踵を返す。

 そして、村の入り口で待たせていたサラとマカミの元に戻ると、ホムラは煙管の灰を振り落としながら肩をすくめる。


「グルルッ……」


「やっぱり私は撫でちゃダメなんですか……」


 マカミの頭を撫でようとして唸られるサラは、残念そうにその手を引っ込める。そして、戻ってきたホムラに気づくと、少し恥ずかしそうに顔を背けるのだった。


「何やってんのさ……まあ、ともかくだ。ヴァイネマンからの頼みごとを終えるまでは、しばらくこの村の近辺に野営する。辺りを調べるのはテントの準備をしてからだ」


「私は何をしたらいいでしょうか?」


「テントの建て方、なんて分かるわけないよな……とりあえず座って大人しくしていてくれよ」


 そう言ってホムラは野営に丁度良さそうな場所を探し始める。暫く村の近辺を歩き回って探し続け、結局は村の北東にあった小さな河原のほとりで野営することとなった。

 ホムラは早速、広手箱の中からテントやその他の用具を取り出して設営を始める。その横で、サラは大きな石に腰掛けて、何も手伝えないことに気まずくしているのだった。

 それを見たホムラは面倒臭そうに頭をかくと、広手箱から大きなヤカンを取り出して、それをサラに手渡す。


「お前、炎の魔法は使えるか?」


「一応ある程度は……」


「じゃあ、薪を集めて焚き火を作ってくれ。ついでに、このヤカンに水を入れて湯沸かしも。あまり遠くには行くなよ?」


「はい、分かりました!」


 何か手伝えるのが嬉しかったのか、サラはちょっと声を弾ませて薪になるものを探しに行く。その背中を見送ったホムラは、寝そべっていたマカミの名を呼んだ。


「ワフッ……」


「いいか。お前はあいつの事気に入らないかもしれないけど、しっかりと見張っておくんだぞ。俺はテントを立てたら、少しばかり偵察に行ってくる」


「……」


「ああもう、そんなしょげた顔するなよ。後で干し肉やるから、な?」


 面白くなさそうに耳を垂れさせるマカミの頭をくしゃくしゃと撫でながら、ホムラはテントの設営を進めていく。

 マカミは暫くホムラからの頼みごとに、嫌そうにゴロゴロと地面を転がっていたが、ホムラが広手箱から取り出した干し肉を見ると、その重い腰をあげるのだった。


「まったく、俺と同じで現金なやつだな……頼んだぞ、マカミ」


「ワウッ!」


 ホムラが放り投げた干し肉を跳び上がって咥えながら、マカミは薪を探しに行ったサラの後ろを追っていく。

 その背中を尻目に、ホムラはテントを地面に固定する杭を打ち込んで設営を終えると、少し背伸びをしてから広手箱を背負い直す。


(テントの留守は二人に任せるとして……俺は早速動くとするかね)


 ヴァイネマンからの頼みごと、コモド村近辺の調査。ここいらに現れたというオークの群れは既に討伐されているが、ただ魔物が現れた以上の何かがここで起こっているという。

 しかし、ホムラにとっては現れたオークそのものはどうでもいい。問題は、ヴァイネマンの話ではオークたちが何処から手に入れたのか銃を所持していたという事だ。

 しかも、手にしていたのは最新式のライフルだという。もし、オークの作った巣に、その他の戦利品が残っているのなら、是非とも頂戴したいというのが、ホムラの心情だった。


(まずは村人からの事情聴取、それから村近辺の地形や植生を見ておくか)


 一応、突発的に戦闘となってもいいように、いつでも武器を取り出せるようにしておく。ここいらは、ホムラにとっても慣れた場所ではない。用心に越したことはないのだ。


(アルジャーノンを真っ直ぐに進んでも、イザヤまでは二十日はかかるか。間も無く冬もやってくる、真雪の時期までには、イザヤに辿り着きたいところだな)


 キエラと違い、乾燥した荒野が多いアルジャーノン。夜には凶暴な魔物が彷徨いていることも多く、日の短い冬にそこを進むのは危険である。

 加えて、治安の乱れたアルジャーノンではあまり長居したくないというもの。本格的な雪が降り始め冬となる真雪の時期の前に、アルジャーノンは通り抜けてしまいたかった。


(真雪の時期までは、あと二つ月。いや、一つ月と半分くらいか? ……となると、ここに滞在できるのは三日、四日ほどか。この間の鹿肉もあるから食料に心配はないが、ちと用立てたいものは結構多い)


 冬までに用意しておかなくてはならない物を頭の中で計算しながら、ホムラは再びコモド村へと足を運ぶ。

 朝早くに出発したので、まだ日は高い。しかし、太陽に照らされていても、時折吹く風はもうずっと肌寒いものである。

 足元を吹く風に刻々と近づく冬の気配を感じながら、ホムラは気をとりなおして煙管を口に咥えるのだった。


火の国『アルジャーノン』①

紫の国『キエラ』の北東に位置する国。火の国らしく、人の技術を至高としている。人口の多くは人間族とドワーフ族で占められている。

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