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雑踏

作者: 井邑ハイリ

梅雨も開け、本格的な夏が始まろうという今日この頃。

ここ、横浜駅構内では、朝の早い時間にも関わらず、僅かに賑わい始めていた。

通勤カバンを手に、足速に歩くサラリーマン達や、バッチリ決まったメイク、髪型、服装に身を包むOL達。眠そうにダラダラとスマートフォンの画面を見ながら柱にもたれかかるスカートの短い女子高生。笑顔でレジに立つコンビニ店員に、朝食なのか昼食なのかパンやおにぎりを買い込むリュックを背負うガタイのいい男子大学生。

人々はそれぞれ向かうべき方向へ三々五々、ぶつからないように交差しながら進んでいく。

そんないつもの風景を見ながら僕は、小さく吹いた風に乗って、自身の枝を揺らし、生い茂る葉をさらさらと鳴らす。すると先程までと太陽の光が当たる位置が変わった。

そのことに一喜一憂する葉っぱ達に、僕はなんだかいつもワクワクして、楽しくなってしまう。

もう一度、大きく息を吸い、もう一度風に乗って、今度は力一杯葉を鳴らす。

さらさらさらさら。

僕の大合唱に人々は構うことなく目的地を目指して歩くのだ。

彼らと僕らは切っても切れない関係でありながら、普段はとんと無関心だ。そのことに僕はもう何とも思わなくなってしまった。そりゃ昔はちょっと、いや、かなり気にして近くの木々に何度も聞いたよ。

でも、みんな何も答えてくれなかった。ある者は困って、ある者は怒って、ある者は馬鹿にした。だから僕は嫌になって、誰かに聞く事をついにやめてしまったのだ。

そんな時だった。




「やぁ、こんにちは。今日はいい天気だねぇ」

嗄れた低い声だ。気になって、下を見てみると、腰の曲がった白い髪に優しそうな目をしたおじいさんが、僕の体にしわくちゃの手を置いて微笑んでいた。

僕はその時、なぜだろう。とても泣きたくなった。

僕はそれを隠すように力一杯枝を振った。ずっとずっと、いつまでも。

おじいさんはそれを、ただただ優しく笑って見ていた。



あれからもう、何年経つだろうか。

たった一度の偶然の出会い。それに縋り付く僕は馬鹿だろうか?

またかすかに風が吹いた。僕は風に争うように、グッと力を込め、枝が揺れないようにしたけれど、葉っぱ達には届かなかったらしく、勝手にさらさらとまた揺れる。

「こんにちは、今日はとてもいい天気ですね」

懐かしい声がした。

ただ、あの時よりもよく通る、若々しい凛とした声。

下を見ると、あのおじいさんと同じ顔の青年が、無邪気に笑っていた。

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