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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第3章 これまでとこれからと
97/123

86. 好きより大好きより世界で一番好き

「日結花ちゃん日結花ちゃん」

「はいはい、なに?」

「ルームシューズって使ってる?」

「ん?」


 …なるほど。

 あたしの彼氏さんが見ている方にはルームシューズがずらりと並んだ棚があった。

 あたしは別の棚見てたからそっち見てなかったわ。ルームシューズ…ルームシューズね。


「今は使ってないわよ」

「ふむ…その言い方だと冬には使っていそうだね」

「正解、でもどうして?今度はルームシューズ使ってみたかったりするの?」


 さっきはベッド使ってみたくて、今度はルームシューズとか?ウインドウショッピング楽しいからいいけど、ルームシューズくらいなら今買っても…。


「あはは、違う違う。僕も冬に使ってるからさ。日結花ちゃんはどんなものを使っているのかなって思ってさ」

「ふーん。それなら…こんな感じのやつね」


 棚から選んだのはこげ茶色で触り心地のいいもふもふルームシューズ。


「へー、結構大人っぽいんだね」

「…なに?あたしが子供っぽいとでも言いたいの?どこがとは言わないけれどあたしが子供っぽいと?」


 胸とか胸とか胸とか…自分で考えてて悲しくなってきた。やめましょ。


「え?いや、ルームシューズなら女の子だしもうちょっと可愛い系使っていると思っただけで、子供っぽいなんて全然思ってないよ?第一そう思ってたらデートなんてしてないから」

「…そうなの?あたしはあたしのままでいいの?」

「すごいRIMINEYっぽいセリフだなぁ。でも、うん。日結花ちゃんはそのままでも十分魅力的だよ」


 すごく恥ずかしいセリフをまったく恥ずかしがらずに言ってくれた。照れる。


「ふ、ふーん…色々と小さいけどそれでも?」


 色々…というよりもごく部分的にだけど。


「……ええっと」


 持っていたルームシューズを棚に戻して、改めて隣を見る。そこには顔を赤くしてあたしを見る恋人が一人。


「…その、間違えてたらあれなんだけど…身体のこと?」


 ちらりと胸元に視線が向けられた。冷静になった頭がそれを理解してぽっと頬に熱が灯る。


「そ、そうよ?」


 べ、べつにちょこっとくらい意識されたくらいで動揺なんてそんなにしないし。あたしから聞いたんだもの。余裕よ余裕っ。


「そ、そっか…ええと…」


 変にドキドキする胸をそのままに、彼の服の裾を掴んでいた手を離して後ろで組む。

 このまま郁弥さんの服掴んでたら色々とだめになっちゃいそうな気がしたわ。主にあたしの精神が。また後で掴めばいいのよ。今はちょっと落ち着かなくちゃ。


「…僕は、そのままでいいと思います。そういうのは…人の好みにもよると思うし…僕は小さくても別に、気にしないから」

「…どっちの方が好きなの?」

「言わなきゃだめですか…」

「だめ」


 お互い羞恥に身を染めながらの問答。ここまで言いよどむ郁弥さんを見るのはそれなりに新鮮で、本来ならしっかり楽しんでお話をしたいところだったりする。今日、というより今に限ってはあたしにも難しい状況だから無理。

 楽しむどころかちゃんと話聞くのすら大変よ…意識されただけでこれって、どうなってるのよあたし。


「……はぁ、そうだね。この際だからそういうことも伝えておこうか」

「な、なに?」


 まだ照れはあるはずなのに真面目な顔。言い方が少女漫画で人を突き放すときみたいなセリフになっていてちょっとだけときめいた。

 …少し冷静になったわ。


「僕が日結花ちゃんのことを好きだって話は前にしたよね?」

「ええ。あたしのことが好きで好きで大好きで世界中の誰よりもあたしのことを愛しているって言ったわね」

「それは言い過ぎ。さすがに捏造ねつぞうし過ぎだよ、それ」

「あら、じゃあ好きじゃないの?」

「それは…好きだけど」

「好きと大好きだったらどっち?」

「…大好きだけど」

「どれくらい大好き?」

「……すごく」

「世界で何番目に?」

「………1番くらいに」

「じゃあ間違ってないわね」

「ゆ、誘導尋問ゆうどうじんもんだっ」


 顔を赤くしながら器用に声を荒げるちょろ弥さん。可愛い。

 あたしも世界で1番くらいに好きだから同じね!両想いよ!


「ふふ、ほら、続き続き」

「うぐ…とにかく!僕が日結花ちゃんを好きな話はもういいね?」

「ええ、いいわよ」


 照れ照れする恋人をずっと眺めているのもいいけれど、今はさっさと話を進めることにした。


「それで、僕が日結花ちゃんのどんなところを好きかも話したでしょ?」

「あぁ…そんなことも話したわね。『お互いの好きな部分を伝えあって心の距離を縮めよう大作戦』…だったかしら」

「そんなちゃんと名前つけた覚えはないけど…たぶんそれのこと」


 あなたは知らなくて当然よ。だってあたしが勝手に名付けているだけだもの。あたしだって勢いで作戦名決めてるから若干違ってたりするし、今のも正しいかどうかわからないくらい。


「あのときさ。何を伝えたかな。…たぶん、笑顔とか性格とか言ったと思うんだよね」

「…んー」


 たしかに笑顔は言われた、かな。…ん、言われたと思う。性格も言われた記憶はあるわね。…あ、いいこと思いついた。


「どうせならもう一回言ってみてちょうだい」

「え?ここで?」

「もちろん」

「別にいいけど…小声にするよ?」

「ふふ、今でも十分小声じゃない」

「言われてみれば…これくらいの声量でもいい?」

「いいわよー」


 もうちょっと恥ずかしがって躊躇うかと思ったのに、案外あっさり了承をくれた。

 あたしがあたしなりに成長しているのと同じで、郁弥さんも郁弥さんもなりに成長しているということなんだと思う。照れ弥さんを見れなくて残念なのと、あたしへの遠慮が減ったおかげでより親しさを感じられて嬉しいのと。二つの気持ちが混ざってちょっぴり複雑。


「まずは…そうだね。日結花ちゃんの笑顔かな。明るく輝いていて、見ているだけで嬉しくなるような笑顔。他の表情だってどれも魅力的だけど、やっぱり僕は笑顔が一番好きだ。人を幸せにする笑顔って、きっと君みたいな子の見せる顔だと思うよ」

「そう。ありがと」

「色々デートとかしてきて、改めて日結花ちゃんの内面も好きになれたかな。よく人のこと見て考えている優しい子だとか、大人びている割に子供っぽい部分もあって…あ、これは悪い意味じゃないからね。純粋で元気でちょっとわがままで…そういう良い意味での子供っぽさだから」

「ええ、わかっているわ」

「うん。とにかく、全部ひっくるめて日結花ちゃんの内面も大好きになれたんだよ。僕のこと困らせようとするときもあるけど、それだって僕にとっては好きの一つでしかなくて…そうだな。まとめると、これまでの会話で嫌いになる要素は何一つなかった、になるのかな」

「……ん」


 …こう、上手く言葉に言い表せられない感じ。抑えていた気持ちがあふれそうで、それをどうにか言葉にしたいのにできなくて。


「ここまでが前にも話したことになるね」


 こんなに細かく言われた記憶ないわよ…ばか。


「…あとは追加のことだけど」


 饒舌に喋っていた口が止まる。言いにくそうに唇を震わせたまま数秒、恥じらいの混じった表情で言葉を吐き出した。

 それを眺めていたあたしはというと、どんなことをこの愛おしい人に向けて言えばいいのかわからなくて悶々中。


「…日結花ちゃんは、確か157cmだったよね?」

「そうよ」

「それなら平均的だ。身長は平均で、体型だって十二分に綺麗だよ。女の子に体型の話するのはあれだけど、男の僕から見てもすごく魅力的で素敵な女性だと思うくらいさ」

「ふ、ふーん」


 やばい。にやにやしちゃってるかも。性格とか褒められるのは慣れてきたけど、こうも直球であたしの身体のこと言われると嬉しい。恥ずかしさとか照れより嬉しさの方が全然大きい。


「日結花ちゃんは自分の体型があんまり好きじゃないのかもしれないけど、僕は好きだよ。胸のサイズにしたって大きいとか小さいとかそういうことじゃないんだ。日結花ちゃんだから好きなんだよ。人の好みなんて好きになった人で変わるものだからね。少なくとも、僕は日結花ちゃんの体型も大好きだよ」

「うぅん…」


 変なうなり声が出た。

 この人、あたしの身体が大好きなんですってっ。えへへ、まさかそんなにも好いてくれていただなんてー、やだもうー。もっと早く言ってよね。いちいち他の人と比べて悩んでたあたしがばかみたいじゃない。そんなに大好きならすこーしくらい触らせてあげても……だめだめ。それはだめ。10年くらい早いわ。


「よ、よかったらぎゅってしてみる?」

「……日結花ちゃん?冷静になろう?」


 真顔で諭された。


「べ、べつにあたし冷静よ?全然いつも通りだし。普通よ普通」

「それならいいけど…歩こうか」

「ん」


 冷静なあたしは頷くだけで返した。

 …顔が熱いなぁもうっ!またあたしやっちゃったわね!ばかばか!これで何度目よ!?なにが"ぎゅっとしてみる?"よ!そりゃ抱きしめてほしいしぎゅーってしてほしいしそのまま小一時間イチャイチャしたいし…いや、そうじゃないでしょあたし。失言がひどいって話よね。わかってる。そんなのわかって。


「日結花ちゃん?」

「はいっ!」


 名前を呼ばれた。慌てて前を見れば優しい色を宿した瞳と目が合う。


「大丈夫?」

「え?別に大丈夫よ?ほら、平気平気」

「わー!僕の服掴んだまま腕振らないでっ!」

「あ、あらごめんなさい」


 元気アピールをするために腕を振ったら彼の服も一緒に振られてしまった。どうやらあたしは無意識で好きな人の服を掴んでいたらしい。


「いいよ。謝らないで。君は僕にとって輝く太陽なんだ。そんな君を曇らせるわけにはいかないさ。いつまでも僕の前で輝いていておくれ」


 芝居がかった言い方が妙にしっくりきている。無駄にセリフもそれっぽくて劇っぽさがすごい。

 それはさておき。


「それ、どこまで本気?」

「え?どこまでって…」


 今は気分じゃなかったの。ごめんね。今度付き合ってあげるから許してちょうだい。


「…割と全部?というかスルーされると僕が精神的にきついんだけど…」

「ぜ、全部…そう。そう…えへへ」


 意味わかんない言葉と侮るなかれ。郁弥さんのセリフが全部本心だったとなると話が変わる。

 "君は僕だけの太陽なんだ"。重要なのはここ。"僕だけの"。そう、彼にとってあたしは彼だけのあたしなのよ。悪くない…悪くないわ。


「…まあ、調子戻ってそうでよかったよ」

「ん、そうね。ふふ、ありがと」


 顎をさわさわしながら一言。それでこの人がいきなり変なことを言いだした意味がわかった。


「…ふふ」


 隣を歩く人を見てつい笑ってしまった。

 さっきの郁弥さんらしくないおふざけもあたしのためにやってくれたんだとわかって、どうにも胸の奥が温かい。喜びでいっぱいな気分のまま、ちょこんと彼の服の裾を掴む。


「?どうかした?」

「んふふ、いーえ、なんでもないわ」

「そう?それならいいけど……あ」


 少し歩いて再び立ち止まる。今度の棚は柔らかい素材で作られたものが多い。


「なになに?クッション買うの?」

「ん?あぁ、ううん。この系統のクッション新しいの出たんだなーって」


 そう言って、丸くて柔らかそうなクッションを手でなでた。


「……」


 何か考えている様子でぼーっとクッションを見つめている。


「…ねえ日結花ちゃん」

「なに?」


 彼が置いているクッションとは別のクッションに触れてみると、予想よりもちもちした感触が伝わってきた。手を沈ませれば押し返してきて、低反発とは違う、もちっとした触感。


「…ううん。なんでもない」

「ふふ、なによそれ」


 もっちりクッションから恋人に意識を戻せば、苦笑いで首を振る良い人がいた。


「ごめんごめん。前に買ったときより種類増えたなぁって思っただけだからさ」

「ふーん…前来たときはどれくらいあったの?」


 今ここに置いていあるクッションは青赤緑に紫ピンク茶色と、だいたい揃っている。どれも明るい系の色で、青は青でも水色のような優しい色合い。


「これと、これくらいだったような…うちにあるのはこっちのクリーム色のだよ」


 手で示したのは今言葉で言ったクリーム色のものと、もう一つが濃い茶色のクッション。茶色というよりは黒に近いかもしれない。


「へー、二つだけ?」

「うん。だから種類増えててちょっと驚いた」

「なるほど…」


 あたしが買うならどれにするかな。やっぱりオレンジ?…ううん。ここはクリーム色よ。選ぶならお揃いにしないともったいないわ。


「日結花ちゃん買いたい?」

「買わない。似たようなのうちにあるし」

「まあそうだよねぇ」


 色々考えはしても、結局買わずにクッションコーナーを後にした。

 お揃いは魅力的だけど、余分なもの買っても…ね。あたしの部屋にもクッションあるし、当然リビングにだってある。買うだけ買って置物にするのはよくないでしょ?


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