84. 買い物とお話色々
「ねー郁弥さーん。これ見てこれ」
「…喋りながら僕の服を引っ張るのはやめよう?」
「いいでしょこれくらい。伸びたら困る服なの?」
「そういうわけじゃないけど…色々小っ恥ずかしいから」
「恥ずかしいだけならいいわね。それより見て?」
「…それ、サングラス?」
「ええ。クールサングラスですって。冷感素材でかけると冷たいみたいよ?」
「へー!いいね!ちょっと貸してくれる?」
「いいけど…ねえ、今日一番テンション上がってない?」
「え、そうかな?」
「…あなたサングラス好きだったの?」
「まあ、人並みに?」
「ふーん…そういえば前にサングラスかけてイベント来てたわね」
「あーお財布かぁ…」
「なになに?新しいのほしいの?買ってあげましょうか?あたしが、このあたしが」
「…そこまで自分を強調しなくてもいいよ。買うときは自分で買うから」
「えー、プレゼントさせなさいよ。サイン書いてあげるから」
「え!?ほんとに!?」
「…いや、そんな反応されてもあたしが困るんだけど。普通サインぐらいでそこまで喜ぶ?」
「だって日結花ちゃんのサインだし…」
「サインなんていくらでも書いてあげるわよ…これだけ一緒にいてまだ欲しがるだなんて…欲張りな人」
「うぅ…日結花ちゃんのサインは特別なんだよ…いくらもらっても足りないんだ…。そう、例えるなら宝石や金銀財宝のような価値のある…」
「はいはい、そのうち適当なものにサイン書いて持っていってあげるから。他のも見るわよー」
「…むぅ」
「うん?どうかした…って、クッション?」
「ん…欲しいは欲しいのだけど、うちにたくさんあるから…」
「これ以上買っても置き場に困る?」
「ええ」
「なるほど…古くなったクッションと交換するとかは?」
「割と買い替えてるから古いのはあんまりないのよ」
「そっかー…多すぎても邪魔になるだけだもんね」
「そうなのよ」
「じゃあ今度買い替えるとき一緒に買い物しに来ようか?」
「え…そ、それってプロポーズっ?」
「…いや、どこをどうなったらプロポーズになるのかわからないんだけど」
「あ、郁弥さん郁弥さん」
「はいはい」
「これこれ」
「えーっと?ダイアリーってことは日記帳?」
「そそ。あなた日記書いてたわよね?」
「うん?あれ、そんなこと言った?」
「ん?…去年の年末にそんな話しなかった?」
「年末?…あー、あれはただの振り返りだよ。ぱぱっとパソコンで打ち込んでただけ」
「…そういえばそんな感じだったかも」
「ふふ、どうせなら交換日記でもしてみる?楽しいかもよ?」
「…郁弥さんって、たまにすっごく乙女チックなこと言うわよね」
「え?へ、変かな?」
「いえ?あたしは好きよ。交換日記はやらないけど。日記より直接話した方がいいわ。あたしは電話とかビジョンとかで話す時間を増やしたいわね」
「…あはは、そうだね。僕もそう思うよ」
三階を回り終えて、次は四階へ。
もう気持ち抑えるのとかはやめた。あたしには無理。そもそもの話、これだけ好きなんだから抑えられるわけなかったのよ。それに…郁弥さんと一緒にいてデートしてるのに、嬉しいのとか楽しいのとか好きなのとか、そういうの純粋に出せないのはもったいないにもほどがあるわ。
このあたしが大好きな人の気を引くためとはいえ、気持ち抑えるなんてばかなこと考えたものよ。人を好きなのは理屈なんかじゃないわ。愛なのよ愛。
「郁弥さん、愛よ」
「え?…そ、そうだね。愛だね」
微妙な顔しながらもきちんと合わせてくれた。
だから郁弥さん大好きよ。
「さて…この階はなに?」
「僕も来たことなかったけど、ここは子供服がほとんどみたいだよ。靴屋さんは一応大人用もあるみたいだね」
「ふーん…子供服ね」
子供…正直、好きでも嫌いでもない。赤ちゃんとか見ると可愛いって思うし、両親と手を繋いで歩いている子とか見ても可愛いなぁって思う。けど、別に自分の子が欲しいとかは……郁弥さんとあたしの子供がどんな子なのかは興味あるかも。
「郁弥さんはさ。どんな子供だった?」
「僕の子供時代?」
「うん」
思えば、お互いの昔話はほとんどしてこなかったかもしれない。今のこととこれからのことばかり話していて、あたしがどんな子だったのかも彼がどんな子だったのかも教え合っていない。
「…そうだねぇ。僕は両親に甘えていた子だったよ」
「どういうこと?」
「ええと…簡単にいえば甘えん坊のお子様、かな」
「そう…そうなの」
…甘えん坊ですって。いいこと聞いたわ。
「両親に甘えてばかりいたから、結構世間知らずなところあってさ。世間のこととか、社会のこととか、周りのこととか、知らないことばかりだったんだよね」
「ふむ…それで?」
「うん。小学校とか中学校くらいまでは別にそれでもよかったんだけど、高校生にもなるとさすがにね。進路とか考えなくちゃいけないでしょ?」
「そう、ね」
あたしの場合声者以外なかったし、むしろ将来についてはずっと頭にあったから郁弥さんとは事情が違う。
「そこから色々考えるようになっていって、忙しく過ごしていたらあっという間に社会人だよ」
「へー…そこであたしと恋仲になったわけね」
「恋仲じゃないけど、日結花ちゃんと知り合ったのは事実かな」
軽く流された。
でもそっか…この人、甘えん坊な箱入り息子だったんだ。…全然あたしに甘えてくれないんだけど、なにそれ。ほんとに甘えん坊だったの?しかも箱入り息子な感じもまったくないじゃない。むしろかっこいい大人よ。大人。
「それじゃあ次は日結花ちゃんの番」
「ん…あたしの番?」
柔らかく微笑んでるところ悪いけれど、なんのことだかわからない。
「ほら、どんな子供時代だったとかそんな話」
「あー…あたしも話すの?」
「え?嫌だった?それならごめんね?」
眉を下げて悲しそうな顔をされた。すごいつまんないことでこんな顔させちゃったのかと思うと、あたしの方こそ申し訳なくなってくる。
「嫌じゃないわ。ただ…たぶんあたしの話聞いても楽しくないわよ」
そんなに面白い話でもないから楽しくないと思う。郁弥さんの話はあたしが知りたかったから聞いてよかったけど、あたしの子供時代なんて…別に楽しくもなんともないはず。
「そんなことないよ。好きな人の昔話を知りたくない人なんていないさ」
「っ…す、好きな人って」
いきなりの発言に口が上手く回らなくなる。
不意打ちはずるい…。
「それ…あたしのこと?」
なんとか言葉を続けた。
続けられてよかった。顔が熱い。やっぱり不意打ちで好きとか言われるとすっごいドキドキする。…はぁぁっ。
「え?うん。日結花ちゃん以外いないでしょ。はは」
「……そうねー」
…なんていうか、一人でドキドキしてるあたしがばかみたい。軽く笑ってくれちゃって…そうよね。郁弥さんってばあたしのこと大好きなのよね。知ってたわ。前に直接言われたじゃないの…あたしのばか。
「いいわ。教えてあげる。あたしは可愛い子供だったわよ」
「うん?今でも可愛いよ?」
「っもう!茶化さないの!!」
「あはは、ごめんごめん」
真顔で褒めてくる彼氏さんに頬が熱くなる。なにが悪いって、なんでもないように言っているように見えて本気なところが悪い。本気で可愛いって思って真っすぐ言ってくるところがたち悪い。
「昔からママに連れられてお仕事見に行ったり、ママのお仕事見たり聞いたり、パパのお仕事を見る機会も多かったわ。パパの場合うちで書いていることも多かったからそんなに多くはないけれど、サイン会とかサインもらいに行ったのよ?ママと一緒にね」
「ふむふむ…ふふ、楽しそうだね」
「ええ。楽しかったわ。だからかしら。大人に混じっていることが多くて、自分で言うのもなんだけど頭はいい方だったわよ。ママとパパからしたらつまらない子供だったのかもしれないわね」
もっと甘えてもっとわがままを言って、もっと子供らしくしていたらと思わないこともない。だけど。
「"そんなことない"でしょ?言わなくてもわかってるわ」
ぴっと人差し指で恋人の口をふさいだ。
「あたしだってもう18だもの。あなたに出会って、両親とも話して、ママとパパがどんなこと考えていたかくらい知っているわ。ちゃんと教えてもらったから大丈夫。あなたが心配しなくてもわかってるから、ね?」
「…ん…」
小さく頷いて、それからあたしの指をそっと掴む。
「…それはわかったけど、指で僕の口をふさぐのはやめよう。恥ずかしいし、そのほら、天ぷら油とかついていたら嫌でしょ?」
「あ、あらごめんなさい」
やんわり握られた指がほんのりと熱を伝えてくる。それに伴って顔が少し熱くなった。彼の方も頬が薄っすらと朱に染まっていて、見ているあたしにも恥ずかしがっているのがわかるくらい。
どうでもいいけど、口をふさぐって発言は乙女心的にきゅんとくる。…よし、割と余裕あるわね、あたし。
「えっと…い、郁弥さん?天ぷら油はつかないから大丈夫よ?食べ終えたらちゃんと拭き取るでしょ?」
わーなに言ってるんだろうあたしっ。全然余裕ないわね!
「あはは…ふふ、言われてみればそうだね。うん、僕が恥ずかしいのでやめてほしいな」
「嫌よ」
「えええ…」
「とにかく、あたしは小さい頃から大人びた聡明な女の子だったの。いい?」
「…うん」
一瞬抗議の眼差しを見せつつも諦めて首を縦に振ってくれる。
そうそう、何事も諦めが大事よ。
「ただ大人びただけの子供なら今のあたしには繋がらないわ。一つ重要なことがあったのよ。なにかわかる?」
「…声者のこと?」
「そ。よくわかったわね」
むぅーっと眉を寄せて考えるのがキュートなダーリン。あたしのことならなんでもわかってくれる。好き。
「あはは、だって日結花ちゃんのことだし。日結花ちゃんから声者をなくしたら可愛くて素敵な女の子にしかならないからね」
「褒めてもなにも出ないわよ」
あたしが照れるだけ。あと好感度上がるのと。
「いいよいいよ。本心だから。それで?声者のことがあったんだよね?」
ニコニコ笑いながら続きを促してきた。
また好感度が上がったわ。そろそろ結婚を視野に入れてもいいくらいね。
「ええ。ママが声者で、当然のようにあたしも声者になれたわ。声者にとって一番大事な声者力を持っていたもの。声者を目指し始めてからはずっとお仕事ばかりよ。中学も高校もお仕事お仕事…今も同じね」
「そうだよねぇ…仕事、大変じゃない?」
「…それなり?大変なことも多いけれど、やっぱり楽しいわ。声当てもラジオも読み聞かせも。全部やってて楽しいわ」
昔と違って、あたしにも余裕がある。"力"の使い方はもちろん、声の出し方にスムーズな言葉の言い回し、強弱に感情の入れ具合まで、自分でも満足のいくものができている自信はある。
「そっか。それはいい事だ。…うん。今度ちゃんと行かないとね」
「ん、待ってるわ」
お互いの身の上話が終わったところで、ようやく止めていた足を動かす。
「…少し話し込みすぎちゃったかな。ぱぱっと四階見ちゃおうか」
「そうねー。この階って子供用がメインなんでしょ?」
「うん。ほらここも」
エスカレーターを降りてすぐの靴屋さんから歩いて左隣。ちょうど影で見えていなかったお店にはたくさんのドレスが飾られていた。
「わぁー!可愛いー!」
「あはは、全部子供用だけどね」
「郁弥さん郁弥さん!」
「うん、なに?」
「可愛いわよ!郁弥さん着てみる?」
目の前に並ぶのは子供用のドレス。ピンクに青に黄色に。どれもフリルとレースがあしらわれていて可愛らしい。
ステージ衣装で似たようなものを着たことがあるとはいえ、ドレスなんて滅多に着るものじゃない。あたしでもそんなに数が多くないわ。こんな可愛い系のドレスとなると、RIMINEYの音楽イベントでリルシャの曲歌ったときくらいよ。
「ええぇ…僕が着るわけないでしょ。第一サイズが違うし、もしサイズが大人用だったとしても着ないから。僕女装趣味とかないからね」
「…べ、べつにあなたに女装趣味あっても嫌いにならないわよ?」
悩ましくため息をついているところ悪いけど、想像したらちょっと面白かった。それなりに筋肉あるから女装しても女の人っぽくはならないし、面白さしかない。一緒にドレス着てコンテストとか出てみたいわ。絶対楽しい。
「ないない。全然ないから。僕とかどうでもいいから、日結花ちゃんにこそこういうのは似合うよ」
スマートに切り返して褒められた。
ドレス可愛いし、普通に嬉しい。
「ん、ありがと。ふふ、あなたはどれが好み?あたしに一番着てほしいのは?」
「え?これかな?」
悩むかと思いきや即答。選んだのは真ん中に置いてあるピンクのドレス。腰上から下がフレアになっていて、ふんわりシンプルな薄ピンク色。
「ふーん…こういう系ねー」
郁弥さんの好きなふんわり系はこういう感じかー。…さすがにドレスを買うのは使い道ないしお金的に無駄だけど、レースの入ったふんわり系スカート買ってもいいかもしれないわ。
「…なんか勘違いしてるかもしれないけど、僕はこの色がいいわけじゃないよ?日結花ちゃんには白色系のドレスが似合うと思うし、着るならもっと大人っぽいのでもいいと思うんだ」
「そ、そう…そんなにちゃんと考えてくれたのね…ありがと」
真面目な顔で的外れなことを…。白のドレスだなんて、ウエディングドレスでも着てほしいのかしら。べ、べつに着てあげてもいいのよ?だってほら、結婚式で着るんだし…。
「うんうん。今度買い物行くとき色々見ようね。僕の服も見たいからさ」
「ん、ええ。わかってるわ」
あたしたちの結婚式用衣装を見に行くのよね。ちゃんとわかってるから大丈夫。どんなのを着たいのか色々見て考えましょ。
「式にはお互いが一番好みなやつを着るわよ」
「え?あ、うん?…うん」
なぜか微妙な顔で頷く恋人を横目に、次のお店を見ていくこととした。




