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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第1章 出会いと想い
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3の2.雑談に日常会話に

「それではいただきます」

「うんうん」


 藍崎さんはさっそくとばかりにスプーンを手に取ってシャーベットを口に運ぶ。


「……ふぅ、美味しい」

「どうですか?」

「うーん。フルーツの果汁って口に残ること多いじゃないですか?でもこれはスッキリしてて食べやすいですね」

「それがミルクのおかげ、ですか?」

「たぶんそうかと…。味をマイルドにできているのかなって」


 ミルクの香りとコクが強めだから牛乳が苦手な人は無理そうね。あたしは全然平気よ?むしろ好物に入るわ。


「……」

「……」


 二人そろってピーチミルクシャーベットを食べる。

 周囲からは他の人たちの話し声が聞こえる。話し声といっても喧騒(けんそう)というほどではなく、耳に届く程度のもの。あたしがたまに行く全国展開のチェーン店はかなり騒がしい。それに比べて静かで、ゆっくりのんびりするのに適している。


「……」


 これよこれ。美味しいもの食べるときはこうじゃないと…。

 なんとなく前を見ると視線が合った。目の前の藍崎さんは、どことなくそわそわして顔が上気しているように見える。


「どうしたんですか?」

「え?なにがですか?」


 仕草はおかしいのに口調はいつも通り。どうにか頑張っているんだと思うとちょっと面白い。どうして今さらこんなことになっているのか。


「わかりやすく動揺してますよ」

「そ、そうですか…わかりやすいですか…」

「はい」


 諦めを(にじ)ませて呟き、ちらりちらりと目を向けてくる。

 なにかしら。そんなに意味ありげな視線を寄越されても困る。こっちまで気になってくるじゃない。


「ええっと、落ち着いてきたじゃないですか?いま」

「ええ。そうですね」

「今さらですけど、この状況を改めて見直したらすごいことに気づいてしまいまして」


 この状況っていうと……藍崎さん的にあたしといること、かな…おそらく。


「…あたしとカフェにいること、ですか?」

「はい。こんなの、いやだって、こんな近くでありえませんよ…感無量とはこういうことですか…」


 無意識で言葉が漏れてしまっているのか支離滅裂しりめつれつに喋る。その言葉がどれも熱がこもっているようで楽しげに聞こえ、瞳もきらきらと輝いて心底嬉しそう。

 ……い、居心地が悪い。こんな綺麗に輝いた眼差しを向けられるとどんな顔すればいいのか…すごく恥ずかしい。あと感無量って、言い過ぎよ、それ。


「そ、そんなにすごいことですか?」

「もちろんですよ。こんな長い間話をさせてもらっていますし、それに…ち、近いですし」

「へ、へぇー」


 気の抜けた返事が出てしまった…言われてみれば歌劇とか他のイベントより断然近い。二人席ってこんなに近いの?…藍崎さんが近いとか言うからこっちまで気になってきちゃった。


「…こ、こういうのは慣れですよ慣れ」

「そういうものですか?」

「はい、あぁそう。さっき食べてて気になったことがあるんです」

「なんでしょう?」


 露骨な話題そらしにもさらっとついてきてくれた。さすが紳士な藍崎さん。


「ピーチミルクシャーベット、これアイスにしたらどうなると思います?」

「ええと、アイスと言いますと僕らがよく食べる普通のアイスですよね?」

「はい、その普通のです」


 ニュアンスが面白くて軽く笑いながら答えた。あたしの返事に対して藍崎さんは真面目な顔をして考えてくれている。


「それならまず食感は変わりそうですね。当然ですけど」

「アイスですから。滑らかになりそうです」

「はい。果実の食感とかもなくなるんじゃないかと思います。このシャーベットだと結構しっかりしてますよね?」


 スプーンで果実をすくい取って見せてきた。あたしも自分の器から掬って食べる。ついでに残っていた分も全部食べ切った。

 うん。しっかり形を残したままだわ。


「ごちそうさま。たしかに果物そのものって感じありますね」

「そうです。この感覚がなくなるか、弱くなるかのどちらかかと。あと、味も結構変わりそうです」

「味?」

「シャーベットの氷っぽさがなくなって味が濃くなりそうなんですよねぇ」


 氷っぽさ、か。んー、バランス変わりそうね。もちろんまずくはないんでしょうけど、冷たさとか夏っぽさは薄れそう。


「このシャーベットって氷の粒が粗いじゃないですか?だから氷っぽさを強く感じるんですよ、きっと」

「アイスだと氷の感覚が完全になくなるってことですよね」

「はい。そうなるとシャーベットより味が濃くなりますし、アイスにすると今のシャーベットみたいに味の住み分け?ができなくなると思うんですよね」


 アイスが完全にまとまっちゃってるから分けられない、ってこと?マーブルとかミックスとかあるけど、それにしたってこのシャーベットほど綺麗に食べ分けできなくなる、と。小さな変化を味わえなくなるのかしら…。ん、まあたぶんそんなところね。


「ふふ、わかりやすかったですよ。ありがとうございますっ」

「い、いえ。全然そんな。ちょっとした考えを話しただけですので」


 わかりやすく照れて首を振る。さっきまで真剣な顔でつらつらと答えてくれていたのに、今は表情も崩れて柔らかくなっている。

 こんなしっかり考えてくれるとは思ってなかった。改めて藍崎さん、いい人ね。


「それでもですよ。食べるの止めちゃいましたし」

「は、はい」


 顔を赤くしたまま頷いてシャーベットを口に運んだ。

 あたし自身はというと、食べ終えて特にやることもないから目の前の微笑ましい人の食事風景を眺める。


「……」

「……」


 ぼーっと見続けていると、やっぱりどこかで見たことがある気がしてきた……あたしの記憶が曖昧あいまいすぎてまったく役に立たない。

 これはだめ。思い出すも何も既視感だってイマイチなんとも言えないもの。そもそも会ったことあるならちゃんと答えてくれるはずよね?…ううん。藍崎さんの言葉は信用しちゃだめよ。嘘の可能性があるわ。


「……んむ」

「……」


 うーん。気になる。あたしが気にしても無駄っていうのはわかるんだけど気になるものは気になる。誰かあたしのもやもやに答えて。


「……あの」

「……」


 ていうか藍崎さんも藍崎さんよね。気になる発言はするしすごく話しやすいし。なんでこんなリラックスして話せるのよ。警戒解くオーラでも出しているのかしら。べつにこの人を気にするようになってあたしの方が大きく変わったわけじゃないわ。ちょっとだけ話すのが楽しいなぁって思っただけだもの。だからやっぱり原因は藍崎さん。


「えっと……日結花ちゃん?」

「はい?」


 色々と考え込んでいたら藍崎さんが呼びかけてきた。


「言いにくいことではあるんですけど、そんなに見られると食べにくいといいますか…」


 語尾を濁して照れくさそうに言う。

 それは、うん。ごめんなさい。わざとじゃないのよ?だからそんな顔真っ赤にしないで!あたしまで恥ずかしくなってくるからっ!


「ご、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です平気です」


 "大丈夫大丈夫"とは言うものの、ちらりとこちらを見て目が合えばぱっとそらす……まあ大丈夫でしょ。すぐ元に戻るわよ。


「……ふぅ、ごちそうさまでした」


 それから数分、藍崎さんも食べ終えて器にスプーンを置いた。


「話変わりますが、藍崎さんって今日どんな用事あったんですか?」

「僕の用ですか?」

「はい。シャーベット以外でですよ?ないならそれはそれでいいんですけど」


 さっき聞こうと思ってまだ聞いてなかったのよ。二人とも食べ終えて食休み中だからタイミングもよかったわ。


「僕は買い物ですよ。文房具とか色々」

「んー、じゃあ何件かお店回ったんですか?」

「はい。だいたいはニオンで揃いましたけど」

「ふふ、ニオンなら揃いますね」


 穏やかに笑いあって一息つく。

 はー、いいわぁ。こういう優しい雰囲気。忙しくしてると全然味わえないから貴重よ。それにしてもニオンね。あそこならなんでも揃うのも当然。洋服から食材まで揃ってて100円ショップすらあるんだから。


「そういう日結花ちゃんはどんな用事でしたか?」

「お仕事ですよー」

「それは、ご苦労様です」


 苦笑いしてねぎらってくれる。

 ありがとう。些細な優しさが嬉しいのよ…って。


「こ、こんな程度では口説かれないわよ?」

「え、いや、はい?」


 突然すぎたのか疑問しかない顔で返事をしてきた。あたしも自分が何を言ったのか理解できていない。

 口説かれないとか意味不明なことを言った気がするわね。気のせいじゃないかしら……疲れてるわあたし。


「ふぅ…」

「日結花ちゃん」


 あたしが軽く息をついている間に何を思ったのか、藍崎さんはこれまでにないほど綺麗な優しい笑顔で声をかけてきた。


「僕には何もできませんけど、気を抜けるときにきちんと休んでくださいね。今日の日結花ちゃんはいつもよりリラックスしているように見えますので、それだけでも今日は話せた甲斐がありました」

「うん……ありがとう」


 なによもう。藍崎さん聖人なの?ちょっとだけ泣きそうになっちゃった。こんな言葉かけてくれる人いなかったから…嬉しくて胸がきゅっとした。

 こんな優しい言葉を自然と出せるなんてずるい……あぁ、そっか。だからこの人の前だと気が楽になるのか。

 でもさっきの流れで今の言葉はちょっとだけ嫌だった。あたしが可哀想な子みたいじゃない。


「それじゃあ帰りましょうか」

「そうですね。今日は本当にありがとうございました。こんな経験できるとは思ってもいませんでした」

「あたしの方こそありがとうございます。お見苦しいところを見せてしまってすみませんでした」

「いえいえ、むしろ日結花ちゃんの知らない一面が知れてよかったです」

「そ、それならよかったです」


 よかったの、かしら…でも藍崎さんが笑って言ってくれてるしあたしが気にしてもしょうがないか…。


「行きますか」

「ええ、行きましょ」


 時間も経って入店時より涼しくなった道を歩く。お互い感謝の言葉だったり別れの挨拶だったりを交わしながら駅まで歩く。


「今日は日結花ちゃんと色々話せて楽しかったです」

「こちらこそ、一人でいるより全然楽しかったです。お話できてよかったです」


 改めて軽い挨拶を交わす。


「それじゃあまた機会があれば」

「ええ。また話せるときに話しましょ」


 それじゃあと言ってから改札内で別れた。少し歩いて振り返ってみると、藍崎さんもちょうど振り返ったところらしく、照れ気味にあたしを見送る姿が目に入った。軽く手を振ると、手を振り返してくれる。

 そんなやり取りに頬を緩めつつエスカレーターに乗り、特に問題なく電車にも乗って家の近くの駅までたどり着いた。


「ふぅ…」


 藍崎さんに醜態しゅうたい(さら)してからずっと頭に熱が上っている気がする。

 今日はなんだかよくわからないうちに疲れたわ。特に緊張したわけじゃないのにちょっとした疲労がたまったみたい。

 でも…そうね。


「悪くない疲れだわ」


 こんな心地いい疲労ならまた味わってもいいかもしれない、そう思えた日だった。



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