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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第3章 これまでとこれからと
87/123

77. のんびりとした時間

 


「…ただいまー」


 お仕事から帰って17時。午前中は別のお仕事があって、それなりに"あおさき"も時間かかって帰ってくるのがこの時間になった。金曜日だけど今日は"ひさらじ"も生放送じゃないので、気楽にお仕事ができた。

 "あおさき"も普通に楽しい収録だったわ。


「あぁ日結花、おかえり」

「ん、ただいま。パパなにしてるの?」


 リビングにあるお食事用テーブルの椅子に鞄を置く。家にはママがいなくてパパ一人。そのパパはというと、冷蔵庫を開けてなにやらごそごそしていた。


「コーヒープリンを作ってみてね。ちゃんと固まっているか確認していたんだ」

「ふーん…どんな感じ?」

「ふふ、食べたいかい?」

「うん」


 にこやかに笑うパパ。

 実を言うと、あたしのパパは結構お料理ができる。普段はママが作っているんだけど、小説に生かせるからって暇なときはよくお料理してる。普通の食事だけじゃなく、お菓子作りもできるのが女子力ポイント高い。


「はは、なら先にシャワー浴びておいで。僕が言うのもなんだけど、日結花べたついているだろう?」

「うん。行ってくる」


 軽く返事をして、たったと歩いて洗面所にやってきた。

 結んだ髪を解いた後は服を脱ぐ。夏用の薄い膝丈スカートとラフなブラウス。下着はキャミにショーツと素早く脱ぎ去っていく。


「…はぁ」


 全裸で入るお風呂場も暑さは変わらず、換気扇を回して窓を開けてシャワーを流して。

 お化粧は洗顔泡で落として、シャンプーとトリートメントを済ませる。髪の毛の後はぱぱっと身体をごしごし洗って流して全身綺麗にして終わり。


 ―――がららん


 ドアを開けて洗面所に戻って来ても暑さは変わらない。

 早くリビングに行かなくちゃ。クーラーがあたしを待ってるわ。

 適当なブラトップとショーツ。それにショートパンツを履いてリビングに戻った。


「うー涼しー」


 ひやりと肌に触れる空気が冷たい。気持ちいい。

 これよこれ。うちにいるときはこうでなくっちゃ。


「はは、それはよかった。さ、日結花。準備しておいたよ」

「うんうん、ありが…と?」


 …なにがおかしいって、テーブルの上のコーヒープリンがおかしい。

 まず、器がファミレスにあるアイスクリームが入ってるような半円っぽい形のやつ。次に、コーヒープリンがお店で出てくるみたいに逆さにされて台形?っぽい形になってる。三つ目が…コーヒープリンだけじゃなくてアイスクリームと生クリームが添えられていること。アイスクリームはまん丸の形に整えられて、生クリームもショートケーキに乗ってるような形。


「…わざわざ作ったのね」

「ふふふ、せっかくだったからね。これでも作家の端くれ。盛り付けの一つや二つできるさ」

「うん…」


 変に楽しそうなパパを軽く流して席に着く。


「じゃあ食べたらお皿は水に浸けておいてね」

「あ、うん。それはいいけど…感想はいいの?」

「うん?はは、当然美味しいから大丈夫だよ」

「…そうよねー」


 軽く笑ってからソファーに座りにいった。パソコンに向き合って、やっていることはおそらく執筆作業。

 なにも言わない。パパが自信家なのは知ってたし、実際どんなお料理もすごく美味しいから言えることもない。

 そういえば、父の日にはパパにサイン入りのしおりをプレゼントしてあげた。サインはもちろんあたしの。…あたしが自信家なのってママだけじゃなくて、パパからも遺伝したからよね。両親二人とも自信家だもの。


「…ん、美味しい」


 一口食べたコーヒープリンは予想通りに苦味と甘味がほどよくて、すごく美味しかった。



「さ、てと…」


 なんだか久々に自分の部屋で一人静かに過ごしている気がする。

 いや、別に毎日作業してるから久々でもなんでもないんだけど…なにかしら、錯覚?


「……」


 クーラーのおかげで暑さは特にない。

 ただ…なにやろうかな。なんにもやることないのよ。お仕事の方の予定は全部チェック済み。メールは携帯見たし大丈夫。胡桃とも知宵とも話すことないし、他の友達も…遊びの予定は入れてなかったはず。たぶん。


「…んー」


 どうしようかな。本読むとかでもいいけど、ちょこちょこ電車で読んでたりするから…今は気分じゃないかも。

 …あー、そうだ。ママに連絡しておこう。あと郁弥さんにも。


【ママ、今どこ?あたしもう家なんだけど、いつ帰ってくる?】


 とりあえずこれでいいか…ん?


「え、あれ?」


 なんか画面がおかしい。宛先がママじゃなくて郁弥さんになってる。不思議なこともあるのね。


「……はぁ」


 …もういいや。お仕事関係の人じゃなくてよかった。そう思っておくわ。相手郁弥さんだし、全然気にする必要なんてないもの。


「…ふぁぁ…はふぅ…」


 眠くなってきた。涼しくて気持ちいいしもう寝ちゃってもいいわよね…。


 ―――♪


「……誰よもう…」


 携帯の表示は、い。


「なになに…」


【僕は日結花ちゃんのお母さんじゃないよ?ふふ、寝ぼけてた?】


 お相手は郁弥さんことあたしの恋人(こいしてるひと)

 マイラブリィダーリンの漢字が見えた瞬間に眠気吹き飛んだわ。やっぱり持つべき者は愛しい人よね。


【あら、ふふ、郁弥さんはあたしの彼氏さんだったものね。ごめんなさい、間違えたわ】

【え、それも違うと思うんだけど…】


 よくわからない返事がきた。知らない。


【それよりどうしたの?今暇なの?】

【そこは流すんだね…。うん。今帰ってるところだよ。電車の中なんだ】


 ほうほう…なるほど。電車ときましたか。ええと、時間は…もうすぐ18時ね。


【へー、まあもう18時だし。うん、早く帰ってお話しましょ】

【あはは、いいよ。僕は明日休みだからね。日結花ちゃんも休み?】


 …明日。明日か。

 ちょっとお仕事整理しておこう。さっきチェック済ませたけど、見たの今月までだし。郁弥さんとのデート日決めるなら色々見ておかなくちゃ。


「手帳手帳…」


 声当てはUO、『Unreasonable Overturn』が7月末から始まる。

 それをだいたい…いつまでだったかな。もうある程度やっちゃったけど…これ長いのよね。アメリカンで人気なやつだから、向こうだともうシーズン2放映決定してるし。…とにかく、秋冬くらいまでお仕事としては続くと思う。

 他だと、その辺の吹き替えとかアニメーションとか色々。

 特にメインで張ってるのはなかったかな。色々続編作ってはいるみたいだけど、吹き替えは向こうの人が演じてからだからまだ先。

 RIMINEYの作品に関してはアニメーションだとあたしの代表作の『まほうひめリルシャのぼうけん』。3期が終わって今月末に劇場版。シーズン4は…実は決定してたりする。秋くらいに召集かかってるのよ。他のRIMINEYアニメはちょこちょこ脇役だったりちょい役だったりで出てるだけね。

 相変わらずRIMINEYのコメディ系列には参加できず、オーディションも落ちてオファーもなし。アメリカンコメディドラマに参加する方法を教えてほしいところだわ。

 ナレーションについては…それなり?レギュラーはBSで旅系番組とグルメ系番組の二つ。あとは単発でKHAから結構呼ばれたりしてるわね。民放のテレビとかラジオのCMもそこそこな感じだし。

 朗読は多いわ。月4回くらいやってるもの。いつの間にか増えていたのよ。不思議。歌劇の評判が良いからかしら。

 歌劇の方は国指定のが毎月一回と、国から頼まれてのが一回。基本的に二回で、時間空いたときに追加で入れてるから月2,3回が多いかな。拡歌は言うまでもなくゼロ。はい。

 最後にラジオだけど、安定して"あおさき"と"ひさらじ"の二つ。"あおさき"は前から続けてきた月2の二本録りずつ。"ひさらじ"月1の二本録りに加えて、隔週の生放送。

 …こんな感じね。


「……」


 まとめると。

 ・隔週金曜日の午前中に"ひさらじ"放送。

 ・月1で"ひさらじ"収録。

 ・隔週いずれかの曜日に"あおさき"収録。

 ・隔週いずれかの曜日にナレーション番組二つ収録。

 ・月2で歌劇。

 継続的にやらなくちゃいけないのがこれくらいで、あとは全部期間限定。リルシャだけは…ちょっと判断が難しいけど。あとは。明日からの予定…よね。

 7/14に"ひさらじ"の放送はしたから、それについて次の放送は28日。明日は…驚いたことにお休みなのよ。もちろん明後日もお休み。ふふ、連休よ連休。久しぶりに土日お休みなのよ。


【あたしもお休みよー】


 ぽちぽちと返信を入れて、携帯は枕元の時計置きに置いておく。そのまま仰向けで横になって目を閉じれば…。


「はっ!」


 あ、あぶなかった。普通に寝ようとしてた。だめよあたし。今寝ちゃったら明日のデートどうするのよ。このあとだって郁弥さんとスウィートなトーキングをするんだから。起きなさい…あたし……。


「……ふあぁ」


 ……。



「――結花」

「……ん…?」


 ……眠い。


「日結花。起きた?」

「…うん」


 …起きたらママがいた。


「…あたし寝てた?」

「うふふ、もうぐっすりとね?」


 くすっと笑ってドアに向かっていく。


「夕飯作ったから降りてきなさいね」

「うん…」


 それだけ言ってあたしの部屋を出て階段を降りていった。わざわざ起こしにきてくれたみたい。


「……」


 起きなきゃ…あ。


「…はぁ」


 結局寝ちゃったんだ。郁弥さんに今日何時からお話するか連絡入れなきゃ。もう返信きてるでしょ…。


【そっか。なら少しくらい遅くなっても大丈夫かな】


 やっぱきてた。今何時…19時前ね。なるほど。それなら。


【21時くらいでどうかしら?】


 …20時でもよかった…ううん。ご飯食べて歯磨きしてまったりするから21時でいいのよ。どちらにしろもう送っちゃったから意味ないし。


「…よし」


 クーラーを消して部屋を出る。ウォーターリップも塗ってないしクーラーもがんがんかけてたけど、喉の渇きは特にない。

 割とタイムリーね。睡眠中の鼻呼吸は慣らしておいてよかったわ。あと空気清浄機のおかげかも。



「ねーママー」

「なにかしら?」


 テーブルで作業中のママに声をかける。

 ご飯を食べ終え、あたしは歯磨きまで済ませてソファーでだらだらと。今日の夕食は夏野菜カレーと冷製ベジタブルスープ。あとレタスとキュウリとゆで卵のサラダ。

 サラダはともかく、どっちも美味しかったわー。もう満足よ満足。


「ボディータッチってどうすればできるのかわかる?」

「ん……うふふ、いいこと聞いてきたわね」


 ペンを置いてあたしに顔を向ける。すっごく楽しそうな顔をしていて、少しだけ後悔が胸をよぎる。


「…それで、どうすればいいの?」

「そうねぇ、そもそも日結花はどうしてできないの?」

「どうしてって…」


 …恥ずかしいから?こんなにも郁弥さんのこと大好きなんだから、手なんて繋いだ日にはもう…嬉しすぎてばかみたいに幸せな緩み顔しちゃいそう。


「そんなの恥ずかしいから。だってこう…意識してぎゅーってするのとかすっごく恥ずかしいじゃない…」

「…あぁもぅ、うちの子は可愛いわねーっ」

「ちょ、ちょっと…んぅ、頭なでまわさないでよ」


 わざわざこっちまで来てなでりなでりされた。嬉しく…なくない。嬉しいけど嬉しくない。複雑。


「うふふ、ごめんごめん。それで、ボディタッチの方法だったわね?」

「…うん」


 ママなら…知ってるといいけど。


「恥ずかしさを乗り越えろ、というのは難しいわよね。それなら間接的に触れるのはどう?」

「間接的?」

「冬になったら手袋をするでしょ?手袋越しならやりやすいと思わない?」

「それは…でも、まだ先になっちゃうわよ?」


 割とできるかもしれなけれど、冬まで待つのはちょっと…そこまで待ちたくない。できれば今すぐできる素敵な案がほしいわ。


「ええ。だから似たような方法を取るのよ」

「うーん…」


 何かあるかな…間接的、間接的…服越しとか…服越しなら手掴んだり腕組んだり…ううん、だめ。今夏だもの。半袖着てるのよ?間接どころか直接密着しちゃうわよ。それに汗ばんでべたついてるから…郁弥さんがべたべたしてるのはいいけど、むしろどんどんべたべたしにきてほしいくらいだけど…あたしが汗でべたべたしてるのはやだ。なんか嫌。女の子的に嫌よ。


「…なにかある?全然思いつかないんだけど」

「ふふ、夏でもできることを教えてあげるわ。簡単よ?触れることを意識するからだめなだけ。髪でも頬でも、れたくなったら自然にさわればいいの。あとは、物を使うというのも手ね」


 意識しすぎるからだめ…なんとなくわかるかも。考えすぎちゃってるってことよね。いつも考えすぎてドキドキして、だからそれをやめる。


「物っていうのは?」

「例えばこれ」


 ママが見せてきたのは机に置いてあったタオル。花柄のタオルがひらひらと振られる。


「タオル?」

「ええ。夏らしくタオルで汗でも拭きとってあげたらどう?」

「そ、そんなのできるわけないでしょ!」


 郁弥さんが汗かいてて、それをタオルで拭いてあげるだなんて…。



「あっ、ちょっとじっとしてて?」

「え、うん…っ」

「えへへ、少し頬に垂れてきそうだったから」

「え、ええと…あ、ありがとう」

「えへ、いいのいいの。あたしが拭いてあげたかっただけだから」



 み、みたいな感じかしら。いいわね。すっごくいいわ。


「私の娘ながら、ずいぶんとわかりやすいわねぇ」

「わ、わかりやすいってなにが?」

「あら、聞いてたの?ふふ、それじゃあタオルを使って試してみるのよ?」

「うん…頑張ってみる」


 話そらされた気はするけど、いいわ。頑張る。これくらいならできそうだもの。


「他にも、服を買うときにさりげなく触れるのもあるわ。色々と物を理由にすればできることは増えるから、なんでも試してみなさいね」

「…うん、わかった」


 …とりあえず、何か一つやってみることを目標にしよう。


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