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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第3章 これまでとこれからと
86/123

76. "あおさきれでぃお"174回目

 夏!海!プール!水着!避暑地!旅行!!いーくーやーさーんーとーのーデートーーっっ!!!


「やってきたわよ!あたしたちの夏が!」

「…楽しそうでなにより。じゃあ私は雑にやるから、あとは頑張ってちょうだい」

「いや雑なのはいつもでしょ」

「私は…はぁ、いいわ。そんな言い合いをする気力すらないのよ」


 普段通りにマイクの前で座るあたしと違って、知宵はだらりと身体の力を抜いて椅子にもたれかかっている。

 場所はラジオ収録スタジオ。時刻はお昼過ぎての午後2時。季節は夏。7月も下旬に入った夏真っ盛り。


「…来て1時間以上経ってるのに、まだそんなだるいの?」


 1時間前からちょろっと打ち合わせして、今は収録中。回数でいえば174回目。

 今日が7月21日で金曜日。次の"あおさきれでぃお"が7月26日の水曜日。早いもので、"あおさき"も174回までやってきた。


「…だるいわ。暑さにやられて身体の疲労がいっきに出てしまったのかもしれないわね」

「ふーん…知宵。今が収録中ってわかってる?」

「…ん?」


 ふむ…なるほど。これはわかってなかったわね。

 いつもならすぐランプに気づくのに…今日は本当にだめっぽい。打ち合わせ中もぼーっとしてたし、夏風邪じゃないならいいけど。


「…あら、みなさんこんばんは。青美知宵です」

「あ、うん。皆さんこんばんは。咲澄日結花です」

「"あおさきれでいお"174回目です。私は…話を聞いていたならわかると思うけれど、調子が悪いからいつもより静かよ。ごめんなさい。さて日結花、あとは頼んだわ。お願いね」

「…ええっと、普通に饒舌じょうぜつだった気はするけど…はいっ、とりあえず知宵の方は去年みたいに調子悪くはなさそうだから心配しないでくださいねー」

「きょ、去年のことはいいでしょう?」

「…もう1年前なのよね。…あ、1年前っていうのは知宵が風邪引いて寝込んだときのことね。DJCDの石川収録行く前だったし、9月?だったかな?」

「…日結花、今年はどうなの?」

「今年…ってDJCDのこと?」

「ええ」


 vol.5のことよね…収録先は静岡。全然スケジュールの話してないから、今年は夏じゃないのかも。


「行くなら秋とか、なのかな。高凪さん。スケジュールってどうなってます?」

「まだあまり決めていませんが、11月頃にお二人の予定に空きがあるなら…くらいですかね」

「「11月…」」

「…まあいいんじゃない?あたしは涼しい方が好きだし、全然冬近くてもいいわよ」

「そうね…正直いつでもいいわ」


 この感じだと、次のDJCD発売は来年になりそう。もしかしたら12月とかありえるかもだけど、年末はみんな忙しいし来年よね。たぶん。


「じゃあはい、話戻して夏よ」

「ええ、それが?」

「いや、もうすぐ8月でしょ?本格的に夏じゃない」

「今日は…7月26日だったわね。そう…日結花、私の夏休みはどこ?」

「…あると思ってるの?普通にお仕事でしょ。ほら、今月の歌劇は?」

「私はもう終えたわよ。拡歌二回に歌劇一回、先週までに済ませたわ。あなたは?」

「あたしは29日に歌劇。あと7月の最初の方に一回あったわ」

「…あなたにも夏休みはないのね」


 知宵の目がずーんと沈む。

 こんなに休みたいって…この子お休みないのかな。ちょっと心配になってきた。


「…知宵さ、最近のお休みどうなってる?ちゃんと休んでる?」

「最近…?最近は…14から17まで休んでいたわ」

「四連休って…はぁ、なに?世間の人ばかにしてる?」

「し、失礼ね…馬鹿になんてしていないわよ」

「ふーん…知ってる?社会人ってみんな月曜日から金曜日まで働いてるの。土日休みじゃない人も多いけど、それはいいわ。とにかくみんなせっせとお仕事してるのよ」

「ええ…そうね」

「で、知宵はなに?四日間休んだってことは金土日月?」

「…そうね」

「ちなみに、その前の週はどんな感じだったの?」

「前?…前は…ええと、7.8.9が休みだった気がするわ」

「休みすぎ!ずるい!!」


 う…つい本音が出ちゃった。だ、だって知宵、今月三連休と四連休したってことでしょ?それにどっちも土日入ってるから、つまりデート日和ってことだし…。あたしにもデートを…一緒に遊べる時間をちょうだい。


「休みすぎって…全然休み足りないわよ。というか、あなたの方はどうなの?」

「あたし?あたしはあれよ。週休二日制」

「…連休?」

「…だと思う?」

「いえ、離れているのでしょう?」

「…うん」


 お仕事的に半休も多かったりするから別に疲れてるとかはない。

 ただ…ただ、会ってお話する時間がないだけ。


「ならやはり私が休みすぎなのではなくて、あなたの休みが少ないのよ」

「…うーん。あたしもお休みしたいけど…だってお仕事あるし。ていうか知宵お仕事は?そんなに休んで大丈夫なの?」

「余裕よ。私を誰だと思っているの?」

「え…青美知宵?」

「…フルネームを言われても困るのだけれど」

「え、他になにかある?」

「…私に説明させるのはやめなさい」


 気まずそうな顔。一瞬ドヤ顔だったのに、すぐどんよりした雰囲気に戻ってしまった。


「…ええと、とにかくよ。あたしにもお休みちょうだいって話」

「そんな話だったかしら…」

「うん?…あー、夏ね。夏の話」


 話ずれてた。郁弥さんとデートしたさ過ぎてそのことしか頭になかったわ。早くデートしたい。


「その夏についてよ。私は例年通り引きこもるけれど、日結花は何か予定でもあるの?」

「予定かー…ん?なに?…時間?…あー、まだオープニングね、うん。わかりましたー。知宵」

「はいはい。無駄話が過ぎたということね。それでは皆さん、本日もよろしくお願いします」



「改めましてこんばんは、青美知宵です」

「咲澄日結花です…で、まあさっきの話の続きする?」

「そうね…休憩中にあらかた話してしまったし、概略がいりゃくだけ話せばいいと思うわよ」

「りょーかい。ええっと、さっきはもう夏だし何か予定あるのー?って話でしたけど、とりあえず知宵はいつも通り引きこもるんですよね。あたしはご存知の通り夏が好きじゃないので、プール行くくらいです。はい以上」

「海には?」

「行かないわよ。暑いし」

「旅行は?」

「気が向いたらね」

「温泉は?」

「暇だったらね」

「遊びには?」

「時間あったらね」

「…あなたもたいがい私と同じじゃない」


 そんなつまらないやり取りを経て、お便りを読む時間がやってきた。


「えー、くるくるぱーのすけ三郎さんからいただきました。ふふ、ちょっと名前っ」

「ふふ、久しぶりに面白いペンネーム来たわね。語呂がいいわ」

「…んん、こほん、"青美さん、咲澄さんこんばんは"」

「「こんばんはー」」

「"初投稿です"。もうすぐ8月ですが、私は暑いのが苦手です。なので、家にいるときはいつもクーラーをつけています。夜寝るときはタイマーをつけるのですが、扇風機はつけっ放しです。そのせいか、朝起きると喉が乾燥して辛くなってしまいます。お二人は喉を大事にしていらっしゃると思いますので、よかったら対処法を教えてください。よろしくお願いします"。といただきましたー。ちなみに女の子です」

「女の子?…さっきの名前は?」

「知らないわよ。性別女性になってるんだもん。それよりほら、知宵はどうしてるの?」


 器用にもだらけたまま呆然とした表情を見せる知宵に問いかけた。

 名前のことは知らない。ペンネームなんてみんなよくわかんないのばかりだもの。


「私は日結花と変わりないわよ。寝る前はリップを塗る程度しかしていないわ」

「リップって、ウォーターフィルムのこと?」

「ええ。そのウフリップよ」

「…その略し方してる人初めて見た」

「これが正式なのよ?」

「知ってるけど、なんかセンスないし…」


 ウフリップとは"ウォーターフィルムリップ"の略称のこと。使い方は普通のリップクリームと同じで唇に塗るだけ。


「…名前についてはどうでもいいのよ。ウフリップの解説をするわ。私も日結花も知っての通り、ウフリップの正式名称は"ウォーターフィルムリップ"」

「うん。水マスク作ってるメーカーよね」

「ええ。使い方は普通のリップクリームと同じ。唇に塗るだけね。効果は唇の乾燥、口内の湿潤しつじゅん化、唇及び口内の乾燥防止よ」

「…ちなみに、今のは知宵が鞄から取り出したリップの説明を読んでいます。あ、あとあたしとかが普通に呼んでる略称はただのリップですからね」

「塗るだけで空気中の水分が取り込まれて、常に口内が水蒸気で満たされた状態になるのよ。だから乾燥しないわ…日結花、パス」

「あ、うん。ええっと、くるくるちゃんもリップ使ってみればいいと思いますよー。他のリスナーもウォーターフィルムリップおすすめですからね。はいっ、じゃあ次っ」


 乾燥防止で塗ってはいるけど、寝落ちしちゃったときとか塗り忘れてるのよ。まあ、あたしの場合もともと口呼吸しないように慣らしたから平気だけど。

 大事なのは喉痛めないように湿度保つことよね。口呼吸防止テープとか加湿器とか。どうにか鼻呼吸の習慣つければ余裕よ。経験者のあたしが言うんだから間違いないわ。



「DJCDさー。今度静岡じゃない?」

「そうね。…それが?」


 ちらりと視線を寄越す。二本目までの休憩中とはいえ、相変わらずやる気がない。


「実は知り合いが静岡に用事あってちょこっと向こうの人と話したんだって」

「…ふーん、知り合い?」


 机にだらりと身体を預けた状態から起き上がった。それなりに興味はあるらしい。


「そそ。お仕事で話したらしいわよ。伊豆の人とね」

「伊豆、ね…。楽しそうじゃない。どんな話をしたの?」


 知宵の目が今日一番に輝く。

 郁弥さんとは直接会ってないけど、この話はビジョンでしたから結構話せる。コンプライアンス的なアレは観光情報なら話してもいいって言われたとかなんとか。その辺はちゃんとしてるから平気よ。


「えーっと、まず伊豆っていうのが東と西と南とで分かれてるらしいのよ」

「ええ」

「それで、結構広いみたいなのよね。だから一日じゃ回りきれないよーって」

「ふむ…」

「天城っていう有名な山があるから車で越えるのも大変だーって」

「…なるほど」

「で、近めでミーハーに回るなら東伊豆と伊東辺りが良いらしいわ。伊豆半島の東側になるけど、上の方には熱海もあるし観光には最適って」

「そう…他には?」

「他?他は…うーん、どこも観光地としては良いって言ってたわね。東も西も南も温泉はあるし見るところはあるし…あ、あと旅館の数は東伊豆が一番多いって言ってたかな」

「ふーん…やはり都心から一番近いところが最も栄えているのね」

「うん。東伊豆はあんまり田舎っぽくないって。だいたい近場で物揃えられるくらいには都会らしいわ」


 東から南に行くと海の色も変わるらしいわね。なんでか聞いてないけど。


「そうなの…私たちが行くときも伊豆半島を回るだけで一日終わりそうね」

「そそ。それが本題よ」

「…どこを回るかについてかしら?」

「うん」

「そうね…高凪さん、収録先のことは決まっていますか?」

「いえ、まだ決めていませんよ。来月再来月にでもスケジュールのこと含めお話できたらと考えていましたが」

「わかりました。日結花、それまでに私たちもある程度決めておきましょう?」

「おっけー」


 知宵も元気になって、その勢いのまま収録も済ませていった。

 DJCDについては今度旅行雑誌でも買って見ようということで落ち着いたわ。静岡のどこに行くかはわからないけれど、あたしとしては伊豆にもう一つどこか行きたいわね。考えておかなくちゃ…。



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