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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第1章 出会いと想い
8/123

3の1.夏のカフェにて

 夏の温度変化ってイマイチわからないわ。8月が一番暑くて9月になると少しだけ落ち着く感じ。

 その二カ月の間でどの辺が一番暑いのかがなんともいえない。結局年によって変わって行くのだろうし、そのときにならないとわからないんだと思う。

 そんな夏の季節である8月と9月の間。今年はまだまだ暑い。少なくとも暑さが弱まった気はしないわけで、外出しているあたしの頭の中でぐるぐると似たような考えが回り続けている。


「はぁ…」


 ついため息がもれてしまうほどの暑さの中、どうして外に出ているかというと…もちろんお仕事。朝から働いて昼を過ぎて少ししたところで終わった。その帰り道、駅まで歩きながら暑さを紛らわせようとぐだぐだどうでもいいことを考えていた。

 全然紛らわせられなかったけれど、一応駅に着いたからよしとするわ。

 駅構内に入ると太陽から隠れて少しは涼しくなった。鞄から携帯を取り出して改めて時刻を確認する。


 ―――♪


 発着を知らせるベルが鳴り響く中改札を通り抜ける。現在時刻は13時44分。出発時刻は13時50分。

 予定通り間に合ったことに安堵しつつ電車に乗り込んだ。電車内の人はまばらで、思っていたよりも人が少ない。

 休日の昼だからもっと人いるかと思ったのに…この時間は出かける人も帰る人も少ないのかも。ちょうど空いてる時間だったってことかしら。


「……」


 空いている椅子に座る。

 ふぅ、涼しい…それにしても休日なのにお仕事とかやめてほしい。疲れる。特に夏とかもうやる気なんて出ない。もっとバランスの取れた休日が欲しい。極端に暑い日や寒い日はみんな休みにするとかね。絶対やった方がいいと思う。

 まあ、今は夏休みだから許せるかな。だっていつもお仕事と学校に追われて忙しいのに今は暇な時間も多いんだもの。学校の時間がまるまる空いたわけで、そりゃ暇にもなるわ。

 そんな休暇満喫中のあたしが言えることでもないのはわかってる。でもね。休んでいようがなんだろうが暑いものは暑いし、気持ちの問題なのよ。これ。


 ―――がたんごとん


 このまま帰るのも悪くない……いえ、わざわざ日差しの中を出てきたんだからどこか寄りたいわ。TVで話題になってたお店とか色々あるし、どれも行ってないのばかりだからいいかも。都会なだけあって帰り途中の駅でもあったはずよ。

 ささっと携帯でブックマークと周辺の情報を確認すると、予想通りのお店があった。夏限定のシャーベットを売りに出しているお店『グラ―ス・フレィ』。もともとスイーツ主体で夏には多種多様な果物を組み合わせたシャーベットが有名。


 ―――ぷしゅー


 タイミングよく駅にも到着した。

 とっと、とだいたいの人が降りるのに合わせて下車する。流れるままに改札を出て、日差しに当たる前に壁際で携帯のマップ機能を確認。さっき打ち込んだお店の位置までさくさく歩いて、難なく到着。


「ふぅ…」


 テーブルに置いた呼出機よびだしきを眺めつつ一息。

 数分間とはいえ暑かった。駅から離れていないだけよかったわ。席も偶然空いててラッキー。座席数もそこそこ…なのにほとんどの席が埋まっている。外が暑いだけのことはあるわ。みんな冷たいものを求めてくるのね。

『グラ―ス・フレィ』は自由に椅子へ座る形式のお店。椅子は一人か二人用が多く、雰囲気(ふんいき)はカフェっぽい。メニューはドリンクよりもスイーツ主体。

 こういうお店なんていうのかしら。スイーツカフェ?


「っと」


 ぷるぷると弱弱しく震える呼出機を持って注文品を受け取りに行く。

 番号で呼ばれると聞き逃しちゃうこともあるからこっちの方が楽ね。さすがに揺れる呼出機に気付かない人はいないでしょ。


「ご注文のピーチミルクですっ!」

「ありがとうございますー」

「ごゆっくりどうぞーっ!」


 呼出機を店員に渡して注文品を受け取る。

 妙に元気な店員さんだったわね。


「……」


 あたしが頼んだのはシャーベットのピーチミルク。牛乳と桃の果汁を凍らせたもの。ポイントは桃の果実が完全に潰されていないから食感も少し残っているところ。見た目鮮やかな白色と桃色で薄っすらピンクと白のソースが上からかかっている。


「あむ」


 美味しい。冷たくて甘くて、思ってた以上にミルクの味が濃くてぎゅっと詰まってる感じがする。桃の甘みが爽やかでしつこくないおかげでどんどん食べれちゃっっったぁぁぃ!!


「……はぁ」


 痛い。頭がキーンとしたわ。ついつい美味しくていっきに食べ過ぎちゃった。もっとゆっくり食べるべきでしょ。氷系の食べ物は。

 同じミスを繰り返さないようにゆったりとシャーベットを口に運びつつ店内に目を向ける。レジには数人並んでいて、そこまで混雑はしていない。

 出ていく人はあんまりいないみたい。あの数なら座れそうね、たぶん。


「ん」


 一口ミルク色の強い部分を口に含んだ。

 ぼんやりとした目でレジ付近を眺めていると、珍しく男の人がいた……ううん。別に珍しくないわね。窓際とか角とか一人用の席に座ってる人もいるしカップルもいるし。

 それにしてもあの人見覚えある。斜め後ろからしか見えてないから他人の空似そらにかもしれないし、まだなんともいえないけど。


「んむっ」


 その男の人が振り向いたところで誰だかわかった。

 藍崎さんだったわ。驚いて喉に詰まりそうになったじゃない。シャーベットだから一瞬で溶けて平気だったけど。ほんと驚いた。偶然にもほどがある。ていうか、あの人周り見渡して何してるのよ。

 気になってあたしも周囲に視線を巡らせてみると…。


「…あらら」


 見事に席が埋まっていた。一人用の空いている席がない。


「……」


 辺りを見回して席を探している。困り顔がどうにも放っておけない。

 まったく…仕方ないなぁ。

 内心呟いて小さく手を振ると、きょろきょろ辺りを見まわしていた瞳がこちらを(とら)えた。


「ん」


 あたしに気付いて驚く藍崎さんに頷きで返して、シャーベットを一口。


「…んー」


 ちらりと左右を確認して自分を指さす彼にもう一度頷いて、こっちに来てと手を振って合図を送る。


「ん」


 また一口シャーベットを食べる。今度は桃色の強い部分。

 こっちの方が甘み強いわ。ミルク風味もこれもどっちも美味しい。そこまで強烈で舌に残るような甘みじゃないからいいのよ。どっちの方がいいかって言われると困るけど……あたしはミルクの方が好きかな。うん。


「こ、こんにちは」

「こんにちは藍崎さん」


 ひとしきり考え終えたところで一人ぼっちの藍崎さんが声をかけてきた。


「珍しいところで会いましたね。どうぞ座ってください」

「はい。えっと、いいんですか?」

「もちろん、今日はあたしも一人ですから」

「そ、それじゃあ失礼しまして」


 身を縮めるように小さな動きであたしの体面に座った。テーブルには呼出機をちょこんと置いて背筋をピンと伸ばしている。


「今日はどうしたんですか?」

「え、シャーベットを食べにきたんですけど…」


 そうよね。当たり前よね。わかってたわ。わかってたからそんな困り顔しないで。


「それもそうですね。何を注文したんですか?」

「僕はピーチミルクですよ。咲澄さんは?」

「む」


 そう来たか。あたしと同じじゃない。写真でも一番美味しそうだったからやっぱりピーチよね。でもその前に。


「名前」

「えっ」

「忘れたの?」

「…あっ」


 その顔は思い出した顔。まあ二週間くらい経ってるし忘れてて仕方ないのかもしれないけど、一回話したことだし名字に戻るのは他人行儀すぎでしょ?

 このあたしがわざわざ許可してあげたんだから、ちゃんと呼んでもらわないと困るわ。


「ええと、日結花ちゃんは何にしたんですか?」

「うん、あたしもピーチミルクですね。ほら」


 白とピンクの色合いが鮮やかなシャーベットをアピールする。名前もわかってくれたみたいできちんと呼び直してくれた。


「おー。同じもの頼んだみたいですね。見た目美味しそうですけど、味はどうですか?」

「もちろん美味しいですよー。ふふ、藍崎さんが食べてから感想は言いましょうか」

「そうですね。僕もこれから食べるのでちょうどいいかもしれません」


 同じもの注文したんだし感想の話したいわ。先に伝えちゃうと食べたときの驚きだったり美味しさだったり半減しちゃうもの。何もわからない状態での感想が一番なのよ。


「あむ……藍崎さんはこのお店、どうやって知りました?あたしはTV見てて偶然知ったんですけど」

「TVですか。僕はインターネットですね。電車で暇なとき色々見てたらシャーベットが美味しいって評判良かったので来てみました。TVでもやってたんですねー」

「ええ、それだけ広がってるってことですかね。実際今食べてて言うだけのことはあると思いますし」

「おお、それは期待できます。僕も早く食べたいです」


 このお店がTVで取り上げられていたのも少し前。そのおかげか、激混みってわけじゃないのはほんとによかった。それでもこれだけ席が埋まってるんだから評判良くて当然なのかも…に、したって。


「よく会えたわね」

「ん?」

「偶然ってあるものなんですねー」

「そ、そうですね?」


 不思議そうに答える藍崎さんは置いておいて、久しぶりに街中で知り合いに会った。それもなんとなく頭に残っていた人。そもそも、このあたしが面倒に感じていないことが奇跡よ。自然体でいられるのがその証拠。


「そういえば日結花ちゃん」

「ん、なんですか?」


 口に入れていたシャーベットを飲み込んでスプーンを器に置いてから返事をした。


「"グラ―ス"みたいに、話題になったお店とか有名店とかよく行くんですか?」

「そう、ですねぇ。はい、行く方だと思います。藍崎さんは?」

「僕も結構行きますよ。でも遠くまで時間かけて行くほどじゃないのでかるーくですが」


 ゆるっと表情を崩して笑みを浮かべる。

 平和だわ……こういう柔らかい笑顔見ると安心する。休日に日光浴びながら横になってるような気分。あたしの周りだとこんな何も考えないでふんわりした笑顔あんまり見ないから……訂正、胡桃はたまにこんな顔してたわ。


「ふふ、あたしも遠くまでは行きませんよ。せいぜいお仕事した帰りとか買い物のついでとかそれくらいです」

「はは、みんなそんなもんですかね。僕も日結花ちゃんとそう変わりませんし」

「そんなもんです」


 お互いくすっと笑ってなごやかな空気が流れる。そのすぐあとに呼出機がぷるぷると小さく震えた。


「「あ」」

「できたみたいですね、いってきます」

「はーい、いってらっしゃい」


 最初来たときよりもかなりリラックスした様子でピーチミルクを受け取りに行った。

 緊張が解けて自然体に歩く後ろ姿を横目に、だいぶ少なくなったシャーベットを口に入れる。量も減ったことで溶けてきている部分もあり、それもまたアクセントになって美味しい。

 この味なら普通のアイスでもありね。んん、でもアイスにすると食感も味も変わってくるから…その辺も後で聞いてみましょうか。


「ふぅ、もらってきました」

「どうです?原型は」

「さっき日結花ちゃんの見て思いましたけど、色鮮やかですね」

「ですよねー。氷菓子の涼しさが感じられるんですよ」


 暑いからこそ見た目で涼を得られるのがいい。

 氷っていうのがもう一目見て涼しさ感じるわ。ミルクの真っ白じゃなくて氷だから少し透明度もあって、薄い白と桃のピンクが混ざり合って綺麗なのよ。


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