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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第3章 これまでとこれからと
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65. お花見2

 仲良さそうな三人組と別れて桜の下を歩き進める。

 良い写真を撮ってもらえて大満足で、ふわりと舞う桜の花びらがあたしの心象を表しているかのよう。


「さっきの写真、あたしにも送ってちょうだいね?」

「ふふ、そう言うと思って今送ったところだよ」

「あら…」


 鞄から携帯を取り出してネミリを開く。郁弥さんとの会話に通知が来ていて、初々しく照れ笑いを浮かべるあたしたちの写真が送られてきていた。


「ええと…これ、変に照れるわね」


 やけに頬が熱い。

 ただ写真見てるだけなのに、この…まるで付き合いたてのカップルみたいな表情がすっごく恥ずかしい。


「あはは、デートっぽくていいと思うけどね。僕ららしいんじゃないかな」

「…郁弥さんはともかく、あたしはデートくらいたくさんしているわ」

「え、そうなの?」


 ぱちくりと目を瞬かせて聞いてくる。

 意趣返しのつもりで言っただけなのに、そんな簡単に信じられるとこっちが困る。


「…ばか。なんで動揺しないのよ」

「ええぇ…久々に理不尽な気がするよ。なんでって言われても、前々から日結花ちゃんも縁ないような話してきたから…違ったならごめんね?」

「…もういいわ。違くないから謝らないで。デートだって郁弥さんが最初。男の人にプレゼントだってあんな真面目に考えたの初めてだったんだから」

「そっか…はは、じゃあやっぱり僕たち同じだね」


 影のない笑みが眩しい。

 あたしが一人空回りしてるみたい…はぁ。やめやめ。郁弥さんにあたしと同じ気持ちを求めても無駄よね。あたしのことどれだけ好きか知らないけど、今のあたしほどじゃないのは当然なんだから…。徒労感がひどいわ。


「そうねー。どう?あたしたち共通点多いみたいだけど?」

「はは、だから気が合うのかな?」

「あら、じゃあ気の合うもの同士、そろそろデートらしいことでもする?」

「あー…それはいいけど、もうデートらしいことならやっちゃったよね」


 眉尻を下げて困惑混じりの微笑みがすっごくあたし好みで…そうじゃなくて、デートらしいといえば。


「腕組んじゃった…」

「そうそう。正直かなり恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しかったなぁ」

「ふ、ふーん…」

「日結花ちゃんはどうだった?」


 ここで聞いてくるかー…あたしは郁弥さんが楽しいって言ってくれて今嬉しくなってるところなんだけど…そんなの言えるわけないじゃない。


「勢いでやったからあんまり覚えてないわね。またやりましょう」

「…さすがに僕も冷静になってもう一度やるのは恥ずかしいので、いつかでいいですか」

「いいわよ」


 照れりと目をそらす恋人さんがたいへんキュート。


「それじゃあ始めようか。どっちから言う?」

「ふふ、ついに始めるのね。あたしから言ってあげる」

「そう?じゃあよろしくね」


 桜並木の下、『お互いの好きなところを言っていこう大作戦』がついに始まる。口火を切るのはあたしこと咲澄日結花。


「あたし、郁弥さんの笑顔が好きよ」

「うっ…ま、待って。これだめだ。本気で照れる」


 赤くなった顔がいつも余裕のある郁弥さんらしくない。可愛い。きゅんきゅんする。


「え、えへへ。はいっ!今度はあなたの番っ!」


 こっちだって恥ずかしいんだから、ちゃんと言ってもらわないと。


「う、うん。日結花ちゃんの好きなところか…声かな」

「あら、声者冥利に尽きるわね。ありがと」


 あたしの声ですって。やだもう、耳元で囁いてほしいなら言ってくれればいいのにっ。


「次はあたし。ふふ、困った顔も大好きよ」

「…もしかして、だからよくからかうの?」

「ふふ、どうかしら?さ、次よ次」


 個人的には困り顔で"しょうがないなぁ"みたいな感じで軽く笑ってくれるのが好きだったりするけど、細かすぎるからなしよ。


「うん…はは、表情かな。笑った顔も、真面目な顔も、照れた顔も、優しい顔も、怒った顔も、困った顔や悲しそうな顔だって、日結花ちゃんが浮かべる全部の表情が好きだよ」

「あ…え、えっと…」


 さらりと穏やかに笑って言った。

 こ、言葉が出ない。こんなとき、どんな顔すればいいのかな。


「あ、ありがとう」

「あはは、今見せてくれてる顔だって大好きだよ。日結花ちゃんの表情一つ一つが可愛くて、そんな姿を僕に見せてくれているのがなにより嬉しいんだ。だから、こちらこそありがとう、かな」

「ええと…こ、光栄ねっ!」


 うう、変な返ししちゃったじゃない!!どうしてそんなにあたしを喜ばせること言うかなぁもうっ!


「それじゃあ、次は日結花ちゃんの番だね」

「…わかったわ」


 こうなったらあたしも全力で言ってやるんだから。気合入れるのよ、あたし。


「そうね。色々可愛い綺麗だ美しい大好きだとか言われちゃったものね。せっかくだし、あたしも色々言ってみようと思うわ」

「いや、そこまで言ってない気がするんだけど…」


 さて、なにを伝えるべきかしら…とりあえず、思いついたことから話していきましょうか。


「郁弥さんの好きなところは、あたしのこと見ていてくれるところ。ちゃんと見て、聞いて、考えて、想ってくれるところよ。言っちゃえばただの他人なのに、その他人であるあたしに対してこんなにも気にかけてくれるところが好き」

「うん」

「あたし、郁弥さんのかっこよくて優しくて大人っぽくて、柔らかくて落ち着いた…春の陽みたいなところが大好きなの」

「え…う、うん」

「いつもは余裕たっぷりで、やっぱりあたしより年上なんだなぁって思うのに、ときどき子供っぽくなって焦るところも好き」

「や、も、もういいよ」

「悩んでることがあるのは知ってる。少し教えてくれたからわかってるわ。それがどれほど大変なのかはわからないし、怖がりな郁弥さんが言いたくないのもわかる。でもね、あたしはそんな郁弥さんだって好きなんだから」

「うぅ…だからもういいって…」

「優しくて明るくて大人な魅力満載なあなたも、怖がりで臆病で子供みたいに弱虫なあなたも、あたしのことばかり考えてくれるあなただって…全部全部ひっくるめて好きなのよ」

「も、もう勘弁してくださいっ」


 勝った!!これはあたしの勝ちよねっ!


「ふふん、どうかしら?あたしが好きなところわかってくれた?」


 手で顔を覆い隠す愛し人に問いかける。横から見える頬と耳は赤くなっていた。あたしの好意はきちんと伝わったらしい。


「わかったよ。ちゃんとわかったからもう言わないでください…」

「ふふ、もう終わりにする?」

「いや、僕が最後に話して終わりにしよう…」


 熱い頬を扇いで熱を冷ます。

 彼の方はまだなにか伝えてくれるそうで、頬を朱に染めたまま顔を向けてきた。


「さっきは日結花ちゃんの声と表情全部が好きって言ったよね。僕はさ、君の性格も全部好きなんだ」

「ふ、ふーん」

「大人っぽいところも好きだけど、実際はまだまだ子供で背伸びしてるところとか大好きだよ。素直じゃないところも元気で明るいところも、人のことを考えて心配してあげられるような、思いやりにあふれた良い子なところも。余すところなく全部ね」

「…ん、ええ…っと…あ、ありがと…」


 …負けた。こんなの勝てるわけないわよ。


「どういたしまして。じゃあ終わりだね。それと、ごめんね。今さらなんだけどさ…」

「な、なに?」


 ごそごそと鞄を漁る郁弥さんに言葉を返す。未だ動揺を抑えきれず微妙な返しになってしまった。

 うう、どきどきするぅ。


「これ…はいっ」

「んぅ…カメラ?」


 手渡されたのは小さいカメラ。それなりに高価そうな…なんだったかな。名前あったわよね、これ。


「うん。コンパクトデジタルカメラだよ。一応新しいやつだから、僕の携帯とリンクさせてデータのやり取りとかはできるようになってるんだ」

「そうなの…電源入れてもいい?」

「いいよ」


 了承をもらってぽちりとボタンを一押し。明るくなった液晶にはレンズの先、つまるところあたしの足が映る。


「ふむふむ」


 まだ鞄をごそごそする持ち主を他所に、カメラを操作していく。

 メニューから携帯の画面を映すように変更して、表示されたのはパスコード…。小癪(こしゃく)な。


「郁弥さん、携帯のパスワードってなに?」

「え?僕の誕生日だけど」

「ありがと」


 ぱぱっと打ち込んで開けたのは携帯の画面。

 …冷静に考えると、見るものなんてないのよね。

 

「んー」


 にしても、さすが高性能。カメラなのにこんなことまでできるようになってるなんて…すごいわ。


「お待たせ。ごめんね、時間取らせちゃって」

「ううん、いいわ。結構面白かったから。でもどうしてカメラなんて?」

「桜の写真撮りたくてね。あと、本題はこっち。さっき謝った理由にもなるんだけど…」


 言いつつ見せてくれたのは、カメラを取り付けるであろう三脚。


「これ持ってきていたの忘れててさ。わざわざ人に頼む必要もなかったのに…って話で」

「なるほど…」


 あたしの腰か少し上くらいまでの長さな三脚。この長さなら郁弥さんの鞄に入ってもおかしくはない。

 たぶん、短くできる形式よね。コンパクトにできるの。


「そんなわけで、まだまだ写真撮れるよってことです。ええとそれで、さっき僕のパスワード聞いてきたけど…」

「あぁ、ちょっとカメラの方で必要だったのよ」

「だろうね。でも、日結花ちゃんになら携帯くらいいつでも貸してあげるよ?」

「あら嬉しいこと言ってくれるわね。いつか貸してもらうかもしれないわ」


 そうは言っても、見るものないから借りることないかも。


「はい、後で一緒に撮りましょ?今は返しておくわ」


 カメラを返して足を進める。それなりに歩いてきたからか、道先は桜が途切れて普通の道路になっていた。


「案外短かったわね。これからどうするの?」

「ふふ、僕についてきてよ」


 楽しげな笑いとともに先を進んでいった。後ろについて、曲がって歩いて登って竹林の道を通る。

 好きな人の後ろ姿というのもいいものだと思う。このまま飛びついてぎゅっと抱きしめてもいいのかしら?無防備に歩いてるってことはいいのよね?


「日結花ちゃん」

「は、はいっ!」

「え、うん。もうすぐだよ?って距離近いね」

「え、そ、そう?そんなことないわよ?」


 あ、あぶなかったぁ…ちょっと距離詰めすぎてた。名前呼ばれなかったらじゃれついてるところだったわ。おしい。


「そうかな。まあいいけど。もう並んで歩けるからさ」


 言われて目先の階段を上がれば、視界には神社らしき建物が入り込む。


「へー、お参りでもしていくの?」

「あはは、違う違う。目的地はこっちだよ」


 郁弥さんの横に並んで歩く。

 やっぱり後ろより隣の方がいいわね…隣じゃないと恋人っぽさないもの。


「ひとまずはここかな」

「わっ…綺麗」


 見えたのは桜に囲まれた木の橋。手前には木々が途切れて広場のようになった空間。さっきより人の数は増えて、短い橋の上でもぱしゃぱしゃと写真を撮っていた。


「郁弥さん郁弥さん」

「はい、なにかな?」

「あたしたちも写真撮るわよ」

「いいけど…三脚使う?」

「使う」

「おーけー」


 いそいそとカメラアンド三脚を準備してくれる恋人を尻目に、あたしは桜の天井を眺める。こんなにも素敵な景色を好きな人と見られるなんて、きっと1年前のあたしには思いもよらなかったと思う。

 これから、一つ一つの風景を郁弥さんとの思い出ノートに記していきたいわ。数年、数十年と連れ添う仲睦まじい夫婦になるのよ。


「準備できたよー」

「はーい」


 脳内で流れる感動エンディングソング(歌唱あたし)を打ち切って想い人の声に答えた。


「カメラはセットしたよ。あとはどこで撮るかだね」

「手始めに橋の上で撮りましょう?」

「了解」


 ちょうど人がいなくなったタイミングでちゃちゃっとカメラのシャッターボタンを押してもらった。


「郁弥さん早く早く!」

「わかってるわかってる」


 橋の上で待っていたあたしに小走りでやってくる。10秒タイマーだから、残りはおそらく6秒ほど。


「はいここっ!はいしゃんとして!手もこうしてっ!」

「えっ!?そ、その立ち位置!?というかこの格好っ!?」

「そうよ!ほら笑顔笑顔!」

「あ、え!?あぁもうっ!」


 結局笑顔を浮かべてくれた郁弥さんってばやっぱり良い人。大好き。

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