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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第3章 これまでとこれからと
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60. バレンタインに次のデートの件

「…ふぅ、それにしても寒いね」

「…もう17時過ぎだもの。それに2月よ?今日夜から雪降るって予報なかった?」

「そういえばそうだった…」


 話に区切りがついて空を見上げれば、どんよりとした曇り空。今にも雪が降りそうな、そんな寒々とした空模様。


「…さっきから駅通り過ぎちゃってるけど…そろそろ帰ろうか?」

「……」


 駅通り過ぎたあたりからそれっぽい雰囲気はあった…。でも、実際に解散となると少し寂しいものがあって…つい欲が出てしまう。


「もう少し、お話したいわ」

「…あ…う、うん。いいよ?僕は大丈夫」


 なぜか声をうわずらせて照れりと目をそらす。


「…?今照れるところあった?」

「……それ聞く?最近日結花ちゃん結構ずばずば来るよね」

「…だって気になったんだもん。仕方ないじゃない」


 恨みがましく見てくる瞳に真っ向から返した。

 気になるものは気になるもの。どうしようもないわ。


「…はぁ…うん、いいよ。そういうところも嫌いじゃないから…話す前に暖かいところ行こうか。ちょうどデパートまで来たから、色々見ながら歩こう。それともどこかカフェでも行きたい?」

「歩きましょ?カフェは…また今度でお願い」

「おーけー、少し歩こう」


 メルイデパートに入ってゆっくり歩き始める。外の空気とは違って中は空調が効いている。暖かくて快適。


「はいっ、さっきの話続けていいわよ?」

「…そりゃ忘れてないよねー」

「もちろん、ほら、早く」


 あたしが話を忘れているとでも期待していたのか、改めて諦めの息を吐いた。

 残念ね、そんなすぐ忘れないわ。来週にでもなったら忘れてる可能性もあるけど、さっきの今じゃ全然。余裕よ余裕。


「言いにくいんだけど、上目遣いで不安そうに聞かれたらさ…。いくら日結花ちゃんに耐性のある僕でも照れるって」

「……んー」


 そんな不安そうだったかな…。あんまり意識してなかった。ていうかあたしに耐性ってなによ。変な耐性つけないで。もっと弱くなってちょうだい。


「あたし、意識してなかったわよ?そのあざとい行動」

「あはは…やっぱり天然でだったよね。日結花ちゃんが演技するときって笑顔だったり楽しそうなときが多いから…」

「…そうなの?」


 それは知らなかった…。考えてみれば、お仕事で人と接するときは笑顔が基本だし、郁弥さんにあざといことするときもおちょくるときも笑顔が多かった。…なるほど、あたしのことよく見てるわね。さすが恋人(仮)。


「うん。さっきの表情には少しドキッとしたよ。あやうく惚れそうになったね、はは」

「…むぅ」


 喜んでいいのか怒った方がいいのか…。あたしに魅力があるのはいいのよ。郁弥さんの言い方が完全に子供を見る大人の絵面で…ちょっと複雑。


「…まあいいわ。郁弥さんがあたしの魅力に打ちのめされてベタ惚れになっちゃったってことでしょ?」

「…いやちょっと…というか8割方違うけど」


 困った顔可愛いなぁ。この人の困った顔ってなんでこんなきゅんきゅんするのかしら。これこそほんとにベタ惚れよねっ!


「さて、ベタ惚れ郁弥さん」

「…わざと名字っぽくベタ惚れって言わないでください。地味に恥ずかしいので」

「あら、ふふ。そう?じゃあ郁弥さん」


 "ベタ惚れ"と"藍崎"って同じ文字数だからいい感じにフィットしたのに、もったいない。ベタ惚れ郁弥さんって、あたしが惚れてるのか郁弥さんが惚れてるのかわからないところもポイントなのよ。


「うん。なにかな?」

「周りを見てみて?どう?」


 季節は冬。月は2月。あたしの誕生日が過ぎて一週間程度。つまり何が言いたいのかというと。


「バレンタインかぁ」


 納得の呟きを拾った。彼が気づいたように、今日はバレンタインデー。フランスだと男の人が女の人に花を贈る日だとかなんとか。

 お花の種類は…バラだったかしら?


「そ。バレンタインよ」


 周囲はバレンタイン色に彩られて、様々なチョコレートが置かれている。まばらの人混み具合で、チョコを買いにきた女の人が多い。


「もうすぐ2月14日だったね。忘れてたよ」

「ふーん?誰かからもらえないの?」

「職場じゃそういうのはないからねー」


 郁弥さんは特に気にした様子もなく、さっぱりと言い切った。ほんとに渡してくれる人はいないらしい。


「へー、なら今年はあたしからもらえてよかったわね」

「はは、ありがとう……ん?くれるの?」


 一度お礼を言ったあとに自分が何を言われたかわかったのか、キョトンとした顔をあたしに向ける。


「ええ、あげるわ。異性にちゃんとしたバレンタインチョコあげるなんて初めてなんだから、しっかり受け取ってね?」

「…デートまでしてるんだもんね。そっか。そんな嬉しいことまでしてくれるんだ。お返しもしっかりしないといけないね」


 表情が崩れてふにゃりとした笑顔になる。見てて安心する、あたしの大好きな笑顔。

 この素敵スマイルをあたしにだけずーっと向け続けてほしいと思うのは、少し贅沢かもしれない。


「ホワイトデーのお返しねー。どんなものをくれるの?今日のプレゼントは嬉しかったし、クリスマスプレゼントも嬉しかったから…ふふ、あなたのセンスに任せるわ」

「前はタオルで、今日はイヤーカフだったけど…たぶんホワイトデーはお菓子とか花とかそういうのにするよ?」

「そういうのでいいわよ。あたしだってこれから買うチョコのお返しに大層なもの期待してないわ」


 クリスマスとお誕生日の二回だけでも十分よ。1年に二回だとしても、再来年には5回目が来るわけでしょ?違うプレゼント考えるだけで大変だもの。要は気持ちよ、気持ち。


「これから買うって、もしかして僕と一緒に選ぶの?」

「そのつもりだけど…あ、お返し選ぶときも今日と同じで一緒に選びましょ?」

「一緒に選ぶのはいいよ。それより…これから選ぶのかー。日結花ちゃん今思いついたよね?」

「…わかっちゃった?」


 話の流れでわかっちゃったのかな。


「うん。もともと帰るつもりだったのに、今思いついたんじゃなかったらバレンタイのチョコを一緒に選ぼうとなんてしないよね?」

「そうね…郁弥さんがいらないなら選ばなくてもいいけど…」

「いやいるよ?欲しいのでください。一緒に選ぼう!きっと良いチョコがあるよ!」


 恥ずかしさを誤魔化そうとしているのか、やけに強めな語調で話す。


「…そんなに欲しかったなら事前に言ってくれれば手作りでもしたのに」

「…自分から言うのは恥ずかしいものだよ、こういうの」

「あら、じゃあ来年も手作りしなくていいの?」

「……来年はお願いするかもしれません。よろしくお願いします」

「ふふ、任されましたっ」


 恥を捨てて頭を下げてきた恋人(暫定)に軽く返して、あたし好みなチョコを探し始めた。

 郁弥さん好みじゃないわよ?あたし好みなところが重要なんだから。



「んー、喋ったー」

「そうだねー」


 チョコの話とか次の予定の話とか、お喋りしながら購入したバレンタイン用のチョコも渡してあげて30分ほど。メルイデパートを出て見える空は薄暗く、太陽はほぼ沈んでしまった。もともと曇っていて暗かったのがより暗さを増している。


「寒いな…ん?日結花ちゃん、雪降ってない?」

「え、ほんと?…あ、ほんとだ」


 暗い空からはちらほらと雪の粒が舞い降りてきていた。


「これは早く帰らないとだね。日結花ちゃんのご両親も心配するだろうし」

「そうね…もっと遅い時間だと危なかったかもしれないわ」


 この程度じゃ電車は止まらないと思うけど、積もったら万が一があるもの。


「ご両親には時間伝えてある?」

「ええ、19時前には帰るって伝えてあるから大丈夫」

「そっか。よかった」


 時刻は18時前。このままいけば18時半くらいには帰れると思う。


「…ふぅ、日結花ちゃん」

「ん、なに?」


 駅まで歩く道すがら、白い息を吐いて問いかけてきた。


「来月には卒業だよね」

「そうね?」

「高校の友達は…大事にね」


 高校の友達に思い入れでもあるのか、真剣な眼差し。


「大事にするわよ…あんまりいないけど」


 悲しいことに、高校の友達なんてものは少ない。卒業してからも遊んだりするのは…二人くらいね。これじゃ知宵のこと言えないわ。


「はは、それならいいんだ。社会人になったら友達なんてできないからね」


 からりと笑っていつものような柔らかい笑みを浮かべる。どうやらあたしが一人ぼっちになることを心配してくれたらしい。

 心配症な人ね。あたしは大丈夫よ。お仕事での友達ならそれなりにいるから。


「ふふ、そんなこと言うなんて郁弥さん友達いないの?」

「うーん…同僚は同僚だからね。大学時代の友人くらいかな。高校のときは…うん。ゼロだよゼロ」

「ふーん…」


 苦笑する姿が哀愁漂っていて、あたしが悪いことでもしたような気分になった。

 ごめんね、あたしが友達紹介してあげるから…あたしの同業でいいなら紹介できるわ。郁弥さんはあたしの恋人としてお願い。


「まあ、うん。今はあたしがいるからいいでしょ?寂しかったら電話くらい付き合ってあげるわよ。なんといっても恋人(仮)なんだし」

「いやいや恋人(仮)って、え?なにそれ、僕初耳なんだけど?」

「今初めて言ったもの。知るはずないわ」


 押して押して押し倒す勢いでいくのよ。郁弥さんならさっきみたいに強引にやれば押し切れるから。最後まで押し倒して外堀も埋めきって、気づいたら恋人…いえ、人生のパートナーになる状況まで持ち込んでやるわ。

 そう、人生のパートナー……つまり結婚ね…ええ、結婚なのよ!家族になっちゃえばいいんだわ!!家族にさえなれば、もうあたしに悩みを打ち明けるどころか、あたしと一心同体でしょ?完璧ね!


「じゃ、そういうことでお願いね?郁弥さんあっちの路線でしょ?」

「え?今の話は?色々聞きたいんだけど…」

「もう時間ないじゃない。またね?今度は知宵の家に集合か…もしくはイベントに招待するから」

「そ、そっちの話も途中だったっ!待って行かないで!色々話し足りないよ!というか僕も今日は日結花ちゃんと同じ電車だから!」


 なんか…いいわね、今のセリフ。あたしを引き留める感じがすっごくいい。郁弥さんに帰っておいでとかなんとか言われたらすぐにでも帰っちゃうわ。もう胸に飛び込んじゃって抱きしめちゃうから。


「えへへ、仕方ないわねー。なに?止まってあげたわよ?」

「え、いや…なんでそんなニコニコなの?」

「あら、ふふ。聞きたい?」

「…いえ、いいです…そうじゃなくて、僕も途中まで一緒に行くから」


 ニコニコ笑顔なあたしに困惑気味な郁弥さん。どうやら同じ路線を使うらしい。


「ん…ん?こっちから帰れるの?」


 ええと…最寄りって八胡南で…あの駅ってここから…乗り継いで行ける…わね。うん。行けるわ。


「うん。帰れるよ。なので話の続きを…」

「んー…」


 恋人(仮)のお話は…面倒ね。説明するのも言いくるめるのも面倒。するなら予定の話だけど…イベントに召集するか知宵の家に召集するか…あと、和食食べに行かないと。結局クリスマスは洋食にしちゃったもの。


「とりあえず、歩きながら話しましょ?」

「あ、そうだね」


 電車が同じならホームにいた方がいいからと伝えれば、彼氏さん(仮)も頷いてくれて一緒に改札を抜けた。


「それで?次の予定の話だった?」

「うん。他にもあるけど、まずはそれで」


 階段を降りながら話すことは次に会うときのこと。細かい調整は後ですればいいとして、何をするか程度は決めておく必要がある。


「あなたはどうしたいの?」

「僕は…ええと、日結花ちゃん。僕がしたいことでいいの?」


 階段を降りてすぐ、耳に届いた声が真面目な声色だった。横を向けば隣に人はいなくて、後ろには立ち止まってあたしを見つめるパートナーが一人。


「やけに真剣な声するわね……ま、まさかえっちなこ」

「とじゃないからね!?」


 途中で遮られた。たったっと早足であたしに駆けてくる。素敵っ!そのままぎゅっとして!


「…はぁ、日結花ちゃんってこんなに僕のことからかう子だったかな…」

「ふふ、それだけ信頼厚いってことよ。喜びなさい?」

「はいはい…それでさっきの話だけど、本当に僕のしたいことでいいの?」


 先ほどのイヤに真面目な声とは違い、ゆるっと砕けて柔らかい声色。

 …うん、いい感じ。あたしの郁弥さんはこうでなくっちゃ。


「いいわよ?あたしにできることならなんでもしてあげるから、遠慮しないで言いなさいな」

「そっか…じゃあ―――」


 ふわりと風が吹き、駅のホームにベルが鳴り響く。珍しく言いよどんだ郁弥さんの言葉は、あたしの予想から外れたものだった。

 次に会う予定の話をしながら、二人で電車に乗り込むあたしたちなのでした。



「…"でした"って、今わざと声に出したよね」

「ふふ、聞こえた?」

「聞こえたよ。むしろ聞こえるように言わなかった?」

「んふふ、どうかしらねー」

「…日結花ちゃん楽しそうだね」

「え、ふふ、そう見える?」

「見えるよ。いつもより5割増しで可愛いから」

「そ、そう?えへへ、ありがと。次のデートもよろしくね?」

「え、デート?そうなるの?」

「さーて、降りるわよ。ほらほら、郁弥さんも降りるでしょ?」

「あ、うん。…いやいや待って。降りるけど…そうじゃなくて話の続きをっ」

「次はどんな服着ようか迷うわね…郁弥さんどんなのがいい?」

「え、うーん…フリルのある服かな…そうじゃない。そうじゃなくてだね」

「わかった。フリルね、考えておくから楽しみにしておいて?」

「…はぁ…うん。楽しみにしておくよ」

「えへへ、次も楽しみになってきたわっ」



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