57. 軽食に誕生日プレゼント
「だいす…あたしも考えてなかったわ…」
セーフ!口が滑りそうになった。あぶなかったー。あたしとの会話が楽しいだなんてよくもまあさらっと言えるわ。おかげで好き好き言いそうになったじゃない。
「うん、ほんとどうしようか…」
話しながら歩いてやってきたのはルート・シエル。駅からフリルーモまでの途中にあるルート・シエルは最近できたばかり。
フリルーモも最近できたばかりだけどね。この辺色々増えてきて人も多いのよ。フリルーモなんて大型商業施設?ショッピングモールだし。
「んー…色々見ていかない?ルート・シエルは…郁弥さん見たい?」
「ううん、いいよ。フリルーモで十分だと思う。ルート・シエルは今度来たときでいいんじゃないかな」
「そうよねー。じゃあフリルーモまで行きましょ?」
「おっけー」
周りの人と同じようにフリルーモまで歩いて中に入った。入り口からすぐの案内板でお店を確認する。
「日結花ちゃん日結花ちゃん」
「なに?いいお店あった?」
「回転寿司だよ」
「そうね。行きたいの?」
あたしはお腹減ってるから正直なんでもいい。ママの教育のおかげか好き嫌いもないのよ。郁弥さんの食べたいものならどれでもいいわ。
「ううん。別に」
「…ならどうして聞いてきたのよ」
さっくり否定された。ぴっと睨んでも笑顔を返される。
卑怯な。そんな笑顔見せられたら睨んでいられなくなるじゃない。
「あはは、今度回転寿司も行きたいなぁって。日結花ちゃんファミレスもOKみたいだし、回転寿司も大丈夫でしょ?」
「え、ええ、大丈夫。いいわよ。…でもそれ、デートのお誘い?」
ちょっと驚いた。今度か。うん、いいわね。回転寿司もいいかも。二人で回転寿司ってすごく普通の恋人っぽい。
「デートのつもりはないけど、一緒にご飯したいなーって。だめかな?」
「ふふ、わかったわ。今度ね?」
残念。デートならそれはそれで色々やること変わったのに。まあ、一緒に食事するだけで十分楽しいからいいわ。
「うん。今はお店決めようか」
再度案内板に目を移す。お店の種類は多く、レストランとカフェを含めれば20は超える。
個人的にはしっかりしたもの食べたいけれど、夕飯のこと考えたら軽く済ませないといけないのよね。
「日結花ちゃん」
「ん、なに?」
「ご飯軽めにしておこうか」
「そうねぇ。夕飯も近いからでしょ?」
「うん」
「なら…カフェ?」
パンケーキとかいい思う。それなりにお腹いっぱいになって重くもないから。ちょうどそういうお店あるみたいだし。
「だね。このお店とかどう?」
指を差したのはあたしが考えていたパンケーキのお店と同じ。
「いいわ。行きましょ」
お店は今いる階と同じなので歩いて向かう。時間も時間だからか待ち時間はなく、お店に入ってすぐ席に着けた。
「何か食べたいものあった?」
店員からお水をもらってメニューを見る。
二人で一つのメニューを見るというのは以前にも経験したことで…あの頃より経験値はあるはずなのに、顔が近いだけでこんなにも緊張するなんて。むしろ前より恥ずかしくなってる気がする。
「日結花ちゃん?」
あたし、頑張るのよ。映画館では失敗したけど今回は成功させるんだから。たかがあーん程度。余裕よ余裕。
「大丈夫。あたしはこれにするから」
「これ…って、え、いや、これ二人ぶんだよね」
二度見する郁弥さんの驚き顔が愛おし…いやそうじゃなくて、あたしが選んだのは"季節のフルーツパンケーキ(大)"。カップル様が注文するとドリンク無料ですって!やったわね!!
「そうね?嫌?」
「ううん。嫌じゃないよ。でも、ついに僕もこういうのを注文するんだと思うとさ…いいね、デートって」
照れ笑いがずいぶんと可愛らしい。
その表情結構好きなのはともかくとして、ちょっと思ったんだけどこの人、あたしとの関係がどうこうよりデートそのものを楽しんでない?これは…いいのかしら?もともとの目的はあたしを超絶可愛い天使な女の子として見て、あわよくば恋人になってもらうことでしょ?このままだと、楽しくデートしてくれる可愛い女の子で終わらない?恋愛対象としての認識に欠けるわよね、それ。
「…デートが良いというのは賛成するわ。でもね郁弥さん」
「うん?」
あたしが現状に不満を持っているとはいざ知らず、小首を傾げて疑問の声をあげた。
あざとい仕草であたしを落とそうとするなんて笑止千万。そんなの見せられても好きになるだけなんだからっ。
「あなたが楽しいのはあたしと一緒だからなのよ?」
「…ふむ」
「考えてもみなさい。あたし以外の誰かと一緒で楽しいと思う?」
「うーん…人によるけど、日結花ちゃんほど楽しくはならないかなぁ」
「でしょう?」
冷静に考えたら勘違いも甚だしいセリフかもだけど、郁弥さんに対してなら今のでいいのよ。
「うん、日結花ちゃん。ありがとう」
「どういたしまして」
にっこり笑顔が眩しい。
"あたしとの"デートが楽しいとわかったところで、それじゃあお付き合いしましょう?とかなればいいのに。無理よね。わかってるわ。
「二人でフルーツパンケーキ注文するなら、あとはドリンクだね」
「ドリンク…。もしかしてこれも共有なのかしら…」
内心の昂りを声に出さず言葉を返した。
共有ということはつまり一つの飲み物を一緒に飲むということで、間接キスを交わせるということになる。むしろ口移しを…まるであたしがえっちな女の子みたいじゃない。嫌だわうふふ。あたしほどおしとやかな子はそういないでしょう?
「うん?普通に二人ぶん無料ですって書いてあるから大丈夫だよ?」
「あ、そうよね。うん」
さて、飲み物どうしよう。間接キスもないなら別になんでもいいのよね。ていうか水でもいいんだけど…。
「どうしようかな。パンケーキは甘いよね、たぶん」
「ええ。ドリンクは甘くない方がいいと思うわよ」
あたしはハーブティーにしよう。どれ選んでも値段は変わらないもの。無料だし。それなら普段飲まないハーブティーがいいわ。
「だよねー……うん。僕はホットミルクにするよ」
「あら、ふふ、あたしはハーブティーにするわね」
ホットミルクだって。郁弥さんらしいといえばらしいかも。前に牛乳好きーって言ってたような気もするし。
「…僕、今どうして笑われたの?」
「え?ふふ、どうしてってホットミルクよ?可愛いじゃない」
「…そうかなぁ」
どうも納得いっていない様子。
「ほらほら。そんなこと気にしてないで注文しましょ?」
「うん…すみませーん」
注文は彼主体で、あたしはドリンクを答えるときだけ。パンケーキをお願いしたときにあたしたち二人をちら見してくれた。どうやらカップルと見られているらしい。
…あたしもカップルかー。18になっただけのことはあるわね。もう兄妹だなんて言わせない。カップルなのよカップル。
「はー…なんか疲れたね」
「…ん、もしかしてあたしといても楽しくない?」
「え?楽しいよ!全然楽しいからね!?」
わざとアンニュイな表情を作ってみせればこれ。焦り気味に言葉が返ってきた。
以前受けた仕打ちをお返ししただけなのに、変な罪悪感があたしを襲う。ごめんね郁弥さん。悪意はないのよ、わざとなだけで。
「本当かしら…信じられないわ」
「ええと、どうすればいいかな…」
しょんぼり目を落として困り顔を見せてくれる。
この人は…ひたすらにあたしの心をくすぐってくるわねっ。卑怯な!でも好き!!
「…とりあえずこのあとする予定の食べさせ合いっこを全力でやってほしいのだけれど、どうかしら?」
つい早口になってしまったのは仕方がないと思う。あたしらしくない物言いも仕方ない。
すごく大事なことなのよ。『映画で手繋ぎ大作戦』が失敗したせいで、『お食事あーん作戦その1』は絶対失敗できないものになっちゃったから。それこそ、この作戦が今後のプランに影響を与えるレベルで。
「全力って難しいな。一応頑張ってみるよ」
「ふふ、そうこなくっちゃ」
気合を入れてぐっと握り拳を作る。そんな彼に対してぱちりとウインクをかます。
映画館で受けたお返しよ。
「ん?いま日結花ちゃんウインクした?」
「え、う、うん。したけど?」
「…いや、なんでされたのかなって。可愛かったけど」
「べ、べつに理由なんてないわよ?」
照れて目をそらすかと思ったらそんなことはない。若干頬を朱に染めてはいるものの、普通に返事をされた。むしろあたしの方にダメージが大きい。
「そっか…もう一回ウインク」
「しないから!」
「だよねー」
何をトチ狂ったのかあたしにもう一度ウインクをしてとか言ってきた。それもずいぶんと楽しそうな顔で。
笑顔なのに大人の魅力満載で見惚れそうになったのが悔しい。これが惚れた弱みというやつなのね。こんなの勝てるわけないわ…。
「ていうか郁弥さんがウインクしてよ。映画見てるときのこと覚えてるんだから。なんであんなタイミングでウインクなんてしたの?」
「なんでって、ちゃんと日結花ちゃんの声に気づいたよって知らせるため?」
「あたしに聞かれても…どんな理由にしろもう一回ウインクを」
「しないよ?」
「そうよねー」
知ってた。あたしがやらないんだから向こうもしなくて当然よ。にしても…ふふ、あたしたち同じやり取りしてるわね。
「ふふ」
「ははっ」
二人でくすりと笑みをこぼす。
あー楽しいっ。
「っと、日結花ちゃん」
「ん?」
和やかな空気の中名前を呼ばれた。何かと思いきや鞄から荷物を…あっ。
「はいっ、誕生日おめでとう」
「…ありがとう」
取り出して渡してくれたのは小さくラッピングされた箱。
…もらえるってわかってても、いざ渡されると上手く言葉が出ないものなのね。しっかりしないと、あたし。
「嬉しいわ…ねえ、開けてもいい?」
「うん。どうぞどうぞ」
笑顔で頷く郁弥さんを見て、さっそく包装を解く。
「んー…これは…指輪…じゃないわよね、これ」
白い包装を外して白い箱を開ければ、見えたのは小さなアクセサリー。
見た目指輪っぽいのに、指を通す穴のサイズが小さすぎる。それに、指輪みたいに完全な円じゃなくて途中で切れてくるんと丸まっている。
「イヤーカフだよ」
「ふーん…」
…なにそれ。
「め、珍しいもの買ってくれたのね」
このあたしが動揺してしまった。イヤーカフなんて聞いたことない。初めて聞いた。
イヤーということは耳飾りよね。耳飾りなんてお仕事以外でほとんどつけたことないから知らないわ。
「あはは、そうかな?日結花ちゃんあんまり耳飾りとかつけない?」
郁弥さんが知っているくらいなら、それなりに流行しているはずだけど…もしかして、あたしが乗り遅れてる…とか?
「ええ、あまりつけないわ」
18歳のあたしが年上かつ男の人の郁弥さんにアクセ知識で負けるなんてよくない。ちゃんと自分で選んでイベント以外でも身につけるようにしないと。
「そっか。それなら僕のプレゼントをきっかけにでもしてつけ始めてみてよ。日結花ちゃん髪結んでて耳見えるから似合うと思うよ」
「そ、そう?」
"君くらい可愛いならきっと誰よりも似合うし綺麗になるよ"、ですって!!なにその口説き文句っ!口説かれちゃったわ!!大好きっ!
「うん。どうせならつけてもらった方がプレゼントした方も嬉しいからね」
「えへへ、じゃあ今度遊びに行くときつけてみるわね。それとも今の方がいい?」
「はは、今はいいよ。日結花ちゃんが一番似合うと思う服を着てきてくれればいいから。楽しみにしてるね」
爽やかに微笑んだ。そんな笑みに心射抜かれたのはいいとして…一番似合う服って、この人は軽々と難しい注文をしてくれる。
「わかったわ。郁弥さんが世界で一番可愛いって言っちゃうくらいの服を着てくるから」
「そ、そこまで気合入れなくてもいいよ?日結花ちゃんが身に着けてくれてるだけで十分綺麗になると思うし」
どんな服がいいかな。色合い的に落ち着いた服の方が映えそうなのよね。宝石っぽさもあるもの。普段通りなスカートにシャツでも合いそうだから…。
「本当に、どんな服がいいのかしら…」
「日結花ちゃーん?そんな考え込まなくても」
「ええ。頑張るから楽しみにしておきなさい」
「話が通じてないっ!?」
ほんとどうしよう…この人、どんな服着てっても似合ってる可愛い綺麗だ愛してる大好きだよ、くらいは言ってくると思うのよ。だからこそ最高に似合う服にしないといけないわ。
「下はスカートの方がいいわね。悩みどころは上だけれど…」
「…正直服なんてわかんないからなぁ。日結花ちゃんならなんでも似合うのに…」
「む、そんなんだから郁弥さんはだめなのよ!」
「え、ええ…そこは反応するの?」
「いい?いくらあたしが褒められて喜ぶ子だとしても、なんでも似合うじゃ選びがいがないでしょう?」
「あ、うん」
そんなこんなでプレゼントタイムがお説教に早変わり。適当に聞き流してくれてもよかったのに、居心地悪そうにしつつもちゃんと聞いてくれた。
郁弥さんの、こうやって面倒な話も全部付き合ってくれるところ大好き。




