表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
幕間 DJCD vol.4 石川観光、金沢・加賀山中編
60/123

51. 知宵のお話

 


「…もう少しだけ」

「知宵それは…ううん、高凪さん。時間的にどうなんですか」

「今は16時ですか…史藤さん、他の準備はどうなっていますか?」

「ホテルの方はチェックアウトしましたし、荷物も車に載せてありますから…夕食は外でしたよね」

「はい。金沢の方で夕食を取って、あとはホテルで収録入れるだけです」

「それなら少しは時間取れますかね」

「ですね…1時間は大丈夫かと」


 12時過ぎに知宵家へ帰ってきて、お昼食べてお話してだらだらして、4時間があっという間に過ぎた。石川収録も早いもので、2日目は夕方。金沢に戻ろうとなったところの知宵の発言で、なんとか1時間の猶予ゆうよを得た。


「1時間…そう。1時間ね。ありがとうございます高凪さん、史藤さん」

「はは、いいよいいよ。これくらいお安い御用さ。ですよね高凪さん」

「はい。青美ちゃんは気にしないでください。時間には余裕を持たせて行動するのが当然ですから」


 今日このあとの予定がなかったおかげか、知宵の心の整理をする時間ができた。

 あたしは…あたし自身は思うことも特にない。知宵ママパパとは、なんならまた遊びにくれば歓迎してくれると思うから。でも知宵は…これだけ寂しがりやで家族大好きな知宵からすればもっと家にいたいのかもしれない。5年だもの…長いわよ。5年は。


「じゃあ知宵。あたしは篠原さんと二人で知宵の部屋にいるから」

「知宵ちゃん。私は咲澄ちゃんと知宵ちゃんの部屋にいますね」

「さて青美ちゃん…僕は席を外すよ」

「…あ、僕もやることありました。ちょっと車で予定確認でもしましょう史藤さん」

「みんなして何を…いえ…すみません。ありがとうございます」


 全員が上手く空気を読んで知宵と知宵ママパパだけになるよう移動をする。あたしは篠原さんと一緒に知宵の部屋へ。

 知宵のことはご両親に任せることが一番だもの。知宵ママパパなら上手い具合になだめて話してくれるわよ、きっと。



 ◇◇



「お母さん、お父さん…私、まだまだ話したいことがあるのよ」

「「…知宵」」


 昨日からたくさんのことを話してきた…でも…それでも話しきれないくらいに言いたいことはたまっている。私がこの家を出て5年。私がどんな仕事をしてきたのか、大変だったこと、辛かったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと…どれも大事で、二人にだからこそ話したいことはいくらだってある。

 たかが5年、されど5年。私の生きてきた23年間で、こんなにも長く短い5年間はなかったと思う。この5年間があったから家族のことを想えるようになり、この5年間があったからこの家のことを大事に思えるようになった。


「知宵。昨日からわかってはいたが…大人になったな」

「…私も23よ。少しは自分以外のことも考えられるわ」

「はは…そうか。そうだな。俺はさ…正直言うと心配だったんだ。お前はわかってなかったかもしれないが、ずいぶんと寂しがりやで…俺と燈佳に頼りっきりだったから」

「…そう…ね」


 昔はそうだった…かもしれない。実際に一人暮らしを始めて、頼れる人もいない状況は辛いものがあった。


「だが…今の知宵を見てわかったさ。俺の知っている知宵より強く明るい表情をするんだからな」

「…そうかしら」

「はは、そうなんだよ…燈佳。昨日、みなさんと話しているときの知宵の顔見たか?」

「もちろん。自然体で、楽しそうに笑っていたわ。ええ…安心したわよ」


 揃って優しい眼差しを向けてきた。無性に恥ずかしくなってくる。


「わ、私は別にそんな…自然体って…いつも通りよ、いつも通り」

「ふふ…そうやって照れるところは変わらないのよね」

「そうだなぁ…俺も安心したよ。篠原さんみたいな大人もいることだし。それに…ちゃんと友達も作れたんだな」


 お母さんは目を細めて微笑んで、お父さんは笑って私の頭をなでてくる。いつもなら振り払うところなのに、今はそういう気分じゃなくてされるがまま…少し昔を思い出すわ。小さい頃はよく頭をなでられていたわね。


「…友達くらいいっぱいいるわよ」


 日結花だけじゃない。声者の友達だって他にも5人くらいは…。5人はいっぱいでいいと思う。


「はは、そうかそうか…少しは元気出てきたか?」


 頭をなでるのをやめて、変わらず優しい目のまま問いかけてきた。そんなことを言われるとは思っていなくて…少しだけ驚いた。


「…ええ。少しは」

「ふふ、だそうよ守さん。よかったわね」

「…まあな」


 照れ気味に頬を掻くお父さんは昔見たそのままの姿で、なんとなく懐かしさを覚える。

 こんな両親のやり取りでさえ大切に思えるのだから不思議。以前の私じゃ考えられないわ。


「さ、知宵。あなたの元気も出てきたところで、これからの話でもしましょうか」

「これから?」

「そう、これから。いくら積もる話があるからって今話しきるのは無理でしょ?」

「…それは、そうだけど」


 だから…こんなにもうちを離れたくないんじゃない。話しきれないのはわかっていて…それでも話したいから、伝えたいから…。


「時間は限られているのだから仕方ないじゃない」

「でも…」


 私の気持ちを知ってか知らずか、にこやかな笑顔のまま話を続ける。


「あのね、知宵。今日が無理でも次があるのよ?」

「…次って言われてもいつになるなんてわからないわ」


 私が帰ってくることを決めたといっても、ここまで来るだけでそれなりに時間はかかる。私自身仕事に忙しいこともあるから…そう簡単に来れるわけじゃない。長期休暇か何かでもないと…。


「次か…なあ知宵。いつになるかわからないというが、俺たちはそれなりにお前のイベントに参加してきたんだぞ?」

「…"あおさき"の一度切りじゃなかったの?」

「ふむ…燈佳。俺たちが知宵の仕事見に行った回数覚えてるか?」

「そうねぇ…大きいイベントはだいたい参加していたから…10回くらいじゃない?」

「じゅっ!?」


 な、なによそれ!?10回!?私だって大規模イベントは二桁と少しなのよ?…ほとんど全部来てることになるじゃない!それ!


「あー、そんなもんか。どれも篠原さんにお願いしたんだったな。むしろあの人から教えてくれて、篠原さんには感謝しかない」

「本当に。知宵にばれないようにするのは大変だったわね。篠原さんには改めてお礼を言わないと」

「な、なんで言ってくれなかったのよ!」


 そんなに来てるなら教えてくれてもよかったのに!私がどれだけ…5回目…ううん、8回目くらいにはもう教えてくれてもよかったわよ。


「なんでって…知宵が頑張ってるのに俺たちから声をかけるわけにはいかんだろ」

「そうよ…遠くからでも知宵の頑張ってる姿は見ていたからね。それくらい伝わってきたわ」


 ……あぁ、ずるい…そういうのは…本当にずるい。


「…っぐす…ほんとうに…ずるいわ…っうぅ」


 …私のこと見てくれていたなんて…本当にずるい。そんなこと言われたら気が緩んじゃうわよ…。


「はは…泣き虫なところは変わらんなぁ…ぐす」

「あーもう、二人とも泣かない泣かない。知宵はともかく守さんまでっ。こんなところだけしっかり受け継いじゃって…ふふ、大人になっても知宵は知宵のままね」

「…ぐす…ばか…お父さんもお母さんも…っうう」


 …気は緩んで涙がこぼれてしまったけれど…でも…ええ、本当に帰ってきてよかったわ…。



 ◇◇



「…篠原さん。知宵、大丈夫かな」

「心配しなくても大丈夫ですよ。知宵ちゃんは強い子ですから」


 知宵の部屋で篠原さんと二人。寂しがりやな知宵が少し心配。


「…んー…」

「咲澄ちゃんは何が心配ですか?」


 ちょっと悩んでいたら尋ねられた。

 心配はそうなんだけど…知宵のことだから泣いちゃってる気がして…。


「知宵泣いてるかなーって思いまして」

「あはは…確かに泣いているかもしれませんね。ただ、お母さまがいらっしゃるので大丈夫だとは思いますよ?」

「あー…そうでしたね。それなら安心です」


 知宵ママがいるなら大丈夫だわ。よかったー。


「ふぅ…」


 ん、知宵のことがいいなら…せっかくだし篠原さんと少し話そうかな。こうやって二人で話す機会なんて全然ないもの。


「篠原さん」

「咲澄ちゃん」


 あら、いいタイミングで被ったわね。これは…あたしが先に言った方がいいかも。篠原さんは…たぶんお先にどうぞって言ってくるから。


「ふふ、咲澄ちゃん先にいいですよ」

「それじゃあお言葉に甘えて…ええと、篠原さんとも知宵と同じで3年くらいの付き合いになりますよね」

「そうですねぇ…"あおさき"を始めてから本格的にお話するようにはなりましたが、それ以前も知宵ちゃんとの仕事で会うことはありましたから」


 ちょうど今言われた通り、あたしと知宵がお仕事で会った辺りから話す機会があった。そんな感じで、それなりに話すようになってからだいたい3年くらい…だと思う。


「はい。あたしも知宵と少しは仲良くなったので…篠原さんもあたしのこと名前で呼んでくれないかなーと思いまして」

「え…いいのでしょうか?咲澄ちゃんがいいと言うなら私は構いませんが…」

「もちろんいいですよ。どんどん呼んじゃってください」


 篠原さんは話すことも多いし、あたしだけ名字だと距離感あるのよ。この収録中だけでいえば、高凪さんと史藤さんはそもそも男の人でしょ?さすがに名前呼びは…お互い気まずいわ。あだ名でもあればよかったんだけどね…そう考えると、男の人で気軽に名前で呼んでもらっても大丈夫だったのなんて郁弥さんくらい?家族は別だし、お仕事はお仕事だし。


「そうですか!ならこれからは日結花ちゃんと呼ばせていただきますね」

「えへへ、それでお願いしますっ」


 知宵の部屋であたしと篠原さんが笑顔になるという謎の状況。

 あたしとしては話したいことを話せて満足。これで篠原さんにももうちょっとラフに話せるわね。


「日結花ちゃんの呼び方を変えましたが…私からも一つお願いしたいことがありまして」

「あ、それがさっき言いかけたことですか?」

「はい、そうです」


 なにかしら。お願いって。篠原さんのことだから真面目なことだとは思うけれど…。


「どうぞどうぞ。聞かせてください」

「それでは…こほん…」


 …そんな咳払いまでして、篠原さんにしては固いわね。緊張してるみたい。結構大事な話だったりする?


「…日結花ちゃん。私への敬語をなくしましょう!」

「……んぅ?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ