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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第2章 足りないものと成長と
39/123

31. 新年②

「ただいまー」

「おかえりなさい。どうだった?」


 部屋に帰ると相変わらずベッドでごろごろしている知宵が…しかも昨日あたしが寝てた掛け布団を丸めて抱き枕にしてる。


「…あんた人の部屋で少しも遠慮しないわね」

「日結花の部屋で私が気をつかう必要はないでしょう?」

「親しき仲にも礼儀ありって言うじゃない…まあいいけど」


 知宵のことは以前からのこと含めかなりわかっているもの。これくらい今さらよ。気にしても無駄。さっさと話すこと話しちゃいましょ。


「それで知宵、ママがお昼作るって」

「…そう来ると思っていたわ。時間はいつ頃?」

「11時だって。お腹はどう?」

「余裕よ。私たちが朝食を取った時間を忘れた?」

「だと思った。忘れてないわよ」


 朝ご飯は5時過ぎ。それだけ早ければお腹も減るってものよ。普段なら11時ってお昼には早いかもだけど、今日のあたしたちの場合は別。11時となると朝ご飯から6時間は経っている計算。さすがにお腹減るわ。


「わざわざ作ってくださるのね。後でお礼を言わないと…」

「…たぶん、"うふふ、私が作りたいから作ったのよ"とか言われると思う」

「…あなた、無駄に杏さんの真似上手ね」


 そりゃママだもん。ちっちゃい頃よく真似してたし、口調だってよく聞いてきたわ。似てて当然。


「まあねー。これでも声者やってますから」


 声者…声者ね。

 声者といえば、昔は今のあたしたちほど忙しくなかったらしい。それこそ"声者"としての能力が浸透していなくて、歌劇や拡歌も応募すれば全員参加できるような。余りすら出る、そんな時代。

 ママが若い頃はお仕事に追われていたらしいから、もっともっと前。そんなルーズな時代から…声者不足のハードな世界に変わってしまい、今のあたしがある。いったいどうしてこんなことになってしまったのか…声者として歌劇や拡歌が求められるのはいい。それが本業で、それがあるからこその声者だから。声幅が広くないといけないとか、お仕事の幅が広くないといけない、っていうのもいい。

 声幅は…だって高音から低音くらい声者なら出せて当然だもの。お仕事の幅は…あたしのお仕事に全て出てるわね。本業の歌劇とか拡歌に加えて、ラジオに朗読や声劇。ラジオにかかわるイベントも。あとは声当てで吹き替えとかアニメーションとか。他には知宵が大好きなナレーションも。

 どれもこれも"声者"としての声と演技力があれば全然できる。だからお仕事の幅が広くないといけないっていうのもいい。許せる。ただ…資質がある人に大量のお仕事を回すのはやめた方がいいと思うの。声者の資質なんて持ってる人少ないんだし、"声者"を必要としないお仕事は"声者"以外に回せばいいじゃない…。


「声者関係ないでしょう…」

「関係あるなしはともかく、あたしたちお仕事多くない?」


 やることあるのに人はいなくて…だからあたしのお仕事無駄に多いのよ。早く学校終わって休みたいところだわ。むしろ知宵に押し付けたいくらい…あぁでも知宵の方がお仕事多いのか…無理ね。


「また話変わったわね。仕事が多いって…そうかしら?」

「そうでしょ。あんた倒れたし」


 思考に区切りがついたから知宵に意識を移す。ベッドでだらだらしたまま気楽に話す姿を見るに、本心からそう思っているらしい。


「私は風邪をひいただけよ。少なくとも仕事の量は今くらいがちょうどいいわ」

「ふーん…」


 今くらい、ね…。


「…なによ、その含んだ言い方は」


 あたしの返事が気に食わなかったのか、抱き布団にしがみついたまま身体を回転させてあたしを見る。


「んー…あんた、これからお仕事増えるわよ」

「…どうして?」


 訝しげに目を細める。

 その質問なら簡単。すぐ答えられる。


「だってあたしが増えてるから」


 学業が終われば郁弥さんと遊べる時間が増えると言ったわね。嘘よ。あたしが気づかないうちにちょこちょこお仕事振られていたわ。助けて郁弥さん!!!


「それ、本当?」


 だるそうな表情から一転、真面目な顔。当然体勢は変えないから…なんか前にもこんな光景見たわね。


「ほんとほんと。来年…もう今年か。今年のお仕事いつもより多いのよ」


 新年からリルシャの歌収録だったりが始まって、シーズン3を録りつつ夏には劇場版。今年入ってすぐに公開の吹き替え一本入ってるし、"あおさき"は相変わらず。それに加えて、ラジオは4月から新しく始めるらしい。1月中に顔合わせするって峰内さんに言われた。

 他にもちょっとしたナレーションやドラマのちょい役に出ることはわかっているわ。ここからオーデション受けたりして増えていくのよ。やりたいお仕事は通らないのにね!!


「…そうなの。頑張りなさい。応援するわ」

「知宵も頑張るのよ?」

「私は頑張らないわ。篠原さんに受けるオーデション減らしてもらうから」

「…知宵、知ってる?最近やること多すぎてオーデション受けなくてもお仕事来るって」


 知宵の場合ナレーションの実績あるぶんそっちの話がたくさん来てるはず…やっぱり能力ある人にどんどんお仕事回していくシステムやめた方がいいと思うの。


「…うそ…私は適度に番組のナレーションだけして後は働かないでいるつもりなのよ?やめて」

「あたしに言われても…だってあんた受けないって選択肢はないんでしょ?」


 この子、実家出るの嫌だったのにそれでもナレーションとかしたくて東京来たのよ。そんな知宵がお仕事断るわけないわ。本格的にテレビ番組のナレーションとして起用されるようになったの割と最近みたいだし。


「…受けるわよ。仕事の内容にもよるけれど、だいたいは受けないともったいないじゃない」

「ほらね…まあ、篠原さんがセーブしてくれるから大丈夫よ、たぶん」


 あたしの方も峰内さんが大変そうなのとか弾いてくれるから、なんだかんだなんとかなると思う。


「…ええ。今度篠原さんに聞いてみるわ」

「ん、じゃあこの話終わり。話戻すわよ?いい?」


 もともとはこんなお仕事がどうとかの話なんかしていなかった。

 話したいこといくつかあるのよ。軌道修正しないといつまで経っても元の話ができないわ。


「話を戻すって…何の話かしら?」

「知宵の帰る時間についてでしょ…」


 本人が忘れててどうするのよ…大事な話なのに。


「あぁ…そういえばそんな話もあったわね。それで、その話がどうかしたの?」

「いくつかあるんだけど…まず、パパが駅まで送って行ってくれるって」

「それは…いいの?」


 ベッドから椅子に座るあたしを見上げて問いかける。


「いいのいいの。あたしも駅まで歩くの面倒だったし。外寒いし」

「そう…江水さんにもお礼を言わないといけないわね」

「江水さんって…普通にあたしのパパでいいわよ」

「日結花のお父さんにもお礼を言わないといけないわね」

「いや繰り返してって意味じゃないから」


 こんなコントみたいなことしてる暇じゃないわ。聞くこと聞いておかないと。


「とりあえず、駅まで送る話はわかったわね?」

「ええ」

「それで時間の話に戻るんだけど、金沢からどうやって帰るの?」


 これよこれ。これを聞きたかった。ずっと気になってたの。あたしたちが収録で石川行ったときはレンタカーで移動だったから。電車で行くんだとは思うけど…。


「どうやってと言われても…電車で加賀温泉駅まで行くわ」

「…あそこかー」


 ちょろっと記念碑の前とかで録った気がする。あと、細長い建物に入ってお土産見たりした記憶がある。


「もう三カ月以上経ってるのよねぇ」

「早いものだわ…あのDJCD発売したの?」

「…ラストショーで先行販売してたでしょ。"あおさき"でも話したのに…忘れたの?」

「…そんな話もしたわね。もうどんな内容か覚えていないわ」

「内容はどうでもいいの。どうせリスナーからお便りでも来るんだから平気。それより加賀温泉駅の話よ。あそこから山中温泉までは?」


 また脱線しそうになった話をどうにか戻す。

 意識しないとぽんぽん話題がずれていくわね…。


「お父さんが迎えに来てくれるわ」

「あら、そうなの。よかったわねー」

「…その幼児に話しかけるような言葉遣いはやめなさい」

「はいはい…でも、まあそっか。加賀温泉駅から山中温泉まで歩くのは無理だし、バスは時間とか面倒だし…向こうに人がいるなら迎えくらいしてくれるわね」

「…バスは本数も少ないから面倒なのは確かよ。私もあまり乗りたくはないわ」


 納得。すっきりした。これで知宵の帰る時間に対する心配はなくなった。

 うちから行くとなるとね、どうしても心配しちゃうのよ。一度一緒に行ったぶん余計に。


「そんなに遅くならなそうだし大丈夫そう?」

「遅くは…ならないわ。17時半には着いていると思うわ」

「ふふ、ご両親にもよろしくね」

「わかったわ…さ、これで私の話はもういいかしら?それとも、まだ聞きたいことがある?」


 とりあえずはない…かな。あとは神社でした話の続きくらい。


「もうないからいいわよ」

「そう?なら私の聞きたいことを聞くわ。おみくじの話をしましょう?」

「おみくじ?」


 っていうと、朝引いたあれよね。なんでそんな瞳をきらきらさせているのかは知らないけど、戻ってくるとき軽く話したじゃない。


「ええ。おみくじ」

「朝話さなかった?」

「聞いたのは運勢がどの程度だったかだけよ」

「あれ、そうだっけ?」


 あんまり覚えがない。車の中は暖かくて眠気がぶり返してた記憶しかない。なんで話さなかったんだろう?


「詳しいことは後で話すと言ったの…もう忘れた?」

「うーん…なんか眠かったせいで何話したか覚えてない」

「…はぁ、いいわ。今朝はあなたが大吉だったとしか話していないから、今話しましょう?」

「うん」


 あたし、後で話すなんて言ってたんだ…ただ眠かったからテキトーに流していたような気がする。うん、たぶんそう。


「おみくじねー…あたしのは基本完璧だったわよ。お仕事も勉強も順調で問題はないって」

「…あなた、去年も同じこと言ってなかった?」

「んー?去年は…あぁうん。似たような感じだった」


 好調も好調。個人的には健康が無病息災で嬉しい。誰だって病気はしたくないし、できれば健康でいたいものでしょ?


「…そう。それで、恋愛はどうだったの?」

「う…」


 わざと言わなかったのに、わざわざ聞いてくるなんて。顔も笑ってるし楽しそうにしちゃって…あたしの方は全然楽しくない。


「…自分次第だって」

「ふふ、そう。自分次第ね」

「な、なによ…」


 くすりと笑みをこぼす知宵に怯む。つい身構えてしまった。


「いえ?大吉でもそういうことがあるのかと思っただけ。あなたが頑張らないといけないようね」

「言われなくても頑張るわ」


 あたしが進めないと関係は変わらないし、郁弥さんを支えるには恋人にでもなって彼のことを知らないといけない。その恋人になるためにどう動こうか考えて…あたしが足りないものだらけとかいう話になったんだから。わかってるわ。


「…知宵は、どうだったの?おみくじ」


 あたしがどうとかの話はこの後にするとして…今は知宵の話優先。時間ならまだあるし大丈夫。


「私は小吉だったわ。可もなく不可もなく、といったところ」

「ふーん…お仕事は?」

「仕事も悪くはないわよ。ただ、焦って手を伸ばしすぎるなとは書いてあったわ」

「つまり…欲張るな、ってこと?」

「ええ。他には…金策に気を取られるな、ともあった気がするわね」


 株とかそういうのはだめってことか。まあ知宵がわざわざ手を出すとは思えないし大丈夫でしょ。


「健康は?」

「それも問題ないわ。無理なく過ごせば病気もしないらしいわよ」

「ならよかったわね。無理しちゃだめよ?」


 無理なくって簡単そうに見えて難しいから。イベントあるときに体調悪くなるともう大変。少しぐらい無理しちゃうでしょ?それが重なると、ね。


「…それくらいわかっているわ」


 仰向けに寝返りを打って、天井を眺めながら呟いた。

 大方風邪で寝込んだときのことでも思い出しているんでしょうね。知宵らしい。


「…ねえ日結花」

「なに?」


 そのままぽつりと続ける。


「…あなた、これからどうするの?」

「どうするって…また漠然としたこと聞くわね」


 額に手を当てたまま真面目な顔で話している。相変わらず視線は上で、物思いにふけっている様子。


「仕事はもういいわ。色々聞いたもの…それより彼…藍崎郁弥さんのことよ」


 …知宵からその話持ってくるとは。ちょっと予想外。


「…郁弥さんをどうするって?」

「ええ。彼がどれぼど面倒な人かはともかく、あなたが動かないと何も変わらないわ」

「…ちょっと積極性見せるだけじゃだめ?」

「私のオススメは告白して玉砕することなのだけれど…」

「だから玉砕なんてしないわよ!」


 郁弥さんがあたしからの告白を拒否するわけ……あるかも。色々理由付けして断ろうとしてくるかもしれない。困った。告白するつもりはないけど、いつかのためにも断られるのは困る。あの人が自分から告白してくるなんて到底思えないし……。


「…玉砕するかしないかはともかく、今のままだと意識すらされないでしょう?」

「…うん」


 少なくとも恋人がどうとかは思われていない。どうにか意識を変えてもらわなくちゃ。


「あなたは…来年で18だったわね。それなら…そうね。20になったら告白しなさい。私をもらってくださいとでも言えばいいわ」

「…あんた、そんな告白の仕方自分でできるの?」


 あたしだったら絶対やらない。もっとかっこよく愛にあふれた告白の仕方するわ。"ね、郁弥さん。大好きよ、付き合いましょ?"とか雰囲気のある場所で……や、やだ恥ずかしくなってきたっ。


「…どうして顔を赤くしているのよ」

「な、なんでもない!ほら、どうなの?さっきのセリフ自分で言えるの?」


 そんな不信なものを見る目はやめて。ちょっと頭の中で告白しただけだから…。


「…嫌ね、それ。私は」

「好きだー、結婚してくれー。でしょ?」

「そ、それは忘れなさい。昨日の私は少しおかしかったのよ」

「はいはい。告白の仕方はどうでもいいわ。それより20歳で告白?あんた散々早く行動しろ動けって言ってたじゃない」


 抱き布団に顔を埋める知宵に問いかけた。

 あたしの羞恥心は置いておいて、知宵の意見が変わっている。だって20歳って2年後よ?


「私も考えたのよ…あなたに年齢が足りないのは事実。勇気が足りないのも事実。知識が足りないのも理解が足りないのも色気がないのも事実。そんな足りないものだらけのあなたが何をすれば郁弥さんを落とせるのかをね」

「…好き放題言ってくれるわね」


 色々足りないのはいいにしても、色気がないとはどういうことか。

 ないってなによ。ないって。ゼロじゃないから。あたしだって色気くらいあるわよ。


「事実しか言っていないのだけれど」


 何か問題が?みたいな真顔が腹立つ。

 "事実しか"って、郁弥さんを見習ってほしいわ。あの人の言うことは全部褒め言葉なのよ?あたしが褒められて伸びるタイプって知ってるでしょ?


「それ以上あたしをばかにすると拗ねるわよ」

「…不覚にも可愛いと思ってしまった自分が憎い。日結花のくせに可愛いなんて…くっ」


 またよくわからない反応をして顔を背けた。こちらから見る頬が少し赤らんでいる。

 あたしが可愛いって…そんなの当然でしょうに。


「変なこと言ってないで、実際どう思ったの?」

「…ええ。さっきも言ったけれど、告白は20歳以降にしましょう」

「うん…それはわかった」

「告白以外であなたの女らしさを意識させる必要があるわ」

「女らしさか…」


 女らしさ…難しすぎる。なに?胸でも押しつければいいの?


「…ない胸を押しつけるとはこれいかに」

「…あんたばかにしてんの?喧嘩なら買うわよ」


 真顔でぽつりと、昔の人みたいな言い回しをする。どう考えても煽っているとしか思えない。


「…自分の胸を触っている姿を見れば一目でわかるわよ」

「ぐ…じゃ、じゃあ女らしさってどうすればいいのよ!」


 あたしのサイズじゃ押しつけても意味がない。

 全裸で押しつければいいにしても、全裸なんて無理。絶対無理。あたしには早すぎる。


「そうね…」


 再度寝返りを打って天井に目を向ける。

 どうでもいいけど、あたしだけずっと椅子でこの子はずっとベッドの上って不公平だと思う。

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