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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第2章 足りないものと成長と
37/123

29. 年末話その⑥

「女性を褒めるときは他の人にも気を配るべき、って知らない?」

『…初めて聞いたよ、それ』

「あら、あなたが他の女性と接してこなかったからじゃない?」

「か、かわいい……」


 まだ戻ってこない知宵を他所に、ビジョンに向かってぱちりとウインクをかます。


『う…胸が痛い。でも日結花ちゃんのウインクが可愛すぎて嫌な気分にならない。不思議だ』

「…なによその解説口調」


 わざとらしすぎて反応に困る。言葉どころか声からして固い。もっとこう…自然なやつじゃないと全然胸にこないわ。


『い、いや…本心ではあるんだよ?でも、意識するとどうしてもさ…申し訳ない』


 しょんぼり肩を落とす姿が庇護欲をそそる。

 いつもの優しくて大人でふわふわした郁弥さんもいいけど、元気づけたり慰めてあげたくなる彼もすっごくいい…ううん、そうじゃない。今はそんな話じゃなかった。


「ま、まったく…演技するならわからないようにやってよね」

『うん、次はもうちょっと自然にしてみるから…』


 はぁぁ…やばい。胸の奥がきゅうってする。

 沈んだ表情も声もあたしの心を全力でくすぐってくる。


「いいのよ全然。あなたはあなたらしくいてくれればいいの。それで十分よ」

『え、う、うん…?』


 …あたし、変なこと言った?

 微妙な反応したわね今…。


『ええと、日結花ちゃん』

「ん、なに?」


 自分の発言を思い返していたところに躊躇いがちな声が入った。


『日結花ちゃんも結構歌の歌詞みたいなこと言うよね』

「…そういうことかー」


 言われてみればそんなこと言ってた。

 他の人を口説かないようにさせるのと元気づけてあげたいのとが混ざって、そっちまで頭が回らなかったわ。


「似合ってたでしょ?」

『え、うん。そうだね。似合ってた』

「ふふ、そうよねそうよねー」


 意識なんてしてなかったんだから合ってて当然。というかこの人だっていつもは違和感なんてないのよ。今日はちょっと特別なだけで。


「日結花がロマンチックなんて珍しいわね」

「あら知宵。もう落ち着いたの?」

「ええ、おかげさまで…それより」


 照れも完全に落ち着いて戻ってきた知宵は、言葉を切ってあたしたち二人を順に見て柔らかく微笑む。


「ロマンチストは好きよ。気が合うじゃない」


 ロマンチストって…天然かっこつけしいな郁弥さんはともかく、あたしは普通よ?さっきのはぽろっとこぼれちゃっただけだもの。


『…僕ってロマンチストなのかなぁ…そんなつもりないんだけど』

「郁弥さん、あなたが告白するならどこでしたいかを教えてもらえるかしら?」

『…なるほど、ちょっと待ってね。考えるから』


 …地味に緊張してきた。告白シチュなんて聞く機会ないわよ普通。知宵ナイス。

 あたしがいつかされると思うとすっごく気になる…されるのよね?してくれるわよ、たぶん。あと5年もすれば…いえ、長すぎるわ、あたしの二十歳(はたち)誕生日にはお願いね。


「…ねえ知宵。あたしたちも考えとく?」

「…もしかして、告白するシチュエーション?」

「うん。ていうかあんた告白したい側なの?あたしはされたいわよ?」


 怪訝そうに尋ねてくる。

 郁弥さんが考えてる間にあたしたちも考えておかないと。


「…されたいわ。悪い?」

「ふふ、悪くないわよ」


 だってわかってたもの。知宵があたし以上にロマンチストで可愛らしい乙女だなんてわかってたのよ。今さらね。


「じゃあほら、知宵はどんなシチュエーションがいいの?」

「も、もう言うの?考える時間をちょうだい…」

「そうね。いいわよ。あたしも考えるから」


 若干恥ずかしさが見える知宵から視線を外してビジョンに向ける。そこには机に肘をついて顎に手を当てた考える人がいた。……やっぱあれね。庇護欲がどうとかより大人な方がいいわね。


「……」


 このままずっと眺めているだけで時間潰せそうだけど、あたしも考えないと…郁弥さんはどうなのかしら。シチュエーションでしょ?それも男の人だから告白する側で…あたしが彼だったら……二人で旅行した先…ううん、普通恋人でもないのに旅行行かないわよね。うーん……夜景の見えるレストランで真正面から"好きだよ"って…きゃー!!!あたしも大好き―っ!!


『――日結花ちゃん?』

「え、はい?なに?」


 ちょっとぼーっとしてた。なんかひどい妄想をしてた気がする。気のせいよね?うん、気のせい気のせい。とにかく、反応が遅れたせいで郁弥さんが心配そうにあたしを見てる。ごめんなさい、わざとじゃないのよ。


『大丈夫?眠い?』

「え、ううん。全然平気よ?考え事してただけ。それで、決めたの?」

『それならいいけど…うん、決めた』


 よーし聞こう。ここは真面目に聞いておくべきね。知宵も起こさないと…。


「知宵ー。起きて。ほら、お話始まるから」

「わ、私は起きているからその呼びかけはやめて」

「あ、そう?ならいいわ」


 さっと起き上がって抗議をしてくる。

 ベッドに仰向けで倒れ込んでたから寝てるのかと思ったわ。ごめんね。今度からは先に確認するから許してちょうだい。


『…ええと、僕としてはきちんと場を整えたいんだよね…ちょっとした静かで大人なレストランがいいな。それぞれの席から少し距離があるようなお店。結果はどうあれきちんと伝えることは全部伝えられるようなシチュエーションがいいと思う…よ?……どうですか、僕の考えは』


 饒舌に喋ったかと思えば最後はうかがうような視線を向けてくる。

 どうって…そんなの決まってるわ。


「今度あたしを連れてって実践してくれてもいいわよ」

『ええぇ…練習はちょっとしたくないかなぁ』

「あら、本番でもいいのよ?」

『はいはい。冗談もほどほどにね』


 苦笑を隠さず流された。

 半分冗談半分本気だったのにね。ん、まあ一応ちゃんとした答えを聞けたからいいわ。満足。


「…すごくいいと思うわ。私もそんな告白されたい…」

『ありがとう…そう言ってもらえて嬉しいよ』

「もしかして…あなたの友人にあなたと同じような感覚を持っている人はいない?」

『え、いないよ?どうして?』

「いえ…いないならいいのよ。ちなみに女性も男性もどちらもいないの?」

『うん。いないかな。こういう話しないっていうのもあるけど、みんなそれなりに経験してるから現実的なんだよね…』


 最初に知宵が聞こうと思っていたことを自然な流れで質問していた。彼の答えを聞いて若干しょんぼりしている。


「そこまで!次はあたしたちが言うわ。はい知宵から」

「わ、私から!?」

「ほら早くっ」


 我ながら完璧なフォロー。

 いつまでもしょげてたってどうしようもないもの。早く話進めちゃえば自然と元気になるわよ。


「え、ええと…場所は遠くまで見渡せる場所で…それで、大声で叫んでほしいわ…」


 ぽっと頬を赤らめての小声。

 相変わらず少女漫画みたいなことを…乙女ね。


「ちなみになんて叫んでほしいの?」

「"愛してるー!結婚してくれー!!"よ!悪い!?」


 やけっぱちなのか、顔を真っ赤にして声を荒げた。

 …結婚してくれって。それ告白?いや告白といえば一応?でも、それってもうプロポーズでしょ。


『はは、結婚か。いいと思うよ。言う側の男の人はすごいね』

「あたしには想像つかないわ…」


 新婚生活ならともかく、結婚なんて夢のまた夢よ。その前にお付き合いがあるから…そっちの方が大事。


「日結花も6年後にはわかるわよ」

「ふーん…そんなもん?」

『そうだね。23にでもなれば考えも変わるかな』


 そんなもんかー…でも同棲してイチャイチャして一緒に暮らしていくまでは想像つくのよね…さすがにここでは言えないけど。


「それより私が話したのだから、次は日結花の番よ」

「あ、うん…あたしは夜景の見えるレストランで好きですって正面から言われたいわ。できれば誕生日でサプライズケーキもらって、カットした断面に好きですって文字入ってたら最高よね」


 文字と言葉で二重の告白なんて、素敵じゃない?文字に驚いて前見ると"好きだよ"って言われるの……はー照れる照れる。


「…やけに具体的ね」

『あはは…やけに具体的だね…』

「ふ、二人してなによ…具体的で不都合でもある?」


 理想なんだからこれくらい普通でしょ…。


『ううん。やっぱり日結花ちゃんは可愛いなぁって思っただけだよ』


 あ、や…ず、ずるい!今ここでそれはずるい…油断してるところにそんな笑顔とそんなセリフはだめ…っ。


「や、た、タイム!」

『え、うん…』


 無理無理!こんなの無理!落ち着けあたし!久々に惚れそうになったわ。危ない危ない。


「さて郁弥さん。結局あなたがロマンチックな夢見る人だとはわかったわけだけれど」

『と、唐突に入れてきたね…まあ認めるよ。そこそこ夢見てるかもね僕も』

「そう、それはいいわ。ところで、私たちがもともと何を話していたか覚えているかしら?」

『知宵ちゃんもあっさり流すね…もともとか…え、全然覚えてない。ごめん、なんだった?』


 はぁ…ドキドキする…あたしだけこんなに悶々させられるって理不尽すぎない?郁弥さんだってもっとドキドキして真っ赤になって照れてくれないと釣り合わないわ。ずるい。


「最初はあなたが"あおさき"を好きな理由について話していたのよ」

『あー…そういえばそんな話してた気がする』

「それで、私たちのラジオCD買っているのでしょう?」

『うんうん。言ったね。買ってる買ってる』


 落ち着いてきた。自分に意識が向いていないと楽になれる。…知宵の気持ちがわかったわ。


「なら私の顔知っているはずだと思うのよ」

『…えーっと、僕が知宵ちゃんをご近所さんのジョギングお姉さんだと知らなかったことについて、だよね?』

「ジョギングお姉さんって、あまり好きになれないネーミングね…まあいいわ。その通りよ」

『うーん…DJCDは買ってるけど…顔わかる?』


 どんな話かと思えば、知宵との面識がどうとか…これはわかるわ。あたしも作る側だもの。付属DVDのことを言ってるのね。


「今までの三つ全て買っているならDVDもあったでしょう?」

『なるほど。そういうことか。ごめんね、DVDは見てないんだよ。面ど…ああいや!時間がなくてね!』


 ほらやっぱり。特典DVDのことだった。

 …ていうか今"面倒"って言おうとしたわね。まさか作り手本人であるあたしたちを前にしてそんなことを言うなんて…お説教が必要かしら?そんなあせあせした顔してもだめよ。ちょっと優しくしてあげるだけなんだから。


「…せっかくあたしが撮ったのに面倒とはひどい言い草じゃない。ね、知宵?」


 話に割り込んで知宵に目線を投げる。

 これでも数年は一緒にお仕事してるのよ。伝わるはずだわ、


「あなたじゃなくて私たちよ。あと撮影者は高凪さんでしょう…」


 ぜんっぜん伝わらないのね!!ほんとにもう!


『ごめんね?今度一緒に見てくれる?』

「ええ!いいわねそれ!」


 郁弥さんと一緒に見られるなんて最高!見るものがあたしたちのラジオDVDっていうのは…ちょっとあれだけど。許容範囲内よ!


「…あなた、私にちょろいとか言っておいてずいぶんとちょろいじゃない」

「そんなことないわ。郁弥さんのお願いを無下にしたら可哀想だからよ」

『一緒にっていうのは冗談のつもりだったんだけど…』

「もう遅いわ。あたしは一緒に見るから」

「日結花もそうだけれど、郁弥さんも大概よ?日結花に変な冗談言うと今みたいに都合よく受け取るのだから、自重するべきだわ」


 話を続けながら、ふと考える。

 年末。今年は本当に良い一年だった。たくさん喋ってたくさんお仕事して、いいことばかりの年だったと思う。


『え、ほんとに見るつもり?…知宵ちゃんそれはごめん。気をつけるよ、うん』

「ふふ、あたしは気にしないから冗談くらいいくらでも言って?」

「日結花…あなた、彼に愛想尽かされるわよ」

「んー…それはないんじゃない?」

『それはないね』

「…どうしてあなたまで断言するのよ」


 頭痛をこらえるように頭へ手を当てる。そんな知宵を見てくすりと笑みがこぼれた。


『はは、どちらかというと僕が愛想尽かされる側だからね』

「郁弥さんのばか、そんなことあるわけないでしょ?」

『…そう?日結花ちゃんが言うならそうなのかな』

「だって愛想尽かすならとっくに尽かしてるもの」


 今がこれだけ楽しいと、来年どうなるのか少しだけ不安になってくる。でも…。


「なるほど…わかりやすいわね」

『納得』

「ふふ、でしょ?」


 楽しいのはまだ始まったばかり。あたしが郁弥さんを好きになって、まだ1年も経ってないのよ?これからもっともっと親しくなっていくんだから。来年、再来年と、どんどん楽しくして行こうじゃない。


「じゃあ、いつ見るか決める?」

『…今決めるの?というかほんとの本気?』

「今は年度末よ?もう少し健全な話題にしたらどう?」

「『健全…?』」

「ち、違うわ!今のは言葉の綾でっ!」

「はいはい、わかってるわよそれくらい」

『あはは、僕もわかってるから大丈夫だよ』

「あ、あなたたち…っ!」


 楽しく"なる"んじゃなくて楽しく"する"のよ。自分からどうにかしていかないと、ね?特に郁弥さんとの関係なんて自分からどうにかしないといけないことだし、そうしないといつまで経っても変わらないわ。


「それより…見るにしてもどこで見るかが大事よ」

『あ、本気なんだね』

「本気よ本気」

『…さすがに日結花ちゃんの家には上がれないよ?』

「…郁弥さんの家もだめよ。日結花もそれくらいはわかっているでしょう?」

「わかってるわよ。そんな子犬みたいな目で見ないでよね。ちゃんと話に入れてあげるから」

「な、なにを言っているのよ!私はべつに子犬だなんて…子猫のほうがいいわ」

『そこ気にするの!?』


 あたしとしては、今年は始まり。ようやく目的や目標ややりたいことが見えたのよ。自分で言うのもなんだけど、結構成長したと思う。精神的にも肉体的にも。たぶんBくらいにはなってる…きっと、おそらく……ともかく精神的には成長した。


「気にするわ。子犬より子猫の方が好きなの。郁弥さんは猫派?当然猫よね?」

『…種類によるかなぁ。犬も猫もどっちも好きだし、犬種とか猫種とかによるよ』

「そう…それじゃあDVDの話に戻るわよ」

『ええぇ…そんなあっさり流すの?知宵ちゃんから話し始めたよね?』

「もう脱線したくないわ。ほら、続きを話しましょう。どこで見るかの話よ」


 色々と難しいことを考えながらも、今は二人の話に混じろうと口を開く。

 結局、来年になったってあたしは変わらないわ。スタンスは今のまま、できることは全部やっていけばいいだけでしょ?それなら、今は今をめいっぱい楽しんじゃえばいいのよ。


「よーしじゃあ知宵の家で見ればいいわね」


 新暦27年の終わりは、話して笑って楽しんで、そのまま賑やかに過ぎていった。家族だけで過ごすのとは少し違う、これはこれですっごく楽しい新年の迎え方だと思う。

 来年はどんな1年になるのかしらね…楽しみだわ。




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