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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第2章 足りないものと成長と
27/123

19. 土曜日の終わり

「はい、おっけーです。お疲れ様でした」

「お疲れ様ですー」

「お疲れ様でした」


 高凪さんからOKサインが出た。

 軽く休憩を挟んでもう一回収録。15分くらいは休めるわ。お茶飲んでお菓子食べてお茶飲もう。


「…んーやっぱおいしー」

「食べるの早いわね」

「だってお腹空いたし、知宵食べないの?」

「食べるから箱の中身半分よこしなさい」


 まだ10個ほど入っている箱から中身を取り出して渡す。言われた通りの半分。差し入れのいいところは、自分たち以外に食べる人がいないことだと思う。何も考えず食べきってもいいのは楽でいい。


「はいはい……あ、そういえばさ」

「…なに?」

「これって誰が買ってきたの?」

「…私じゃないわよ」

「それ、僕が買ってきましたよ」


 誰のお土産かと思ったら高凪さんだった。

 東北までなにかしらの用でもあったのかな。


「へー、東北行ったんですか?」

「はい。ちょっと私用で」

「ねえ知宵。私用だって。彼女かしら?」

「それはないわよ。高凪さんに限ってそんなのいるわけないでしょう?」

「…あんたなかなか辛辣ね」

「…僕がいないところで話してくれませんかね。そういうことは」


 苦笑いを浮かべてだるそうに言う。その顔には動揺が微塵も見られず、どうやら外れらしい。

 …どうでもいっか。高凪さんが東北まで行ってくれたおかげで美味しいもの食べられるんだもの。それだけで十分よ。


「……」


 なにか話すことあったかな…来週のイベントのことはまた宣伝する…ううん。時系列的にはもう終わってるのね。じゃあ…ええと、RIMINEYの映画とか新シーズンとかその辺の話はまだできないし、映画の吹き替えも新年にならないと話せないし…宣伝はさっき話したことが全部なのよね。言い忘れはない、かな。あと…あ、そうだ。一応パパとママに伝えておこう。


【二人とも、今度知宵がお泊まりしたいって言ってるんだけど、いい?】


 二人とのグループに送信っと。よし、こんな感じ。宣伝以外で話すことだと…あれか。ちょっと話すの躊躇うわねこれ。こういう話こそ相談役の郁弥さんがやってくれるべきなのに…相談事を原因である本人にするなんて無理よ。さすがに無理。


「うーーん」

「…どうしたのよ、そんなにうなって」

「え、あー…知宵、このあと時間ある?」


 いぶかしげにこちらを見る知宵に、つい尋ねてしまった。

 …結果オーライってやつよ。


「ごめんなさい。別の仕事が入っているのよ。何か大事な用でもあった?」

「…ううん。急ぎでもないから平気。今度お泊まりに来たときでもいいから」

「そう?ならいいけれど」


 申し訳なさそうに謝る。

 ほんとに急ぎでもない…時間には余裕があるから。あの人の話はあたし自身も整理できてないし、上手く話せる自信がないのよ…。


【いいよ。青美知宵ちゃんだよね?】

【うん。その知宵】


 返事がきてた。予想通り大丈夫っぽい。パパは家にいるから返事が早いわね。


【あら、青美ちゃんうちに呼ぶの?うふふ、楽しみね】

【わ、ママお仕事は?】

【ちょうど休憩中よ。それよりいつ呼ぶの?】


 うわー積極的だなぁ。うちに人呼ぶことなんてなかったから楽しみなのはわかるんだけど…力入れられすぎても困る…なんか、ママと色々話してから子供っぽくなってる気がするわ。主にママが。


【たぶん来年】

【そうねぇ…いつ来れるか教えるのよ?私も知宵ちゃんとは話がしたいわ】

【うん。わかった】


「ほら知宵。うちの両親もいいってさ」

「ん?どれ…」


 顔を寄せる知宵に携帯の画面を見せる。

 日取り決めるときママにも連絡しないとだめね。あたしと知宵の予定だけじゃなくてママの予定も考えないと上手く合わないわ。


「…これ、私が見ていいの?」

「え?」


 言われて画面に目を向けると、あんまり人に見せたくないものが映っていた。


【そういえば杏。これから買い物に行くんだけど、何か買うものあったかな?】

【そうなの?じゃあ牛乳お願いしてもいいかしら?】

【うん。わかった】

【ふふ、今日はあなたの好きな料理作るから、楽しみにしていてね】

【あ、そうなんだ。はは、楽しみにしておくよ】


 などなど甘々な話が続いていた。

 …こういうこと話すとき、あたしも入ってるグループでしないでよ。ていうかリアルで二人のときにしてほしい。別にどうこう言うつもりはないんだけど、見ててこう…恥ずかしくなる。


「ごめんなさい。これじゃなくてこっち」

「…ええ」


 指をスライドして画面を変える。気まずそうな顔をするだけで深くつっこまないでくれた。


「…これ、私が泊まりに行きたいってことになっていない?」

「うん。そうね」

「別にいいけれど…予定詰めるの仕事全て終えてからでいいわよね?」

「いいわよー」


 ん…これでこの後の収録で話すことも、あたし個人で話したいことも終わったかな。甘いもの食べたからか頭もよく回るし、あと1回ぶん頑張ろう。



 いつものようにお風呂から出て、部屋のベッドにぽすりと倒れ込む。

 今日も一日が終わり。疲れたー。うー、どうしよっかなー。メールしようかしないか迷う。メールしてもなぁ…正直話すことないのよねぇ。お店のことは郁弥さんに任せっきりだし、お仕事のこと話してもしょうがないし…。


「うーーん」


 うつぶせのままぱたぱた足を動かしていると息が苦しくなってくる。仰向けに体勢を変えて呼吸は楽になっても、考えはまとまらない。

 …あっちからメールしてきてくれないかしら。


 ―――♪


「…んー?」


 眠気に襲われてうつらうつらとしていたら携帯が震えた。画面にはネミリからの通知が…。


「んーふふ」


 誰かと思ったら郁弥さんじゃないの。やった。待ってたのよ!

 用件はなにかしらねー。


【日結花ちゃん、誕生日っていつ?】


 また突然な。


【2月6日よ?知らなかった?】


 "あおさき"でも話したような気が…むしろお祝いを結構してるわね。


【あ、やっぱり?そうかなとは思ったんだけど、本人に聞いた方がいいかなって】

【ふーん…郁弥さんはいつなの?】


 あたしの誕生日より大事。彼の誕生日こそ本人に聞かないとわからないもの。


【僕は4月1日だよ】


 4月1日かー…珍しいわね。でもそっか…あたしの方が早く年取るんだ。ちょっと嬉しい。


【へー、あたしの方が早いのね】

【うん。まあそれでも僕の方が年上だけど】


 ふふ、そんなことわかってるわ。あなたが年上じゃなかったら……ここまで親しくはなれなかったと思う。

 年上の郁弥さんだからこそ頼れたのよ。


【年上ねー。あたしがお姉さんになってあげようか?】

【お姉さん?どちらかというと日結花ちゃん妹じゃない?】


 …それはどういう意味かしら。あたしが妹っぽいとでも?たしかに先週兄妹設定で色々話したけど…ほんとに妹がいいわけない。むしろあたし的にはお姉さんの方がいいわ。


【あたし、妹は嫌よ?】

【あはは、どちらかならって話だから。日結花ちゃんは妹でも姉でもないから大丈夫だよ】


 妹でも姉でもない…じゃああたしってどこ?


【ふーん?それならあたしはどこにいるの?】


 …パートナーくらいにはなってくれてるといいのに。それくらいの関係性はあると思うの。お悩み相談パートナーとか。


【どこって…そうだね】


 わざわざちゃんと考えてくれているのか、返信に間ができる。友達より親しいとなると、案外言葉にするのが難しいのかもしれない。


「…パートナかー」


 パートナー。あたしにとってお仕事のパートナーは峰内さん。ラジオとか具体的なのに入ると知宵もそこに入る。

 他に…長期間一緒に何かお仕事をやり続けている人はいないわ。知宵ぐらいよ。学校とかは……ゼロね。いや友達はいるのよ?あたしだって友達くらい何人かいるわよ…パートナって言えるほどの人がいないだけで。


「……」


 …それで郁弥さんが私生活のパートナー。最近はほんとあの人のことばかり考えているもの。


【日結花ちゃんは隣人かな】


 あたしの方も考え事していたら返事が来ていた。

 隣人だって。隣人…隣人ねえ。また予想外なことで。


【隣人って、どういう意味?】

【隣人はそのままだよ。僕にとって隣に住む人。近くに住んでるから相手のこともそれなりに知っているし、隣に住んでるから色々話せることも多い。そんな関係だと思ってたんだけど…】


 ここで文章が区切れて、すぐに次が送られてきた。


【違ったかな…】


 文面から郁弥さんがしょんぼり不安そうにしているのが伝わってくる。

 直接もそうだけど、文章だけでもわかりやすい人ね…隣人。うん、少なくとも近くにいる人とは思ってくれているみたい。


【それでいいわ。むしろ同居しててもいいのよ?】


 …イメージなのよイメージ。これだけご飯食べに行ったりお話してるんだから同居くらいしててもおかしくないでしょ?最低でも家同士が繋がっているわね。


【それは…日結花ちゃんの家族みんなと同居は気が引けるなぁ】


 ふふ、あたしの家族って。イメージなんだからそこまで考えなくていいのに。それにパパとママなら…軽く流しそうで怖いわね。特にママなんてあっさり部屋貸し出しそう。


【家族のことは気にしないで?イメージなんだから二人だけよ】

【うん。じゃあ同居人ってことで】


 …なんか投げやりになってるわね。あたしもこの話そんな深堀するつもりなかったからいいんだけど。


【ねえ郁弥さん】

【はい】


 一つ話題が終わってあたしの方から話を切り出す。ネミリにメール来て眠気が薄れたとはいえ、また眠くなってきたから…聞くことだけ聞いておこう。


【どうして誕生日なんて聞いてきたの?】


 いきなりだったから。

 あたしもさっき聞き忘れてたし、これだけ聞いたらもう寝よう。ちょっと本格的に眠くなってきた。


【せっかく日結花ちゃんと仲良くなれたんだし、誕生日プレゼントくらいしたいなって思ったからだよ】


「…はぁ…ほんとに」


 ぱっと頬に熱が上がった。すごく嬉しい。こんな優しい理由で、誕生日プレゼントのために聞いてくれるなんて…あたしが喜ぶことよくやってくれる。はぁ…ぽかぽかする。


【ありがと。あたしもあなたに誕生日プレゼント渡すから、楽しみにしていてね?】


 胸の奥が温まって、優しい気持ちになった。4月1日。その日より前に誕生日プレゼント、渡しちゃおう。…予定が合うといいわね。今から4ヶ月後なんて全然わからないもの。


【はは、待ってるよ。僕も日結花ちゃんに誕生日プレゼント渡すからね】

【ふふ、期待して待ってるわ】


 口元を緩めたまま続けて文章を送信する。


【それじゃあね郁弥さん。あたしは寝るわ。おやすみなさい】


 返事は見ずにアラームだけセットして画面を落とす。気分がいい。今日はぐっすり眠れそう。


「ふあぁ…」


 寝よう。明日もお仕事だもの。ちゃっちゃと寝て休もう。はぁ、ほんと良い気分……。


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