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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第1章 出会いと想い
18/123

11.ちょっとした話し方について①

 季節は冬。この1年、本当にたくさんのことがあった。忙しく動いて悩みもあらかた片付いて、大事な友人もできた。友人にしては色々と助けられてるから彼なりにいうと"恩人"になるのかもしれない。そこまで大袈裟おおげさなものじゃないからなんとも言えないけれど。

 あたしの持つわだかまりが溶けたおかげで、お仕事に対する気持ちとか親に対する気持ちとかこれからに対する気持ちとか、その辺が大きく変わって前よりも毎日が楽しい。充実感とでもいえばいいのかしら…悪くないものだわ。

 そんな不思議な心地に過ごしてきたわけで、もう12月。気付いたら今年も終わり。単純にいつも通りの年越しじゃなくて、学業の終わりという、あたしとしては一つの節目になる。

 以前大学進学っていうのも考えなかったわけじゃない。結局やめたけど。今ですら忙しいのにわざわざ時間を割く意味が考えられなかったわ。受験勉強に入れ込む余裕もなかったし。


「…ふぅ」


 高校を卒業することで、ようやくお仕事だけになるのね。休日が増えるのは嬉しい。お仕事の量はたぶんそんなに変わらないし、減るのはあっても増えるのはないでしょ。

 休みが増えれば、郁弥さんと色々話すだけで終わってたことができそう。実際連絡は取りあってても予定だけ詰めてて、一カ月くらい直接話してないのよ。


 ――ぷしゅー


 色々考え込んでいると、電車のドア開閉音が耳に響いた。

 今日は学校だったのでその帰りに買い物へ来ている。さすがにこの季節、冬なだけあって寒い。冬用の洋服を買い足そうと思って買い物に来た。

 今日は一人。学校の友達はお仕事もあって忙しいからそういう繋がりは薄いし、お仕事の方も両親が両親だし、仲が良い人は多くない…あたしがもう少し年をとったら変わることもあるのかしら。そのうち郁弥さんにでも聞いてみよう。


「……」

 

 秋が終わってもう冬。そんな郁弥さんと連絡先を交換してからある程度の日にちが経っているのに、一緒にお出かけができていない。あたしの休みが取れた日に彼がダメだったりして、なかなか上手く予定がかみ合わなかった。仕方ないことだとわかってはいても…話したいことが積もる。


「…?」


 つらつらと考え事をしながら流れる景色を電車の窓から眺めていると、なんとなく視線を感じた。

 人があんまりいないのに視線を感じるなんて…。

 気になってスッと目を電車内に巡らせてみる。さーっと見渡すと、予想通り全然人はいない。ただ、あたしの斜め前に座っている人に違和感があった。どこかで見たような気がして過ぎ去った目を固定すると、偶然その人と目が合う。


「……わっ」

「……っ」


 誰かと思ったら郁弥さんだった。

 "こんなところで会うなんて奇遇ね"とでも言おうかな。"久しぶりね?元気だったー?"とか"予定合わなかったのにまた偶然会ったわね"とか、こういうときって何を言えばいいのよ…。

 お話したいことはたくさんある。この頃あんまり話してなかったぶん色々話したいのに…いきなり声かけるってどうなのかしら。そもそもいつもは向こうから会いに来るか偶然だったわけで、それにしたって屋外なことが多くて室内なんてなかった。特に電車なんて…対処の仕方に悩む。


「……」

「……」


 さっきは驚いてつい声に出ちゃったけど、どう考えても郁弥さんだって気づいてるわよねこれ。

 あたしだけじゃなくて、彼もちらちらこっち見てるわ。だって何度か目線ぴったり合ってるもの。一瞬"郁弥さんから話しかけてよね"とか思ったりもしたんだけど、あたしがこれだけ悩んでいるってことは緊張しいの郁弥さんなんか……あー、うん。だめね。


「……んん」


 そわそわしてるし。組んだ指を何度も入れ替えたり足の位置確かめたりしてるし。

 ふふっ、郁弥さんが頭の中でどうしようどうしようって考えているかと思うと面白くて。あたしと話すのに少しは慣れたっていっても、今みたいな状況だとそりゃそうなるわよね。あたし自身も戸惑ってたぐらいだもの。


「…」


 あたしの方はもう結構落ち着いてきたから大丈夫だけど。自分よりオーバーな人を見ると冷静になるってよく言うけれど、郁弥さん見てるとそれが身に染みてわかるわ。あんなに落ち着きないの見ちゃったら気になってしょうがない…仕方ないわね。あたしが話しかけてあげようじゃない。


 ――がたんごとーん


 電車の音しか聞こえず、ゆらゆらと揺れる中でそっと腰を上げて彼との対面席に移動する。椅子に座ってから足の上で肘を立てて、両手の平の上に顎を載せるようにして視線を前に固定すると、ちらちら見ていた郁弥さんと目が合った。彼も驚いたようで視線を固定して、しばし見つめ合うような形になる。


「……えー…っと」

「……ふふっ」


 戸惑ってる戸惑ってる。なに言えばいいのかわからないのね、きっと。

 焦ってる姿も良いものだわ。なかなか見れるものじゃないし。というか視線は外さないのね、郁弥さん…さすがにあたしも恥ずかしくなってきた。


「ねえ郁弥さん。この体勢ちょっと恥ずかしいんだけど」


 ちょっとというかかなり恥ずかしいのよ。

 ここにいるのが彼だけだといっても、かなり恥ずかしい。だからなのか、躊躇いもなく簡単に話しかけられた。さっきまで悩んでいたのが嘘みたい。


「あ、うん。すごく可愛いよ。びっくりした」

「そ、そう…」


 突然"可愛い"って言われてこっちがびっくりした。

 真顔でそんなこと言ってくるし。この人、今頭の中ぐるぐるしてるでしょ。いや、あたしも結構だめかもしれない。絶対顔赤くなってるわよこれ。毎回思うけど自然すぎて準備ができない。やっぱり天然って卑怯だわ。


「その、日結花ちゃん、だよね?」

「そうよ?久しぶりね」


 確認するようにあたしの名前を呼ぶ彼に笑顔で返事をした。

 今さらだけど、あたしだけじゃなく郁弥さんも敬語をなくして話してくれるようになった。

 結構時間かかったわ。崩れた敬語は多くても完全になくすのが大変そうで、ほんとに見てて面白かった。

 実際、ため口で話し始めたときは、どこかむずがゆくてあたしも照れちゃったわ。だって距離感とか全然変わるんだもの。あんなの恥ずかしいに決まってる…向こうも同じようになっていたからまだよかった。

 一カ月そこらしか時間は経ってないのにもう懐かしく感じるわね。不思議。

 思い返すと―――



 ◇



 今日はCD発売サイン会の日。CDっていうのは出される量も多いし、それに伴う発売記念イベントとかも多いのよ。実際今もそういう状況で、大きいイベントじゃないからやる側としてはそこまで大変じゃくて気は楽なの。こじんまりしたイベントにしては出演者が多いのもあるかな。

 隣で同じような作業をしている並木智美なみきともみと一緒にサイン会の作業を進めていく。智美はあたしとほぼ同期で、年齢は彼女の方が上。年とか気にせず話せる友達の一人で、何回か仕事も同じものに携わってきた。


「日結花ちゃん、サインっていつ考えた?」

「うん?あたしはお仕事来たときにマネージャーと一緒に考えてあっさり決めちゃったわよ?」

「えー、そんなすぐ決まった?」

「まあね。今でもサインが気に入らないとかないし」

「確かに日結花ちゃんのサイン普通に可愛いよね。普通に」

「普通にを強調しないでもらえるかしら。なんか癪だし。それよりあんたはどうなのよ」


 サイン会と銘打っていても事前に色紙に全部サインを書いておいて、順々にそれを渡していくという形で行われる。

 だから最初はひたすらにサインを書き続ける作業を行うのよ。

 あたしのサインは今言った通りささっと決めちゃった。智美はどうなのかしら。人のサインについてなんて話したことなかったから少し気になる。


「私は結構考えたよ?きっちり整えようか可愛くしようか。色々悩んだんだよね。それで、結局こうなった」


 そう言って、さーっとサインを一つ書きあげる。智美が手にした色紙には達筆な字で『並木智美』と書かれていた。


「いやあんたそれ…改めて見るとほんとすごいわ」

「ふふふん、そうでしょー?昔から習字はやってきたからね。せっかくだし自分の持ち味生かそうと思って」

「インパクトはあるわね。他に似たようなサイン見たことないし」

「だよね。受け取った人もありがたがる人多くて、書く甲斐があるってもんだよ」

「まあそうね。見てて感心するわ。書道はよく知らないけど上手いと思うし」


 適度に会話しつつ着々とサインを書きあげ、その後、実際の会場でイベントを進めていった。問題もなく順調に渡していき、最後の一人になる。

 この形式のイベントにしては珍しく、プレゼントは智美とあたしのサインで二枚の色紙。普通は同じ台紙に書いて終わりなんだけど、今回は二枚だった。順番としては先に智美が渡して、次にあたしが渡す。

 イベントとしても終わりで、タイミングよく間ができたから隣の状況を見ると。


「応援ありがとうございます!これからも頑張りますね!」

「うわー、これが並木さんのサインですか。前から話題になってて気になってたんですよ。よくこんなの思いつきましたね?すごい字綺麗ですし」

「昔から書道習っててですね?こう、人と違ったものをサインにしようかなーって考えてこうなりました。話題にもなってるみたいですし、書いてて楽しいし一石二鳥です!喜んでもらえてよかったです」

「書道ですかー、それならこの字も納得です。いや、僕全然習字とかわかりませんけど」

「あはは、習ってる人なんてほとんどいませんし、私もわかってないから大丈夫ですよ」


 和気あいあいと話をしていた。

 智美と話しているのはどことなく見たような顔の男の人で…というか郁弥さんだし。あの人なんでイベントの最後を陣取ること多いのよ。なんなの、幸運?豪運?

 …イベントの最後は後ろに人がいないから人によっては長く喋れるのよね。まあ主催側、ここでいう声者がばんばん喋っている場合に限るけど。スタッフの人も止めようとしないし。


「こんにちはー、なに話してるんですかー?」


 どうにも話が長くなりそうだったので、ニッコリと笑みを浮かべて話しかけた。

 近付いてきたあたしに気付いた二人は会話を中断してこちら側に視線を向ける。智美は一瞬驚いたようにして、その後笑顔を向けてくる。比べて郁弥さんは、ぴくっと反応してほわりと笑みを浮かべた。


「日結花ちゃんどうしたの?珍しい」

「少し気になっただけよ。それより久しぶりね?」

「お久しぶりです。元気そうでなによりです」


 智美は笑顔ながらも驚いているみたい。実際珍しい、というかこんなことしたことないし。対して郁弥さんはニコニコと楽しそうに笑っている。


「え、なに?二人とも知り合いなの?」

「まあね。あたしの従兄弟いとこ藍崎郁弥あおさきいくやさん。割と会う機会も多いのよ?最近会ってなかったけど」

「あはは、そうですね。予定合わなくってすみません」

「郁弥さんが謝ることじゃないわ。どちらかというとあたしの方が忙しかったわけだし」

「うーん、やっぱり日結花ちゃん忙しいんですね」

「うん。学校もそうだけどお仕事もね。年末近付くとやっぱ忙しいわ」

「そうするともうちょい先になりそうですねー」


 年末はイベントも重なるし今からレッスンとかあってかなり忙しくなってきている。彼の言うようにご飯食べに行くのは先になりそう。


「ちょ、ちょっと待って!二人で内輪の話始めるのやめて欲しいんだけど!?」


 智美が強い口調で割り込んできた。さすがに申し訳なかったので一言謝って、智美と郁弥さんとあたしの三人が向き合うような形をとる。

 ごめんね、最近話してなかったから色々話したかったのよ。


「えーっと、それで、日結花ちゃんのお兄さん、になるんですか?」

「え…あ、はい。藍崎郁弥あおさきいくやといいます。よろしくお願いします」

「これはご丁寧に。私は並木智美なみきともみです。声者やってます。よろしくお願いしますね」


 智美の言葉に戸惑った郁弥さんへ、"話合わせて!"と視線で訴えた。なんとなく意図を理解したのか、すぐさま合わせてくれる。

 二人とも自己紹介を終えて、一応あたしの年上の従兄弟っていう設定にできた。これなら話しやすいし、問題もない……わよね。


「それにしても日結花ちゃんに従兄弟がいたなんて驚きました。いるのは当たり前だと思いますけど考えたこともなくって。仲良いんですねー」

「んー、そう?こんなもんじゃない?」

「どうなんですかね。並木さんは親戚で年の近い人とかいないんですか?」

「私はいませんよ。従姉妹いとこはいますけど住んでるところが違いますし、会うこともないです」

「ふーん、そうなんだ…」

「確かに、いくつか県が離れているだけで会わなくなるかもしれませんね」


 あたしにも親戚は何人かいる。

 関東圏じゃないから会うこともないわ。そもそも郁弥さんだって親戚でもなんでもないから、あたしも智美と同じ。智美には言わないけど。


「ていうか智美、なんで敬語なのよ」

「え、いやだって藍崎さんもいるし。友達のお兄さんがいる場でため口はダメだと思うんだよね、私」

「こんなこと言ってるけど、どう?」

「別にいいですよ?日結花ちゃんもため口ですし、日結花ちゃんの友達に敬語使われるのもアレなんで」

「か、軽いで…軽いんだね」


 なんとも軽く気楽に言う彼に苦笑いしつつも敬語を捨て去る。

 あたしのときより躊躇しなくなってるわね、この人。緊張感もなくなってきてるし、良いことなのか悪いことなのか…。


「あはは…日結花ちゃんと話してて慣れたと言いますか。日結花ちゃんのが移ったんですかね」

「む、なによそれ」

「わかる。日結花ちゃんそういうとこあるもんね」

「ないわ」

「えー。あるよ?」


 二人揃って笑顔を向けてきた。よくわからないしとりあえず否定したけど、やっぱりムッとする。

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