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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第1章 出会いと想い
16/123

10の1. 思いやりと本心と①

「そうだ。聞いてほしいことがあったのよ」

「なんでしょう。相談ごとですか?」


 テーブルの上もきれいに片付いたところで話を切り出す。

 ちょうど落ち着いてきたところだったからね。引き延ばし続けるのも言えなくなりそうで怖いし。まあ、そんな覚悟がいるような話でもないんだけど。


「いえ、ちょっと違うわ。以前あたしの両親の話したでしょ?それで郁弥さんから色々聞いたじゃない?そのこと」

「あー、あはは。それですか。その節はどうも諭すようなことを言ってしまって、恥ずかしい限りです」

「ふふ、全然恥ずかしくないわよ。ほんとに助かったんだから。それでね、一カ月くらい前に知宵(ちよい)と石川へ行ったのよ。あ、知宵っていうのはあたしの友達」

「知宵さんですか。青美あおみ知宵ちよいさん、ですよね?」

「そうそう。知ってた?」

「はい。"あおさきれでぃお"で一緒にパーソナリティーやってますよね。僕聞いてますよ」


 あ、そうなんだ。胡桃も聞いてくれてたし、結構みんな聞いてくれてるのね…言ってくれればいいのに。自分から言うのは押しつけみたいで、ね。あれだし。うん。


「聞いてくれてたのね、ありがと。お便りとかは」

「送ってませんよ?」

「む、なんでよ」


 いや別に送れってわけじゃないのよ?でも、せっかくだし送ってくれたら嬉しいじゃない。真顔で即答してきたのもちょっと癪に障るわ。


「ち、違いますよ?面倒だったからとかじゃなくて、そもそも日結花ちゃんと話すようになって半年くらいしか経ってないじゃないですか」

「それは…そうね」

「わざわざ送るほどではないかなぁと」


 遠慮がちにこちらへ視線を投げかけた。

 実際送られてもスルーしたかもしれない。だって誰が送ったかなんてわからないし。…名前書いといてくれたらわかるけど、そんな話もしてこなかったから……それにしたって郁弥さんと話すようになってまだ半年なんてね。もっと長い間話してきたような気がするわ。


「うん。それはわかった。で、あたしも一つ思い出したのよ」

「はい、なんですか?」

「"あおさきれでぃお"関連になるけど、あなたも名前"あおさき"よね」


 そうこれ。

 戸惑った顔しても無駄よ。特に意味なんてないんだから。ちょっと思って言いたかっただけだもの。


「え、ええ。はい」

「珍しいこともあったものよね」

「そ、そうですね」


 シーン、と沈黙が下りた。


「そうそう、さっき石川行ったって話したじゃない?」

「は、はい。あ、そのことで僕も気になったことがありました」


 強引な話題の転換にもついてきて、なにやら質問してくれるみたい。

 いいわ。なんでも答えてあげる。今のあたしならなんだって答えてあげるわよ。鬱陶しい空気を一掃したいところなの。


「石川というと、おそらくラジオのDJCDですよね?」

「おー、そうそう。ちょうどその話をしようと思ってたのよ。よくわかったわね」

「やっぱりですか…なんかすごいですね。いつも聞いてるラジオの話を本人から聞けるなんて」

「ふふ、なに言ってるのよ。これまでも色々話してきたじゃない」


 ラジオのことじゃなかったにしてもね。こういう、ちょっとしたことで嬉しそうな顔してくれるのは話してる側としても少し照れくさい。

 この人のこういうところすごく良いと思う。素直な反応は嬉しいものよ。


「そうなんですけどね。それで、石川ですか」

「そそ。収録で行ったんだけど、知宵の実家が石川にあるってことでそっちにも寄ったのよ。それで―――」



 長々とした石川の話を終える。ずっと喋り続けていたにもかかわらず、郁弥さんは小さく相槌を打つだけで静かに話を聞いてくれた。


「―――だいたいこんな感じ。だからね、お礼を言いたかったの。ありがとう」

「…僕の話が少しでも日結花ちゃんの助けになったならよかったです。もう……大丈夫ですか?」


 柔らかい笑みを浮かべていつもより優しい声で"大丈夫?"と問いかけてきた。どこか満足したような、そんな顔。


「うん。どうしてあんなに悩んでたのかわかんないくらい。郁弥さんが両親と話すって言ってて、実際にママと話してみたらすごい簡単なことだったわ…ママはあたしのことちゃんと考えてくれてた」

「そうですか。…本当に悩み解決したみたいですね。良い笑顔です」

「そ、そう?えへへ」

「それじゃあ、ひとまずお店出ますか。時間も時間ですし。この後は少し歩いて解散しましょう。季節も季節ですから、そんなに寒かったり暑かったりしないと思いますよ。ふふ」


 彼の言葉に携帯で時間を確認すると、時刻は15時30分を回ろうとしていた。


「わかったわ。あたしも明日学校だし…郁弥さんはお仕事?」

「はい。ですので、あんまり遅くなるのは避けたいところです…」

「む、さらっと伝票持っていこうとしないの……はい、あたしのぶん」

「ばれましたか…はい受け取りました」


 自然と伝票を持っていこうとするのを呼び止めて、あたしの支払い額850円を渡した。お金を受け取る彼をじとーっと見るも悪びれた様子はない。

 油断も隙もあったもんじゃないわ。

 荷物を持ってレジへと歩いていく。彼がお会計を済ませてから一緒にドアをくぐって外に出た。天気は曇り。11月が近いこともあって季節はもう秋。

 コートを着るほど寒くはなくってちょうどいい気温だわ。


「んー!美味しかったっ」

「そうですねぇ。久々にファミレスで長居しました」

「どう?楽しかった?」

「はは、楽しかったですよ」


 車の通りが少ない道を二人並んで歩く。他愛もない話をしながらゆっくりと歩みを進める。


「今日はたくさん話したわねー」

「そうですね。日結花ちゃんとこんな風に話すことになるとは思ってもみませんでした」

「そうねー。あたしも年上の男の人と親しくするなんて考えてもみなかったわ」


 偶然ってすごいわね。最初は頭に残るくらいの人だったのに、今となっては頭の大部分を占めるようになった…ちょっと言い過ぎかしら。まあ、それくらいになったってことだから…うん。


「……」

「……」


 二人の足音だけが響く道を歩く。静かな沈黙は心地よく、いつまでも浸っていたいと思えた。そんな中、ふと胸によぎったことを問いかける。


「今なに考えてる?」

「そうですねぇ……久々に日結花ちゃんと話せてよかったなぁと」


 ふんわりと柔らかい声でそう言った。いつもはそんなに気にならないのに、どうしてか今日は優しい顔をする彼を見ていると胸がきゅぅっとするようで、気になって仕方がない。


「あたしも色々話せてよかったわ」

「あはは、ほんとに濃かったですもんね。お話聞いただけですっごく忙しそうでしたし」


 もともと忙しいことに加えて遠出したから。でも、そこまでした甲斐があったからよかったわ。ほんとタイミングよかった。


「そうだ。今度また会いましょ?話したいことまだまだあるし」

「そうですね…また今度にでも」


 曖昧な顔で"今度"という郁弥さんに、さっきから胸の内にあった気がかりが不安になってじんわりと広がっていく。

 わからない、まだわからないけど良い予感はしない。このまま別れたらだめな気がする。


「…とりあえず、予定もわからないし連絡先交換しときましょ?」


 そんなに意識しているつもりはないのに、つい焦り気味で言葉を吐き出してしまった。


「連絡先交換はやめておきましょう。頻繁にメールとかし過ぎちゃうと思うので」


 "どうしてそんなこと言うの?"

 …言葉に出したつもりなのに全然音になっていなくて、小さく息を吐いて気分を落ち着ける。穏やかに話す彼を見ながら、ゆっくりと口を開いた。


「郁弥さんがそんなこと言うなんて珍しいわね。変なこと考えていたりしない?」

「はは。変なことなんて考えていませんよ」


 どこまでもいつも通りで、むしろいつもより優しい声と表情。

 あたしの気のせいだったのかもと思うけれど、どうしても不安が消えなくて言葉を続ける。


「ほら、もう会わないようにする、とか……だ、だって連絡先もだめっていうじゃない?」

「……」


 どうしてあんなにも満たされた顔をしていたのか。最初はそれほど強く気になったわけじゃない。徐々に気がかりになって思いの外声が固くなってしまった。

 伝えた言葉に何も返さない彼に不安を覚える。緊張とか驚きとかいろんな想いがあって、顔を見たくない…ううん。顔が見れない。


「日結花ちゃん」


 びくりと肩が震え、おそるおそる顔をあげる。そこには変わりのない優しい笑顔があった。

 いつもなら落ち着く笑顔だけど、やっぱり今は不安が募る。


「日結花ちゃんは仕事、嫌いですか?」

「と、突然ね…好きよ。嫌いだったらここまでやってないもの」

「それはよかったです…日結花ちゃんには良い友達もいるみたいですね」

「…ええ。それは実感してる」

「はは、そうですか。もう一つ、ご両親は好きですか?」

「うん…もともと嫌いじゃないし今は前よりもっと好きになったわ」

「そうですか」


 心底嬉しそうに微笑む彼を見て、頭の中をぐるぐると不安が駆け巡る。


「日結花ちゃんを見ていて思ったんです。どうしてこの子はこんなに不安そうな顔をするんだろうって」


 ……そんな顔してたんだ。

 全然自覚なかった。誰にも言われたことないし、あたし自身も不安なんて見せたことなかったから…郁弥さんの前だと落ち着けるから知らない間にそんな顔しちゃってたのかな…。


「僕は…日結花ちゃんにそんな顔してほしくなかったんです。うぬぼれかもしれませんけど、もし何か手助けできるならしてあげたいなと、そう思いました。結局徒労に終わっちゃいましたけど」


 あはは、と苦笑いをこぼす。

 そんなことない!って言いたいのに、口が上手く回らず言葉が出ない。…少なくともあたしは嬉しかった。真剣に相談に乗ってくれて、何も気負うことなく話をできた。それだけでどれほど楽になれたか…。


「あたしは…十分助かったわよ」

「そう言っていただけると嬉しいです。それでも、日結花ちゃんなら自分で解決できたと思います」

「それは…」


 知宵や知宵の家族と話して考える方向を変えてみたりして、実際解決はした。たしかに郁弥さんと会わなくても解決できていたかもしれない。でも…それでも彼と会って変わったこと、知れたことも多い。

 そもそもママと話そうと思ったきっかけはこの人なんだから。


「日結花ちゃんの言う通り、僕の影響も少なからずあったのかもしれません」

「だったら」

「だとしても」


 あたしの言葉に被せ、透き通った静かな声でそのまま話を続ける。


「僕がこれ以上日結花ちゃんといても良い影響は与えられませんよ、きっと…だから、日結花ちゃんの悩みが解決した今ここで離れた方がいいと思ったんです」


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