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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第1章 出会いと想い
15/123

9.色々あって10月末②

「そういえば――」


 話題を切り替えようと言葉を投げかける。グラスを傾けレモン水をちょっぴり飲んだ郁弥さんが"ん?"とでも言うような表情を見せてくれた。

 リューストアのグラスは、ファミレスというよりむしろおしゃれなレストランにでもありそうなもので、透明なガラス製の丸い形をしている。日本茶を飲むときの湯呑を上部分だけ少し広げたような見た目で、両手で持つ方が飲みやすくなっている。

 当然両手で持って飲むわけで、結局なにが言いたいのかというと。


「――なんか可愛い」

「な、なにがですか?」


 困ったようにこちらを見つめる。

 その両手は祈りでも捧げるかのようにグラスを支えていて……あーすっごい癒される。

 ほっこりする。のんびりするというか、ゆったりするというか、とにかく時間がゆっくり流れるような、そんな優しい気持ちになった。


「郁弥さんが両手でグラス持ってるのがなんかいいなぁって思っただけ。これがギャップ萌えかしら?」

「いや全然違うと思いますけど。両手でコップ持つ姿を見たことないだけで、誰がやっても可愛らしさは生まれると思いますよ?」

「んー…どう?」

「…おお、やっぱり可愛いです。可愛過ぎます。でも小首傾げるのはなしで、あと上目遣い強調するのもなしで。ずるいですよそれ」

「…えへへ、ごめんごめん」


 冷静を装って話してるけど、動揺してるの丸わかりよ。頬赤くなってるし目はそらしてるし。こういうところもわかりやすいのよね、この人は。

 それにしても可愛いかぁ…うん、なんだかんだ嬉しい。


「そ、そうです。さっき日結花ちゃん何か言いかけてましたよね?なんだったんですか?」


 露骨なそらし方ではあるけれど、あたしも言いかけてたことだし言っちゃおう。わざわざ長引かせるのもアレだし。


「郁弥さんがさっき言ってた年齢とか立ち位置についてよ」

「……引きずりますね、それ」

「嫌いになった?」

「いえ、まったく」

「そう?ならよかったわ。大事な友達(ひと)をなくしたくないもの」


 じと目で見てきていたのに、すぐさま嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 …大丈夫かしらこの人。騙されそうで心配になってきた。これがあたしだからいいものの、誰に対してもこんなんだとすぐ騙されるわよ。


「そんなに気になるなら話しますよ。そもそもそこまで隠すことでもありませんし」

「ふむふむ、じゃあ年齢的なことから話しましょ?まだお料理も来ないみたいだし」


 お料理が届くのはだいたい注文から15分くらい経ってからだと思う。体感だし正確さはないにしても、目安としてそれくらいでしょうね。今は注文してから5分ちょい?ともかく時間はあるし、べつにお料理来て食べながら話すのでもいいし。


「わかりました…あーっと、さっきも言いましたけど僕と日結花ちゃんって割と年離れてますよね」

「あたしが17で郁弥さん24でしょ?」

「はい。7歳差は割と大きいなぁと思いまして。あと、日結花ちゃんお仕事してるっていっても、ほら……高校生ですし」


 どこか気まずそうに言う。

 …たしかに7年っていうのは大きいと思う。それに高校生だからか…軽い気持ちで質問したけど、こうもなんともいえない顔されるとあたしまで気になってきちゃう。


「まあ、そうね…」

「今まで自分より年下の人と友人関係になったことがなかったというのと、その相手が日結花ちゃんだっていうことと、年下の、それも高校生なほど年下だということなど色々重なってまして…」

「う、うん」


 少し恥ずかしげに細かいところまで説明してくれた。

 そっか…色々考えてたのね。あたしなんて妙に気の合う優しいパートナー、ぐらいにしか考えてなかったわ。彼の立場からすると簡単なことじゃないみたい。主に向こうの精神的に。


「でも、日結花ちゃんが僕のこと友達だって言ってくれたので、これはもうしっかりするしかないなと。年下だとか高校生だとか、そんなこと気にしてたら日結花ちゃんとの友人関係なんてやっていられないと思いましたよ」

「じゃあ今はもうそこまで気にしてない?」

「はい、完全にとは言えませんけど割り切ったので大丈夫です。年齢的な意味だけじゃなくて、立ち位置…日結花ちゃんがお仕事してて僕がそれを好きだったことも、まあ含まれます。友人になるっていうのは、対等になるっていうことでもあると思うんですよね」

「……そうね」


 対等、ね…。お仕事してて自分よりも年上の人に敬語使われるのも多いからよくわかる。

 友達っていうのはきちんと相手のことを考えられるからこそそういってもいいのよ。その点に関しては郁弥さん花丸だわ。あたしのことよく考えてくれてるし…ちょっと優しすぎるのは気になるけど。


「なんか真面目な雰囲気になっちゃいましたね。何はともあれ、ばんばん相談でも何でも言ってください。僕でよければいくらでも聞くんで。何ができるかはわかりませんけど」


 あたしが真面目な顔でいるのを見て取ったのか、それまでの真剣さをなくしていつもより幾分かほわっと柔らかい声で最後に付け加えた。

 …やっぱり郁弥さんはこういう顔の方がいいわ。こう、見てて安心できる顔。あれよね、寒い季節に温かいお茶を飲んでほっとするような感覚。気持ちも落ち着いてきたし、せっかく彼が相談してくれって言ってるわけだし、お言葉に甘えさせてもらいましょ。


「じゃあ郁弥さん」

「はい」

「相談いい?」

「もちろん」


 なにげない調子で尋ねてみると、嬉しそうにきらっきらした瞳で見つめてきた。

 どれだけ嬉しいのよ…さっき相談してくれって言った相手から実際に相談がくるのだから嬉しいのはわかるわ…でも、その喜び方がまたこう…前面に押し出されててわかりやすいことこの上ない。

 あたしは嫌いじゃないからいいけど。人が嬉しそうにしている姿っていうのは見てて楽しいし。


「あたしの友達に礼儀正しい子がいるの。性格もいいし話してて楽しいんだけど、ずっと敬語なのよ。そろそろため口で話してくれてもいいと思ってるのね、あたしは。こういうときどうすればいいかなぁって…郁弥さんだったらどうする?」

「な、なるほどぉ。それはそう、ですね…」


 あたしから目をそらして、うかがうようにちらりちらりと見てくる。加えて言葉も口ごもるように薄くなった。

 そりゃそうなるわね。だってこの人別に鈍感とかじゃないし。むしろ敏感だわ。少なくともあたしと話しているときはよく気がつくし察しがいい。天然な部分は全部抜きにして。


「ふふふっ」

「う……日結花ちゃん、ときどき僕を追い詰めようとするのやめてください」

「じゃあもういける?」

「…まだ日結花ちゃんに対する夢憧れみたいなものが残っているので、もうちょっと待ってください」

「ちょ、ちょっと!それじゃあこれからあたしへの憧れがなくなっていくみたいじゃない!」

「え、いや、まぁ、はい」

「肯定するのね…」


 ばつが悪そうな顔をしながらも肯定する彼にじとっとした視線を投げかける。

 あたしとしてはそこまで気にしていない。ただ、どういう心境の変化があったのか気になる。だって"まだ残っている"ってことは既になくなってきているのよ?ちょっとは気になるでしょ普通。


「こういうと怒るかもしれませんけど、最近の日結花ちゃん…僕の友達と同じような感じなんです。あ、友達っていうのは同僚とか学生時代の友人とかです。会話していて遠い人みたいな感じがしないんですよね」

「ふーん、遠い人?」

「はい、映画のスターとかそうしたイメージが強かったんですけど、結構話してて普通の人だなーって。あ、もちろん良い意味ですよ?身近というか、親しみを覚えるというか」

「あー、そういうこと。郁弥さんにとって良い意味なのよね?」

「はい、良い意味です。これからも仲良くさせていただくならとりわけ……仲良くしてくれますよね?」


 それなら…まあいいわね。身近に感じてくれるならとても嬉しいことで、それでより親しくなれて素のあたしを知ってくれるなら…えへへ、良いことね。良いこと。


「もちろんよ。あなたが早く遠慮をなくせばもっと仲良くなれるわ」

「あ、あはは。善処します」


 上機嫌に悪戯っぽく笑うと、彼は気恥ずかしそうな笑みを浮かべて答えた。


「お待たせいたしました。『特製デミグラスソースオムライス』と『サバの塩焼き定食』でございます」

「っと、ありがとうございます」

「ありがとうございますー」

「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」

「「はい」」

「それでは、失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」


 二人で話し込んでいるとお料理を持って店員がやってきた。伝票を置いて下がった店員をちらりと見つつ、視線を前に戻す。するとこちらを見ていた郁弥さんと目が合った。


「な、なにかしら?」

「いえ、改めて日結花ちゃんと食事をすると考えたら感慨深いものがあるな、と」

「変な人ね。もう三回目じゃない」

「それはそうなんですが。今回は軽食とかじゃなくてきちんとした食事なので」

「ふーん、これからいくらだって機会はあるんだしあたしは気にならないわ。ほら、食べましょ?」


 若干動揺しつつも彼に話を聞いてみれば、またよくわからないことを考えていた。

 彼の視点からだとそんなことになるのね。あたしからすると、今言ったようにいつも話しているのと変わらない感覚。言ってみれば前回カフェでお話したときと同じね。一応仲良し度は上がっていってるから、違いがあるとすればそこくらい?


「あ、そうですね。いただきます」

「いただきます」


 テーブルに置かれている食器ケースからスプーンを取り出し――郁弥さんは箸を取り出した――オムライスを掬って口に運んだ。うん、美味しい。リューストアのオムライスが美味しいことは知っていたし、特に何か味が変わったわけでもない。

 ファミレスでこれくらい食べられたら十分よ。違う種類違う味のオムライスを食べたいときはオムライス専門店に行けばいいんだし。専門店だと海鮮類から野菜までほんとにいろんな種類があるのよね。あたしも何回かしか行ったことないから…郁弥さんが好きなら一緒に行くのいいかも。


「……はむ」


 思っていたよりお腹が空いていたのか黙々と食べ進めていた。ふと思い浮かんで顔をあげてみると前に食事したときと同じように、またもやこちらを見ている顔が…。当然視線が合うわけで、気まずそう目をそらす。


「郁弥さん」

「は、はい」

「どうしてこっちを見ていたのか教えてもらえるかしら?」


 食事風景を見られていたことに気づいて熱を持った頭をどうにか抑えて言葉を絞り出した。

 どこかで似たような話をした覚えがある…嬉しくないデジャヴだわ。


「その、ですね?さっき日結花ちゃんがオムライス食べてる風景の話したじゃないですか?想像してた通りだなぁと。ありがとうございます」

「どうしてお礼を言われているのかしら…まあいいわ。あなたも早く食べないと冷めるわよ?」

「ええ。僕も本当に食べます」


 特に深い理由もなかったみたいで羞恥とかそういうのが抜けた。彼が食べ始めるのをしっかり見て、あたしも食事を再開する。

 …人の食事風景についてなんて、きちんと考えたことがなかったわ。というかわざわざそんなに考えたりしないでしょ、普通…うん。ちょうどいいわね。それとなく気づかれない程度にすれば大丈夫。


「あむ」


 さっきの意趣返しというわけでもない。ただ少し気になったから…仕方ないわ。

 一口オムライスを口に運び、ゆっくり咀嚼する。その間魚を箸で切り分けている郁弥さんに目を向ければ、切った魚をお米に載せて口に運び、もぐもぐしつつ小さく頷いた。

 …改めて見るとお米っていいわね。洋食もいいけど和食も美味しそうだわ。人が食べているものを食べたくなるとはよくいうけれど、確かに言われるだけのことはある。実際その状況に直面しているもの。


「そうだ郁弥さん。今度和食食べに行きましょ」

「…っ」


 突然の呼びかけに答えようと、箸を器に置いて右手の手のひらをあたしに向けてくる。

 "ちょっと待って"の合図みたい。ふふ、こういうとこ嫌いじゃないわ。口に物入れたまま喋るのを避けたかったからよね。可愛い。


「…んんと、和食ですか?いいですね」

「うん、そう。和食専門店とか色々あるじゃない?郁弥さんの見ててあたしも食べたくなったから」

「和食…うーん、何か目的決めます?こう寿司なら寿司!って。それともいろんな種類がある方ですかね。日結花ちゃんの意見に沿いますよ?」

「そうねぇ……」


 オムライスを口に入れつつ考える。

 彼の言う通り和食といっても千差万別。お寿司ならお寿司屋さんだし、お刺身とか生魚ならそっち方面のお店。定食とかなら割と幅広くて、ニュースとかテレビに出てる有名なのだと、そのお店にしかないとかもあるし…迷うわね。


「何かに限定するよりは種類豊富な方がいいかも」

「じゃあそうしたお店にしましょう」


 レモン水を口に含んで一息つく。目線を前に送ると、タイミングよくおみそ汁を口に含んで一息ついていた郁弥さんと目が合い、お互い照れりと笑みをこぼす。

 つい無防備な姿を見られちゃった。は、恥ずかしい…ってこの人あたしより顔赤くしてるじゃない。


「顔赤いわよ?」

「う、日結花ちゃんがいつもと違う顔するから…新鮮なのはまだ僕の耐性がないのでほんとにだめです」

「そ、そうだったの」


 そういう理由だったのね…言われてみれば気を抜いた姿そのものを見せたことなかったかも。…うぅ、意識したら余計に恥ずかしくなってきたっ。


「あ、今思い出したんですけど、和食レストランっていう名前を何度か見たことがありまして、言っちゃえばただのファミレスなんですけど、絶対数が少ないし珍しいかなぁと。どうでしょうか?」


 二人とも落ち着くまで少しだけ時間をおいて、それから話の続きをする。言葉始めに郁弥さんが和食レストランというお店を提案してきた。…たしかに何度か見た記憶はあるしお店の数が少ないというのもわかる。

 うん、いいと思う。


「具体的に食べたいものがあるわけじゃないし値段も高すぎなくていいんじゃない?」

「ならよかったです。あっ」

「あむ…ん、どうかした?」

「日結花ちゃんはおごられたいですか?それとも奢りたいですか?もしくは折半したいですか?」

「ふふ、なによそれクイズ番組みたい」


 言い方すっごくそれっぽい。絶対意識してるわね。口角も上がってるし。


「ちなみに僕は自分の分は自分で払う派です。何かイベントある日は別で」

「お金ねー。あたしも郁弥さんと同じ派だわ」


 お互いお仕事してるしずっとお金払ってもらうのも嫌だわ…でもよく考えたら前回のカフェでは彼に払ってもらったのよね。きちんとお礼は言ったけど、先にお会計調整した方がいいかも。この人自然にお会計済ませようとするでしょうし。


「ですので今日は僕が払いますね」

「なんで今の流れでそうなるのよ…」

「僕の気持ちの問題、ですかね。日結花ちゃんのぶんも払ったという事実が、こう…ほら?」

「ほらとか言われても全然わからないんだけど」


 "わかるでしょ?"みたいな顔で言われても困る。気持ちの問題って言ってるぐらいだからわからなくていいのかもしれないけれど、納得できないわ。


「なんなんですかね…年下の女の子にお金を払わせるのを僕の唯一残ったかすかなプライドが許さないんです」

「ふーん…年下の人誰にでもそう、なの?」

「どうでしょう…年下の女性と二人で食事なんてしたことなかったので。日結花ちゃんが最初ですよ」

「そっか。まあいいわ」


 ちょっと気になったから聞いてみた。なんとなく複雑な気持ちがほぐされた気がする。

 彼がそこまで気にするならそうするのも別にいいんだけど…やっぱりずっとっていうのはしのびない。


「それで、食事に関して自分の分は自分で払いましょ?前回みたいなカフェとかは郁弥さんに払ってもらうっていうので。ずっと払わせるのはあたしが嫌だから」

「あ、そうですね。それでいきましょう」

「…軽いわね。プライドはいいの?」

「え、うーん。日結花ちゃんが選んだ方を僕も選びたいので。プライドは捨てました。はい」


 そうあっさりと笑顔で言いのけて、彼はお味噌汁をすすった。

 今の話で一つ気になることができた。前から思ってたけど、さすがに聞いておこうと思う。


「ねぇ郁弥さん。あなたあたしに甘すぎない?」

「まあ日結花ちゃん相手ですから。甘くもなりますよ」

「う、うん」


 ひしひしと感じるあたしへの全面肯定が返ってきた。それもとびっきりの優しい笑みで。

 これがずるいと思う。こんなの出されたら言い返せるわけないじゃない…。


「…ん」


 唐突なことだったから頷くだけで返して、残り少ないオムライスを口に運ぶ。そのまま数分間食事に没頭して意識をそらした。

 何も言ってこないところを見ると彼も食事を終わらせようとしているみたい。ちらっと見たら残り少なかったもの。


「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」


 あたしに遅れること数分で彼も食べ終えた。食事の感想をつらつらと言い合っていると店員がお皿を下げにきた。ふと気になって周りを見てみればお客さんの姿もまばらになっていて、時間も結構経った様子。

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