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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第4章 踏み出す先と踏み出した先と
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94. 国イベ終わっての感想

 ―――ぽすり


「……ふぅ」


 倒れ込んだベッドがあたしの身体を優しく受け止めてくれた。寝返りを打って仰向けになれば、窓から差し込む月明かりで薄っすらと天井が見える。


「……」


 ぼんやりとした頭に思い浮かぶのは今日のこと。

 第一回声者ハイパースリーピングミュージアム。通称国イベ。このイベントは、名前にセンスがないとのことでもっとわかりやすく簡潔なものとして生まれ変わるらしい。来年に向けて国で話し合うと聞いた。

 評判としては上々で、値段設定もっと上げてもいいという人が多いとか。国イベのお値段は5000円。いつもの歌劇は一律2000円なので、規模とか人数とかを考えたら妥当。それに、主催が国だからこれ以上吊り上げたりはしない。きっと来年も5000円のまま据え置きだとは思う。


「…ふぁぁ」


 一つあくびが出てしまった。

 ひとまずイベントが終わって、成功してよかった。歌劇や拡歌が既に広く認知されているとはいえ、よりたくさんの人が直接歌劇を聞いて知って心身ともに休めたのは本当によかった。

 みんな眠ってくれて、あたし自身の"力"の制御が上手くできたのも収穫の一つ。郁弥さんはもちろん、知宵や胡桃から聞いた歌劇、拡歌の話。ママにもそれとなく聞いてみた"力"のこと。全部があたしの中で形になって声者の"力"がより扱えるようになれた。

 そのおかげで全員眠らせられて一位取れたんだもの。みんなに感謝よ。…まあ、優佳さんとは同率一位だったし、他二人の男の人も残り十人切ってたみたいだけど…。一位は一位だからいいのよ。

 あとは…。


「あ…」


 恋人に連絡しなくちゃ!

 急いで携帯を手に取ってネミリを開こう…と?あれ、郁弥さんからメッセージきてる。しかもネミリじゃなくてメールだ。あの人がメールなんて珍しい。一応メールアドレスも教えておいたけど…メールは初めてかも。


【件名:咲澄日結花様へ

 拝啓 残暑の候、今夏はいかがお過ごしでしょうか。私は本日開催されていた『声者ハイパースリーピングミュージアム』に参加しておりました。

 素晴らしいお話と歌を耳にすることができ、心温まる時間を過ごすことができました。


 申し遅れました。私、藍崎郁弥です。

 本日は日結花様への感謝をお伝えしたく連絡させていただきました。日結花様から頂戴した観覧チケットで拝見させていただいたので、改めて感謝をお伝えしたいと思い、筆を取りました。

 お疲れのところ申し訳ございませんが、どうしても本日中にお伝えしたく急ぎメールを送らせていただきました。


 まずは、素晴らしい時間をありがとうございました。そして、多くの方々に対する歌劇、お疲れ様でした。

 私も最初から最後まで余すところなく拝見させていただきました。日結花様の歌劇はこれまでにも幾度か参加させていただき、いつも楽しい時間を過ごさせていただいておりました。

 本日はいつも以上に大規模な歌劇であったため、私は少々日結花様のことが心配でした。


 先月、7月22日の土曜日にお会いし、以降直接お話する機会がなかったので今日の歌劇当日まで、日々気にかけさせてはいただいておりました。しかし、それも杞憂だったようで安心です。

 遠くから見させていただいただけではありますが、日結花様の輝くような姿が、私にとっての太陽である貴方が、いつも以上に大きく強く、明るく素敵に生き生きとしていた様子がよくわかりました。私が考えていた以上に眩しく綺麗な姿に目を奪われ、つい見惚れてしまったほどです。


 また、会場でお話されていたように、色々と良い巡り合わせがあったようで私も一友人として日結花様の成長を心より嬉しく思います。私から申し上げるのはおこがましいことではあるかもしれませんが、これからも私と良い関係を築いていただけると幸いです。


 最後に、素敵な時間を過ごさせていただきありがとうございました。


 敬具



 追記、よかったらメールや電話など、一報をくださいな。いつでも歓迎です】


 ……。


「……保存しておこう」


 ところどころ文章として微妙な部分もあるけど…ていうかメールで書くことじゃないことも多い気がするけど、あたしは気にしないからいいの。別に郁弥さんからのメールなら敬語でもそうじゃなくてもなんでもいいし。そもそもなんで今回はすっごく丁寧なのよ。メールだから?


「…んー」


 ぱぱっとメールのバックアップを取って、次にどうするか少し考える。

 メールに返事するとかはなし。するなら電話になるんだけど…郁弥さんってばパパのこと全然触れてなかったのよねぇ。今日うち帰ってからパパがママに郁弥さんに会ったぞー!って自慢してきたし…あたしよりママに自慢するってどういうことよ。ママも変に悔しそうだったし…意味わかんない。

 とにかく、あたしの予想しないところで急展開を迎えちゃったから…その辺のことダーリンに聞きたいかも。


「…はぁ」


 悩ましい。眠いし疲れてるしだるいし寝たいのにお話したい。

 今時間は…もう23時かー。さすがに軽い打ち上げもしたから結構遅くなっちゃった。そりゃー眠いわよ。


「…………寝ようかな」


 苦渋の判断というのはこういうことを言うのかもしれない。断腸の思いで携帯を放り投げて、すぐに目を閉じる。部屋の電気は最初からついていないので、ベッドのミニライトを消せば月明かりだけ。


「ふわぁぅ…」


 目を閉じればまたあくびが出て…意識が薄れて……。




「……」


 寝起きではっきりしない頭のまま重いまぶたを持ち上げる。肌に感じるのはいつもと違う温かさ。覚えのある匂いが身体を包み込み、全身に温もりが満ちている。すべてが幸福にあふれている。ぼんやりした視界が定まると、そこには―――。


「……ふぁぅ」


 ねっむいわねほんと。昨日電話しなかったせいで変な夢見ちゃったじゃない。物足りない。もったいない。もうちょっとこう……さっさと起きよ。起きて恋人におはようコールしてあげるんだから。



 ―――♪


 発信音が聞こえる。今回はあたしから電話を…よく考えたらいつもあたしからじゃない。なんであの人電話かけてきてくれないのよ。


『はい、藍崎ですけど』

「お、おはよう!!もう起きていたのかしらっ!?」


 わ、悪くない切り出しにできて…ないかも。


『え、うん。そりゃもう11時だし…』

「そ、そうよね…」


 もう11時だものね…。


『昨日はお疲れ様。参加できてよかったよ。ありがとう』

「どういたしまして。えっと…め、メールありがと。嬉しかったわ…」


 …どうしよう。やけにドキドキする。

 モーニングコールするつもりだったのに、時間はお昼過ぎてるし変にドキドキするしで上手く言葉が浮かばない。


『あぁ、読んでくれたんだね。はは、それで電話を?』

「うん…だめだった?」

『…ううん。全然。わざわざありがとう。どうせなら直接伝えたかったからね』


 ちょっぴり不安が混じってしまったあたしに優しく微笑んでくれた…気がする。声だけでも十分。恋人(こいしてるひと)への愛おしさが募る。


「んぅ、そう。ん、ええと…じゃあ感想を話してもらえる?」

『わかった。メールに書いたことだし、簡単に話そうか。まずは、日結花ちゃん』

「ん」

『かっこよかったよ』


 短い一言にぐっと強い力が込められているようで、その一言が胸の奥に響き渡る。


『すごくかっこよかった。堂々としていて、これまでよりもっともっと強くて明るくて眩しかった』

「……」

『日結花ちゃんが最初に話したこと、どんな想いで歌劇に挑んているのかしっかり伝わったよ。僕も途中で寝ちゃったけど、大事な話は聞けたと思うんだ。日結花ちゃんのすごいところはさ、その場で結果も出しちゃうところだよね。君の歌劇で眠っちゃったの初めてだったし、睡魔の波がすごかった。あの眠気がたぶん声者の人が言う"力"になるとは思うんだけど…とにかく全員眠らせちゃうくらい声者として成長したってことなんだと思う。可愛くてかっこよくて、自信にあふれて魅力的で…ふふ、やっぱり僕日結花ちゃんのことが大好きだ。僕がこうやって思えたくらいなんだから、あの場にいた人はみんな日結花ちゃんのこと大好きになっちゃったかもしれないね』


 ……はぁぁぁ。だめ。嬉しすぎて頬がとろけちゃいそう。口開いたらあまっあまな声漏れちゃいそうで開けられない。だめっ。


『日結花ちゃん。改めて言うね。素敵な時間を過ごさせてくれてありがとう。…って、半分くらい寝てたかもだけどね。あはは』


 普段通りに全然照れとかもなくて、本当に素で今の言葉を言ってくれたのだとわかる。それが嬉しくて、幸せで……あぁもう。…もうもうもう!郁弥さんっっ!!


「ありがとっ!!そんな嬉しいこと言われたら照れちゃうでしょ?ふふ、もう…ほんとに郁弥さんってばあたしが喜ぶことばかり言ってくれるんだから。もう。好きになっちゃうじゃない」

『あはは、それは光栄だね。でも全部本心だからなぁ。さらっと受け取ってくれれば僕はそれで満足だよ』

「おばかさんっ、あたしがあなたからの言葉を軽く流したりなんかするわけないでしょ。全部しっかり受けとめて心に置いておいてあげるわ」

『そ、それは重大だ。日結花ちゃんに何か伝えるときは考えて言わないとだめかもしれない…』

「ふふ、あなたはそのままでいいのよ?そのままの言葉が一番嬉しくて胸に残るんだもん。いつも通りの郁弥さんであたしになんでも言いなさいな」

『そっか。…ふふ、日結花ちゃんがそれで喜んでくれるならそうするよ』


 くすりと笑って優しい声を届けてくれる。声だけでも柔らかく微笑んだ良い人の表情が目に浮かんだ。


『はは、でもよかったよ』

「ん?なにが?」

『日結花ちゃんに直接伝えられてよかったなぁってさ』

「んー?どうして?」


 ずいぶんと嬉しそうな声してる。ちゃんと顔見てお話したくなってくるくらい。


『あはは、だって日結花ちゃんすっごく楽しそうな声しているからね。それだけ楽しそうだと顔見なくてもちゃんと伝えられてよかったって思えるよ』

「…んぅ」


 さすがに抑えられてなかったみたい。自分でも声弾んでるのわかっちゃうから、あっちからしたらそりゃわかっちゃうかも。


「べつに…ううん。ええ、その通りっ!郁弥さんの言う通りよ。あたし今最高に嬉しいわ。あなたがこんな嬉しくさせてくれたんだもの。ちゃんとわかりなさいよねっ!」

『ははっ、うんうん。ちゃんとわかってるから大丈夫だよ』


 二人して声を弾ませて笑い合う。

 はー楽しいっ!ちょっと遅れちゃったけど電話してよかったー。やっぱり郁弥さんとのお話は楽しいわね!


「よーし!じゃあこの気持ちをママとパパにも伝えに行くわよー!!」

『え?』

「んふふ、携帯持っていくから一緒に話しましょうねー!」

『いやいやいや!ちょっと待って!?』

「やーよ。ふふ、待ってあーげない!ママ―パパ―!ちょっとお話しましょー!!」

『うわあああ!待って待って!それは予想外過ぎるよ!!』

「あはは!もう諦めなさいねー!」


 携帯を持ったまま部屋を出てリビングに向かっていく。手元からは大好きな人の声、リビングからはあたしの呼びかけに答えてママとパパが返事をくれる。

 このあと行われる家族プラス郁弥さんのお話に笑みをこぼしながら、幸せいっぱいのまま足を進めていった。

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