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恋よりさきのその先で  作者: 坂水 雨木
第4章 踏み出す先と踏み出した先と
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93. 歌劇終わりに

 あたしの担当する時間も残り短く、時刻は16時10分。


「…ふぅ、あたしのお話もここまでね。あとの10分は雑談の時間よ」


 全力の歌劇で少し…いえ、結構疲れたわ。


「ここからは眠りからちょっとずつ覚めていくのを待つ時間だし、適当にお喋りするだけなんだけど…この調子だと誰も起きないわね。これ」


 "力"の効きが甘い人だとこの辺で起きるし、ぐっすり寝ている人は起床放送入るまでほんとに寝っぱなし。下手したら記憶飛んで時間間隔なくなってかも。


「…本来なら今日の、ていうかあたしの歌劇の感想会でもしたりするのよ。この時間って。前の人もその前の人もしてたでしょ?あたしもそのつもりではあったのよね…」


 …つもりではあったの。


「まさか全滅するとは…」


 郁弥さんまで寝ちゃうなんてねー。ほんっと驚いた。あの人寝ちゃったの10分か15分前くらいだし、最後まで起きているのかと思いきやのあっさり陥落。さくっと眠っちゃったわ。

 あたしの郁弥さんまで落とせて嬉しいやらもったいないやら。…また一つ、強くなってしまったわ。


「…でもどうしようかな。話すことないのよね。いや、あるにはあるけど、"力"入れないから聞く人いないと話す意味ないのよ」


 ほんとに。誰か起きてたら今日の話どうだったーとか聞けたのに。それが郁弥さんだったらもっと細かく聞いたのに。


「……」


 郁弥さんの方見てて思ったけど、親族席全部埋まってるのね。少しは空きあると思ったら一個もないし。ていうか…郁弥さんの隣に座っている人って…あれ、すっごく見覚えあるんだけど……いいや。考えないでおこう。今は話すことよ話すこと。


「んー…」


 なにか話すとしたら…うん。よし、どうせなら感想会をDVDやらで見る人向けに話そう。


「みんな寝てるけど、一応話はするわね。まずはお礼から。…こほん、今日はあたしの歌劇を聞いてくれてありがとうございます。あたしの話だけを聞きに来たわけじゃないとは思いますけど、あたし自身今日の歌劇は色々と得るものがあったのでとても楽しかったです」


 お話スタイルは真面目な感じで。きちんとした話をするから少しは体面を整えて話すわ。


「それなりにお仕事続けていると自分の成長なんてあんまりないもので、特に歌劇なんて"力"を扱うものですし、簡単に実感が得られるものでもありません。だからこそ、今日みたいに見てわかる成長が得られたときはすごく嬉しいんです。これもみなさんみたいな参加者、視聴者がいてくださったおかげ……おかげです、ええ、たぶん。半分くらいは。あとの半分は家族とか友達とかだし…うん。とにかくありがとうございました」


 ごく一部の、というかある特定の個人が大活躍してくれたりしたのは内緒。


「続いてはあたしのお仕事紹介。声当てとか紹介しましたし、朗読劇のお話もしました。ので、今度は歌劇についての紹介です。あたしは主に歌劇をやっています。拡歌は能力的に無理なので、歌劇専門です。癪ですけど」


 …今思い出した。ラジオのこと全然話してなかった。話した方が…別にいらないか。"あおさき"も"ひさらじ"もこれ以上リスナー増えなくても別に困らないし。ていうか勝手に増えてくし。


「歌劇は平日休日関係なしにやっていますし、誰かしらがお喋りしたり歌ったりしています。インターネットに専門のページがあるので、そこから予約してください。もちろん電話でも大丈夫ですよ。…まあどんな声者でも抽選なので通るかどうかは運ですけどね」


 今日のおかげであたしの抽選倍率がアップする気がする。あたしくらいの声者力だと、もともと数千倍らしいし今回ので…さすがに1万はいかないわね。そう考えたらあんまり変わらなそう。


「あたしも…というより、今日この会場で歌劇をしている声者は全員数千倍の抽選になると思うので頑張って掴み取ってください。少なくとも、今あたしに眠らされた人は数千倍の価値があることを実感できたはずですから、ふふ」


 少しだけ自慢げな感じ入っちゃったかも。でも事実だしこれくらいいいわよね。ほんとのことだもん。


「今月のぶんはもう予約とか終わっていますけど、来月のはまだ受付中なはずです。あたしも当然歌劇をやりますので、奮ってご応募くださいな。今日とは違って専用の会場を使いますから、また少し違った歌劇に感じるかもしれませんね」


 思ったより柔らかい声音で話していてちょっと驚いた。でも…ふふ、それだけあたしもリラックスできたってことかも。


「それじゃ、あたしの歌劇はここまでかな。起きている人は……おー、一人だけ。あの席は…なるほど。親族席。つまり最後まで起きていて眠りも浅かった感じなのね。ふふ、もう終わりよ!残念だったわね!いくらあたしの知り合いだろうと眠ることには変わらないわ!またあたしに挑戦したいときはいつでもかかってきなさい!相手してあげる!…あ、ちなみに、普段の歌劇に親族席とかそういうのはないから安心してください。今日が特別です。優遇とかないので自分の運を信じて抽選に挑んでくださいね。それじゃあ!お疲れ様でしたー!おやすみなさーい!よい眠りをー!」


 ちょっとだけ早めに切り上げてぱぱーっと舞台袖に去っていく。唯一起きていた郁弥さんに満面の笑顔を披露して、ぶんぶん手を振ってステージを降りた。

 ステージ上でスタンドマイクを切って、ステージを降りる前にピンマイクも切っておく。これで本当にあたしの番は終わり。


「はー終わったー」


 言いながらピンマイクを外してポケットに入れる。

 指サイズな高性能マイクはちゃんとしまっておかなくちゃ。これ高いのよ。


「……ふぅ」


 …気が抜けたかも。通路まで来て終わった実感出てきた。


『咲澄さんお疲れ様です』

「お疲れ様ですー。ありがとうございましたー」


 似たような挨拶をスタッフの人としながら控え室に向かう。ステージ横の起床放送用マイクがある場所を抜け、お仕事中の人たちを通り過ぎ、あたし用の控え室まで進む。


「日結花さん…」

「…優佳ゆうかさん。お疲れさまー」

「ええ、お疲れ様でした。貴方の勇姿、全て余さず拝見させていただきました。前にも増して良い話をするようになりましたわね」

「…ふふ、あたしも頑張ったもん。あと任せたわね」

「任されましたわ。日結花さんの成長を見せつけられてわたくしも燃えていますの。ええ、任せない。しっかりとわたくしの声を、歌を聞いて…いえ、貴方はお疲れでしたわね。ふふ、ゆっくりおやすみなさいな」

「んぅ…もう、なでていかないでよ…」

「ふふふ、年上の特権ですわ」


 くすくす笑って、相変わらず大人っぽくウェーブが強くかかった綺麗な黒髪を揺らして堂々と歩いていく白山院はくせんいん優佳ゆうかさん。後ろ姿がかっこいい。


「…はぁ」


 なでられた頭をそっと触って足を動かし始める。

 優佳さんはあたしと同じ事務所"ソノシルカ"に所属している先輩。あたしより年齢は4つ上の22歳。事務所的には優佳さんの方が一年早く入ったので、あたしは後輩になる。あたしみたいなやっつけなりきりお嬢様と違って、生粋の本物お嬢様。

 お嬢様はどうでもいいとして、一年早く入っただけなのにずっと子供扱いしてくるのはいただけない。すぐ頭なでようとしてくるし…年齢だって4つしか違わないのに。年齢だったらむしろ知宵の方が離れてるわよ。だってあの子24とかだし。…でも、なんか優佳さんには言い返せないのよね。やっぱりお嬢様だから?


「日結花…お疲れ様」

「あー…峰内さん、ありがとー」


 ドアを開けてくれた峰内さんに軽く返してさっさと控え室に入り、部屋に置いてある椅子に腰かけた。


「うー…つかれたぁ」


 ほんとに。久しぶりに身体が重い。動きたくない。


「あらら、ふふ。お疲れみたいねぇ。よく頑張りました」

「んぅ、もう…はぁ」

「あら、いつもだったら払いのけるのに…ふふ、本当に疲れちゃったみたいね」


 何が楽しいのかニコニコ笑って頭をなでてくる。

 定期的にあたしをなでる峰内さん。優佳さんと同じでこの人もすぐ頭をなでようとしてくる。いつもはぴしっと払うのに今日はそんな気力もない。

 郁弥さーん、あたしを甘やかしてー。


「…あたし、ちゃんとできたのよね」

「ええ。完璧。私が今まで見てきた日結花で一番に輝いていたわよ」

「そっか…」


 …完璧だったかぁ。


「…よかったぁ」

「…ええ、本当によく頑張ったわ。お疲れ様」


 横から届いた声に視線を向ける。そこにちらりと見えた峰内さんの顔には優しく、温かい表情が浮かんでいて…。


「…ありがと」


 変に恥ずかしくて一言声を絞り出すのが精一杯になってしまった。

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