一章一節『目覚め』
━━━━ここは人間の作り出した電脳世界の端の端。始まりに一番近く、終わりに一番近い場所。
そこで少年は目覚めた。
ゆっくりと目を開けた少年は、まだはっきりとしない意識の中立ち上がった。
「こコは...ドコだ?」
少年はそう呟くと辺りを見回した。電脳世界独特の数字の羅列が宙を舞う。どこかそれは懐かしく、またほこりを被ったアンティークのように古臭いものだった。そこは、世界の始まりの場所、そしてデータの流れ着く場所、「吹き溜まり」だった。
「ボくは...ダレだ?」
少年は自分の体を眺めた。手足には切れた鎖の繋がったガントレットのようなものが付いていた。胸には直径5センチほどの穴が三つ空いている。引き締まり、それでいて硬さのある筋肉がその周囲を囲んでいる。肌の色は透き通るように白く、向こうの景色が見えそうだ。
「ナんで...こんなトコろ二?うウ...なにモ...な二モおもいダせない...」
少年は頭を抱え苦しそうにしながらも、たどたどしい足取りで歩き始めた。周囲には細切れになったデータ片、何に使うかもわからない四角いオブジェクト、誰の物ともわからないガラクタが足の踏み場もないほど落ちていた。その中を、少年はゆっくりと歩いてゆく。
「とモかク...ある ある aru アルかなくちゃあ...」
目覚めて間もないからか、その口調はどこかたどたどしく、歪なものだった。そして一歩、また一歩と進んでいたが
バタン!
コンセントを抜かれたおもちゃのロボットのように、少年は倒れた。
倒れたはずみに左腕に大きなデータ片が突き刺さった。彼にはもうデータ片を抜く力さえ残っていない。動かそうと必死になって力を入れるが、ピクリとも手は動かない。次第に、意識も朦朧としてきた。
「ア あ...あ イタイ。いた た い。」
弱弱しく呟きながらやがて彼は、意識を手放した。
「死二たくナイ...四にタく...な」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
少年が次に目覚めたとき、目に映ったのは薄汚れて蜘蛛の巣が張った天井だった。
「ん...ここは?」
「おお、ようやく気がつきおったか。ワシが見えるか?」
まだぎこちない動きで右を向くと、一人の老人が座っていた。長く、ボサボサに伸びた髭とススの付いた丸い鼻が特徴的な、どこか優しさを感じる老人だった。
「オヌシは丸2日も眠っていたのじゃ。一度起きたが言語プログラムと運動プログラムに異常が見られたんでな、少々システムをいじらせてもらった。スマンのぅ。」
「...ぷろぐらむ?しすてむ?何なんですか?それは。」
キョトンとした顔で聞いてくる少年に老人は驚いた顔で、
「なに?オヌシ、プログラムも知らんのか?それじゃ、いったいなんであんな所で倒れておった?名前は?」
「僕は...僕は...いったい誰だ?」
「オヌシ、自分の名前もわからんのか!?記憶野をいじった覚えはないんじゃがのぅ...」
老人は困った顔で少年の顔を眺めた。大きな傷が頬を横切っている。髪は黒く、ボサボサとあちこちに飛び出している。目はAI特有の幾何学虹彩パターンを描いており、時折データの流れが光として見える。
「あの...お爺さん、助けていただいてありがとうございます...。」
「ん?いやいや、困ったときはお互い様じゃよ、君。」
「本当に、ありがとうございます。えっと...」
まごついてうつむく少年に対して、老人は
「トト、ワシの名前はトトじゃ。」
「僕はどうしてここに?トトさん。」
素朴な疑問を口にする。倒れたはずの自分がなぜこんなところにいるのか。ここはどこか。自分はいったい何者なのか。様々な疑問がふつふつと湧いて出る。
「まずは、ゆっくりと休みなされ。まだ腕の傷は完全にふさがっておらんのじゃからな。さぁ、お休み。」
「でも...っツ!」
脳に響くような強烈な激痛が左腕に走った。恐る恐る見てみると、包帯型の修復プログラムが傷のあった場所に張り付けられている。しっかりと塞がれてはいるものの、痛みはしばらくの間残り続けた。
「ほら分かったじゃろう?今はしっかりと休むことが先決じゃ。さぁ...」
「...はい...わかりました。」
トトに促され少年は再びベッドに身を預け、眠り始めた。
疑問は多々あるがよほど疲れていたらしく、すぐに深い眠りへと落ちていった...。




