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オンライン悩み事相談サービス

作者: 梨丘まり

「もしもし」

「はい。なずなコールです」私はハッキリと応答し、PC画面に起動させてある音声通話システムの開始用ボタンを押す。今から、通話時間がカウントされる。

「あのう、人間関係って、こちらの番号でいいんですか?」くぐもった女性の声が、いぶかしげにこちらをさぐってくる。

「はい、大丈夫ですよ。」できるだけ相手を安心させる暖かさを含んだ声で、私はゆっくりと答える。


悩み相談サービス「なずなコール」は、先月から始めた在宅ワークだ。クラウドサービスで応募して、ゲットした。決められた時間にPCの前で待機して、ヘッドフォンをつけ、お客様からチャットツールでコールがあったら、悩み事や世間話の対応をすればいい。1件につき、30分で、定額が支払われる。時には人生相談まで発展することもあるらしいが、まだその経験はない。


「失礼ですけど、おいくつですか?」

お客様の質問には、差し支えなければ、すべて答えてよい。「35ですよ」

「結婚のご経験は?」

「あります。子供はいないんですが。」相手の知りたいことも察して、できるだけ淡々と言った。そうですか、とお客様が小さくうなずく気配が感じられる。

「…。実は、子供、のことで。」

ふっと、お客様が深く息をつくのを感じた。

「子供、ができたんです。ま、妊娠?したってゆうか」

「そうなんですか」さらっと、答えた。会話を開始して、1分が過ぎていた。

「子供できたこと、あります?…こんなこと、聞いちゃっていいのかな。」

私は小さく息を吸って、吐いた。「ありますよ。」

私は、短めに、学生時代の妊娠と悩んだ末の中絶の経験を伝えた。


その後は、息せき切ったように会話が続いた。

お客様は、22歳なのだった。友人を通じて知り合った男性と深く愛し合ったのち、子供が授かった。しかし、男性はすでに別の女性と婚約していた。

「信じらんないですよね。ていうか、男って、信じらんない。」

「わかります。ほんとに。」

私は、心からうなずいた。同じような経験はなかったが、人の心と、肉体なのだ、そういうこともあるのだろう。

そして、システムのブザーが鳴った。30分たったのだ。

「あ、もう時間ですか?」

「はい。どうしましょう、時間を延長しますか?」

30分の時間制限は、強制的なので、たとえどんな内容であっても自分の判断で延長できない。

「いえ、もういいです。」

プツっと通話が途切れて、PC画面上の小さなウィンドウに案件終了のアナウンスが出た。『XX円が支払われます!お疲れ様でした』。


その女性がおなかにできた子をその後どうしたのか、知ることはできない。悩み事サービスだってビジネスなのだ。友人との自由なおしゃべりではない。30分という決められた時間、きちんと対応し、決められた報酬をいただかなければならない。

「どうか、彼が婚約を解消して彼女と結婚し、無事に子供を産めることができますように。彼女が幸せになりますように。」

私は、心の中でそうつぶやいた。つぶやくことしかできなかった。

(終)


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