魔法少女、二人
僕の名前は明日野祐希。
魔法少女、始めました。……いえ、間違いじゃありません。正しく魔法少女です。
なんで!?僕、男だよ!
「知らん、そんな事は私の上司に聞いてくれ。私はただ辞令が来て、お前の担当になっただけだ」
そう言う彼女はコットン・マースさん。肩に掛かる位のさらさらの黒髪に可愛らしい猫耳を持つ黒スーツの麗人、いや麗妖精です。ある日僕の部屋の窓を破ってやってきて、世界征服を狙うワールイン団と戦う事、そしてコットンさんの組織を裏切った妖精を捕まえる事を強要してきました。
「祐希、ワールイン団が現れた。恐らく奴と奴の魔法少女も来るだろう。さっさと変身して行くぞ」
変身後の姿を想像し、激しく抵抗を感じますが世界の為、我慢して変身します。
変身!マジカルブレイブ!
くるくる回りつつ、妙にきらきらする空間の中で変身します。変身が終わると僕は白を基調としたフリルのいっぱい付いた可愛らしい服に、ひらひらの短めチェックのスカート。膝上までのニーソックス。頭には白いふわふわ兎さんの耳。変身すると顔丸出しでもコットンさんの力で正体はバレないらしいけど、見られるだけでものすっごく恥ずかしい。
「ほら、早く乗れ」
コットンさん所有の大型バイクに乗せてもらい、目的地に向かいます。コットンさんにかかれば渋滞だってなんのその。気持ち良い位に車の隙間を縫って走り抜けます。まさに疾風。幾多の車は彼女にとって障害物ですらなく、追い越すほどにスピードが上がっていきます。
「イーッヒッヒッヒ!」
到着すると道にはたくさんかの剣が刺さっていて、もうぼろぼろ。中心にはメタリックなボディのアザラシ顔が大勢の黒タイツが連れていました。
「イヒヒ、来たなマジカルブレイブ!このアザラー様(階級は中尉)がワールイン団の為、貴様をここで抹殺してやる!」
この格好を人に見られるのは恥ずかしいけど、ここでアイツを倒さないと僕達の街が壊されてしまう。そんな事は絶対にさせない!
出でよ、魔を穿つ大槌!マジカルハンマー!
唱えると手に持ったステッキが大きなピコピコなアレを彷彿させるカラフルなハンマーに変わります。それを構えて剣を両手に持って走りくる怪人を叩きます。
「グァァッ!」
叩かれた怪人は宙を舞い、地面に落ちてごろごろと転がります。しかし怪人は転がった勢いで立ち上がりました。
「おのれマジカルブレイブ!俺の剣を受けてみろ!」
叫んで怪人は無数の剣を飛ばしてきました。僕はそれをステッキで防ぎますが、逸れた剣で服が所々切れてしまいます。
これじゃ怪人に近寄れない……。
そんな弱気になった時、ふと頭に1人の少女の顔が浮かびます。同じクラスの、最近気になる明るく可愛い女の子。
彼女が住む街を破壊されてたまるか!
ステッキを振って魔力の光弾を放って怪人を怯ませます。その少しの間に魔力をステッキに込めて、
ブレイブ、バスター!!
一気に怪人へ打ち出します。僕の必殺の光の奔流に怪人は飲み込まれて掻き消えました。これでとりあえずこの街の平和は保たれま━━
「来たぞ祐希。奴らだ」
もう1人の魔法少女が現れました。
「久しぶりだな、スコット」
コットンさんが鋭く睨み付けながら、目の前に現れたガラの悪そうなクマとにこやかな魔法少女に言いました。
≪少女視点≫
「ほう、そいつがお前の魔法少女……いや少年か?」
スコットくんは変な事を言います。目の前にいるのは、どう見たってかわいい女の子にしか見えません。私は彼女ににっこり微笑みかけます。
≪少年視点≫
向こうの魔法少女が僕ににっこり微笑みかけてきました。とても純粋そうな愛らしい笑顔。一瞬、気になるクラスメイトの少女、夢野希美ちゃんを思い浮かべました。どうしてだろう?
「スコット。今日こそ貴様を殺して、キーア・ラクターの仇、討たせてもらうぞ」
コットンさんはいつもと変わらない無表情に見えますが、今にも暴れだしそうなほどに怒っているみたいです。
≪少女視点≫
向こうの妖精さんはとっても怒っているみたい。一体どうしたんだろう?ねぇスコットくん。私はどうすればいいの?
「━━……よく聞いてドリームウィッシュ。彼女達はワールイン団に改造されたんだ。もう彼女達を助ける事は出来ないんだ」
スコットくんはとっても悲しそう。ねぇスコットくん。もうどうしようもないの?もう助けてあげられないの?
「残念だけど……だから、せめて」
スコットくんは私に微笑みます。
「僕達の手で、楽にしてあげよう」
うん、わかった!
≪少年視点≫
「祐希、いやマジカルブレイブ。お前は魔法少女を相手しろ。私はスコットを叩く」
コットンさんはバイクに載せた鞘をから日本刀を抜きます。その刀身はそこらの刀は持っていない白銀の、鉄の美しさを極限まで引き出したように見てとれます。恐らく相当の業物だろうと素人の僕でも直感的に理解しました。その切っ先に殺意をたぎらせて魔法少女の妖精、スコットさんに向け告げます。
「覚悟はいいか!」
≪少女視点≫
「死ぬ気でかかってこい」
スコットくんがスーツに隠した二挺の魔法ハンドガンを手に取ります。銃は特殊改造したS&W社のM500。この銃は全長381mm、口径は50、弾数は5発、これより威力の劣る44マグナムがグリズリーからの護身用という事から判るように、びっくりするほどの威力を持ってます。私も欲しいなぁ。
「さぁドリームウィッシュ。今日は遊びは無しだ。徹底的に欠片も残さず逝かせてやれ」
うん!
私はとっておきの魔法を使う事にします。
出てきて私の、斬馬刀!
≪俯瞰-魔法少女-≫
現れたのは3m近くある鋼鉄の塊。長い柄と長い刃を持つ馬を斬る事を求められた刀。そこにあるだけで死を直感させる威圧感。それを少女は難なく振るう。
「いっくよー!」
轟、と空間を裂きながら希美の破壊の力が祐希に迫る。
「ステッキ変形、マジカルハンマー!」
キィィィン、と硬質の高い音が響き渡る。それが戦闘の始まりの合図。
「くぅっ!」
一歩、跳ね返すものの勢いで押され後退する祐希。目の前の少女は跳ね返された勢いを殺さず、再び振るう。対象はリーチも破壊力もあるが、大きいが為に速度もついていける程だ。
「ステッキ変形、ブレイブトンファー!」
故に距離を空けるのは得策ではない。対処するならば距離を詰め、一気に潰せばそれでいい。
「やぁぁぁあ!」
狙うは腹部の中心、水月。つまり鳩尾だ。気絶させるなら顎に当てて脳を揺らした方がいいのかもしれない。だが祐希は片想いの少女に似た彼女の顔に当てるのは躊躇われた。なので水月を打ち、呼吸を止めさせて動きが止まった所で首筋を打ち気絶させる。
「っは!?」
あやまたず、的確にトンファーの先は希美の鳩尾を打った。これを好機と追撃に移る。
「ごめんね?」
小さく謝り、首筋を狙いに行く。これで彼女との戦闘は終了すると祐希は考えていた。だがしかし、その甘さが命取りであった。
≪俯瞰-妖精-≫
初めに踏み込んだのはコットンだった。
「ハァッ!」
距離は約20m。コットンはその距離を素早く縮めんとする。
「弾けろ!」
スコットの銃から撃ち放なたれた弾丸は、激しい咆哮をあげて己の敵へと空気を裂きつつ飛ぶ。
「フッ!」
それを一刀両断する。どれ程の破壊力を持つ弾丸だとしても、結局は直線的な弾道を走る鉄の塊なだけなので見切ってしまえばどうという事はない。
「ちぃっ!」
そんな筈はない。言うだけならば易いが、それを行うには並外れた動体視力と、それに追いつく体が必要だ。彼女の刃と同じく研ぎ澄まされた肉体があってこそ可能となるのだ。
「ハッ!」
懐に飛び込み、標的の右脇腹から左肩にかけて逆袈裟に斬り込む。鋭く切り捨てる映像を幻視するが、しかし。
「あぁぁっ!」
ふいに聞こえてきた少年の痛みにあげる声に気を向けてしまった。
「しまっ……!」
後悔と共に視線を戻せば、見えたのは嗤う口元と光る銃口だった。
≪俯瞰-魔法少女:少年-≫
一体自分に何が起きたか判らなかった。気がつけば自分は吹き飛んでいた。否、吹き飛ばされていた。
「くぅっ!」
着地は失敗。背中からアスファルトに叩きつけられる。魔法少女服のお陰か、胴体は未だ繋がっている。打撲程度で済んだようだが、服の端が切れていた。もう1人の魔法少女を見る。確実に狙った筈だったのに、首筋を打つ間際に彼女の斬馬刀で薙ぎ払われた。
「アハ!すっごい!君なんで真っ二つになってないの?」
無邪気に、冷たく笑う少女に祐希は背筋が凍る。甘かった。少女だと思って油断した。そして直感する。次は無い、と。
「こ、怖いなぁ……」
声が震える。見れば足も震えていた。今までに無いほど恐怖が、鮮明な死の瞬間が脳に焼きつく。突然、自分の横を何かが横切った。速くて完全には捉えきれなかったが、恐らく人程の大きさだった。ここで、自分の他の人と言えば。
「コットンさん!?」
振り返ると瓦礫に埋もれた女性の姿。慌てて震える脚を立たせて走り寄る。
「コットンさん!?コットンさん!」
「……耳、元で。大きな、声、を出すんじゃ、ない……」
声は弱く、途切れ途切れであった。ゆっくりと左手で祐希の頭を優しく撫でる。
「泣くんじゃ、ねぇよ。男……だろ?しかもこんなに震えて、怖くなったか?」
「そんな、そんな事ありません!」
意に反して声は震えてしまった。安心させるために出した言葉は意味を変えてしまった。
「すまんな、祐希。こんな、事に、巻き込んじ、まって。小学生にやらせる事じゃ、ねぇ、よな」
言って上体を起こす。スーツのあちこちは擦り切れていた。その綺麗な顔も。
「コットンさん!動かないで!」
しかし彼女は立った。見上げる祐希は逆光でその姿が影のようにしか見えない。そんな彼女はゆっくりと振り返り。
「待ってな、私が全部終わらせてやるから。終わったら、お前の好きなパフェ、奢ってやるよ」
見えない筈なのに、光の中で彼女が見たことが無いほど優しく、微笑んでいた。
「待って……」
駆け出した彼女を停めるべく立って追いかけようとするが、しかし足はその役割を忘れてしまったように動かない。
「待って!」
再び叫ぶ。しかし彼女は停まらない。これ程までに自分の不甲斐なさを嘆いた事は無い。
「動け!動いてよぉ……」
視界が滲む。彼女の走る姿が霞む。遠い所から彼女の声が聞こえる。いけない、駄目だ、このままだと彼女が死ぬのは必至だ。立たねば。立って追いかけないと。
「しっかりしろ祐希……男の子だろ」
脚に役割を思い出させる。今は恐怖を感じている余裕は無い。脚は思いもしないほど簡単に立った。
「ステッキは……大丈夫。よし、行こう!」
少年は駆け出した。
≪魔法少女:少女≫
「集中力を欠いたなコットン」
スコットが嗤う。そしてコットンが来ない内に、と己の銃の弾を入れ換える。その側に愉しそうな顔の希美が来た。
「結構飛ばしたねスコットくん」
「希美、お前の相手はどうした?」
「そうそう聞いてよスコットくん!あの娘、斬った筈なのに斬れてないの!」
「ほう、やはり最新型の魔法少女は防御力が違うな。俺がチェーンした斬馬刀を防ぎきるたぁな……ん?コットンの奴、まだ動けるか」
少々の感嘆を含んだ声を上げるスコット。見ればよろめく体で刀を構え直すコットンがいた。
「やぁぁぁぁ!」
走り来るコットンを見て、
「その意気や好し。だがその体では俺にしちゃあ停まった的と大差ねぇ」
銃口を向ける。そして引き金を。
「刺し穿て!ブレイブランス!」
腹部に刺さった一本の槍が阻止した。
「な、にぃ!」
照準が逸れる。それでもスコットは引き金を引いた。弾丸はコットンの頬を掠めただけ。
「だぁぁぁぁぁ!」
一閃。銀の閃光はスコットの首を飛ばした。断末魔を上げる暇さえ与えない。しかし最期に。
「ドリームウィッシュ、リミット解放」
そう唱えた。首は地に、体も後に続いて倒れる。彼の最期に撒き散らされた多量の鮮血がコットンを、希美を紅く染める。
「キーア……仇は取ったぞ」
小さく呟き、希美を見る。魔法少女は相方の妖精を喪うと魔法が使えなくなる。故にもはや目の前の少女に危険は無━━。
「アハ」
咄嗟に刀で防ぐ。しかし少女からの予想だにしない破壊力はいとも容易くコットンを打ち飛ばした。
「コットンさん!」
自分の方に飛ばされたコットンを、少年はその小さな体で停めようとする。しかし共に転がってしまった。
━━ここから━━
「く、そ…肋骨をだいぶ持っていかれたか……。しかしあれは、まさか……」
痛みだけでなく、また別の何かに顔を歪ませるコットン。その顔には焦りと恐れが入り交じっていた。
「アハ、アハハハハ!アハハハハハハハハハハハハハ!」
突如として壊れた玩具のように、悲鳴に似た哄笑を上げ出す希美。その体には黒い淀みが取り巻いていた。その余りにも凶々しい姿を驚き見る祐希は気がついてしまった。彼女の正体に。
「の……希美、ちゃん?」
正体がばれないよう隠していたスコットの力は、彼の死により消え失せた。祐希は驚愕に身を固めたまま、希美だと判ったのに理解が出来ない。
「祐希……逃げろ。あの魔法少女はスコットの遺した狂気に飲み込まれかけている。……なるほど、核に制限をかけて強化していた訳か。だからあんな破壊願望が強かったんだな。魔法が使えなくなって武器は斬馬刀からは変化しないのだけが救いだが、それでも命を刈り取る化物としては十分だ」
「そんな……彼女を救う方法は無いんですか!?」
「私達の世界で禁忌とされる外法の1つをアレは宿されている。使用者の体を侵し、精神を凌辱し、ただ視界に入るモノその全てを壊すしか出来なくなる代わりに最強の力を手に入れられる最悪の法。恐らく、スコットはアレを使って私達の世界を崩壊させる気だったのだろう。アレを停められる方法は外法の核を破壊力する他ない」
「その核は何処にあるんですか!?」
コットンは言い淀む。が、祐希の真剣な眼差しに応える。
「……ここだ」
トン、と自らの右胸を叩く。
「魔力の精製場である心臓と対に置き、第二の心臓として互いを繋げ合い、力を増幅させる。通常では耐えられない負荷を2つでギリギリこなしているんだ。核を壊せば暴走は停まる。しかし壊される瞬間まで心臓に流された負荷に心臓が耐えきれず、破裂する」
「そん……な」
体から熱が消える。脳内は自らの機能を忘れホワイトアウト。体に力が入らない。
「だが救える可能性がない訳ではない」
一言、希望を持たせる言葉に無意識に反応する。
「あるんですか!?希美ちゃんを救う方法が……!」
「あるがリスクが大き過ぎる。分の悪い賭けだ。高い確率でお前は死ぬ。あの魔法少女の為に命を投げ出せる覚悟はあるか?」
心を射抜く鋭い瞳は少年に問い掛ける。
逃げるなら今の内だ。誰も責めはしない。十分頑張ったじゃないか。そんな逃げ道を提示する心の一部を、自分にとっての真実で消し去る。
「覚悟とか……まだ僕はよく解ってないのだろうけど、それでも今希美ちゃんを助けたいという事は僕の中での真実です。だから、教えて下さい!」
コットンは何も言わない。ただ祐希の瞳を直視し続ける。少年の言う真実を覗かんとして。暫くして、
「…………やはりお前は頑固な奴で、私はお前に甘いな。分かった教えてやる。祐希、ステッキは?」
祐希は倒れたスコットに刺さったままのステッキを見つける。首のない死体から少し視線を逸らしつつ近づき引き抜く。抜くのに少々力が要ったが、生々しい音と共に抜けた。
「……祐希、ステッキを貸せ」
手を伸ばすコットンに無言でステッキを渡す。今、口を開くと嘔吐してしまいそうになる。ステッキを受け取ったコットンは胸元を開き、その下にあるネックレスに付いている菱形の宝石のような美しさを持つ蒼い物体をネックレスから乱暴に引きちぎり、
「第三封印術式解除」
ステッキに隠されたくぼみにはめ込んだ。
「機能項目改変、第五項可変機能を選択、接触による内部人工魔力精製炉に対する干渉行使の機能を適応、管理者コットン・マースによる承認列びに緊急信号発信、手順6から19までの省略を命令」
はめ込まれたステッキが、詠うように流れるコットンの言葉に反応して中空に浮き、凄まじい速度で変形を繰り返す。
「不足部位を管理者魔力により代替、物質化を開始、後、所有者アスノユウキの体内魔導脈と接続、使用時は自動干渉を項目に付加する」
開いては閉じ、変形、変貌、もはやステッキの面影は存在しない。現れたのは一振りの剣。素朴な造りだが柄の所に先程の菱形の宝石が埋まっていた。
「手に取れ、祐希。その剣であの魔法少女の右胸を刺せ」
「えっ!?」
「安心しろ。刺されても少し痛む程度で傷はできない。便宜上、剣の形はしているがその刃は魔法の集合体だ。それを刺して直接核を破壊する。だがそれだけでは救えない。そこでだ」
祐希が剣の柄を掴むと剣から細い帯のような物が無数に伸びて、剣を掴んだ左腕を這い上がり、左腕と左胸を覆い隠してしまった。
「な、なにこれ!?」
「壊した瞬間に溢れる余剰な魔力を二人で半分に分けるんだ。お前の心臓を使ってな。余剰魔力全てなら心臓は持たないが、半分ならギリギリ持ち堪えられるかもしれない。その繋がってから数秒で剣が余剰魔力を吸い取る。しかし繋がった瞬間から剣に流れるまでに心臓に魔力が流れるから、それに二人の心臓が耐えられなかったらお仕舞いだからな。そういう訳だ、男はガッツだ行ってこい!」
少年の迷いの無い眼は、狂笑に塗れた少女のみを捉える。少女の周囲は彼女の刀でアスファルトの地面は痛々しく傷つき、木々は砕かれていた。救いとしては、人々が既に非難していない事か。失敗しても死ぬのは当事者達だけ。
「……違う」
思考を否定する。可能ならば二人、最悪でも少女だけは救わなくてはならない。
「すぅ……はぁ」
呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ます。
「ハハハハ、ハ?」
少女と視線が逢う。
「希美ちゃん……すぐ、終わるからね」
力一杯の疾走、少女の右胸に焦点を合わせて左腕を構え。
「アハハハハハ!」
止まらない苦痛の声、振り上げるのは破壊の御手。
瞬間、世界が時を忘れる。
振り下ろされた鉄塊を右足を引いて紙一重で回避、同時に左足で踏み込み突き出した剣を希美の右胸に刺す。コンマ一秒にも満たない一瞬の出来事。
「………ぁ」
突如、流れてくるのは魔力の奔流。痛覚は吹き飛び、意識は波にのまれて掻き消えそうになる。苦しい、心臓が千切れてしまいそうだ。
「……ぁ、…っか、ぁあ!」
しかし、意識をここに踏み留まらせる。堪えねばならない。救わなくてはならない。終わらせなくてはならない。幼い心に焼きついた恋心を持ってして。
「の、ぞ……み、ちゃん!」
右腕で少女を抱き寄せる。視界は強烈なストロボの連写を間近で見ているようなので、彼女の顔は見えない。しかし抱き締めた体からは確かに温もりを感じる。吹き飛びそうな意識で。
「大好きだよ、希美ちゃん……」
「…ぅ…き、く…ん」
少年の意識はそこで、途切れた。
≪≫
≪魔法少女、二人 続き≫
僕は、まどろみの中にいた。
体を包み込むふとんの温もりが心地好い。
「━━ゆ━━ん」
微かな意識を揺する声が聞こえる。しかし、この心地好い感覚にまだ浸っていたいので、無意識に顔を反らす。
「起きて━祐希くん」
誰だろう?でも今の僕の眠気は鉄壁の要塞並み、そう易々と起きはしないよ?
「しょうが━い奴だ━美、やれ」
「はぁー……いっ!」
「おふぇわっ!?」
端的に言えばヒップドロップ。無防備な状態の腹に落下のスピードも相まって強力な一撃を食らった。悶える僕の上で、
夢野希美が笑っていた。
≪明日野家:食卓≫
「全く……朝からハードにも程があるよ」
深い溜め息一つ。もう無駄な行為だと判っていても、説かねばならぬ、彼女達には。
「いいかい?何度言ったか判らないけどさ。眠っている相手にとって容赦ない攻撃は防御も何も出来ないんだから」
「祐希、ソース取ってくれ」
「うん、はいこれ。所でコットンさん。まさかそれ目玉焼きに掛けるつもり?」
「当然。目玉焼きにはソースだろ」
コットンさんは、何を判りきった事を聞くのか、といった顔をする。
「コットンちゃん、目玉焼きにソースはないよ」
「その通りだよ。目玉焼きには」
「ケチャップだよね」
「違うよ!?醤油だよ、希美ちゃん!たぶんそれはかなりマイノリティだよ!?」
「なんで?」
不思議そうに首を傾げる希美ちゃん。
ここは法律上明日野家食卓。席に着いているのは、僕、明日野祐希、夢野希美ちゃん、コットン・マースさん。両親は家にはいない。僕と希美ちゃんが旁魄学園の中等部に入学して旁魄市に引っ越す時に父さんから、
『祐希、旁魄にはお前1人で引っ越せ。安心しろ。既に向こうに家を用意しておいた。何故かって?父さんと母さんは渡米するからさ。ああ、そうだ。夢野の娘もそこに住むことになったから二人か。どうして?俺と夢野は師匠の藤崎先生と向こうで研究に専念するからさ。お前らも中学生になったとはいえまだ子供だ。一人暮らしをさせるにはまだ早いと俺と夢野は考えた。なら二人暮らしならなんとかなるだろう、ってな。まぁ夢野の奴も祐希なら、と承諾したよ。あとは嫁として来てもらうか、婿として送るか、という話だけだ。なに、心配する事はない。必ず嫁にもらうからな。なに?一緒に住むことに問題がある?何を今さら。俺も夢野も公認の仲だろうに。と、まぁそういう訳だ。手を出すな、とは言わんが真摯に向き合え。我が息子ながらそんな度胸はないだろうがな』
なんて言われて希美ちゃんは既に了解済みで準備してたみたいで断る訳にもいかず、共に暮らす事となったから。コットンさんは、どう父さんと知り合ったかは知らないけど、父さん直々にちょくちょく様子を見に行ってくれと頼まれたらしい。という事でこの明日野家兼夢野家支部的な一軒家に二人暮らし、たまに三人、なる構成となったんだ。
「祐希くん、お味噌汁の味はどう?少しは良くなったと思うんだけど」
「十分美味しいよ、希美ちゃん。かなり上手くなってきたね。」
「最初の頃は酷かったからな。カレーを作ろうとして、何だかよく判らない色の甘苦辛しょっぱい汁が出た時は生命の危機を感じたぞ?」
「あれは国際法で禁止されるよ」
「アハハ、ゴメンね?料理なんて作った事なかったから」
あのスコット事件から7年が経ちました。あの事件で僕の左の二の腕と左胸に少し傷痕が残った程度で、希美ちゃんに傷はなかったから良かったです。でも希美ちゃんは暴走した時の事、次第に自分が残虐な性格になっていく事も全て覚えていて、最初の頃は暗い顔で僕に謝ってばかりで。ひどく痛々しくて。でも今はいつも笑ってくれてます。完全に吹っ切れた訳じゃないみたいだけど、笑ってくれてます。
だから、僕は幸せです。
今日から僕達は高校生になります。実際変化は校舎が変わったり、授業が難しくなったりといった程度。あ、高等部からの入学生もいるらしいです。
「ご馳走さまでした」
「いえいえ、オソマツくんです」
「希美……それは何処の六つ子の長男だ?……所でお前ら。時間は大丈夫か?」
午前9時から始業式兼入学式が始まります。学園行きのバスは午前8時15分出発、家からバス停まで徒歩で約10分、そして現在時計が示す時間は。
「8時………10ぷっうえぇぇ!?」
バス出発まで残り5分。
「大丈夫だよ祐希くん。走れば間に合うよ」
「今すぐ出ればね!ゆっくりお茶飲んでる暇は、たぶん絶対ないから!」
「片付けは私がやっておくから、ちゃっちゃか行ってこい」
ひらひらと手を振るコットンさんにお礼を言いつつ、希美ちゃんを引っ張っていく。
「「行ってきまーす!」」
僕の望みは、この幸せが続くこと。
僕の勇気は、彼女の笑顔を保つ為。
「さぁ走るよ、希美ちゃん!」
「うん!祐希くん」
手を取り、僕らは駆け出します。