「悪」
「君はいじめを受けているね?」
ハットはそう言った。なんでわかるんだ。と、とても不思議だった。だが辰弥はそんなことも気にせずに話を続けた、というか気にしている暇もなかったのである。
「は...はい」
そう辰弥は言った。するとハットはまた急に笑顔になり、
「なるほど、気持ちはよくわかる」
そう言った後すぐに表情が暗くなり、こう言った。
「私もかつて、いじめを受けていたからね。わけは僕の名前さ、帽子みたいだ帽子みたいだ。ってずっとからかわれてた。最初はその程度のからかいに過ぎなかった。でも日を重ねるごとに、だんだんと、悪化していった。最終的には、人外は出て行け。とまで言われた記憶がある。君はどんないじめを受けてるのかね、遠慮せずに話してみなさい」
辰也は怖がりながらもいじめのことを話し出した。
「はい...僕、お父さんが俳優で、今やってる特撮の悪役をやっているんです。それで、友達がみんな僕のお父さんのことを悪者だ、悪者だ...って言って...」
辰也がそう言うと、ハットはすぐに質問を返してきた。
「君は、そのいじめから解放されたいかな?」
「もちろんです!...でも...」
辰弥もすぐに答えた。
「では、君に解放されるための方法を教えよう。」
ハットが言った。
「え、そんな方法なんて...」
「あるんだよ、それが」
辰弥が言い返すとすぐにハットも言い返した。
「ついておいで」
そう言われてハットについていくと、壁に本棚がぎっしり埋まっている書斎のような場所まで案内された。
「いいかい?辰弥。これから僕が言うことをよーく聞いているんだよ。」
「はい」
「いじめというのは、何でできていると思う?」
「えっと...悪?」
「そうだ!いじめは人の悪の感情から起こる。悪とは世界中の人類全員に備わっている感情だ。悪という感情を持っていない人などいないだろう。君は、悪は消せると思うかね?」
「えーっと、消せる!」
「残念、それが決して消すことはできないんだねぇ。悪という感情は人間の本能にある。だから消すことはできない。だがね、抑えることならできるんだ。だからいじめだって防ぐことはできるんだよ。おっと、なんだが随分話がそれたかな。その方法というのは、いじめをするやつらに反論することだ。」
ハットは「悪」について長々と語っていた。辰弥は脳の処理が追いついていなかった。だが、ハットは続けた。
「まず、明日いじめられ始めたら、そいつらに『自分が僕のようにいじめられたらどう思うんだ』と言ってやれ。お父さんが俳優だと言っていたね、それならば『お父さんは悪役をやって、お金を稼いで、僕の生活を築いてくれているんだ。
それにお父さんだって苦労をしているんだ、悪役をやっているというだけで悪いやつだとは限らないだろう。見た目が怖くても中身がとても優しい人なんてたくさんいるんだ。』とね。でもただいうだけじゃダメだ。もっと感情を込めて、言わなければ相手には伝わらない。」
「ポイントは『目』だ」
ハットは、自分の目を指差しながらそう言った。
「目というのは感情が現れる場所の一つだ。嬉しさを思い浮かべれば目にも嬉しさが見える。憎しみを抱いていれば目にも憎しみが浮き出る。やめてくれと思えば、やめてくれという感情が目に浮かぶんだよ。世界の物事はほとんど心理戦だ。言動だけではない、表情、感情も大きな武器になるんだよ。さ、今日教えられることはこれで全てだ。明日、頑張れよ!」
熱く語るハットに、驚きを隠せなかった辰弥は言った。
「は、はい。今日はなんだかありがとうございました。」
そうするとハットも
「うん、またいつでも遊びにおいで。成功の知らせを是非聞かせてほしい」
と、答えた。
そして僕は屋敷から出た。明日必ず、いじめから解放されるのだ。と、夜空輝く月に誓いながら、山道を下りて行った。気づけば外はすっかり夕方だった。