変わる、変わる、私のココロ
「えぇ、では以前皆さんに伝えた通り、テストが終わったので席替えをします」
待ちに待った席替え。後ろを振り向くと左斜め後ろに彼氏の千鶴がいる。
「今度こそ隣になれるといいね」
小声でそう囁いてくる彼に私は微笑みながら頷く。ここで、あたかも嬉しそうな、楽しみそうなリアクションを取るのを忘れてはいけない。愛されたいのなら多少のオーバーも必須事項だ。
決め方はくじ引きとなっていて、今左端に座っている人から順に引いていく。くじと机にはそれぞれ一から三十六まで番号がふられていて、くじで当たった番号と同じ机が今回自分の使用する事になる席というわけだ。
最初の五人が引き終わったあたりからクラスがざわめき出して、歓喜の声だったり、悲鳴だったり、どんどん教室内がヒートアップしていく。それは一種のスポーツ観戦のようなもので、黒板に次々書き足されていく名前を凝視し、まるで殺気すら感じさせるほどの勢いだ。
うちの学校は共学だが、ほぼ男子校と言ってもさほど変わりはないように思える。それは元々ここが男子校だったからだろうか。後に共学になって入ってくる女子は最初こそ可憐な乙女だが、未だに残る男子独特の活気や風情に飲まれ、凄まじい勢いで野獣化していく。
結果このザマだ。
前の人が席を立ち、私も少し遅れて立つ。こういうのは流れが大事で、スムーズに事を終わらせるには何でも少し早めに出るのがポイントなのだ。
くじを引く。
「瀬尾さん、何番?」
「六」
学級委員の伊部さんは慣れた手つきで黒板に名前を書いていく。こちらなど見ないで聞くものだから、ぱっと見黒板と話しているよう、或いは独り言のようにしか見えない。
「せおりん何処?」
「あそこあそこ。今藤城さんが座ってる…」
「ええッ!めっちゃ遠距離なんだけどぉ」
「さぁびぃしぃいぃよぉ、せぇおりん!」
えっと、こういう事を言われる時は…。
「大丈夫、寂しくないよ!だってみんなの中にせおりんはいるんだから!」
あざとさマックスのぶりっ子な声で言ってみる。
「ヤバい、地下ドル感伊達じゃない」
「せおりいいいいん!」
「せおりんがやると痛さが和らぐのは何故⁈」
「マドンナはレベルが違うね」
慣れてる。何を言えばどんな空気になるかも分かってる。新鮮味の欠片も無い会話ばかりが私を取り巻くと思えるのは、幻覚なのだろうか。
そうこうしているうちにいつメンの一人が黒板を見て、あっと声を発した。
「ねえねえヤバい」
「何が?」
「せおりんの隣、長谷川なんだけど」
長谷川ーーー?
「ええ!かわいそう、何でよりによって…」
「いくら何でも釣り合わんだろ、これ」
「内ヅラも外ヅラもすげぇ格差」
長谷川って、長谷川茉莉としか思いつかない。これはもしかすると、所謂チャンス到来というものなのか…。
「ほんっと腹立つ。何様」
「ちょっと聞いてこよっかな、私の席と交換してって。言ったら聞いてくれそうじゃない」
「それな。やっちゃいなよ」
「せおりんにも絶対その方が良いって。ね、せおりん!」
「……せおりん?」
いつか来てくれるといいなとは思っていたが、まさかここまで早い段階で来るとは。接する機会を増やすには一番手っ取り早い方法だが、その分いつメンとのバランスを取るのが難しい。どの道厄介な事には変わり無いと言うことを、後々今になって気付く。ちょっと強く願い過ぎたのだろうか。
「せおりん、ちょっと、聞いてる?せぇおぉりぃん!」
「…あ、あぁ、ごめん、ぼうっとしてて」
「大丈夫?余程ショックだったんだね」
「い、いや別に私はそんなんじゃ…」
「優しいなぁキミは!人として尊敬するわぁ」
しまった…長谷川さんのイメージを余計に悪くさせてしまったかもしれない、と焦ったがすぐに落ち着かせた。考えてみろ、別に大した事ではないじゃないか。彼女がどうだろうと私には無関係なのだから。
全員くじを引き終わり席を移動させた。一番廊下側の一番後ろ。その隣が長谷川さん。このポジションだと話しかけやすい人は必然的に長谷川さんだけになる。
頬杖をして先生の話を聞くという一見態度の悪い感じだが、どういうわけか今まで先生は一度も注意したことがない。静かにしていれば良い子という偏った思考が両者から谷間見える。
さて、何と声をかけよう。本題はここからだ。
私たちが近くにいるの初めてだね、とかいうとナンパっぽくてウザがられるだろうか。前から仲良くしたかったんだ、だとストーカーっぽいし。かと言って、これからよろしくね、っていう無難な一言で揺れ動く心の持ち主とは到底思えない。
専門外だ、これは。変な野望抱くんじゃなかった。
「なに?」
急に声が聞こえた。思わずビクッとする。
「な、なにって?」
「だってじっと見てるから」
やってしまった。まさか無意識のうちにじっと見つめていただなんて。
「ごめんね、考えてたらたまたま見ちゃって」
「別にいいんだけどね、ただ、気持ち悪いなぁって」
え…。気持ち悪いって言った…この子。
「気持ち悪いって…」
「いや、そんな悪い意味じゃないんだけど。だってみんなそう思うでしょ、誰かにずっとガン見されるのは」
あまりにも唐突だったので呆然とただ向き合っていた。
確かにそうだ。彼女の言っていることはあながち間違いではない。しかしどうだろう。親しいなら冗談で済むが、普通はそんな話したこともない子にズケズケと言葉を吐いたら誤解を招く他ないではないか。しかも気持ち悪いが悪い意味じゃないって、一体どんな基準で言ってるんだろう、この子は。
「あぁ、そう、だね」
返す言葉もなく、愛想の無い返事をする。
学活も終わり帰ろうと席を立つと背後に気配がした。振り向くとそこには千鶴が襲おうとしていた所だった。
「あぁもう!あとちょっとだったのに」
「ふっふっふ。私を甘く見過ぎだぞ少年」
「全く…何様なんだか」
千鶴と付き合いだしたのは去年の秋。学園祭でクラスの出し物も成功し気分も高揚した所で放課後呼び出された。
お互い幼馴染で一緒に出かける事も少なくなかったから、一緒に帰る程度かなと思ってたら違った。
「僕さ、ずっと伊織といるからさ、普通の抜き打ちテストとかはいっつも解けないけど、伊織の内容だったら全部答えられるよ」
これが告白の言い出し。当時は、まぁ今思い出してもだけど、何でこんな変態染みた発言しているんだと凄く引いた覚えがある。
でも中身がいい人柄だというのは分かっていたから、断らなかった。もし幼馴染でなく初対面とかだったら、どんなドン引きする言葉を言っていたのかとても気になる。
千鶴に関しては凄く信頼のおける存在だし、彼がいたことで救われた自分も数知れない。千鶴と居ることは憩いの場であり、何より自分は本当に愛されているんだなと実感できる唯一の場所なのだ。
そんなこんなでいつも通り二人で色々話していたら、少し違和感を感じる程度の圧力を感じた。ほんの一瞬、ほんの少しだけど。
横目でちらりと見ると、その正体が長谷川さんだとすぐに分かった。丁度相手もこちらを見ていたらしく目が合ったので、すぐ逸らす。どうやら今日も一人で帰るらしい。
威圧感の原因が長谷川さんだということにはすぐに勘付く。
「また隣になれなかったね」
「ほんっと。神様も意地っ張りなんだから」
「僕は伊織不足で死にそうだ!」
さっき私達の横を通り過ぎた長谷川さんを思い出した。すれ違いざまに横目で私達を見た時の、あの圧迫感。内心、また気持ち悪いとか思っているのだろうか。だとしたら、段々こうして千鶴といるのが恥ずかしくて堪らなくなる。
「んもう、恥ずかしいこと言わないでよ!」
「え、あ、ごめん」
言ってしまって気づくが、少々きつめの言い方になったようだ。慌ててこちらも謝る。
駄目だ。何だろう。長谷川さんからの視線がどうしても気になる。彼女はもう帰ったはずなのに今もそこら辺に残っている気がして仕方がない。そんなにさっき気持ち悪いと言われたのがショックだったのか。
千鶴には申し訳ないことをした。おまけに恋人なのに触れ合うのが恥ずかしいとか思ったりして…。個人的にはキツめの言い方をしたのよりもそっちの方に後悔している。
「伊織さぁ」
横にいた彼の顔が私を覗いてくる。
「今日、何かあった?」
「え、無いよ」
「なら良いんだけど。いつもよりヤケに反応薄くて塩対応だから、どうかしたのかなって」
「あぁごめんごめん。昨日あまり寝れなくてさ…歳かな、あはは」
「おい、満十五歳が何を言う!」
まさか自分の態度にまで出ていたとは…千鶴に今日は迷惑をかけ過ぎてしまっていて、ただただ申し訳ない。
自分の気付かぬうちに、ほんの頭の奥底の片隅が、長谷川さんで蝕まれていると実感した今日この頃であった。
早くも三話目突入です!
伊織の気持ちが徐々に揺れ動き出しましたね汗
さぁさぁ、行方は一体どうなるのやら…
私も想像出来てないんですよね、実を言うと…。
今週は、あと一か二話ぐらい投稿します!
是非是非お楽しみください。