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少女と黒猫Ⅲ

「クラリス嬢、国に帰るのは辞めにして我が後宮に入らぬか?

望むのであれば、第四婦人の座も用意できる。もう、若くは無いが息子にもまだまだ負けるつもりは無いぞ、良かったらいかがかな?」


好色に瞳を濡らし、ねめつける様な這いずり回る様な瞳で此方を睥睨するかの王、ジラール・シュラザード陛下。

彼の提案に思わずクラリスは言葉を失った。

隣国に住まう侯爵令嬢としてならともかく、今立つ場所は、彼が治める国土、そして彼はこの地の支配者。

言ってしまえば、提案の形であっても命令であり脅迫である。


「た、大変、ありがたいお言葉でありますが…」


「ワシももう歳だ、実はなそろそろ上の息子に王座を譲り、悠々自適な隠居生活を送ろうかとも考えていた。

その場に、お主のような麗しい女性が居れば楽しいものになるかとも考えてな、いやいや、すまんな老骨の戯言だ、本気にせんでも良い」


楽しげに垂れた肉を揺らしながら笑うジラール陛下。

彼の言う息子とはラハードのことではない、彼は第二王子、その上に次代筆頭の第一王子であるグラバールと呼ばれる褐色の偉丈夫の青年がおり、彼こそが時代のシュラザードの王である。


「それでは、陛下。帰国のためこれで御前を失礼させていただきます」


「うむ、クラリス嬢よ、息災でな」


最敬礼の淑女の礼をとり謁見の間を後にする。

粘つくような、かの王の視線が否応が成しに嫌な気配となって身にこびり付いていた。


「無事に、国境を越えられればいいのですが……」


見咎められない程度に早足で王宮の廊下を歩いていく、見慣れた侍女と護衛官の顔が見えてようやく一息ついた。


「姫様…?」


「…急いで国を出ますよ」


「かしこまりました」


侍女は私の顔色でよくない気配を察したのか、僅かに頷くと直ぐに動き始めた。

友好の為の婚約であるが故に、護衛は必要最低限であった。

そのことを、今ほど悔やんだことは無い。

母国にしても、多少の懸念はあっても国境を容易く越えて軍を配備することは出来ない、何より私一人のために戦争など起こしてもらうわけにも行かない。


「この心配が、杞憂になればいいのですが……」


いくらため息をついても、見慣れた青い空を見ても心が晴れなかった。

なぜか、何時も不機嫌そうな顔ばかり浮かべる黒い猫の顔を無性に見たくなったのだった。



 -少女と黒猫Ⅲ-




「あのクソデブ、まさか、ここまでするとは、おもいませんでしたわ!」


思わず口調が荒くなる。

これも、昔から不機嫌な黒猫の傍らで遊んでいた弊害とされている。

この国に来てからは素を見せることなど身内以外なかった為、暫し忘れていたが、クラリスの気性は本来黒猫と遊んでいた故に決してよいものではない。

しかし、その口調をとがめる余裕があるものもこの場には居なかった。

護衛官の二人はすでに抜刀し、侍女たちも抜き身の短剣を片手に裸馬に跨っている。

守られているクラリスですら鞍の着いていない馬に跨り、斬って短くした、馬車用の手綱を握っているのだ。

悪態をつくのにはそれなりに理由がある。

それこそ、馬車を捨てざる得なかったほどの理由である。


「まさか、隣国の小娘一人に、アサシンを放つとは、あの好色爺、頭逝かれてるんじゃありませんの!!」


揺れる馬の背中で途切れ途切れの、怒りの声を叫ぶ。

同意こそ無いが、周囲の護衛と侍女たちも同じ気持ちであろう。

その後ろ、馬車を捨てざる得なかった元凶たちが駆けて来る。

砂に擬態するねずみ色の衣服を纏った、同じ色の布で目元以外を覆った細身の暗殺者たち。

その駆けるスピードは馬にも負けず、むしろ、砂に足をとられ走りにくそうにしている馬に徐々に追いすがってさえ来る。


「後をお頼み申す!!」


最後尾を走っていた、二人の護衛官が馬首を巡らし離脱した、たった二人で食い止められるわけも無いのに彼らは迫り来る凶手へと駆けて行く。


「すまん!貴方達のことは、必ず故郷へ!!」


ならば、せめて彼らの家族へと、声を張り上げれば、ニヤリと笑い二人の護衛官はアサシン達に向かって突撃をかました。

もって数分、食い止められても数人であろう、それでも、彼らの心意気を無駄にしたくなくて、目じりに浮かぶ涙を耐えながらクラリスは手綱を握りこんだ。


一日中駆け続けた。


すでに背後に着いて来てるのは、侍女が一人のみ。

馬も潰れてしまい、徒歩で暗闇の中を何とか国境を目指し進んでいる状態である。


暗い闇は奴らの領域、徒歩ではどれだけ頑張っても国境まで二日はかかってしまう、焦燥感だけがじりじりとクラリスの心を焼いていた。

空を見ても、青は無く、嫌な気配を纏わせる闇だけがあたりを包んでいる。


「シーラ」


思わず長年連れ添った侍女の名を呼んだ。

しかし、返事は無い。

そのことに嫌な予感が絶頂まで高まり後ろを振り向くと、微かに足元に白い塊が見えた。

駆け寄ってみると、それが荒い息を吐く侍女の姿だとわかる。


「ひめさま…」


「シーラ、すまない、無理をさせた」


護身術は習ってはいても、同い年の少女の身に主を一人で守る重責は重すぎたのだろう。

必要以上に気を張っていた少女は、首筋に刺さった細い針の影響と疲労でその場に倒れこんでしまったのだ。


「ひめ…、にげて、あなたさまだけでも……」


「すまんな、もう無理だ」


長年連れ添った侍女を助け起こしながら、クラリスはため息を吐く。

彼女はすでに気がついていた、纏わりつくような嫌な気配、周囲はとっくにかのクソデブの放った刺客に囲まれてしまっている。


「クラリス様、御身を傷つける許可はいただいて下りません、どうか、われらに従っていただきたい」


くぐもった男性の声。

多分、この集団を纏める者の声なのだろう。

その声が言外に言っていた、逆らえば、私はともかくシーラを殺すと。


「死にに行く彼らの願いを聞くのも苦痛だったのだ…、お前まで殺させるわけには行かないよ」


諦めたように座り込む私たちの周りを、音も無く影たちが囲い込む。

ゆっくりとしまる包囲網、諦観だけが彼女の心を占め視線を下げる。


「フン…。諦めるのかクリス、お前らしくも無い」


闇が深くなり、どうしてか、懐かしい黒猫の声が聞こえた気がした。

聞く者すべてに不機嫌だと訴えかけるような低く、しかし、なぜか耳に残る声が。


「な…に!」


人が一人、音も無く倒れた気配がした。

まるで、そう在るべきが自然とでも言うように、次々と周囲から威嚇する為にわざと表していただろう気配が消えていく。


「何が起こっている!!」


慌てたように、掠れた男の声が状況を把握しようと声を張り、瞬く間に悲鳴となって消えた。

いつの間にか、夜の闇が戻り月が煌々と周囲を照らしている。

その中を、夜の闇より深い漆黒が、闇の中でだけ光を放つ対の金の瞳を光らせながらゆっくりと歩いてくる。


「愚かだな…、夜の闇の中で我らより早く動けるものなど居ない、その驕りがお前たちを殺すのだ…。

何より我らが宝を四つも手にかけた、その報いは受けてもらうぞ」


それが、アサシンの首領で在ったのだろう、地に横たわる男の首に漆黒は手振り上げるとアッサリとその首を落とした。

短剣すら使わないその身に宿る膂力だけの荒業。

そんな事が出来る者を、彼女は一人しか知らない。


「……何で?」


「何でだと思う?」


ポツリと零れた疑問に答えた言葉は背後、耳元でその声は聞こえてきた。

思わず声が止まってしまう。


「…オズ様」


「何だ?」


「なぜ、ここに居るのですか?」


そっと頭に置かれる暖かい手、血など着いていない。彼の手は、下手な刃物より鋭利なのだから。

優しく撫でられる。

思わず、今居る場所、状況すら忘れそうなどその手は暖かく優しかった。


「ああ…、意地っ張りで頑張りやな、可愛い姫を迎えに来た」


促されるように額に置かれた手によってゆっくり身体が背後に倒れていく。

ポスンと落ちたやわらかい感覚は彼の膝であろうか。

あの日のように、青い空は見えない。

でも、あの日となりに感じたぬくもりと、漆黒の闇が何処までも優しく包みこんでくれているような、そんな感覚が、クラリスの瞼をゆっくりと閉じさせた。


「ただいま…、オズ様」

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