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少女と黒猫Ⅱ

「婚約破棄…か。これは僕らに喧嘩を売ってるんだよねきっと」


「アスベル様、怒気を抑えてください、侍女が怯えてます」


見掛けだけでは無く調度品まで豪奢な一室にて、二人の青年が言葉を交わしていた。

一人はアインハローツ筆頭皇太子アイギス・アインハローツ。

そして、その皇太子から敬称付けで呼ばれた青年は、表向きはアインハローツの外務特使の任についているアスベル・マーリッジ侯爵である。


「しかしね、アイギス。僕の可愛い可愛いクリスを断腸の思いで送り出そうというのに…。

そのときが来たと夜も枕を濡らしていたというのに、いざふたを開けてみれば真実の愛を見つけたから婚約を破棄したいときた。

これはもう、国を滅ぼしてくださいと頼み込んできたようなもんだよね」


「気持ちはわかりますよアスベル様、私にとっても幼馴染の婚約です、幸せになってくれれば言うことなど無い。

しかし、事がここまで来ればすでに国の問題、しかも、かの国とは文化も風習も違う、今回は縁がなかったと諦めるしかないのでは?」


本来であれば諌める立場も逆のはず、しかし、事実目の前に座り柔和な微笑を浮かべながら絶対零度の空気を放っている麗人にアイギスは皇太子という立場でありながら肝を冷やし続けている。

なおかつ、問題が兄妹のように育った可愛い幼馴染の少女の話なのだ。

彼が怒っていなければ変わりにアイギスが激怒していたことは間違いないだろう故に、諌める気持ちもだんだんと萎んでしまう。


「ともかく、クリスを帰国させるのが先ではないですか?

輿入れではないゆえ、侍女数名と護衛の者しかつけていません、婚約破棄だけならまだしも、帰国の途中で万が一事故にでも合わされたら流石に私も忍耐が持ちません」


「そちらは、心配しなくて大丈夫だよ、この手紙が届いた日にオズを迎えにやった。ついでに、気に入らないのは数人打ち殺して来ていいと許可したんだけどオズは優しいからね。

手土産が無いのが心配だ……」


「うわ……、オズ様が直接行ったのですか」


「クリスの迎えに出すのだ、オズ以上適任な奴はいないだろ?」


「良く……、父上が許可を出しましたね」


「陛下もねクリスには期待していたのだよ、かの国との橋渡しとして、娘のように可愛がっていた彼女を送ったのだ。

それに、婚約ゆえにまだ彼女は国籍は我が国、ならば国の宝を守るのに黒猫を動かすことに陛下が否を唱えるとでも?」


その言葉にアスベルは、ずっと娘が欲しかったと、幼い頃共に遊んだクリスを両親が影ながら可愛がっていた事実を思い出す。

それは、念願の娘が生まれた今も、娘の子守として訪れた彼女を堂々と可愛がれると、まるで姉妹のように扱っていたことから、あの両親にとってクリスは次代の長であるアイギスより目に入れても痛くない存在であることが伺われる。

ならば国の宝、それを守る守護者を動かすぐらいするであろう。


「オズの足ならば今頃はすでに着いている頃だね。

さてさて、帰ってきたらどんな楽しいことをしようか…?ねえ、アイギス。

楽しみだねぇ」


つまりは眼前にて楽しげに笑う純白の麗人を止めることが出来る者が、今わが国には誰も居ない。

身内には優しいが敵にはとことん厳しい、享楽的かつ残忍な一面すら持ち合わせる眼前の麗人。

他国には知られぬ、この国の支配者の一柱。

アスベル・マーリッジ侯爵。

またの名を白猫のアスベル。

その純白の怒りに焼かれぬように、アイギスは彼から視線をそらした。




 -黒猫と少女Ⅱ-



「クラリス、君との婚約を白紙に戻したい。わが国に呼びつけておきながら、結果としてこのような結末となってしまったこと心からお詫びする」


ラークハイト王家の証である赤みかかった黒髪を垂らし、彼は私に頭を下げた。

彼自身が望んだ婚約では無くとも、彼は筋を通し滅多なことでは下げるべきではない頭をこうして下げてきた。


「お気になさらずラハード様、此度のことは行ってしまえば風習の違い、その結果にございます」


事の発端は、私は婚約後文化の違いに慣れるためにと留学していた学園に遡る。

文化の違いその壁は以外にして大きい。

まず違いとして上げられるのが、ラハード様の国シュラザードは一夫多妻制の国であるということだ。

これはシュラザードが貿易を中心として発展した国であること、そして、国土の半分を砂漠に覆われている国であることが理由として挙げられる。

つまり、沢山の婦人を持つことは商人気質が強いシュラザードにとっては富の象徴である、なおかつ、女性にとっても子孫を残すという仕事を円滑にする上で、富という基盤を持つものが一手に担うことを由としたゆえに生まれた風習である。

しかし、一夫多妻制である故に、女性に対しての軽視、躾は厳しく、シュラザードの未婚の女性はとても身持ちが硬いことで有名である。


対して、彼女の故郷であるアインハローツは、表向き知られては居ないが古くから住まうものたちに守護されているが故に国土はとても富んでいる。

つい数代前まで、国の規模としては小国と呼んでも良い規模でありながら、大陸の食料需要の半分を賄ってしまうかの国を手に入れようと攻め込んだ国が後を立たなかったと言われている。

現在、それらの国は古の守護者の手と食料輸入を封鎖され悉く大陸の地図から消えてしまっているのは、大陸各国の上層部の一部のみが知る事実である

それらの、事情なおかつ風土によって気性の優しい国民性ゆえか、かの国は一夫一妻制。

撫子とも呼ばれる慎ましやかな女性が多いとされるお国柄である。


つまり、シュラザードとアインハローツは風土から気性や文化、その諸々が相反するお国柄であるわけである。

しかし、それだけでは今回の婚約破棄は起こりえない。

クラリスかラハード、そのどちらかが我慢をすれば済む話だったのだが、


「ラハード!話は、終わった?早く、遊びに行こうよ!!」


話がややこしくなった原因は、ノックも無く淑女の部屋の扉をぶち空け、部屋に飛び込んできた少女にある。


「マリーナ様、ここは仮にも私の部屋でございます、少し声を抑えていただけませんか?」


「え?何で、どうせクリスお国に帰るんでしょ?」


「それでも、今はまだ私の部屋ですので」


傍らに立つ侍女が顔を顰めるのが見て取れる。

本当に文化の壁とは高いと思う、こんな奔放な少女が、これでも女王候補などと呼ばれて、人々に傅かれているのだから。

シュラザードから海を挟んで南の島国、それらを治めるクルックの女王が一子にして時代女王候補のマリーナ・クルック王女それが彼女。

文化の壁という高き壁を、さらに彼女の存在がややこしくしてくれたのだ。

彼女の国は王族に結婚という概念が無く、頂点に立つのは女王の役目、そして、女王は様々の男の血を受け力ある子を成すのが女王の役目なのだそうだ。


お堅いお国柄のクラリスからしたら発狂しそうな頭のゆるい文化だが、それこそ、島国であり血の停滞を食い止めるために様々な血を取り込むことを余儀なくされた故に生まれた風習なのだという。


つまり、彼女には婚姻や結婚といった考え自体が存在せず、なおかついい男が居たらとりあえず唾を付けてくというわが国だけでなく、この国の女性にとっても喧嘩を売っているような存在なのだ。


ラハードの首に両手を回しニコニコしているマリーナ王女。

対して、身持ちが硬い女性に囲まれて育ったこの国の男性であるラハードは、女性に対する免疫が薄いらしく褐色の肌にさらに朱を指しこみ照れたように顔をそらした。


「ねえねえ、ラハードー、買い物行こうよー。もう、こんな面白みも無い女どうでもいいでしょー」


マリーナ王女にしても、初心な反応を見せるシュラザードの男性たちがたいそうお気に入りらしく、このようにちょっかいかけているものから、手を出しているものまで数えれば両手の指では数え切れないだろう。


「別った、マリー、直ぐ行くから」


何とか首に回る手をはずし、ラハードを彼女を部屋から出した。


「すまないクラリス。彼女にも悪気は無いんだ」


「ええ、理解しております」


悪気は無い。

それはそれで問題なのだが、すでに婚約は破棄されこの国に縁もなくなってしまった身、すでに諌めるための言葉も尽きたというものだ。


「帰国する際には声をかけてくれ、せめて見送り位はさせて欲しい…、あなたの貴重な時間を奪ってしまった償いにはならないだろうが…」


「ええ、陛下にもお世話になったお礼を申し上げたかったところです、帰国の報告と共に必ず寄らせていただきますわ」


再度、軽く頭を下げるラハードに、クラリスは淑女の礼をとった。

部屋の扉が閉まり、部屋には自分と侍女だけが残された。


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