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粂八という男

  さすがここから先は奥州と、一寸先もわからぬ地への宿場町千住。江戸の風情もこれまでと町は活気に溢れている。数馬と茉莉が足を踏み入れると、数馬はともかく笠を被っていても茉莉は一目でそれとわかるほどの気品と色気を放っていた。そのため早速2人は注目を浴びた。雲助連中の汚らしい掛け声をどうにか振り切って一夜の宿をある旅籠はたごに求めた。表向きは他の客と変わりなかったが、実際は非常に手厚くもてなされた。


  旅支度を解き部屋でくつろいでいると、数馬はふと粂八という男が不思議な存在に思えてきた。この旅籠も粂八の手配で世話になる事になったのだが、草鞋を脱ぎ手水を使っていると、あるじから『粂八さんにはいつもお世話になっています。鏑木様のお噂は常々うかがっております。』と耳打ちされたからだ。

  そもそも数馬が粂八と出会ったのは彼が放蕩をしていた頃、粂八がその道の掟に背いたとかで袋叩きにあい、大川に投げ込まれたところを救ったのが始まりだった。その後何くれとなく面倒をみているうちに数馬の護衛だといわんばかりに影のように寄り添うようになった。はっきり粂八の前身を聞いたことはなかったが、何代目かのねずみ小僧ではないかと感じるのだ。確かに粂八を助けて以来、ねずみが現れないのも頷ける。もしかするととんでもない悪党を拾ってしまったのか?と時折、背筋が寒くなる事もあるが、彼がいると何かと便利だしちまたの情報をいち早く教えてくれるので、その存在を快く思う事のほうが多かった。

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