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出立

  朝。夜も明けないうちに数馬は家を出た。旅支度といってもいろいろ持つと荷物になるし、世の中が騒がしくなっている昨今、金目の物を持っていればスリや追いはぎなどの格好の餌食になるので路銀はその都度調達することにした。


  「御免。」

庵の木戸で案内を請うと、昨夜の下男が出てきた。もう顔見知りの間柄になったせいか彼(市助というらしい)はすんなり数馬を客間に通した。

  程なく稲に伴われた茉莉が旅支度をして現れた。薄く紅を差した姿が昨夜に増して美しい。

「富良殿。朝餉あさげの用意をいたしましたのでお召し上がりくださいませ。」

稲の言葉と共に女中が膳を運んできた。

「かたじけない。実は腹ペコだったのです。―― おや?茉莉殿は?」

「わたくしは別室で頂きます。」

鈴を転がすような声で茉莉が答えた。すると数馬は手に持った箸を置き真っ直ぐ茉莉を見て怒ったように言った。

「これからはそういうことは止めて貰えまいか。仮にも私達は夫婦ということで旅に出るのです。その都度別な部屋で食事を摂っていたら周囲に疑って下さいと言っている様なものだ。練習の意味も込めてここで一緒に食事をしていただきたい。」

「は・はい!申し訳ございませぬ。」

慌てたように稲自身が茉莉の膳を運んできた。ところが中味が違う。数馬には二の膳間であるのに対し、茉莉のは一汁一菜。つまり主食に汁碗、あとは香の物のみであった。

「・・・・稲殿。手数をかけるがそれがしの膳も茉莉殿と同じくして頂きたい。先程も申しましたが、夫婦として旅するのですから膳の中味も同じでなければ怪しまれる。もし夫婦者でないことが露見すればただちに2人の素性が調べられる。そうなったら確実にあなたの父上はあなたを引き戻すでしょう。勿論某それがしもただでは済まぬ。自分1人だけならどんなことになろうと構わぬが、それがしにも家があるから迷惑をこうむるのは非常に困るのだ。だからなるべく目立たぬよう気を付けて貰いたい。」

そうは言っても茉莉のこの美貌では目立たぬようにするのが難しいだろうと数馬は思った。

「は・はい。」

引き戻される!その言葉が効いたのか、数馬の膳から皿が1品、2品と下げられた。

「・・・・では頂きましょう。」

準備が出来ると茉莉を促し箸を取る。しかし中味が少ないだけに間もなく終わってしまった。


  「夜が明けてきましたな。では出立いたそうか。」

「はい。」

稲は細々(こまごま)と茉莉の面倒を見ようと上がり口まで付いて来たのだが、それでは何もならないと数馬に止められ、茉莉は1人で草鞋わらじを履き、笠を被らなければならなかった。今までしたことのない事をしなければならないので、手つきも鈍く不器用だ。イライラするほど時間がかかっても数馬はじっと待っていた。ようやく出来上がると大げさに褒めた。

「――― では稲殿。行って参る。」

「どうかお嬢様を宜しゅう・・・」

頭を下げる稲の肩が震えていた。茉莉もつられて小袖で涙を拭いている。

「旅立ちに涙は禁物ですぞ。さぁ2人共、笑ってください。」

「は・はい。」

数馬は茉莉を促し、春とはいえまだ肌寒い外へ出た。

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