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お絹

  それから5日後。直から例の浪人の容態が安定したと知らせが入り、数馬は城下がりのついでに井上家へ立ち寄った。ひょんなことから係わり合いになったのだが、行きがかり上、気になっていたということもあった。

  宗九の弟子に案内されて病室に行くと、村岡は布団の上に座り背中を向けてづーづーとほおずきを吹いていた。弟子が数馬の来訪を告げると、ぱぁっと明るい顔をこちらに向けた。先日とは正反対の精悍な顔付きになっていた。

  あの折は大変お世話になりました。と丁寧な挨拶から始まり、井上兄弟の素晴らしさを昏々と述べられ、数馬は身内が誉められているかのような錯覚を覚えとてもいい気分になった。

「ところでお身体の具合は如何ですかな?」

話が一段落したところで数馬は話題を変えた。

「ええ。この通り。アイタタタ・・」

元気なところを見せようと力んだ村岡だったが、傷がまだ痛むと見えて腹を押さえた。

「無理はなさらぬほうが良い。それがしも直から連絡を貰い気になって立ち寄ったまでのこと。お元気になられたのであれば何よりでござる。」

空元気からげんきは通じませぬな。ハハハハ!痛っ!」

2人は目を見合わせて笑った。ひとしきり笑った後、フッと真面目になって数馬が切り出した。

「お手前は上方のご出身ですな?」

「はい。しかし上方言葉が出ぬよう心がけているつもりでしたが、やはり判りますか?」

「言葉の端々に上方訛りが感じられる。」

「仰る通り、某は堺出身でござる。」

「江戸にはいつ?」

「半年ほど前です。浪々の身ゆえ、知人のつてを頼って江戸へ参り仕官の口を捜そうと思っておりましたが、当てにしていた者が既に他界しており、仕方なくその日暮らしをしていた毎日でした。」

「なるほど。ご苦労なさっておられるのだな。・・・ならばご家族は今も堺に?」

「いいえ。某は独り身。親兄弟も既にありませぬ。天涯孤独の身でござる。――― 何やら身辺調査のようでござるな。あ、気に障ったのならお許し願いたい。どこの馬の骨とも判らぬ者をお助け下さったのですから、いろいろ聞きたいとお考えになるのは至極当然の事でございます。どうぞ何でも聞いて下さい。」

「これは済まぬことを。某の方こそ村岡殿のご事情も考えず失礼いたしました。・・・・ところで。そのほおずき、なかなかお上手ですな。」

「これですか。これは亡くなった母に幼少の頃教えてもらいました。ここの庭にっていたので懐かしくなって取って貰ったのです。」

母御前ははごぜに・・・・羨ましいですな。某には母の記憶がありませぬ。物心付いた頃には兄と2人でしたし、兄もそういったことには疎い上に身体が弱く、つい先日他界いたしました。それゆえ某は母に何かを教えて貰ったことがありません。」

「それは申し訳ないことをいたしました。」

軽く会釈する村岡に数馬は親しみを覚えた。

「そうだ!某にほおずきの吹き方を教えていただけませぬか?」

「え?はぁ。それは容易たやすい事。・・・では貴殿を使って申し訳ないが、その一番大きなほおずきを取って下さい。――― そう。それがええ。ほなええですか。」

村岡は顔と顔がくっつくほど数馬を傍に近づけた。一瞬何とも名状し難い良い匂いが周囲を包んだ。夢見心地の表情になった数馬を不思議そうに見る村岡。

「如何なされた?」

「いい匂いがするのです。貴殿は匂い袋を所持されているのですか?」

「匂い?」

「花の香りです。」

「いいえ。そのような物は持っておりません。・・・ほら、あそこの花の香りが漂っているのでしょう。某はずっとこの部屋におりましたから気が付きませんでした。」

「ああ、そう言われてみればそうですね。・・・まぁいい。さぁ始めましょう。」

どんなに些細なことでも興味を覚え、習得するためには全霊を傾ける数馬の姿勢に村岡は感心してしまった。その成果はすぐ現れ、4〜5回も吹くと上手に音が出るようになった。

「ほう!貴殿は素晴らしい感性をお持ちだ。通常の早さではないですぞ。」

「そんな、誉めないで下さい。しかしこれはなかなか難しい代物ですな。もっと簡単に出来ると踏んだのですが。」

「某が見た限りでは一番優秀な生徒ですよ。」

それを聞くと数馬はにこっと笑った。剣の修行でもこんなに苦労した事はなかったからだ。とはいっても凡人にはほおずきの方が簡単なのだが。

  その時、暮六つの鐘が鳴った。

「お!これは長居をしてしまった!村岡殿。お疲れになられたでしょう。申し訳ありません。また近いうちに寄らせていただきます。この次はまた違う遊びを教えて下さい。」

数馬と村岡は互いに握手を交わし別れた。しかしこの後2人が井上家で再会することは2度となかった。

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