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静馬の力

  熱でうなされている茉莉に薬湯を飲ませると、数馬は兄静馬に九頭竜隼人なる人物について調べて欲しい旨手紙を書いた。もちろん飛脚は粂八である。火急の用件だからと念を押しすぐ江戸へ向かわせた。粂八も心得たもので韋駄天の如く走って行った。

(あとは兄上からの手紙を待っていれば良い。)数馬は粂八を見送ると、薬が効いてスヤスヤ眠っている茉莉の枕元に腰を下ろした。


  一方静馬は数馬の手紙を受け取ると、すぐ行動を起こした。九頭竜隼人なる人物が幽閉された経緯を調査すべく大目付鳥居備中守を秘密裏に訪問し、事の次第を説明した。

  鳥居は静馬・数馬両名の父の友人であり、今回数馬の縁談を持ってきた人物であった。そういう気安さも手伝って静馬は自ら鳥居の門を叩いたのである。

「・・・・確かにそれらしき人物が紀伊から連行されたことは事実である。・・・しかし・・・いかに自ら望んだことではないとはいえ、外国へ行った人間を幕府が見逃すはずはないしのぉ。通念からすれば当人は生涯幽閉。匿った九頭竜家当主は切腹。お家断絶は免れんだろう。むろん内儀も同じじゃ。  静馬。おぬし、なにゆえそれまでして九頭竜隼人を助けたいのじゃ?おぬしは生まれつき身体が丈夫ではないのに、なにゆえ他人のために尽力するのか?」

「小父上。・・・・私亡き後、数馬が鏑木家を継ぐ事は周知のことでございます。私は幼少の頃より数馬が羨ましくてなりませんでした。今もそうです。ですから私は今、数馬に誇れる事をしたいのです。こういう兄もいたのだと数馬に覚えておいて欲しいのです。数馬は表舞台に立って光を放つ男です。ですが私はそれができませぬ。たとえ身体が丈夫であっても、人を惹きつける力がないのです。そういう男が唯一できる事と申せば、あとに残る者の為に何か心に残る仕事ことをするしかありません。お願いです!小父上。九頭竜家を窮地から救うため、お力をお貸し下さい。鏑木静馬一生のお願いです!」

畳に額を擦り付けるように土下座する静馬に鳥居は静かに言った。

「お前がそれほどまでに言うのなら手を貸さぬでもないが・・・さいころの目がどのように出るかわからぬが、お前が一生の頼みと言うからには余程の事じゃろう。力の限りその男を救う算段をしよう。・・・・そういえば当の数馬は如何いたした?見合いの日取りを決めねばならぬというに。一向に姿を見せぬとは。」

「はっ、拠所よんどころない事情がございまして・・・少々旅に出ております。」

「旅?いずれへじゃ。」

「はっ!蕨でございます。」

静馬は顔を上げる事ができずじっとしていた。脇の下に冷や汗が流れ出してくる。まさか見合いの当人達が一緒に旅をしているとは、さすが旧知の鳥居にさえ口にすることができない。とはいうものの、静馬でさえ数馬の手紙を見るまでは数馬と行動を共にしている娘が見合いの相手だったとは知らなかったのだから、何を言われようとこれ以上知らぬ存ぜぬで通すしかなかった。

「まぁいいだろう。日下部家との縁組はもう決まっている。今更見合いなどせんでも・・・そうじゃ!先に婚礼の日取りを決めるが得策というもの!おぬし!鏑木家の当主なのじゃからここで儂と決めてしまおう!なに、数馬が四の五の申しても逃げられんようにからめ手から攻めるのじゃ。――― どれ、暦、暦、と。」

暦を探すために立ち上がった鳥居にホッとする静馬だったが、新たな悩みを抱えてしまった。数馬の承諾を得ぬまま婚礼の日を決めなければならなくなってしまったからだった。

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