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井上 直

  旅籠はたごに着くとあるじは若い男と談笑していたが、奇妙な3人連れがその客だと知るやその男を伴って用意していた部屋に案内した。

「こちらは偶然宿泊されていた井上 すぐる殿と仰る新進気鋭のお医者様でございます。お若いが腕は確かでございますので安心して診て頂いてください。」

「休養中のところ申し訳ござらん。それがし富良と申す者。これは家内の茉莉。連れの粂八でござる。旅の途中の事とて急な発熱で難儀しておりました。何卒よろしくお願いいたします。」

ここで本名を明かす事はできないと、あえて富良と名乗ったが、その医者はそんなことにはお構いなく男達に席を外すように命じると、早速診察に取り掛かった。

  たっぷり小半時もかかったろうか、ようやくすぐるが部屋から出てきた。その間じっと目を閉じていた数馬は彼の姿に慌てたように言葉をかけた。

医師せんせい!茉莉は、妻の容態は!」

数馬の慌てぶりに始めてにっこり笑うとすぐるは大きく頷いた。

「大丈夫ですよ。疲労が重なった上に先刻の雨。それが原因で風邪を引かれたようです。2〜3日養生すれば元通りになられる。」

「そうですか!良かった!」

ヘナヘナとしゃがみ込む数馬。

「富良殿はよほど奥方が大事と見ゆる。特効薬とは言えぬが薬を煎じて差し上げるゆえ、私の部屋までご足労願えますか?」

にこにこと話しかけるすぐるに数馬は人知れず暖かいものを感じ、

「はい。もちろん伺います!」

と即答した。

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