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降って沸いたようなお荷物

  「お察しの通り、屋敷はゆえあって明かせませぬが、わたくしは茉莉まりと申します。―― 実は人を捜して宇都宮まで参ろうとしておりました。」

「宇都宮!また随分遠くまで。」

(こりゃあ大変な娘を拾ってしまったぞ。)内心後悔したが後の祭り・・・・

「宇都宮は遠いのですか?わたくしは千住の先あたりかと思うておりましたが。」

そういう娘の狼狽が手に取るようにわかった。しかし宇都宮がどこに位置しているのかも解からず出立するとは・・・この娘、頭が少し足りないのか?と思ってみたが、

「お女中。あ、いや、茉莉殿。宇都宮が奥州街道をさかのぼり、そうですな。ここからだと30里は歩かねばならぬ。そこまでどのようにしていこうとしてたのです?それに気を悪くするかも知れぬが、そなたの行かんとしていた方角では千住にさえたどり着けぬ。そちらでは内藤新宿に行ってしまうぞ。」

30里。それを聞いただけで茉莉と名乗る娘はフラッと倒れ掛かった。その身体を咄嗟に支え数馬は側に控えているであろう粂八を呼んだ。

「お前ずっと見ていたなら助けても良かろう。」

皮肉たっぷりの言葉も粂八には通じない。

「旦那も満更じゃなさそうだったんでね。」

「ふん。まぁいい。この女中、とんでもない娘らしい。聞いての通りだ。とにかくここでこうしていても始まらん。どこか泊まるところはないか。木戸はもう閉まっているから今からはどこへも行けないしな。一晩休めば宇都宮まで行こうなんてぇ気は失せるだろう。」

粂八と話すとき、数馬は知らず知らずべらんめえ口調になってしまう。しかし何故か彼はそれが気に入っていた。

「今からったって旅籠はたごはもう戸締めしてやすぜ。このところのご時世じゃ、どこも早々と暖簾を仕舞っちまう。」

さすがの粂八も当惑している。

「かと言って屋敷に連れ帰るわけにもいかんし。兄上のご様子が思わしくねぇんだ。これ以上の厄介はかけられねぇ。うーん。どうしたもんかなぁ。」

数馬が思案に暮れているといつ気を取り戻したのか、茉莉がはっとしたように数馬の腕の中から離れた。

「ああ、気がついたかい。おめぇさん、やっぱり行くのは止した方がいいと俺は思う。いや、送っていくのが嫌なわけじゃねぇ。ただ誰を捜して行くのかわからんが、ただ宇都宮ってだけじゃ捜しようがねぇ。ここはひとまず屋敷に戻ってあんたのご主人に相談してみるんだな。」

数馬の言葉に茉莉という娘は途端に態度を硬化させた。

「あなた様に話したのは間違いでございました。さきほどからのご親切には感謝いたしますが、これにて失礼させていただきます。」

くるっときびすを返し5〜6歩足を踏み出したものの、30里という距離がその心を躊躇させるのか再び歩みが止まってしまった。

なんてぇ強情な女中だ。主人の顔が見てみたい。そう思いつつ数馬はその娘に近付いた。

「だから言わんこっちゃない。送ってやりてぇが、屋敷の名を明かしちゃくれねぇんだから仕方ねぇ。どっか泊まるところを考えて・・・ああ!駄目だ。さっぱり見当がつかねぇ。」

顔に似合わず数馬は正直なところがあって自分達が今置かれている現状を即座に口にした。本当に困惑しているのがその表情から見て取れる。その姿にようやく信用する気になったのか、茉莉は自分の知り合いが日暮里にいる、そこを訪ねれば泊めてもらえるだろう。と言った。

「日暮里か。ま、仕方ねぇ。そこしかないとすると行くしかないな。」

そう言って茉莉の歩く速度を念頭に置きながら数馬たちは日暮里に向かった。

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