前兆
だるい。
入る直前は「えっ、こんなに休んでいいの?」と思う夏休みだが、楽しい期間は授業がある期間の5倍速ぐらいの速さで時が過ぎていく気がする。
「…ふぁぁ」
「おっ、まこっちん!朝から大あくびとは良いご身分ですなぁ」
「…鈴木、久々に会ったのになかなか失礼だなぁお前」
木村 真一、高校生になって最初に出来た友達。1年生、2年生と2年続けて同じクラスになっているが、友人になったきっかけは「入学式の時に後ろにいたから」というだけ。
「そういう出会いじゃねぇんだよなぁ、俺が求めてんのは」
「おっ、出た出た!まこっちんの中二発言!」
「中二じゃねぇよ!男子たるもの、非日常世界には憧れを持つものだろうが!」
「いや、持つは持つけどさぁ…つーかまこっちん、風邪引いてんの?マスクつけてっけど」
「んー、夏とはいえ流石に全身びしょ濡れのままチャリで爆走するのには無理があったわ…」
「…まこっちんって、馬鹿だよな…」
否定は出来ないなぁ、と内心苦笑いしつつ、今度はこちらから話を振ってみた。
「木村はなんか面白いことあったか?夏休み。…奇妙な体験とかさ」
「ん?特にないぞ!」
……。
「つうかお前、どうせ俺の体験談よりも『奇妙な体験』とやらに興味があるんだろ?」
「流石親友、よくお分かりで」
「うるせぇよ馬鹿。馬鹿っちん」
なんで朝のHR前に二回も馬鹿と言われなきゃならんのだ…
まぁ俺が悪いのはわかってるので謝ろう…と考えているその時だった。
「あっ、でも一つあるぜ。でかいニュース」
「えっ!?なんだなんだ?言ってみ言ってみ!」
「テンション上がりすぎだぜぃ……まぁいいや、ただあんま良い話題ではないぜ?」
木村の表情は真剣だった。今まであまり見たことのない表情だったが、俺の興味は完全にそのニュースとやらの方に向いていた。
「焦らすなよ、なんなんだ一体」
「えっとな…」
「隣のクラスの神田?ってやつが……亡くなったらしい」
「…は?」
思わず声が出てしまった。
「いや、今日の登校途中に隣のクラスのダチから聞いた話に過ぎないぜ?それに俺はまだジョークだと思っているしな。…ま、ジョークだとしたら俺はその友達と絶交すっけど」
神田 朝美、長い黒髪の、『文学少女』という言葉が似合う女性だった。同じクラスになったことは無いが、その顔は鮮明に覚えている。
「まぁもし本当だとしたら、今日の朝のHR後は大変な騒ぎになるだろうなぁ…」
「………なぁ木村…」
「んー?」
「始業式の日の朝のHR時に無断で不参加って、なんかアニメっぽくないか?」
「…まこっちん……まこっちんのそういうとこ、俺は大好きだぜぃ!」
聞いている限りではあるが、この話には色々と納得がいかない点がある。その点はもしかして、俺が求めて止まない非日常に繋がっているんじゃないだろうか。
人の死が関わっている問題に飛び込んでいくのは気が引ける。それでも俺はこの問題に飛び込んでいきたいという欲望を抑えきれずにいた。